30話 「魔人バルドロス」
巨大化したバルドロスはその足で達也を踏みつぶした。総重量は二tにも及ぶその巨体から繰り出された踏み込みは地面を沈め、深さ一m程の穴を形成する。
バルドロスは達也が死んだと確信していた。相手はたかがヒューマンだ。たとえ力と魔力が強いと言っても、その耐えられるダメージには限界がある。当然、この姿になったバルドロスに勝った相手など今まで皆無だった為、当たり前のように導き出される答えだった。
「死体は再利用するのだ、ミンチになっては困る」
そう言ってバルドロスは足を上げようとすると、不思議な事に勝手に足が上がってゆく。バルドロスは未だ足の力を緩めていないにも関わらずだ。少しずつ足が上がり、達也の死体があるだろう場所から声が聞こえる。
「うぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおお」
その声にバルドロスは少なからず戦慄した。
まさか生きているのか? そんな信じられない疑問が湧き出し戸惑う。今までこの体で踏みつぶして来たヒューマンや魔人は居たが、耐えられた者など一人もいなかった。全てが予想通り、赤い花を咲かせグチャグチャに潰れていたのだ。敵が魔族ならば、あり得る話だろうが相手はヒューマンだ。このような事があっていいはずがない。
バルドロスは足を再び上げ、達也が居るだろう場所に振り下ろした。それも何度も何度も叩き付けるように地面を踏みしめ、虫を潰すかのように地面へと押し付ける。湧き上がる恐怖に、バルドロスはいつの間にか額から汗を掻いていた。
「早く死ね! 私の望んでいる結果ではない!」
しかし、バルドロスの望みとは裏腹にその足は再び上がって行く。
「うぉぉぉぉおおおおおおおおおおお」
僕は力を振り絞り、バルドロスの足を持ち上げる。切り札を使わなければ本当に踏み潰されていただろう。それに運が良かったのも幸いした。この辺りの地面は柔らかく、水分を多く含んでいるようだ。その為か、踏まれた状態でもそれほど酷いダメージは受けなかった。体の至る所に内出血が見えるが、まだ戦えない程ではない。
奴が巨大化した時点で力とスピードは逆転した。圧倒的なパワーと防御力に僕はなすすべなく踏まれたのだから、こうやって足を持ち上げることは不可能だっただろう。それを可能にしているのが、切り札だ。
普段は攻撃力として使用している闘気だが、全身の筋肉へ使用すると一時だがドーピングのように筋力が大幅にアップすることが分かっている。これは危険な技らしく、シンバルさんには使わないように止められていたのだが、このような状況ではそれも止む得ないと判断した。
「うおおおおおおおおおおお」
全身の筋力を使い足を持ち上げると、そのまま地面を蹴ってバルドロスを押し返した。奴はあの巨体に自信があったのか、生きている僕を呆然と見つめている。
「いたたた……これは後で動けないかもしれないな」
体に付いた土を片手で払うと槍を構える。
「……素直に称賛しよう。まさか私の攻撃を受けて生きているとはね」
「簡単には死ねない身体なんだ。だから諦めて帰ってくれない?」
「ハハハハッ! それは出来ないな! 目の前に求めていた素材が居るのに帰るだと? 馬鹿も休み休み言いたまえ!」
奴は魔法を行使すると、右手に巨大な剣を創りだした。闇が結晶化したその剣は、光さえも吸い込むような漆黒の
「その小さな体で、何処まで耐えられるか見てやろう」
横に一閃した剣を槍の柄で防ぐと、衝撃で足が地面に沈み込んだ。防いだ腕にはびりびりと痺れが走り、少しばかり骨がきしんだ気がする。奴はすでに剣を振り上げ、次の攻撃へと移っていた。
「苦しそうだな! 楽になっていいのだぞ!」
切り下ろされた剣を柄で防ぐと、今度は奴の剣を滑らせ地面へと受け流す。剣は周囲の地面を抉ると、小さなクレーターを作り出した。まともに受ければ粉々になることだろう。
すぐに闘気を槍に集中させ、伸びきっている腕に向けて攻撃を放つ。
「バーストブレイク!」
槍の矛先に集めた闘気を奴の腕に叩き付けると、爆発が起こり、粉砕された闇の結晶が飛散する。肘の辺りから腕を失ったバルドロスは僕から距離を置いた。
「妙な技を使うとは……報告にはなかったぞ」
奴は視線を上に向けると、空を飛んでいた黒い鳥が一鳴きした。
「まぁいい、この程度は何ら問題はない」
僕が切り落とした腕と剣が霧散すると、再び奴の腕に集まり腕と剣を創りだした。
まさか本体を殺さないと無限に再生するのか? だとするなら、予想以上に長期戦になるかもしれない。それに、奴の巨体のどこに本体が居るのかすら分からないのだ。
「さぁ、続きをしようじゃないか」
再び剣を振り上げ力任せに振り下ろされると、僕が避けた場所には地響きと共に土や草が舞い上がり、クレーターが形成された。
逃げ続ける僕を追いかけながら奴は剣を振りまわし、草原は穴だらけになって行く。後ろから地面を揺らせながら追いかけてくる姿は、少しばかり恐怖を感じさせた。
「どうした、ヒューマン! 逃げていないで戦ってみろ! ハハハハハッ!」
別に逃げている訳ではないのだけれど、あえて反論はしない。調子に乗らせて油断するなら僕にはチャンスだからだ。
先ほどから奴の身体を観察しているが、何処にも眼らしきものが確認できなかった。だとするなら、あの体を作っている闇の結晶がレーダーのような役割をしているのだと推測できる。
体の比率も胴体に大部分を割いている事から、本体は胴体部分に居ることが分かるが、問題は貫通力だ。
硬い闇の結晶を貫くには、思い当たる技は一つしかない。ただ、あの技は発動前と後で大きな隙が出来るのが弱点だ。
「ここは魔法で時間稼ぎするしかなさそうだ」
魔法陣をイメージして四つの光の玉を出現させる。
「いけ!
四つの光は僕のもとからクルクルと移動すると、バルドロスへ向かって飛んで行った。奴の周りを光が回りだし、レーザーの雨を降らせる。
「なんだ、この邪魔な光は!? このような攻撃など効かぬとまだ分からないのか!!」
滅茶苦茶に剣を振り回しレーザーレインを叩き落そうとするが、動きの素早い光の球は剣を掻い潜り赤い光線を放つ。その様子は、まるで巨人がUFOと戦っているような面白い光景だった。
見物もほどほどにして、僕は槍を構える。体を捻り、突きの構えで静止した。
体内に宿る生命の根源から力を引き出すと、足に闘気が集まり、さらにアストロゲイムにも闘気が込められる。
地面を走り出すと、バルドロスの胴体に向かって矛先を定める。準備は整った。
足はどんどんと加速し、景色がまるで液体のように後方へ流れ始める。耳元ではごうごうと風の音のみが聞こえ、神経が矛先にだけ集中しているのが分かる。奴が目前に迫り、その加速のまま胴体に向かって突撃した。
闘槍術 【スパイラルストライク】
奴の体を貫通したと悟った時には、すでに後方にバルドロスは居た。
大きく空いた胴体の穴には、本体であるバルドロスが隙間から叫び声をあげている。どうやら僕は奴の体の半分を消滅させたらしい。穴の断面には本体の胴体が見事に削り取られていた。
地面に着地した僕は、すぐに槍を両手で抑える。未だに高回転を続け、掌からは白い煙が出ていた。スパイラルストライクは威力は高いが、槍を闘気によって高速回転させるために発動後は必ず回転を止めないといけない。
槍の回転が止まると、地面に倒れたバルドロスを確認する。
奴の体を構成していた闇の結晶は霧散してゆき、本体が視界に晒される。やはり僕の一撃は奴の半分を消滅させたようで、右半身はどこにもなかった。さらに眼は見開き、顔面は蒼白だ。きっと即死に近かったことだろう。
僕はこの場から立ち去ろうと思ったが、奴の死体は何だか今にも動き出しそうで気味が悪く地面に埋めることにした。バルドロスを地面に埋めると、気持ち程度だが、花を添えて手を合わせる。魔人とは言え元は普通の人間だったはずだ。そう考えると可哀想な気がしたのだ。
「おーい! 主人!」
アーノルドさんの声がしたので、振り返るとこちらへ歩いてくる二人が見えた。どこも外傷はないようで、リリスの片手には大きな革袋が握られている。
「二人とも無事だったんですね!」
僕に近づいたリリスは、革袋を手渡してきて嬉しそうに話す。
「これは魔石よ。回収しておいたから、また美味しいものを作ってちょうだい。今日は甘いものが欲しいわ」
「うん、ありがとう! それでさ……二人には悪いんだけど、今からパーダムへ引き返さない?」
「それはいいが、疲れたのか主人よ?」
「うん、さすがに疲れたかな。それに忘れていたけど、僕らパーダムで泊まるつもりだったんだよね。パルケ鳥で興奮してすっかり忘れていたよ」
僕たちはひとまずパーダムへ向かっていると、茂みの中から僕を見るつぶらな瞳を見つけた。もしかしてパル?
「パル……だよね?」
「くけー!」
パルは僕に駆け寄ると、顔や体を擦り付け嬉しそうにしていた。もしかしてパーダムへ帰らずに、ずっと僕たちを待っていたのだろうか? だとすると、すごく嬉しい。パルの他にも二羽が茂みから顔を出し、アーノルドさんとリリスへ駆け寄る。
「フハハハハ! シュワルズ! よくぞ戻ってきた!」
「ピピルいい子ね。私が見込んだだけのことはあるわ」
二人とも嬉しそうに二羽を撫でていた。理由は分からないけど、三羽に僕たちが主人だと認めてもらえたってことなのかもしれない。
パルケ鳥に乗ると、来た道を戻りパーダムへとひとまず帰ることにした。
戦闘を振り返ると、まだまだ僕は未熟者だと思わざる得ない戦いだった。バルドロスがどの程度の魔人かは分からないけど、もしかすればこれから先も魔人や魔族と戦うことになるかもしれない。その時は、誰かを守れるくらいには強くなっておきたいと思う。
こうして僕たちは、移動の為のパルケ鳥を手に入れ、二か月後には王都へと辿り着いたのだった。
◇
黄緑の月光が照らす草原に、一輪の花が添えられている。緩やかな夜風が吹き、遠くに見える森は僅かに騒めいていた。
真新しく盛られた土の山には、申し訳程度の木の枝が突き刺しており、そこが何者かの墓だと知らせる。木の枝は地面に倒れ、その下から腕が出てきた。
次第に土の山は崩れてゆき、地面から一人の男が出てくる。
「ふぅ、どうやら誤魔化せたようですね」
男はぼろきれのような黒い服を着ており、爬虫類のような黄色い眼が辺りを窺っていた。失ったはずの右半身は元通りになっており、近くにあったシルクハットを掴むと頭にのせる。
「頭部を破壊されれば死ぬところでしたから、賭けに勝ったと言うところでしょうか。彼もまさか私自身がアンデッドだとは、思いもしなかったでしょうね」
男は立ち上がると、体についた土を軽く払う。
「かぁー」
黒い鳥が男に近づき、肩へと飛び乗った。
「あなたは報告が大雑把だから困ります。彼があんな技を持っているなら、事前に教えてもらいたかったですよ」
「かぁー、かぁー」
「ええ、今回は諦めましょう。それに、土の中でいいアイデアも浮かびましたからね、彼に固執する必要はありません」
男は黒い鳥と会話をしているかのように、独り言を続ける。
「それに、彼は放置しているほうが、上手く事が運ぶように感じました。私の見立てでは、いずれ魔王の前に立ち塞がるはずです」
男は口角を上げると、まるで散歩をするような足取りで、闇の中へと消えていった……。
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