60話 「英雄」
ギルドを後にした僕たちは、グリム様へ報告をするために力の塔へ移動する。テリアさん達はやることがあるらしく、ギルドで別れる事となった。
「街の人が私たちを遠巻きで見ていますね」
「やはり大迷宮を踏破して、新たなSSランクになった大友を一般人としてみる事は難しいのだろうな」
セリスとフィルティーさんが周りを見ながら会話を続けていた。
ギルドを出てから街の人々が僕たちに注目していたのだ。遠巻きに見物をする人が集まり、ぞろぞろと周りを囲みつつも着いてくる。一体何を望んでいるのだろうか。
すると、一人の少女が僕の元へ走ってきた。
「おにいちゃん英雄になれるの?」
「え? そりゃあ大迷宮も踏破したことだし、なれるんじゃないかなぁ」
そう言うと、人々はわぁっと盛り上がる。もしかして僕が英雄になれるか心配しているのだろうか? もしそうなら随分と僕の事を買ってくれているのだと思う。
少女はニコッと笑顔を見せると走り去って行った。
「フハハハハ! 現在いる英雄は全てが貴族の出だからな! 主人のような一般人から誕生することは稀だと言っておこう!」
「そうなんですね。だからこんなにも注目を浴びている理由が分かりました。でも、どうして貴族ばかりなんですか?」
僕の質問にフィルティーさんが答えてくれる。
「この国の貴族は武の才能を持ち合わせているのが普通だ。幼き頃から剣術などを習い英才教育を施されている。その中でも突出した才能の持ち主が英雄となり名を馳せているのだ」
「英才教育ですか。でも一般人でも英雄になることはできますよね?」
「もちろんだ。しかし、一般人と貴族との差はそう簡単には埋められるものではない。貴族は一流の剣士や魔法使いを雇い教育を受けているのだぞ?」
分かるような気がする。地球に居た頃だって、生まれた環境は人生を左右する。その差が長く積み重なれば、圧倒的な越えられない壁となるのは理解に苦しくない。
だとするなら僕はそんな人々の越えられない壁を超えた英雄なのかもしれない。ただし、それをよく思わない貴族からの反発は覚悟するべきだろう。
「大友様はすごい御方だったのですね」
後ろで街の中をキョロキョロとしているシェリスさんが感心したように呟いている。ただ、街の人々は彼女を見て「エルフ?」と囁いていた。
その様子をちらりと見たアーノルドさんが、耳元で話しかけてくる。
「主人よ、シェリスをそのままは危険だと進言しておこう。エルフの奴隷は今でも欲しがるものが居るのだ。もしかすれば攫われることもあるかもしれないぞ」
「でも、防ぐ方法なんて何かありましたか?」
「何を言っているのだ。奴隷と言えば首輪であろう。シェリスに奴隷主として首輪を嵌めなければ、逆に危険にさらされる可能性が高いぞ」
ああ、そうか。でも僕としては人間に首輪を嵌めるのは好きになれないのだが、シェリスさんの事を考えるならそうした方が良いのかもしれない。攫われて権利を主張されると面倒な事になりそうだ。
街の中を歩きつつ、ようやく力の塔へと到着した。人々は塔の中へ入る僕たちに声を投げかけて来る。
「頑張れよ! 応援しているからな!」
「この国一番の英雄になってね!」
「きっとアンタなら英雄になれるさ! 信じているぞ!」
その声に振り返って手を振る。こんなにも期待されていたのかと、少しだけじぃんと胸が熱くなった。この世界に来てよかったと思える瞬間だ。
リリスを見ると人々の様子に嬉しそうな表情だった。
◇
塔の中へ入ると、最上階を目指す。頂上にはグリム様が居るからだ。
金属と木で造られたエレベーターが最上階へ到着すると、ゆっくりと扉が開く。その向こうには机に向かって書き物をしているグリム様が居た。
傍に歩み寄ると、一言述べる。
「ただいま戻りました」
僕をちらりと見ると、ニヤリと口角を上げた。
「良く戻った。儂は大迷宮を四階層まで行けばいいものと思っておった。しかし、思わぬアクシデントで踏破してしもうたようじゃな」
「もしかして転移の件を知っているのですか?」
「儂は賢者じゃぞ? そのくらいわからぬようでは名折れではないか。して、回収してきた物を見せてみよ」
グリム様の言葉に従い、魔獣の肉やリングを見せる。
――が、何故か杖で頭を叩かれた。
「馬鹿者。儂が言っておるのは本の事じゃ。古代都市で本を回収したであろう?」
「え? そこまで知っているんですか? ちょ、ちょっと待ってくださいね」
リングの中に収納してある五冊の本を取りだすと、机に上にどさっとまとめて置いた。グリム様はすぐに一冊目を手に取り背表紙を眺めると、パラパラと中をめくってゆく。
「ふむ、やはり古代の技術を記しておるようじゃな。これは大きな収穫じゃ」
「じゃあその中にかかれている物は、造る事が出来ると言う事ですか?」
「可能じゃろうな。ただ、必要な物が不足しておる。完成には時間がかかるじゃろう」
僕が気にしているのは飛行船のような物だ。本の中には空を飛ぶ様子が描かれていたので間違いないと思われる。もし、それが実現すれば、エドレス王国の技術に革命が起きるかもしれない。そして、シーモンに住むシンバルさんの運送業も大きく発展する可能性を秘めている。
「まぁよい。兎に角、よくぞ大迷宮を踏破してきた。儂が見込んだだけの事はあるぞ。これでお主たちは一段階上がったと見てよいだろう」
「じゃあ次の修行に移れるのですね」
「そうじゃな。じゃが、すぐには無理だ。お主たちはしばしギルドにて貢献してくるがよい。それと魔法使いギルドへ登録をしてくるといいぞ」
「魔法使いギルドですか?」
自分の顔が引きつるのが分かった。魔法使いギルドは、あまりいいイメージがない。魔法使いと呼ばれる人々は多くがプライドが高く高慢である。そんな人々が集まっている場所は僕としては非常に居心地が悪い。
よし、強制じゃないし登録は止めておこう。
「言っておくが、魔法使いギルドにもすでにクエストを発注しておる。お主たちが行かねばペナルティが下されると心得て置け」
「……はい」
さすが賢者様だ。僕が逃げることなんてお見通しだったらしい。
「話は以上じゃ。次の修行の用意が出来るまで、しばらくは街で過ごすとよいぞ」
「分かりました。それでは失礼します」
部屋から出ようとしたところ、慌ててグリム様が引き留める。
「待て待て、忘れておった。大友が手に入れたリンディニウムの魔石をここへ置いて行け」
「リンディニウム?」
「お主がリヴァイアサンと呼んでおった魔獣じゃ。正式固有名はリンディニウムと呼ばれておる。あの魔石は儂から王城へと献上するつもりじゃ、どうせ魔石屋に持っていったところで売れるはずなかろうからな」
なんだ、ちゃんと固有の名前があったのか。種族はサファイヤドラゴンだってことはフィルティーさんから聞いているので、固有名は勝手にリヴァイアサンだと思っていた。でも、リンディニウムって金属の名前みたいだし、アストロゲイムと似ている響きだから少し変な名前だと思う。
リングから魔石を取り出すと、部屋の真ん中に置いた。床がぎしりと鳴り、その重さが伝わってくる。
グリム様は魔石に触ると、しげしげと見つめながら納得している様子だ。
「ふむふむ、さすが竜王に近しと言われたドラゴンの魔石じゃの。見事な大きさに硬度じゃ」
「硬さとか関係あるのですか?」
「魔石と言うのはの、濃縮する魔力の密度によって硬さが変わるのじゃ。色は長期間触れた属性により変わり、場合によっては色が変化する事も分かっておる」
なるほど、魔石にも僕の知らない謎が沢山あるんだな。もっとこの世界の事を勉強しないといけないな。
魔石をグリム様に渡すと、僕たちは力の塔を後にした。
外へ出ると、先ほどの人々はすでにいなくなっていたが、代りに十人の兵士と一人の騎士が僕たちを待っていた。
赤い鎧を身に纏った騎士は、僕の前に来ると一礼する。
「貴殿は大友達也殿とお見受けいたしますが、相違ございませんか?」
「そうですが、貴方方は?」
僕の問いかけに、騎士の男性は兜を脱ぐと兵士から一枚の紙を受け取った。
「オースティン陛下より大友殿への召状を預かっております。
”サナルジア大迷宮を踏破せし英雄候補なる大友達也。我が権限によりデストロイヤーキャッスルへ登城を命ずる”との事でございます。
これは強制力を有する王命でございますので、やや強引にはなりますが王城までご同行願います」
王城? 陛下? 召状? どう言う事?
すると、フィルティーさんが耳元で話しかけてきた。
「大友、王命とはこの国では絶対命令だ。断れば罰せられる。だが、騎士の雰囲気から察するにそれほど悪い招きでもなさそうだ。危険はないように思う」
僕は頷くと、騎士に向かって返答する。
「分かりました。指示に従います。お城に行けばいいんですよね?」
「そのことですが……こちらで馬車を用意しておりますので、大友殿御一人だけ乗っていただくことになります」
「え? 僕一人だけ?」
「申し訳ございません。我々も命令でして……」
命令なら仕方がないのかもしれない。僕は兵士の導くままに、塔の近くに停めてある馬車へと乗り込んだ。
馬車は見た目は黒塗りで、中に入ると赤い座席が品の良さを感じさせる。座り心地もフカフカでリリスなら数秒で眠りに落ちること間違いなしだ。それに至る所にエドレス王国の紋章が印され、格の高い馬車だと理解できた。
一時間ほど馬車に揺られると、とうとうデストロイヤーキャッスルの敷地へと入る。至るところに全身鎧を身に付けた兵士が警備を行っており、厳重な護りが隙間なく敷かれている事が一目で分かった。まさしく王の住む場所なのだ。
馬車から見える景色は息をのむほど見事で、花々が咲き乱れる庭園や小さな池や野原までも目に映る。王都の中心部に、これほどのどかなで景観のいい場所があったのだと驚いたほどだ。
白亜の城の足元へ辿り着くと、馬車は噴水の周りをぐるりと回りお城の入り口である場所へと停車する。
下車すると、騎士は僕をつれてお城の中へ先導して行く。中は何処を見ても金ぴかに装飾され格式高い印象を与えた。廊下にある壺や大きな絵は見るからに高価な感じなのだ。
赤い絨毯が敷かれた廊下を歩くと、とある部屋の前へと案内された。一際大きく豪華な細工が施された扉は、特別な部屋へと続くものだと確信させる威圧感だ。
「大友殿、これより先は王の間。無礼な言動、行いは重い罪になります。くれぐれもお気を付け下さい」
騎士がそう言うと、扉の前に居る二人の兵士に目線を送る。二人の兵士は頷き、扉に手をかけた。
開かれた先は赤い絨毯が一面に敷かれ、白亜の壁が高い天井に向かって延びている。部屋の両端には多くの兵士が整列し、最奥の椅子に座る人物へと導いているようだった。
神聖且つ荘厳な部屋の中を恐る恐る歩きつつ、必死で頭を回転させる。
こういう時は部屋の中心くらいで跪いたほうがいいのだろうか?
それとも声が掛けられるまで歩くべきなのか?
王様の顔は見てもいいのだろうか? 話しかけてもいいのだろうか?
うぅぅぅ、もう少しアーノルドさんや騎士さんに礼儀の事を聞いておくべきだった。
不安が加速する中、王様の傍に居る男性が声をかけて来る。
「大友殿、中央まで歩かれてその場で片膝をついてください。陛下が話しかけるまで声を出してはいけません」
指示に従い、部屋の中央で片膝をつくと、玉座に座った人物が立ち上がった。
「よくぞ参った、大友達也。貴殿は魔族を倒しこの国を救った。そして、またしても偉業を成し遂げた。サナルジア大迷宮の踏破とSSランク冒険者への到達。まさしく英雄に相応しい功績である。よってここに我、オースティン・ゲルニアは大友達也に英雄の称号を授与する」
顔を伏せている僕には声しか聞こえないけど、近づいてくる王様の足が見えた。
そして、首に何かをかけられる。
「それは英雄の証である。決して失くすではないぞ?」
「は、はい」
「ふむ、顔を上げても良いのだぞ? 我にその顔をよく見せてくれ」
恐る恐る顔を上げると、そこには見知った顔があった。
いや、よく見ると違う事は分かる。僕の知っているよりも年をとった顔だし、髭だって白髪なんて混じっていない。それになにより左腕があるのだ。
そう、王様はシンバルさんにそっくりだった。
「くくく、驚いているようだな。もしやシンバルにそっくりだと思っていたのではないか?」
「え、あ、はい。あまりにも似ていたので驚きました」
「シンバルは我の息子だ。似ていて当然。風の噂では左腕を失くしたと聞いておるが、あやつは元気にしておるか?」
「え!? 息子!?」
一瞬取り乱すが、王様の前だと思いだし冷静を装う。
王様は煌びやかな服を着ていて、赤いマントを羽織っていた。顔には深いしわが刻まれており、鍛えられた大きな体躯は威厳を放ち続けている。その力強い存在感は王に相応しいと言える。
僕は王様に圧倒されながらも、シンバルさんの事を話した。
「そうか……バカ息子が元気にしているのなら心配は無用だな。しかし、息子の弟子が英雄と言うのは存外心地よい物だな。今日は有意義であった。これからは我が国の英雄として存分に力を発揮するがよい。以上だ」
王様は話を締めくくると玉座へ戻る。僕は立ち上がり一礼すると、王の間から退室した。
廊下に出ると騎士が待っており、僕にずっしと何かが入った袋を渡して来た。
「それは英雄になった褒賞でございます。一千万ディル入っておりますので、くれぐれも無駄使いはなさらぬように」
「ありがとうございます」
そう言いつつ内心で驚く。まさか一億円も貰えるとは思っていなかったのだ。
僕は騎士に連れられて街へと戻る事となり、仲間と無事に合流することが出来た。
こうして僕はエドレス王国の六人目の英雄となったのだった。
第三章 <完>
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