58話 「悲報」


「んー! 清々しいわ! やっぱり紅茶は最高ね!」


 背伸びをしつつ嬉しそうにしているのはリリスだ。


 まだ僕たちはエルフの集落でお世話になっていた。リリスが完全復活したとはいえ、あれだけの状態から回復したのだから異常がないとは言い切れない。その為、しばらく様子見を兼ねて休養することにしたのだ。


 そして現在は、テラスのある場所でテーブルを囲んで紅茶を飲んでいる。


「では大友はサナルジア大迷宮を攻略したと言うことなのですか?」


「うん、一応そう言う事になるのかな。最下層まで行ったし、遺跡には名前も刻んだから問題はないと思うけど」


「信じられませんね。これから本格的にダンジョンへ潜るものだとばかり思っていましたが、すでに攻略していたなんてやはり異常です」


 セリスにそう言われても僕としては困る。あれだけ苦労して生き延びてきたのに、異常だなんて言い過ぎだ。


「じゃあ大友は迷宮内でどうやって食い繋いでいたのだ? あそこは食べられない物ばかりだっただろう?」


「え? そりゃあ魔獣の肉や野生の野菜を食べたり……」


 僕がそう言うと、リリスを除いた三人の仲間が椅子から立ち上がり武器を構えた。


 え? え? どうしたの? どうして三人とも怯えた表情をしているの?


「主人はすでに魔人化していたか。ならば俺の手でひとおもいに……」


「あのような奇怪な肉を食べたのか。やはり大友は変異している可能性が高い」


「大友のフリをして私たちを一網打尽にする作戦だったのですね! そうはゆきませんよ! 聖女の名に懸けて浄化して差し上げます!」


 そんな様子を見ていたリリスが、膝の上にいるロキを撫でながら一言漏らす。


「貴方達馬鹿でしょ? 達也は特別よ。魔獣の肉くらいで変異なんてしないわ。見れば分かるじゃない」


 その言葉に僕も含めた四人が首を傾げる。見れば分かるってどう言う事?


「見れば分かるのですか? うーん、普通だと思いますけど……」


 セリスが僕をじっと見つめるが、リリスの言ったことを理解している感じではない。むしろますます謎が深まったくらいだ。


 三人はとりあえず椅子に座ると、会話を続けることにしたようだ。


「しかし、話は変わるが大友の持っているリングは何なのだ? ストレージバッグにも似ているが、根本的に違うような気もするぞ」


「ああ、これですか。これはダンジョンの中で見つけたストレージリングと言う物です。容量もかなり大きいみたいですし、ダンジョン内ではかなり重宝しました」


「古代文明の匂いがするな。大友はもしかすれば相当貴重な物を見つけたのかもしれないぞ」


 フィルティーさんの言うことに納得した。なんせ鍵付きの箱の中に入っていたのだ。どう考えても貴重な物だと言うことは間違いない。


 あ、そうだ。四人にはお土産を持って帰っていたんだ。


 ストレージリングから四つの物を取りだすと、テーブルに乗せた。


「これはフィルティーさんに」


 彼女に宝剣を渡した。


「これは良さそうな剣だな。刀身も薄紅色で美しい。このような物を貰っていいのか?」


「もちろんです。実はその剣に闘気を流し込んだんですが、壊れなかったのできっとフィルティーさんの良い相棒になってくれると思いますよ」


 次はアーノルドさんだ。


「この靴はアーノルドさんにあげます。これを履くと移動速度が上がるみたいなので、前衛のアーノルドさんにはピッタリだと思いますよ」


「ふむ、早速履いてみよう」


 スポーツサンダルのような靴をアーノルドさんが履くと、とたんに姿をくらました。何処に行ったのかと探していると、頭上の木の枝の上でポージングをしているではないか。あの一瞬であんな場所に行くなんて、思っていたよりも靴の性能は良さそうだ。


「フハハハハ! これはいい! 丁度俺も足に闘気を込められるようになっていたからな、戦いにはうってつけの品だ! 感謝するぞ主人!」


 僕が居ない間にアーノルドさんは闘気の修行を怠らなかったようだ。もう足にまで流せるようになるとは恐ろしいまでのセンスを感じる。


 さて、次はセリスだ。


「セリスにはこれをあげます」


 僕は二m程の杖をセリスに渡した。


 杖は白を基調とし、頭部にはランタンのような物が備わっている。その中には小さなクリスタルがわずかにだがぼんやりと光を放っていた。


「杖ですか? デザインも悪くないですし、色も下品ではないようですね。これなら大友を殴りやすそうですし気に入りました」


 え? 殴りやすそうってどういうこと? もしかしていつも僕を杖で殴りたいとか思っていたの?


「ちょっと待ってください。これ、多分ですが神聖魔法の効力が上がるかもしれません」


 セリスは神聖魔法を行使した。以前とは違い、ピンクの光が強くなっている感じがする。同時に杖の頭部にある小さなクリスタルも呼応するかのように光を強める。


「間違いないです。これはすごい品ですね。デザイト教総本山でもこのような物はありませんよ。ありがとうございます」


「喜んでもらえて嬉しいよ」


 最後にリリスの番だ。テーブルに残った指輪をリリスに渡す。


「それは魔力を増幅する力を持っているみたいなんだ。僕の指には入らなかったから女性用なんだと思う」


「そうみたいね薬指に入ったわ。でもこの指輪に付いている赤い石って達也のリングとよく似ているわね」


 僕もそう言われて見比べる。確かに腕輪の赤い石と指輪の赤い石はサイズは違うが、形も色も同じに見える。なんだかお揃いみたいで恥ずかしい。


 リリスは指輪を黙って眺めていた。その表情は僕の心臓を止めるほど美しい柔和な笑みを浮かべている。


「ありがとう。大切に使うわ」


「うん、ところでみんなから話があるって聞いたけど何かな?」


 その切りだしに四人は表情を硬くする。


 緊張した空気を破るように、フィルティーさんが話し始めた。


「大友、これから聞く話を心して聞いてほしい。例えふざけた話だとしても落ち着いてほしいのだ」


「なんの話ですか? とにかく内容を聞いてみないと分かりませんよ」


「そうだな……そろそろいいぞ。シェリスこちらへ来い」


 彼女がそう言うと、テラスの入り口からシェリスさんが少しだけ顔を出した。なんだか僕に怯えているみたいな表情だ。


「もういいのか? 不意打ちで私を殺さないよな?」


「良いから早く来い」


 渋々フィルティーさんの横へ来ると、シェリスさんは緊張した面持ちでちらちらと僕を見ている。


「大友、良く聞いてほしい。此処に居るシェリスは私たちの大事な仲間であるパルケ鳥を預かった事は覚えているな?」


「ええ、ダンジョンへ連れて行けないので、この集落で預かってもらうって話になりました」


「その際には余分に肉を渡した事も覚えているな?」


「はい、手持ちでまだ余分に肉があったので代価の代わりに渡しました」


 フィルティーさんは何が言いたいのだろう? シェリスさんはパル達を預かると約束したから今も集落のどこかでのんびりしている筈なのに。


 数分ほどフィルティーさんは沈黙すると、覚悟を決めて口を開いた。


「我々のパルケ鳥はエルフ達に食べられたのだ」


「は……?」


 僕は理解が追い付かず頭の中が真っ白になる。


 だってあり得ない。シェリスさんは約束した。


 パル達は必ず護ると言ったのだ。


 僕は出発前に何度も念を押した。シェリスさんはその言葉に護ると断言した。


 あの可愛いパル達がもういない? そんな馬鹿な。


 僕は怒りのままに全身に闘気がめぐらせる。周囲の建築物に亀裂が入り、びしびしと破片が宙に浮いていた。空間は歪みぐにゃりと景色を捻じ曲げる。


 赤いオーラが全身にあふれ出し、風が巻き起こっていた。辺りには静電気が発生し、表情を変えない僕の怒りがじわじわと漏れ出ている。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい——」


 床に頭を擦りつけ土下座するシェリスさんは呪文のように謝り続けた。だがその程度で僕の怒りが収まるはずもない。


「大友。落ち着け。確かにパルケ鳥は食べられてしまったが、シェリスが全て悪い訳じゃない。事情を聞いてやってくれないか」


 僕はフィルティーさんの言葉を信用してひとまずは怒りを抑えた。


「じゃあその事情とやらを聴かせてもらえますか?」


「は、はひぃ」


 シェリスさんはぶるぶると震えて涙目だ。よく見ると座り込んだ床には小さな水溜りが出来ている。ちょっとかわいそうな気もするが、そう簡単には許せる話ではない。


「私はパルケ鳥を預かってきちんと世話も周知もしていた。決して鳥を食べるなと徹底して言っていたのに、集落の子供達が私の目を盗んで鳥を殺して食べてしまったのだ。


 も、もちろん犯人の悪ガキには厳しい折檻をしたんだ! 五人の悪ガキは百叩きの罰を与え、三日間の絶食刑だって行った! 奴らも反省している! どうか許してもらえないだろうか!」


 それだけのことを本当にしたのなら相応の罰だと思う。ここは許すべきなのだろう。だけど僕の感情がそれを認めないと叫んでいる。


 しかし、ここで感情的になっても何も解決はしない。


「……分かりました。二度と、二度とこんなことがないようにしてください。此処へ来るのは僕たちだけではないでしょうから」


「ありがとう! ありがとうございます! 子供達を許してくれてありがとう!」


 シェリスさんは土下座を繰り返す。その姿を見ると溜飲が下がる。


「もう立ってください。許したのですから、この話はもういいでしょう」


「いや、まだ終わっていない! 私には罰が下されていないのだ! これから私は五人の奴隷となり残りの人生を贖罪するつもりだ!」


「奴隷? 贖罪?」


「エルフは奴隷になることが一番の不名誉。だからこそ、私は五人の奴隷となり罪滅ぼしをしたい。外の世界では罪を犯した者は奴隷なると聞く。ならば私がそうなるのは当然のはずだ」


 急展開にまたもや頭が真っ白になる。


 仲間を見ると四人とも頷いている。と言うことはシェリスさんの申し出を受け入れたと言う事だ。


「でも奴隷だなんて……」


「いいじゃない。本人がそう言っている訳だし、私としては世話係が出来ていいと思うわ」


 リリスがそう言って紅茶を飲んでいるが、三人も彼女の言い分に異論はないようだ。正直言えば受け入れがたいが、シェリスさんからもこれだけは引き下がらないという固い決意が見て取れた。


「分かりました。ただし、一生と言うのは止めてください。償いが出来たと僕たちが感じれば解放するつもりですから」


「それでかまわない。私はとんでもない事を引き起こした罪人なのだ」


 シェリスさんは深々と頭を下げてお礼を述べる。


 その後、森の中にあるパル達の墓にお参りに行った。石に名前が刻まれ、花が置かれている。周りにも多くの花が生え、パル達が安らかに眠るには良い場所だと思った。


 僕の中に残るパルとの思い出は決して失われないだろう。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る