28話 「魔法使い」
「ふむ、これはなかなかいい香りじゃな。見た目も紅く実に綺麗だ」
賢者様に入れた紅茶はお気に召したようだ。旅の途中で緑茶を見つけて僕が発酵させたのだ。どうやらこの世界では紅茶は作られていないのか、メジャーな飲み物ではないようだ。ちなみに僕の作る紅茶を一番気に入っているのはリリスだ。
「それは紅茶といって茶葉を砕いて発酵させたものです。砂糖を入れればもっと美味しいですけど、手持ちになかったのでそれで我慢してください」
「いやいや、これは砂糖など不要だな。実に香り豊かで心地よい。儂が知らぬ知識がまだあるのだとうれしく思うわい」
魔法使いが紅茶をベッドの上で飲む姿は、まるで童話にでも出てきそうな光景に見えた。地球の画家が居れば喜んでこの光景を絵にすることだろう。
「ふむ、旅人よ。このお茶の製法を教えてくれぬか。もちろんタダとは言わぬ。金貨三十枚でどうだろうか? いや、これはもっと高くつくはずじゃな……」
「そ、そんな! お金なんて要りませんよ! 僕も知識を知っていたと言うだけですし!」
「欲のない旅人じゃな。では、金貨三十枚に知りたいことをなんでも教えよう。もちろん儂の知る範囲でお願いするぞ」
もしかしてこれは賢者様から教えを乞えるということなのか? だったら、すごいことだと思う。国で四人しかいない賢者様から知識を分けてもらえるのは、簡単に許されることじゃないだろう。だって、王様すら従う相手なんて雲の上の人だし。
「じゃあ、もしよければ魔法について教えてもらえませんか?」
「ふむ、魔法か。つかぬことを伺うが、旅人はどこに向かっておる?」
「え? 僕は王都にいるグリムさんという方のもとへ手紙を届けるために旅をしています」
「グリムとな!? 悪いが手紙を見せてくれぬか? 開けはせぬ、ただ見せてほしいのじゃ」
賢者様のいう通り僕は手紙を手渡した。
「この押印は……やはりか。悪いが、旅人に魔法を教えるわけにはいかぬようじゃ」
「え!? どうしてですか!?」
賢者様は手紙を僕に返すと、被っていた尖がり帽子をベッドの脇に置いた。
「旅人よ、グリムと言う者は賢者の一人じゃ。おそらく魔法はその賢者から教わることになるだろう。グリムとは懐かしい名前を聞いたものだ」
僕は驚愕した。まさか目的の人が賢者様のお一人だったとは思いもしなかったからだ。そんな人に手紙を送るなんてシンバルさんは何者だろうか。
「そう驚くでない旅人よ。では、すこしだけ昔話をしよう」
賢者様はベッドのすぐ近くにある窓を眺めながら話し始めた。
「今より千年も前に大魔法使い【ムーア】と言う者がおった。
ムーア様はその力で嵐を呼び、大地を隆起させ、黒き炎を身に纏った。魔族はムーア様を恐れ、エドレス王国から逃げ去りこの地に平和が訪れる。
しかし、永き年月を生きてきたムーア様にも限界が訪れる。
ムーア様には四人の弟子がおった。彼らは師匠から残された最後の言葉を胸にエドレス王国を旅立ち、いくつもの国を回り再びエドレス王国へ舞い戻った。
亡き師匠が残した言葉を実行に移すためじゃ。
”この先お前たちは賢者と呼ばれるだろう。だが暗黒の時代はまだ終わってはいない。いずれこの地へたどり着く英雄を探し出し、戦乱の世を終わらせよ”
四人の弟子は必至で英雄となるものを探し、いつしか九百年が過ぎ去ってしもうた。弟子は賢者と呼ばれ英雄を探し続けたが、年を重ねるごとにその意思は萎えていった。英雄だと思われるものは輩出したが、魔族を倒し戦乱の世を終わらせる者はただの一人として居なかったからじゃ。
四人の弟子は枯れ果てた体を理由に、英雄を探すことを他人へと任せるようになった。今では英雄探しはエドレス王国で行われているイベントになってしまったが、我ら賢者は未だにムーア様がおっしゃったことを信じてそれぞれが待ち続けているのじゃよ」
大魔法使いムーアと言うのは初めて聞いたけど、もしかして有名な話なのかな? それに賢者様が千年以上生きているのも驚きだ。
話を要約すると僕がグリムさんのところに行くのは英雄になれるだろう人材に見られていて、そのためにはグリムさんのところで魔法を学ばないといけないということかな?
「僕が英雄になれるわけないですよ」
苦笑して賢者様に話しかける。
「旅人は儂が見た誰とも雰囲気が違う。まるでこの世界とは違うところから訪れたような感じじゃ。儂の長年の勘が囁いておる。英雄は英雄に非ずとな」
賢者様の眼は僕を透かし見るようだった。まるで心や記憶を覗かれているような錯覚を起こす。これが賢者の風格というものだろうか。
「旅人は魔法を使うみたいじゃが、魔法陣はどうしておるのだ?」
「ああ、僕はイメージで使えるから刻んでないんですよ」
「ほう、珍しいな。儂も魔法陣を必要としないものだが、さすがはグリムに推薦されるだけあるの。申し訳ないが少しだけ魔法を見せてくれるぬか?」
賢者様の要望で、僕は手の平ほどの
「ふむ、至って普通の魔法じゃな。さほど特別とは思えないが……」
「ですよね。シンバルさんもどうして推薦なんかしたんだろう? あ、紅茶がなくなってますね、お代わり必要ですか?」
「おお、では頂こう」
紅茶のお代わりを賢者様に渡すと、邪魔だった光蛇を霧散させた。
「随分と簡単に魔法を使っているが、魔法陣を覚えるのは苦労したであろう? 儂も魔方陣を細かく想像するのは苦労したものだ」
「ええ、魔法陣って面倒ですよね。だからいつも丸と三角だけで適当に使ってますよ」
笑いながら話すと、賢者様は口に含んでいた紅茶を噴出した。
「な、君は魔法をそれでけで使っているのか!?」
しまった。僕が異端だったことを忘れていた。
「あ、いや、丸と三角だけで使えたらいいなぁなんて思っていただけですよ。あははは」
賢者様の鋭い視線と僕の乾いた笑いが部屋に響く。
「なんだ? 主人はいつも魔法は丸と三角だけですぐに使えるとか言っていなかったか?」
「私も聞いたわね。それに達也は特別よ。魔族と変わらない力と自在な魔法を使うヒューマンは初めて見たもの。でも一番は料理ね。アレは魔族すら惑わせるわ」
テーブルで干し芋を咀嚼しているアーノルドさんとリリスが僕の気も知らず発言する。ここまで話されると誤魔化せない。
「ほぉ、旅人はやはり逸材じゃったか。まぁよい。儂に推薦を寄せられたわけではないのだからな。しかし、助けられた者として礼儀は尽くさなければならぬな。申し訳ないが紙とペンをとってくれ」
賢者様に紙とペンを渡すと、スラスラと何かを書き始める。その紙を封筒に入れると、口に溶けた
「この手紙をグリムへ届けてほしい」
そう言って賢者様は僕に手紙を渡した。
「こ、この中には何を書かれたのですか?」
「ふははは、それは秘密じゃ。さて、旅人の聞きたいことはないのかの?」
「えーっと、それじゃあ究極の魔法について聞きたいのですが」
僕の質問に賢者様は目の色を変えた。
「誰にそのことを聞いた?」
「僕が戦った魔族が探していると聞いたので、気になったのですが……だめですか?」
「……究極の魔法は実在する。遥か大昔に使われたとされているが、その詳細な情報は伏せられていた。かくいう大魔法使いムーア様ですら会得できなかった。その力は地上に存在する発動者のすべての敵を消し去るとされているが、その真偽は不明じゃ。魔族がその情報を握っているとは由々しき事態じゃな」
賢者様は長い白鬚を撫でると、思慮にふける。
僕はリリスを見ると、彼女はどうでもいいのか干し芋を齧っていた。
「儂が知る限りでは、究極の魔法が創られた場所はこの大陸より遥か北だと聞いておる。だがそれを知るすべはないだろう。世には出してはならぬものがあるのだ」
「そうですね。僕もそう思います」
「ふむ、紅茶が冷めてしもうた。だが、冷めても美味いとは実に良い茶だ。旅人よ、そこの本棚を横にずらしてくれんか」
賢者様の指示で僕は大きな本棚を横にずらすと、後ろから扉が現れた。
「その向こうには金貨や宝石を置いている。好きなだけ持ってゆくがいい」
扉を開けると、そこには山積みされている金貨や宝石が眩いほどの輝きで存在を誇示していた。初めて見る光景に僕は少しだけ圧倒される。
「ダメだダメだ。紅茶の製法は金貨三十枚と決めたんだ。余分には貰えない」
欲を我慢して金貨三十枚だけを受け取って扉を閉める。
「賢者様、金貨三十枚だけを貰いましたからね」
「さすがじゃ。あれを見て冷静を保つとは、ますます旅人を気に入った。儂のことはシヴァと呼んでくれ」
「ええ!? 賢者様を呼び捨ては恐れ多いです! これからはシヴァ様と呼ばせてください。僕は大友達也と言います」
賢者様は深く頷くと、一冊の本を僕に手渡す。
いつの間に本を手元に寄せたのか気になったが、本の内容が気になってそれどころではない。
「その本は魔法陣を記載した辞典じゃ。大友は魔法陣を勉強しておいたほうが良い。先ほどのようにボロが出ては魔法使いから目の敵にされるぞ」
「目の敵ですか?」
「さようじゃ。魔法使いは魔法陣を覚えてその身に刻む。それは血を流し涙を流す所業じゃと心得よ。そのような者たちの前に、魔法を自在に操る者など敵でしかない。秘密にすることこそが無用な争いを防ぐ手段なのじゃ」
僕もそう思う。魔法陣は一度刻むと治すことはできない。傷を癒す神聖魔法ですら刻まれた魔法陣は消すことができないのだ。そんな人たちの前に僕の魔法が知れ渡ればただでは済まないことになるだろう。
「ありがとうございます」
「ふむ、では紅茶の製法を聞かせてもらおう」
知っている限りの紅茶のことをシヴァ様に話した。
「やはりそのような方法は初めて聞く。一つアドバイスすれば、紅茶を知った貴族は買わずにはいられないであろうな」
「紅茶を商売にしろとおっしゃっているんですか?」
「儂の言葉はあくまでアドバイスじゃ。もし、英雄になれなくとも商売で身を立てることは決して後ろめることではない。商いもまた戦いなのだからな」
シヴァ様は賢者らしい風格で紅茶を飲む姿が様になっていた。確かに紅茶で儲けてシンバルさんの会社をもっと大きくしてもいいような気がする。シンバル運送会社をどんどん大きくして、エドレス王国の巨大企業として名を馳せる事も夢じゃないかもしれない。
「もしダメだったら紅茶と運送会社で名を上げます」
「ほぉ、それはいい考えじゃな。運送業と紅茶販売をセットにすれば行く先で販売ができる。悪くない。儂ももう少し若ければそんな商売をしてみたかったものじゃ」
僕たちはシヴァ様に別れの挨拶をすると、再びエレベーターに乗って下へと降りて行った。もらった本をめくると、内側にシヴァ様のサインが書かれている。もしかしてとんでもないものを貰ったのかもしれない。
塔を出ようと出口へ向かうと、数人の魔法使いに呼び止められた。
「おい、ちょっと待てよ。その本はなんだ? まさかお前シヴァ様から頂いたのか?」
「ええ、ありがたいことに僕に譲ってくださいました」
僕の言葉に魔法使い達はざわざわと騒めき、リーダーらしき人物が僕を突き飛ばした。
「嘘つきめ! お前のような者に賢者であるシヴァ様が魔法書を渡すわけがない! どうせ盗んだんだろ!?」
リーダーの言葉に賛同するように周りの魔法使いたちは「盗人め! 殺せ!」と騒ぎ立てる。彼らは若く僕と変わらない歳の者に見えるが、少し考えが足らないように思う。
「ねぇ達也。こいつら殺してもいいかしら?」
「だめだリリス。ここは穏便にするべきだ」
殺気を放ち始めたリリスを後ろに下がらせ、彼らに話をする。
「悪いけど賢者様から頂いたことは事実だ。もちろん盗んだものでもない。疑うのならシヴァ様に直接お聞きしたらいいじゃないか」
「聞くまでもない。お前は盗人で俺たちはシヴァ様の本を取り返すだけだ」
そう言ってリーダーは腕にある魔方陣を触る。
傍には一m級の水の剣が四振り現れ、僕に向かって飛んできた。
「その程度では僕には勝てない」
槍を抜いた僕は闘気を込めて一振りした。
暴風が巻き起こり、水の剣は一瞬にして弾け飛ぶ。さらに魔法使いたちも吹き飛ばされ、壁に激突した。
「ひぃ、ば、化け物!」
魔法使いのリーダーは僕を指差してそう叫んだ。
僕が化け物? 魔法使いの君たちから見ると、僕は化け物に見えるのか……。
「もういいよね? シヴァ様はお優しい方だ。君たちが魔法使いの品格を下げていないと願うばかりだよ」
そういって僕たちは塔から出てきた。
一度振り返ると、塔の頂上の窓からはシヴァ様が手を振っているのが見える。シヴァ様から見えるのかはわからないけど、僕も頂上に向けて手を振る。
敷地から出て看板を見ると【知恵の塔】と書かれていた。
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