31話 「王都」


 僕たちはパルケ鳥に乗ったまま旅を続け、ようやく王都へたどり着いた。


 王都への道は次第に多くの人とすれ違い、シーモンの人たちと比べるとやはり都会の人らしい垢ぬけた姿だ。赤や黄色や青など、多彩な服を着こなす辺りは田舎人の僕には奇妙に感じた。もちろん地球のファッションを振り返れば、なんら不思議な事ではないのだろうけど、四年近くを異世界で過ごしている僕にはやはり見慣れない格好に映る。


「主人よ、あれが王都だ!」


 そう言ってアーノルドさんが指差した方向には、巨大な街が見えた。地平線に何処までも続く街並みと、横に広がる外壁は圧巻の一言だ。

 街の中心部辺りには大きなお城が見え、すぐ近くに知恵の塔とそっくりの塔がそびえ立っている。もしやあの塔に、賢者様であるグリムさんが住んでいるのだろうか?


「ヒューマンの一番大きな街って言うだけあるわね。面白そうじゃない」


 リリスは左手で髪を流すと、嬉しそうな表情を見せる。そう言えば演劇を見たいとか言っていたから、連れて行ってあげないといけないな。


「主人よ、俺は王都育ちだと言っただろ? 道案内は任せろ」


「ありがとうございます。とりあえず今日は宿に泊まって、明日にでもグリムさんのところへ行きましょう」


 再び進み出した僕たちは、王都へ入る門へと近づく。街の中へ入るための門は大勢の人が出入りし、門の両端には巨大な仁王像のような彫像が飾られていた。


「うわぁ、すごい大きな石像ですね! この像はなんて言うのですか?」


「さすが主人だ。この石像は”エドレスの石像”と呼ばれ、東西南北を八人の戦士の像が護っている。その昔、この国が出来る以前にエドレス傭兵団と呼ばれる組織があったそうだ。八人の傭兵は大魔法使いムーアと共に魔族を追い払い、この地を勝ち取ったとされている。傭兵団のリーダーが後のこの国の初代国王となったそうだぞ」


「へぇ、じゃあ八人の石像のどこかに初代国王様の石像もあるってことですね」


 石像は何故か上半身裸で、見事なほど筋肉が隆起していた。口をへの字に曲げ、王都へと敵対する者を威嚇しているように感じる。歴史から見ると魔族に対しての物だろうと推測できた。


「しかし、いつ見ても良い筋肉だ。俺もあの像に憧れて筋肉を追い求めるようになったのだからな」


 僕とリリスはアーノルドさんの話を無視した。筋肉の話は聞きたくない。


 巨大な門を通り抜けると、そこはまさに都会だった。

 どこも四階建ての建築物が建ち並び、色彩豊かな屋根や壁が街を彩っていた。窓には植木鉢が並べられ、石畳の続く道の脇にも花や樹が計画的に植えられているように感じる。行き交う人々は赤や緑のローブを羽織り、中には貴族だろう人が帽子に短パンとタイツを履きマントを颯爽と翻している。ここが都会だと思い知らされる気分だ。


「なにあの姿、ヒューマンっておかしな格好をするのね」


 貴族を見てリリスはクスリと笑う。センスのいいリリスからすると、この街の人たちは変わっているように見えるのだろう。


「フハハハ! あの格好は昼の姿にすぎん! 貴族は夜になればさらに派手な格好をして社交場に繰り出すものなのだ!」


 アーノルドさんの説明に納得した。学校の歴史で貴族は昼と夜を使い分けていたと学んだ。この世界でも貴族は同じなのだと理解できる。それにしても随分と貴族に詳しいアーノルドさんが気になった。


「そういえば、アーノルドさんって平民生まれですか?」


「主人よ、それだけは聞かないでくれ……」


 珍しくアーノルドさんが深刻な表情をしているので、それ以上は聞けなかった。いつも笑顔だけど、話したくない過去があるのかな?


 パルケ鳥に乗ったまま僕たちは宿らしき場所へたどり着くと、隣にある馬小屋へパル達を預ける。少し寂しそうなパルを撫でると、宿へと足を踏み入れた。


「いらっしゃいませ! ようこそ当店へ! 我が宿は、かの英雄”鬼のシルビィア”様がお泊りになった老舗でございます!」


 支配人らしき人物が大声でそういった瞬間、僕は固まった。今、シルヴィアさんと言ったよね?


「あ、あの、鬼のシルヴィアと言うのは、どのような方なのですか?」


 支配人は両手を擦り合わせながら、腰を低くして答える。


「はい、シルヴィア様は三十年前に伝説の冒険者パーティー【阿修羅アスラ】を率いていたリーダーでございます! 旦那様であるブライアン様は英雄コンテスト第一回覇者でございまして、我が宿はそんな方々に宿泊していただいたことを誇りに思っております!」


 僕はますます愕然とする。ブライアンさんが伝説の冒険者とは知っていたけど、シルヴィアさんがパーティーのリーダーだったなんて初耳だ。あんなに優しいのに阿修羅なんて、恐ろしく感じる。


 リスアに居るだろう二人に少しばかり恐怖した。


「どうした主人よ? 宿に泊まるのだろう?」


「どうしたのよ震えて。なに、知り合いなの?」


「う、うん。シルヴィアさんもブライアンさんも、僕の師匠の師匠なんだ」


 会話を盗み聞きしていた支配人は僕の両手を握る。


「なんと! 貴方はあの方たちの孫弟子なのですね! いやぁ! 今日はめでたい! 実はわたくしあの方達のファンでして、幼いころは宿に泊まったあの御二人に憧れて剣を教わったりしたのですよ! 今ではわたくし宿を経営していますが、あの御二人の背中は未だに忘れませんよ!」


 ぶんぶんと僕の両手を上下に揺らし支配人は熱弁する。そんなに有名な冒険者だったのかと驚き、同時に尊敬の念が沸き起こった。もちろんブライアンさんもシルヴィアさんも尊敬しているが、さらに輝いて見えるのだ。だとするならその弟子であるシンバルさんはどうなのだろうか?


「あ、あの、シンバルさんという方は聞いたことがありますか?」


「ああ、パーティーメンバーにいらっしゃった方ですね! 確かこの宿に来られた時はわたくしと同じ年齢くらいに見えたように思います! 随分と高貴な顔立ちでしたので、怖くて話しかけられなかったことを今でも覚えておりますよ!」


「高貴な顔立ち?」


 もしかして、グリムさんへの手紙と関係があるのだろうか? いくら有名冒険者の弟子だからと言って賢者様に手紙を送るのは不自然だ。賢者様とシンバルさんとの関係が見えてこない。


「そういえば、シンバル様はかなり有名なパーティーを作ったと噂で聞いたことがありますね。なんでしたか……ま、ま、うーん、出てきませんね。申し訳ありません」


 支配人は僕に頭を下げた。


「いえ、興味が沸いただけなので気にしないでください。とりあえず、今日は一泊お願いできますか?」


「はい! ありがとうございます! わたくしはクリストファーとお呼びください!」


 宿へチェックインすると、僕たちはとりあえず部屋へ入る。最近は実入りが大きかったので、各自個室だ。


 僕の部屋へ入ると、そこはシックな装いでテーブルには、ピンクの花が活けられている。壁にはよくわからない油絵が掛けられ、窓からは王都の賑やかな街並みが見て取れた。


「うん、いい宿だ。ブライアンさんが宿を開こうって、思った気持ちが良くわかるよ」


 そう言いつつベッドに腰掛けると、予想とは違ってごわごわした触感だ。僕やアーノルドさんは気にしないが、リリスが文句を言いそうで少し笑ってしまう。きっと今夜は手持ちの布団で寝ることだろう。


 すると、僕の部屋のドアが開けられリリスが入ってきた。


「達也、早く演劇を見に行きましょ? のんびりしていると見られなくなるわよ」


 そう言ってリリスは僕の手をぐいぐいと引っ張る。


「分かったよ、荷物を置くから少し待って」


 リックサックを床に置き、金品だけを懐へと仕舞う。宿を信用していないわけじゃないけど、用心に越したことはない。それに念ためにアーノルドさんやリリスの荷物にもお金を隠してあるので、大丈夫だろうとは思っている。二人には黙っているけどね。


 部屋を出た僕はアーノルドさんを呼ぼうとすると、奥から独り言が聞こえてきた。


「とうとう王都へ戻ってきてしまった。出来れば父上や兄弟には会いたくないのだが、なんと言われることやら……」


 深刻な雰囲気なので、アーノルドさんは置いてゆくことにした。それに街を出歩きたくない印象も感じるので、ここはそっとしておくべきだろう。


「リリス、二人だけで演劇を見てこようよ」


「え? あの筋肉バカは来ないの? あれだけ大口叩いておいて今更じゃない。さっさと呼んで連れていきましょ」


 リリスはアーノルドさんの部屋に踏み入ると、不敵な態度で話しかける。


「でかい図体の筋肉バカが、何に怯えているのかしら? あんたは脳みそも筋肉なんだから細かいことなんて考えなくていいのよ」


 ベッドに座っていたアーノルドさんは立ち上がると、胸筋を誇示するポージングをとる。


「ふざけるなこの魔族っ子め! 俺が何に怯えるというのだ! 見よ、この筋肉を! 鍛え上げられた筋肉に逆に怯えるがいい!」


「ほら、筋肉バカでしょ。さっさと行くわよ」


 リリスは踵を返すと部屋から出る。僕はあのやり取りがリリスなりの励ましのように見えた。肝心のアーノルドさんは憤慨していたけどね。


「脳筋とは侵害だ! 俺は優れた知性を持っていると言うのに!」


「アーノルドさん、演劇を見に行きましょう」


「む、そうだな。魔族っ子の発言にいちいち怒っていては身がもたん」


 宿を出ると、僕たちは町へと繰り出す。


 買い物もしたいけど、まずは演劇だ。王都の歓楽街に会場はあるらしく、場所へ向かうと多くの人が入口へ集まっている。そこはまるでサーカス会場のようで、紺色の大きなテントが張られ、入り口では料金を徴収している。


 僕たちもお金を払い、人の流れに乗ったまま中へと入っていった。中は大きなステージが設置され、大勢の人がステージの前に集まっている。入口が閉じられると、演劇が始まり赤いカーテンが開かれる。


『これはエドラス王国ができる遥か昔の話――』


 そう始まったと同時に、一人の女性がステージに出てきた。


「私は世界を創りし女神テトリア。この世界に光と平和をもたらしましょう」


 そこに黒い服を着た男が現れる。


「我が名は邪神フリーダ。この世界を破壊の限り尽くしてやろう」


 そう言って男は、小道具で造られた赤い球体を女神に向かって投げる。


「私は女神、そのような攻撃は効きません」


 女神は赤い色のオーラを(後ろから紙で出来たオーラが配置される)体から迸らせ邪神に向かって黄色い閃光を飛ばした(女神の手元から紙の閃光が人によって移動する)


 閃光に当たった邪神は、声をあげて後ろへと吹き飛ばされた。だが、邪神は立ち上がると笑いながら呟いた。


「俺は変身をあと二回残している、その意味が分かるかな?」


 その言葉に僕は目を見開くのを感じた。この話を僕は知っている。内容は少し違うけど、間違いなく地球の漫画の話だ。こんな偶然があるだろうか?


 二人を見ると、この続きが気になるのか夢中になっていた。これを演劇と呼んでいいのか分からないけど、集○社があれば間違いなく訴えるレベルだ。僕は見ていられなくなり演劇小屋から出てしまった。出口には演劇のスタッフが、ニコニコと笑っているので、僕は質問をする。


「あ、あの、演劇の内容は誰が作ったのですか?」


「え? あれは確か、二千年か三千年前からあるらしいから、誰が作ったとかは知らないな。でも有名な演劇だから知らない人はいないぜ。しかし昔の人はスゲェ演劇を作るよなぁ」


 演劇小屋のお兄さんは感心したように頷く。違うといいたいが、言えない僕の気持ちを分かってくれる人はこの世界にはいないようだ。もしかすれば、僕と同じように転移してきた地球人がいたのかもしれない。ほどなくして演劇が終わり、リリスとアーノルドさんが出てきた。


「あの邪神フリーダは卑怯よ! 女神が許してあげたのに後ろから攻撃するなんて!」


「フハハハハ! いつ見ても実に面白い演劇だ! 最後の超女神スーパービーナスは血肉が沸き踊る思いだ!」


 止めて、それは血涙を流しながら書いた本当の作者が居る話なんだ! ここで言いたい! 本当の作品はアレだと!


「どうした主人よ? 随分と思い悩む表情だが?」


「なんでもありません……」


 僕たちは宿へは帰らず、そのまま街を散策することにした。習慣で食料店に向かい、保存食を購入すると今度は雑貨屋へ向かう。その店はガラス細工が綺麗で、僕たちは小物や生活用品に目を奪われた。


「ねぇ、これってガラスでしょ? すぐに割れるものを使えるの?」


「すぐに割れるから大切に使うんだよ。綺麗なものを割らずに使うのは、きっと何か大切なものを失わないために、努力するべきだって言っている気がするんだ」


「大切なものね……」


 ガラスの小物を見たままリリスは何かを考えている様子だった。その間に僕はガラス細工のアクセサリーを三つ購入する。


 店を出ると、僕は二人にアクセサリーを渡した。


「これは仲間の証として二人にあげます」


 袋から取り出したリリスは、ガラス細工で作られた葉っぱのネックレスに沈黙する。アーノルドさんは嬉しそうに首にネックレスをつけていた。


「あ、ごめん、リリスはもっとセンスのいい物の方が良かったかな? 嫌なら捨てていいからさ」


「フハハハ! 主人に貰ったものを捨てるなど奴隷の風上にも置けぬ奴だ!」


「違うわよ! ちょっと欲しいと思っていた物だったら驚いただけよ! 達也がくれるって言うのなら着けてあげてもいいわよ!」


 リリスはネックレスを着けようとするが、つけ方が分からないようであたふたとしていた。


「リリス、落ち着いて。僕が着けてあげるよ」


 リリスを後ろに振り向かせ、ネックレスを着けてあげる。表を向くと少し地味な感じがして、リリスに似合ってないような気がしてしまった。もっと豪華で高い物を買えばよかったかな。少し反省すると、リリスは耳を赤くして高飛車にしゃべる。


「よくやったわ達也。私に貢物とは主人として鼻が高いわ」


 若干声が上ずっているが、これがリリスなりの喜びの表し方なのだろう。でも、僕が主人なんだけどな……。


「フハハハハ! 奴隷冥利に尽きるな!」


 アーノルドさんがそう言ったとき、後ろから男性がスタスタと近づき彼の肩を掴んだ。


「アーノルド、奴隷とはどうゆうことだ?」


 振り返ったアーノルドさんは、顔面を蒼白にして呟いた。


「シルベスター兄さん……?」





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