59話 「SSランク」
集落へ戻ってきてから三日が経過した。ずっとリリスの様子を見ていたが、どうやら後遺症のような物もなく完全に元に戻ったと判断した僕は、ひとまず王都へ帰る事を決断する。
早朝に集落を出ると大勢のエルフ達が見送ってくれた。僕以外のメンバーは随分と親しくなったようで、多くの人たちに「また来いよ!」などと声をかけられていた。少し羨ましい。
パル達を失った僕たちは徒歩で大森林を出るしかなく、森から出るころには夕方になっていた。
草原地帯で野営をした僕たちは、これからのことを話し合う。
「主人はこれからどうするのだ? やはり賢者の元へ戻り修行を行うのか?」
「もちろんです。そのために大迷宮を攻略しましたし、修行をちゃんと終えないとシンバルさんに顔向けできないじゃないですか」
「ふむ、流石は主人だと言いたいところだが。目的が何なのかをはっきりさせなければ、修行をする意味も違ってくると俺は思うぞ」
確かにアーノルドさんに言う通りだ。ちゃんとした目的がなければ鍛える事にいつか疑問を持つかもしれない。最初は強くなりシンバルさんの手伝いをできればいいと思っていたが、今ではそれも変わりつつある。
僕の周りの人たちを護りたいし、皆幸せになってもらいたい。何より霞と再び会うにはさらなる力が必要な気がするのだ。
そうだ、僕は霞と会うと決めたんだ。もう一度この手に抱きしめるためにはどんな苦境だって乗り越えるつもりだ。
セリスに眼を向けると、彼女はハグハグとハンバーガーを食べている。頬にはマヨネーズを付けて幸せそうだ。僕が探している霞に最も近いのはセリスの中に居る霞だ。だったら封印を破壊してほしい、と言っていた言葉は信用出来るかもしれない。ただし邪神という存在は少なからず気になっている。一体どれほどの相手なのだろうか。
「私の顔をジロジロ見て何を考えているのですか?」
「あ、いや、頬にマヨネーズが付いているよ」
「え!? そ、そう言うことはもっと早く言ってください!」
ほっぺに付いたマヨネーズを指で拭きとると、セリスは顔を真っ赤にしていた。
「くぅぅん……」
僕の膝の上にいるロキはウトウトとしている。やはり魔獣は成長が早いのか少し大きくなった気がする。可愛い時期はすぐに過ぎ去るものだと寂しく感じた。
◇
朝を迎え、魔法の絨毯へ乗り込んだ僕たちは、王都へ向けて出発しようとしたところで約一名が不満を口にした。
「嫌です! 私は絶対に空を飛びたくありません!」
「でもセリス。この方が王都まで速いんだよ」
「イヤー! 絶対にイヤー! 地面から離れたくないのー! 人殺しー!」
仕方なくセリスをぐるぐる巻きに拘束する。
魔法の絨毯は空を飛び始めると、次第に速度を上げて大森林が離れて行く。その光景を見ていたシェリスは少し寂しそうだ。
「シェリスさんはあの森から出た事がなかったんですよね? じゃあこれから見る物は全てが初めてと言う事ですね」
「その通りです。私は大森林で生まれ育ったので、外の世界を知りません。こんな私ですがお役に立てればいいのですが……」
「それは気にしていませんが……元の話し方には出来ませんか? なんだかその感じはむず痒いです」
「それはなりません。私は五人のご主人様の奴隷でございます。贖罪をすると決めた以上は、以前のような傲慢な態度は許される筈もありません」
シェリスさんは頑なに敬語を使おうとする。以前の言葉使いよりは、気品あるエルフの姿には今の方が似合っている感じもするが、どうもまだ聞き慣れない感じがする。
今のシェリスさんは、背中に弓を背負いさらにリリスの布団を背負っている。一応僕で布団を預かろうかと提案したのだが、リリスが「私の布団は女に持たせるわ」などと言って拒否した。どうも男性に布団を触らせるのは気恥ずかしさがあるようだ。
フィルティーさんは僕が渡した剣を磨いて嬉しそうだ。実は試しにフィルティーさんが剣に闘気を込めたのだが、やはりと言うべきか破損することはなかった。その威力も倍増しており、ようやく自身の能力を発揮できる武器が見つかったと大喜びしていた。
アーノルドさんは先ほどからずっと筋トレ中だ。どうも今回の大迷宮の件で自身の力不足を実感したらしく、黙々と訓練に励んでいる。
セリスは……どうでもいいや。
リリスは僕に背中を預けてぼんやりしている。彼女を助けたあの日から妙に距離が近いのだ。席に座ると必ず隣に座るし、どこか行くのだって必ずついて来る。本人はロキと遊びたいからと言い訳を言っているが、僕は契約魔法のトラウマが彼女をそうさせているのだと推測した。
僕と離れたせいであんなにも弱ったのだ、どう考えても離れる事に恐怖を抱くのは当然だろう。ましてや死ぬ寸前まで弱ったことはトラウマになっていたとしても不思議じゃない。
リリスの契約魔法を解除してあげたいが、フィルティーさんから聞いた方法では無理だと判明した。契約の条件を知っている僕なら解除できるはずなんだけど、何故か魔法が弾かれるという現象が起きてしまい解除不能。結局、今のままで過ごすしかないと結論が出た。
「ねぇ、あそこに川が見えるわよ?」
「え? 本当だ。じゃあその辺りに降りようか」
魔法の絨毯をひとまず地面に降下させると、ストレージリングからリヴァイアサンを取り出す。
「これは凄まじいな……大友はこいつを倒したのか……」
「フハハハハ! 良いぞ! さすがは我が主人だ!」
「もがもがもががが!」
「達也やるじゃない。コイツは近海の主で、竜王に最も近いって言われていたドラゴンよ。いい気味だわ」
リヴァイアサンを見た仲間がそれぞれ反応を示す。セリスは面倒なのでそのままグルグル巻きのままだ。それよりもリリスの言った言葉に興味が沸いた。
「竜王って言うのは?」
「竜王って言えばドラゴン系の頂点よ。今は空席だと言われているけど、もし竜王が即位すればヒューマンの国なんて一瞬で消えるわよ?」
僕はリヴァイアサンを見て納得した。確かに強かった。もし、本気で戦っていれば僕なんてひとたまりもなかっただろう。
そう、奴は最後まで僕を侮っていた。だからこそやられたのだ。リヴァイアサンの本気は海水を使った物量攻撃だったはず。僕が奴ならそうする。でも、小さな人間一人に使う攻撃ではないと思ったのだろう。それこそが敗因。
まぁおかげでこうして生きている訳だから運が良かったのだろう。
「それじゃあ解体を始めるよ!」
合図と同時に、仲間はリヴァイアサンの鱗を剥ぎ始める。それが終われば、今度は内臓を取り出し内部を洗浄だ。肉の色は紫の蛍光色なので、常人では食べられない事が判明した。
取り出した内臓を川の中で綺麗に洗うと、樹の間に引っかけたロープで天日干しする。内臓の中には魔力袋もあり、その中には魔石も存在した。取り出した僕たちは驚きを隠せなかった。
直径三mもの大きなマリンブルーの球体が、袋の中からごろりと出てきたのだ。その内部は透き通っていて、向こう側に居るシェリスさんの顔が横に伸びながらもはっきりと見て取れる。
「フハハハハハハハ! これはすごい! こんな魔石は初めて見るぞ!」
「そうなのですか? 確かに大きいですが、僕としてはどれくらいで売れるか心配ですよ」
「おい、主人よ! これは売るとか言うレベルではない! 国宝級だ! エドレス王国の最大級の魔石は王城の宝物庫にあると言うではないか! ならば主人が手にしたこの魔石は国宝としか言いようがない!」
国宝……そこまで考えが至っていなかった。売れるか心配していたけど、国宝級なら値段が付けられないじゃないか。だったらこれはお城へ献上した方かいいかもしれない。僕に手には余りそうだ。
解体を始めてようやく作業が終了したところで、休憩を始める。みんなにはお礼に紅茶を入れてあげた。
僕も紅茶を一口飲むと、フィルティーさんが話しかけてくる。
「ふぅ、やはり紅茶は良い香りだ。ところで大友は、このリヴァイアサンとやらをどうするつもりだ?」
「そうですね。これだけの素材ですから売るのは勿体ない気がしています。ですので、何処かの工房へ持ち込んで、防具を作ってもらおうかなんて考えているのですが」
「なるほど、それはいい。今の装備は心細かったのだ。それに大迷宮のせいでボロボロだ。今思うとあそこは本当に恐ろしいところだった」
よく見ると仲間の装備はボロボロだ。かなり苦しい戦いの連続だったのだろう。その反面リリスの装備は美しいままだ。
「ねぇリリスのその脛当てや手甲は何で出来ているの?」
「私のは”竜鋼”で出来ているわ。ドラゴンが吐き出すアレよ」
僕は首を傾げる。アレとはなんだろうか? しかし、僕以外は分かっているような雰囲気だ。聞きにくいのでここは分かったフリをする。
「ああ、アレだね」
「そうよアレよ。アレは加工しにくいから嫌煙されがちだけど、防具にできればかなり良い素材なのよ」
苦笑いをしてリリスに返答する。アレって何なのかすごく気になる。
休憩を終えると、リヴァイアサンの素材をリングに回収して、再び王都へ移動を開始した。
◇
四日ほどかかってようやく王都へ到着した僕たちは、南の門から街の中へと入った。出発時にはパルが居たことを思いだすと少し悲しくなる。
街に入った僕たちを待っていたのは、百人以上の人の群れだった。
「あれはもしかして日輪の翼じゃないか!?」
そんな声がきっかけで、僕たちの周りにわらわらと人が集まり一斉に主張を始める。混乱した僕は何を言っているのか聞きとれないまま人の群れに完全に囲まれてしまった。
「全員落ち着け! 大友さんが困っているだろ!」
何処からともなく聞こえた声に、僕を囲んでいた人々が大人しくなる。そして、大勢の人が道を空けた先には、一人の男性が立っていた。
「お久しぶりです大友さん」
「君は……テリアさん?」
そこにはボロボロになった鎧に身を包みつつ、精悍な顔には無数の傷が刻まれていた。僕が見たテリアさんはもっと育ちのいい青年だったような気がする。しかし、顔はまさしく彼その者だ。
テリアさんは僕の前に膝をつくと、深々と頭を下げる。突然の行動に僕は目を白黒させた。
「あの時は命を助けてもらい本当に感謝しております。しかも見ず知らずの俺に治療費までだし、そのまま去ってしまうとはまさに男の鏡。俺はその生きざまに心打たれました。あれから大友さんの噂を頼りに此処まで追いかけ、ようやく出会えたのです」
「え? あ? ふぇ? 僕を追いかけてきた?? じゃ、じゃあ沢山居るこの人たちは何ですか?」
「彼らは旅の道中で大友さんに助けられて恩がある者や、俺の志に賛同してくださった人達です。中には日輪の翼に憧れる者もいます。総勢百五十名の冒険者パーティー”日輪の翼を応援する会”のメンバーなのです」
日輪の翼を応援する会!? 止めて! 恥ずかしいよ!
周りを見ると確かに見覚えのある人たちも居るようだ。彼らは僕にキラキラとした視線を送り熱意に満ちていた。ここで解散しろとは言いにくい空気だ。
「フハハハハ! ようやく主人の人望が分かる奴らが出てきたのか! 良いぞもっとやれ!」
アーノルドさんは胸筋を強調するポージングで喜んでいる。他のメンバーは呆気にとられたままだ。
テリアさんは僕を見て話を続ける。
「急に来て驚かれるのは無理もないでしょうが、俺達は日輪の翼に入り強くなりたいという夢を持って此処まで来ました。大友さんのように誰かを助ける力が欲しい。お願いします、俺達を日輪の翼に入れてください」
テリアさんが土下座すると、周りに居る人々が一斉に土下座する。その光景を見ていた街の人々がざわざわと騒いでいる。
「や、や、やめてください! こんな場所で土下座なんて!」
「いいえ! 俺達は日輪の翼に入れてもらえるまで土下座を止めません! お願いします!」
とりあえず仲間に顔を向けると、全員どうでもいいという感じだ。
「良いのではないでしょうか。大型パーティーと言うものは珍しい物ではありませんし。十人を超えるパーティーは”クラン”と呼ばれギルドでは重宝されています」
セリスの言葉に僕は少し考えると、テリアさんに返答する。
「分かりました。クランを作ってみなさんを日輪の翼へ入れてあげます。ただし、定めたルールにはちゃんと従ってください。王都の方々に迷惑をかけるようならクランは解散しますからね?」
「ありがとうございます! やった! 日輪の翼に入れるぞ!」
わぁっと冒険者達は喜び始め互いに抱きしめ合っていた。そんなにも嬉しい事なのかと不思議に感じる。
とりあえず百五十名を連れてギルドへ向かうと、ちょうどギルドイグニスのバッカスさんが一階でウロウロしていた。
彼は僕に気が付くと、ニッと笑顔を見せて近づいてきた。
「やっと戻ってきたか。実は俺の話したクエストで間違いがあってな、訂正しようと思っていたんだが、すでに旅立っていたから探していたんだぞ」
「訂正ですか?」
「おう、サナルジア大迷宮を最下層まで行くってのはどうも過酷すぎるんじゃないかと不思議に思っていたんだ。それでバーテックスに聞いてみれば、どうやら俺の聞き違いだったみたいだ。正確な内容は、大迷宮の四層まで行って戻って来いって内容だったらしい。だから四層まで行けたらSSランクやるから元気出せよ」
いまさらその訂正はないと思う。バッカスさんは僕たちが物資の調達の為に戻ってきたとでも思ったのだろう。でもそれは大きな勘違いだ。
「あの、サナルジア大迷宮は踏破しましたよ?」
「あん? 踏破だと? 嘘つけ。あそこは化け物の巣窟だぞ?」
「一応、これが証拠です」
そう言ってギルド内でリヴァイアサンの魔石を取り出した。
「ぬわあああああ!? なんだそりゃあ!?」
あまりにも巨大な魔石に、ギルド内は騒然とする。いつも飄々としたバッカスさんですら床に尻もちをついて驚いていた。
「これは最下層に居た魔獣の魔石です。証拠になりませんかね?」
僕の問いに、再起動したバッカスさんは立ち上がり魔石をそっと撫でた。
「コイツはすげぇ……こんな魔石を見たのは始めてだ。こんな物見せられた日には信じない訳にはいかねぇな。いいぜ、認めてやる。大友達也はサナルジア大迷宮を踏破し、SSランク冒険者として認める」
その瞬間、ギルド内は大騒ぎになった。僕がSSランクになった事を喜ぶ人や、大迷宮が踏破されたことを喜ぶ人。
そのまま僕はギルド内のカウンターへ向かい、パーティー申請を行う。そして、パーティーからクランへと変更し、百五十名はクランへと加入して行く。
こうしてようやく僕はSSランクへとなれたのであった。
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