52話 「クイーン」


 Cエリアに足を踏み入れた僕は、すぐに違和感を感じ取った。魔獣の数が少なすぎるのだ。


 地図上ではある一点において異常なほど赤い点が集中している場所があるが、それ以外は魔獣らしい影が見られない。おそらく一種類の魔獣がCエリアを支配しているために、起きている現象だと推測した。


 しかし、敵が集まっている場所を通らないとDエリアには行けないので、あらかじめ姿を隠す魔法と、臭いを遮断する魔法を同時発動して通り抜ける事に決めた。


 ただ、嫌な予感はぬぐえ切れない。


 Cエリアは今までの場所と比べると、保存状態も良く手つかずの部屋も確認できた。僕は完全に密閉されているであろう部屋を見つけると、扉の隙間に槍を差し込み無理やりこじ開ける。ダンジョンに来てようやく冒険者らしい財宝探しだ。


 重い石の扉を開くと、中は完全に真っ暗だ。夜目が効くと言っても全く光がないと見えない。僕は魔法を使って照明を創り出した。


 僕の少し上で光の球体が発光し始めると、視界に眩い光が飛び込む。その輝きは思わず眼を閉じてしまうほどだ。


 少しずつ眼を開けて部屋を確認すると、そこには想像以上の物が山積みされてい た。


「ここってもしかして……大昔の宝物庫?」


 その言葉通り、部屋の中には金銀宝石が所狭しと並べられている。見た事のない金貨が小山となり至る所であふれているのだ。僕は腰が抜けた。


 しばし呆然とすると、思わず笑みが出てしまう。僕だって人間だ。欲だってあるし、お金が沢山あればいいなぁなんて思った事はいくらでもある。一般人であり凡人である僕の前に、そんな大金が現れるなんて生きていて初めてだ。


「あはは……腰が抜けて立てないよ……」


 とりあえず近くにあった金貨を掴むと、模様などをまじまじと眺めてみる。


 金貨は百円程の大きさで、厚さもそのくらいだ。表にはドラゴンが描かれていて、裏には女性の絵が描かれている。その顔は僕には見覚えのない物だ。


 ようやく立てるようになると、部屋の中を探索することにした。


 じゃらじゃらと金貨同士がぶつかる音が木霊する中、僕は金貨の山を漁り続ける。何となくだが、この中にいい物があるような気がするのだ。


 金貨の山の底から、抱えるほどの古びた箱が出てきた。


 この部屋の中では異質とも呼べるくらい質素で飾り気がない。それに南京錠のようなものでがっちりと施錠されている。僕の少年心がきゅんきゅんしていた。きっと中にはいい物が入っているに違いない。 


 そこではっと気が付く。


「鍵がない……」


 とりあえず槍で切り落とそうとするが、南京錠は特殊な金属で造られているのか槍を弾き返す。数分ほど試行錯誤を繰り返して、とあることを思いつく。


「そうだ、最初からこうすればよかったんだ」


 闘気を物質化して鍵穴に入れると、中の機構に合わせて形を整える。これで鍵の完成だ。迷うことなく鍵を捻ると、音がして南京錠が開錠された。


「何が入っているのかな……」


 ゆっくりと蓋を開けると、そこには一振りの見事な剣が収められていた。


 大きさは片手剣に近い物だが、施されている装飾が非常に美しい。手に持って鞘から抜いてみると、錆びた様子もなく薄紅色の刀身が僕の顔を映している。


 箱の中を覗くと、底には朱い石をはめ込んだ腕輪が転がっていた。


 恐る恐る腕輪を嵌めると、朱い石が光り輝き視界にPCのウィンドウのような物が現れた。


 <*ΛΨ・Λ**Σ/*ΘΛ>


 意味不明な記号が羅列され、何かの許可を求めているようだ。僕は心の中で「YES」と念じる。


 <*Θ・大友達也>


 僕の名前が表示されてウィンドウは消えた。その瞬間、荷物が僕の身体から消えたのだ。どうなったのかとあたふたすると、再び視界にウィンドウが現れる。


 <ストレージリングが正常に作動いたしました。リング所有者は内容をご確認ください>


 ストレージリング? バッグの小型版なのかな?


 ウィンドウが切り替わり、今度は消えた筈の持ち物が表示される。


 <ストレージバッグ小型(1)ストレージバッグ大型(1)宝剣(1)>


 僕はハッとする。これはもしかして小説やゲームで有名なマジックボックスじゃないのかと。まさかこの世界にも同じような物があるとは考えもしなかった。


 視界に映るウィンドウの、ストレージバッグ大型を指定すると足元に現れたのだ。予想通りで僕は飛び跳ねてしまった。これで荷物を沢山持ち歩く必要はなくなったのだ。


 試しに金貨と宝石をリングに入れるように念じると、手元からすっと消えてウィンドウに名前が表示される。しかも、種類別で分けられているのだから便利な道具だと感心する。


「これは確かにすごい道具だ。大昔の文明は高度に発達していたのは間違いない」


 早速、宝物庫の金貨や宝石をリングに収めることにした。五分の一ほど入れたところで、僕は部屋から出ると再び扉を閉める。


 貰い過ぎは良くない気がするのだ。僕はここへ財宝を求めてきたわけじゃない。たまたまここで発見しただけだ。だからこれ以上貰うのは止める事にする。とは言え貰った分でもかなりの量だ。これだけあれば一財産は築けるかもしれない。少しだけ口元が緩む。


 手に入れた剣はリングに保管する事にした。僕は槍を使っているし、剣と言えばフィルティーさんだ。彼女に渡せば喜んでもらえるかもしれない。それに仲間にも渡せそうな物を財宝の中から選んだので、きっとみんな喜んでくれるだろう。


 再び歩きだした僕は、とうとう赤い点が集中している場所へとたどり着いてしまった。地図を見る限りでは、赤い点はほとんど動かないのでもしかすれば獲物を待っている状態かもしれない。


 何度も自分にかけている魔法を確認して、その場所へと近づいた。


 そこは巨大な部屋になっており、向こう側に唯一Dエリアに行く為の通路が続いている。僕はそっと部屋の中を覗きこんだ。


 部屋の中にはびっしりとアビスタイタンが床や壁に張り付いていた。その数は千はを下らない。正直言うと気持ち悪い光景だ。


 その中心部では、周りのアビスタイタンと比べると、二回り程大きい巨大なタイタンが長い腹部から床に卵を産み付けていた。蟻で言うのなら女王だ。

 すぐにそのタイタンを”クイーンタイタン”と名付け、どうにか部屋を横切れないかを模索する。


 部屋の中はぎりぎりの隙間が確保されているが、寝ているであろうタイタン達を刺激せずに通り抜けるには、かなりの時間を要することは明白だった。


「よし、覚悟を決めろ達也」


 自身を鼓舞して、部屋の中へと歩みを進めると至る所でいびきらしき音が聞こえる。周りのタイタンを起こさないように、忍び足で一歩ずつ進むと近くのタイタンの触手がうねうねと動いた。


 僕はぴたりと動きを止めると、触手は次第に大人しくなる。泣きたくなるほど生きた心地がしない。


 再び歩きだした僕は、そろりそろりと足を進め、カオスタイタンの顔が間近にある場所を通りすぎる。二時間してようやく部屋の中心部に来たころには、クイーンの全貌を垣間見ることが来た。


「ぐるるるるる」


 かすかに唸り声をあげているが、周りのタイタンは一切反応を示さない。その顔は人に似た二つ目で、女性らしき容姿をしている。ただし、美しいとは程遠い醜さを見せつけていた。全身には触手が取り巻き、全体的にイモムシに似ている。


 その姿を見て僕は生唾を飲み込む。クイーンの気配は間違いなく今まであった魔獣の中でダントツの強さだ。八階層で出会ったタイタンが子供のように感じる。

 自分の手を見るといつの間にか震えていた。強くなった気でいたが、此処ではまだまだ僕は弱い。上には上が居ると言う事だ。


 見つかる前に逃げ出そうと歩き始めると、地図上で四つの点が急速にこちらに近づいていた。間違いなくこの部屋を目指している動きだ。僕は額から汗が流れるのが分かった。


 数分して部屋に四つの点が辿り着く。


「ぐがぁあああああ!」


 凄まじい咆哮を放ち、部屋に入ってきた四匹は手当たり次第にタイタンを攻撃する。四つの前足でタイタンの頭部を吹き飛ばし、強靭な顎で骨もろともかみ砕く。


 ヘルグリズリーが僕を追いかけてやってきたのだ。


 部屋の中に居たアビスタイタン達は一斉に動き出し、唸り声を上げていた。僕は必死でタイタンの足を避けつつ先へと進む。視界には巨大な塔が空から降り注いでいるような恐ろしい状況だ。


「ひぃぃいいいいい!」


 悲鳴をあげつつも逃げ惑いながら、ようやく通路側へと抜ける事が出来た。部屋の中は凄まじい事になっている。

 四匹のグリズリーがタイタンを次々に食い殺しながらも、タイタン達は数の暴力で押し寄せていた。戦いは拮抗しているように見えるが、クイーンはその戦いを傍観しているのだ。恐らく何度もこんな戦いがダンジョン内では繰り広げられていたのだろう。


「ぐがぁああああああ!」


 その咆哮は一本の腕を失くしたグリズリーによるものだった。視線は迷うことなく僕を捉えていた。魔法で姿や臭いを消しているのも関わらずだ。

 奴は怒り狂った突進で僕を目指そうとするが、タイタン達に進行を塞がれてしまう。明らかに僕を狙っている。


 僕を見つけられる理由は分からないけど、このまま此処に居れば良くない事が起きる気がした。すぐにDエリアを目指して駆け出す。最下層まで行けば追ってこないだろうと思ったのだ。


 遠くから熊の鳴き声が聞こえるが、通路を走り続けた。



 ◇



 ようやくDエリアに入った僕は、すぐに手ごろな部屋を探す。安全な場所で食事をしようと思っていたのだ。


 近くにあった水源に腰を下ろすと、手早く調理器具を取り出して料理を始める。


 フライパンで肉を焼いて、ダンジョンで確保した卵で卵焼きを作る。


 Bエリアには鶏に似た魔獣”コカトリス”が生息していた。コイツはそれほど強くはないが、特殊な目で敵を石化させる厄介な力を持っている。

 それにダンジョンと言う過酷な中で数を増やすために、多くの卵を産むことも分かっている。その数は一日で千個産むのだからすごいの一言だ。その卵はバスケットボールほどの大きさで、割ってみると卵黄が異様に大きい。もちろん味も美味しいので、親鳥が居ない隙を見て卵を貰ってきたのだ。


 ご飯を炊いて、いざ食事だ。肉に箸を付けようとした時、聞きなれない声を聞く。


「くぅんくぅん」


 まるで子犬のような鳴き声だ。


 僕は声がする方に視線を向けると、そこには銀色の毛皮に包まれた子犬が肉を見て鳴いていたのだ。


「可愛い……」


 僕は猫も好きだが、一番は犬だ。しかも美しいほどの毛皮で光にキラキラと反射している。そんな手の平ほどの子犬が鳴いていれば誰だって目尻が下がる筈だ。


「ほら、これをあげるよ」


 僕は肉を半分に切ると、子犬の口の大きさに合わせて切り刻んでから床に置いてやる。


 子犬は肉をむしゃむしゃと食べ始めると、小さな尻尾を振って一心不乱な様子だ。


 肉を食べ終えた子犬は、何故か僕の膝の上に座り眠り始めた。


 その寝顔は何度見ても可愛いとしか言いようがない。僕はしばらく子犬を眺めると、とある事に気が付いた。


 子犬が居ると言うことは親犬がいる筈だ。ここは大迷宮なのだからただの犬ではないだろう。次第に恐怖が這い寄ってくる。


 その時、地図上で赤い点が現れた。その動きは今までの魔獣の比ではない速さだ。しかも、此処に近づいている事から子犬と関係している予感がする。


 すぐに逃げ出そうとするも、地図上ではすでに赤い点が到着していた。


「がるるるる……」


 その唸り声に顔を上げると、巨大な狼が僕を見下ろしている。しかも牙をむき出しにして怒りを露にしていた。


 この時ばかりは死を覚悟した。


「きゃうん」


 その声で、巨大な狼は怒気を静めた。僕の足に上で寝ていた子犬が鳴いたのだ。


 全長約四十mもある白銀の狼は、緑の目で僕を見るとすんすんと臭いを嗅ぐ。その間も子犬は狼に何かを伝えようと吠えていた。


「ウ゛ォオン!」


「きゃうん!」


 狼と子犬は何かを伝えあうと、狼が去ってゆく。僕は何が起きたのか理解できないまま呆然としていた。とりあえずあの狼は”フェンリル”と名付ける事にする。


 恐らくだがフェンリルはこの子犬の親だろう。だがなぜか子犬は僕から離れない。むしろ尻尾を振って嬉しそうだ。


 僕は床に身体を投げ出すと、ダンジョンの天井を見ながら呟いた。


「もう、何なんだ此処……」


 今さらだが、やはり此処は僕の理解を越えた世界のようだ。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る