27話 「賢者」


 旅を続けて早くも半年が過ぎてしまった。


 馬車なども使いながらも、ほとんどはのんびりとした歩き旅なので予定通り一年はかかることだろう。

 現在、僕たちはパルティング峠と言う場所に差し掛かっている。これを下れば、王都を頂点にした上から三番目の大きさの町へとたどり着く予定だ。名前は【パーダム】


 パーダムは魔法研究が盛んにおこなわれ、魔法使いでは人気の町とされている。この町には多くの魔法使いが住み、冒険者ギルドよりも魔法使いギルドが幅を利かせているそうだ。なので、冒険者には非常に居心地の悪い町だと有名だ。


 昨日の旅の途中で教えられた知識を反芻しながら、僕は朝食を作っていた。東を見ればすでに朝日が昇り始め、降りてきている霜が光りで照らされている。

 この辺りは僕が居た高地とは違って地球と同じような環境だと気が付いた。むしろ、クリモンド高地が異質だったのだ。


 もしかすれば、僕を異世界に引きずり込んだ何かがあの高地には存在しているのかもしれない。


 そんな事に考えを巡らせていると、手元にある鍋で作っていたスープが完成したようだ。今日は町に着くこともあって奮発してシチューを作ったのだ。


「いいぞ……今日も筋肉たちは元気だな。やはり主人の食事が良い筋肉を育てるようだ」


 横目でちらりとアーノルドさんを見ると、彼はいつもの日課の会話を続けていた。一度、注意をしたのだが彼には普通のことらしく、むしろ僕が変な人だとばかりに見られる羽目になった。僕は普通だと思うのだが、もしかしてこの世界では筋肉と会話するのは常識だったりするのだろうか?


 リリスに視線を向けると、彼女は布団に包まりスヤスヤと幸せそうだ。


 ピンクのフカフカの布団は今やリリスの一番大切な物だ。見た目は何処かの王女様としか言いようのない容姿と格好だが、彼女は寝ることに異常にこだわる。特に起こされる瞬間を一番嫌い、起こす相手は誰であろうと無視する。起こす手段は命令か、美味しそうな食事の匂いだけだ。


「クンクン、良い匂いね……」


 今日も食事の匂いを嗅ぎ取ったリリスは、布団からのそりと這い出して来た。まるで大きな子供を育てているみたいな感覚になる。


「美味しそうじゃない。達也はヒューマンにしておくのは勿体ないわね」


 リリスから褒め言葉を貰うが、それって本当に褒め言葉なのだろうか?


「アーノルドさんもリリスも傍に座って。今から食事を配るから」


 作っておいたサンドイッチを二人に渡すと、木皿にシチューを注いで渡す。これでほとんどの食糧はなくなった。次はパーダムで買い溜めをしておかないといけない。


「うむ、これは実に美味い。レッパの葉がシャキシャキとしてシチューとよく合う」


「美味しいわ。奴隷契約を刻まれてなかったら、私が達也を従者にしていたところよ」


 二人とも美味しそうに食べてくれるため僕は嬉しい。この半年は僕たちの距離を随分と近づけた。大きかったのはリリスが少なからず心を開いてくれたことだろう。魔獣との戦いに参加しなかったリリスが協力するようになり、気が向けば様々な事を手伝ってくれるようになった。魔族だからやヒューマンだからなどと言う事は少なくなったように思う。

 もちろんアーノルドさんもリリスに向けていた敵意が和らいだようで、魔族だろうと同じ仲間だという意識が芽生え始めたように思う。そんな二人を僕は大切な仲間だと心から言えるだろう。決して餌付けした結果じゃないと信じたい。


 食事も終わり、二人に今日の予定を知らせる。


「峠を下ればパーダムだから、今日中には町の宿に入りたいね」


「そうだな。しかし、パーダムは冒険者を嫌っている連中が多いからな、気を付けるべきだろう」


「ねぇ、前から思っていたけどヒューマンって魔法を自由に使えないの? そもそも魔法使いって何?」


 リリスの言葉に僕とアーノルドさんはハッとする。そう言えばリリスの腕には魔法陣らしきものがないのだ。だとするならば、魔族は魔法陣など不要で魔法が使えることになる。


「リリスは魔法をどうやって使っているの?」


「え? 簡単よ。魔法陣を頭の中でイメージするのよ。ヒューマンも魔法陣くらいは教えてもらうでしょ?」


「それはそうだが……全ての魔族がその方法で魔法を使えるのか?」


 アーノルドさんの問いかけは、ヒューマンにとって恐怖だろう。魔法陣を刻まなければ魔法が使えないヒューマンと、魔法陣さえ知っていれば魔法が使える魔族との差を明白にしようとしているからだ。


「使えるわよ。稀に使えない奴も居るけど、ほとんどはイメージで使っているわね」


「魔族とは実に恐ろしい存在だ……」


 アーノルドさんは愕然としているけど、僕は魔族と同じようにイメージだけで魔法が使えるから不自由はしていない。確かに脅威に映るけど、魔法陣さえ刻んでいれば魔族に劣る物ではないと僕は思っている。


「じゃあヒューマンは魔法陣を刻まないと魔法が使えないのね。私、あの魔法陣の入れ墨はファッションかと思っていたわ」


 グサグサとリリスの言葉が魔法を使えないアーノルドさんに突き刺さる。そこで僕は話題を変える事にした。


「じゃあリリスは属性は闇なの?」


「そうよ。闇の風属性」


「闇の風属性?」


 不思議な属性に僕は首を傾げる。闇と風の二つの属性を持っているのかな?


「そんなことも知らないの? 個人の属性には四つの属性がいずれか内包されているわ。私は闇属性に風が含まれているということよ。アーノルドは多分だけど、土属性に炎が内包されているのよ。達也は分からないわ」


 ということは炎、水、風、土、光、闇の中にはさらに炎、水、風、土のいずれかがが含まれていると言うことなのだろうか? 段々と頭が痛くなってきた。


「だから同じ土魔法を使う者でも、その魔法は形や特性を変えるわ。水のような土を使う者と熱を帯びた土を使う者のように、内包する属性によってあり方が別れるのよ」


 なるほど、だから闇の風属性か。確かにリリスが使役していた魔物は風属性の物が多かったように思う。魔法も奥が深い物だと考えさせられる。


「そんな話は初めて聞いた。もしかすれば魔法使いでは常識かもしれないが、あいにく俺は冒険者だからな。だが、いい勉強になったぞ」


 アーノルドさんはリリスに礼を言うと、自分の右手を見ていた。そこには小さな魔法陣が刻まれている。


「アーノルドさんはその魔法陣を使わないのですか?」


「これは俺が唯一使える魔法だ。使える回数も一日で一回きりの切り札みたいな物だ」


「一日で一回ですか。もし二回目を使おうとするとどうなるんです?」


「魔力枯渇に陥ると、魔法が使えないばかりか気絶する」


 なるほど、魔力が無くなると気絶するのか。僕にどれだけの魔力量があるのか分からないけど、今後は気を付けた方が良さそうだ。


「そろそろ話は終わりにしてパーダムへ向かいましょう」


 食事の片づけを始め、僕たちは峠を下り始めた。


 すでに遠くには大きな町が見えており、周りには畑や農場が見えている。随分と豊かな町だと窺える。


 峠も終盤に差し掛かるころ、道の脇で地面に座り込んだ老人を発見した。僕たちは老人に近づき話しかける。


「僕たちは旅の者なのですが、どうされましたか?」


「ああ、良いところに来て下った。儂はこの先にあるパーダムに住んでいる魔法使いなのじゃが、このところ腰が悪くてな薬草を取りに来た帰りに腰痛がひどくて歩けなくなってしもうた」


 老人は魔法使いらしい格好で、頭には紫のとんがり帽子と体に仕立てのいいローブを羽織っていた。さらに顔に生えている白髭が老人を気品のある人に見せている。


「だったら僕が背負ってあげますよ。どうせ行く先もパーダムですから」


「いや、旅の者のご厚意に与るわけには……いたたた! 申し訳ないがお願いする!」


 老人は腰の痛みに耐えかねて僕の厚意を受けるみたいだ。ゆっくりと背負うと、老人は心配そうに声をかけて来る。


「君は見るところによると奴隷ではなさそうじゃな。なぜそこに居る奴隷に儂を背負わせん?」


「アーノルドさんは確かに僕の奴隷ですけど、れっきとした仲間です。それにお爺さんもアーノルドさんのような人よりも僕の方がまだマシでしょ?」


「ふはは、そうじゃな。儂も暑苦しい筋肉に背負われるよりも、君のような優しそうな人物の方がマシじゃ」


 老人を背負ったまま僕たちは峠を下り、パーダムの目の前まで来ることが出来た。町の門には兵士が行き交う旅人や民を監視している。


「そこの旅人よ、立ち止まれ」


 兵士の言葉に僕たちは立ち止まると、兵士達は心配そうに老人に話しかけてくる。


「これはこれは、シヴァ様ではないですか。背負われてどうされたのですか?」


「いやな、峠まで薬草を取りに行ったら腰痛でこの様だ。運よく親切な旅人が助けてくれて此処まで戻ってきたのじゃ」


「それは災難でしたな。旅人よ礼を言う、この方はエドレス王国でも有数の賢者様だ。無礼は重罪だから気を付けるように」


 えええ!? 賢者様!?


 そう言えばシンバルさんから聞いたことがある。エドレス王国には王様も従う賢者様が四人居て、その力は絶大だと。繰り出す魔法は山をも平地にし、蓄えられた知識は何者であろうと平伏するだろうと言われている。その伝説のようなお方を僕が背負っているなんて、足が震えて来る。


「これこれ、若い者を虐めるでない。儂は賢者と呼ばれているだけの只の老いぼれだ。証拠にたかが腰痛で儂は苦しめられておる」


「ご冗談を。しかし、シヴァ様も御年でございますから出歩くのはお気を付けください」


「そうじゃな、旅の者よ町へ入ろうぞ」


 背中の賢者様に言われて僕たちはパーダムへと足を踏み入れた。


 そこはレンガで造られた三階建ての建物が所狭しと並び建ち、色とりどりの壁が町を彩っていた。人々は多くが尖がり帽子を被り、ローブを身に纏いつつも杖を片手に優雅に歩いている。ここが魔法使いが多く集まる町なのだと密かに感動した。


「ふむ、旅の者よ町の中心にある塔に行ってくれんか。あの塔が儂の住処なんじゃ」


 賢者様の指差す塔は巨大で、天まで衝くほど高くそびえ立っている。白く重圧なその威容は賢者が住むにふさわしい様相だった。


「あの塔ですね。随分と大きいのですね」


「儂は普通の家でいいと言ったのじゃが、先代の陛下が言う事を聞かぬ者でな。あのような塔を建造して、魔法使いの研究所としたのじゃ。儂は最上階で寒い思いをしておると言うのに」


 その言葉に僕は少し笑ってしまった。確かにあれほど高ければ最上階は寒い事だろう。夏場は涼しいと思うけどね。


 町の中心部へ着くと、塔の周りは外壁に囲まれ入り口には兵士が警備をしていた。入り口へ進むと、案の定か兵士に呼び止められる。


「立ち止まれ、塔に入るには許可書が必要だ」


「これ、お前たち道を空けんか。儂が見えんのか?」


「これはシヴァ様! 失礼いたしました! どうぞ!」


 兵士はすぐに賢者様の姿を確認すると、敷地への入口である扉を開け広げた。塔のの敷地は庭園になっているようようで、綺麗な花々が咲き乱れている。


「ここで薬草でも栽培したいのだが、塔の管理者がうるさくてな。賢者とあろう者が庭園を汚すとは不届きじゃと耳が痛い。おかげで薬草は自分で採りに行く羽目になるのが悩みの種じゃな」


「確かに薬草くらい植えてもいいと思いますけど、庭園はそんなにも大切なのですか?」


「ふははは、そうじゃろう? じゃが、この国では庭園はその者の権威の表れとされている。じゃから庭園を汚すことは儂の権威を汚すことになるのじゃ」


 そう言えば地球の貴族でも庭園を権力の表れだとして盛んに造っていた時代があったはず。日本でも各地に庭園があり、自慢し合っていたと聞いたことがあるな。と言うことはこの世界でも庭園はやはり、その者の格を知らしめるための物だと推測できる。


「賢者と言うのも大変ですね」


「人に崇められるのは良いが、賢者自身の生活は決して幸せなものではないぞ旅人よ」


 賢者様の言葉は実感が籠っているのか、随分と重く聞こえた。


 塔への入り口へたどり着くと、アーノルドさんが開けてくれる。僕たちは中へ入ると、中では大勢の魔法使いたちが何かの書類や鍋を睨み付けている。


「あやつ達は日々魔法のことを研究して過ごしておる。寝る間も惜しみ、食事する時間も惜しみながら魔法がいかに万能なのかを証明するために研究に勤しんでおるのじゃ」


「魔法が万能ですか?」


「ふむ、旅人は少し毛色が違うようじゃな。魔法と言えば魔法陣と魔力さえあればどのような魔法でも使えると思いがちじゃが、実はそうではない。万能とは程遠い力こそが魔法だと言うことに誰も気づかないのじゃ」


 万能とは程遠いか……賢者様が様々な思いを踏みしめて生きてこられたのだと思うような言葉だと思った。かく言う僕も魔法が万能だとは思わない。科学が発展していた世界から来たからその考えは顕著だ。それに僕は元々はSF好きだ。


「そうですね。万能だと思いたい人の願いでしょうか?」


「旅人はロマンチストじゃったか。じゃが、儂も探求を続ける者の一人であるから願いとはその通りじゃな」


 僕たちは階段を見つけ、上がろうとすると賢者様が僕を止める。


「まてまて、階段なんぞ上がっておっては日が暮れるぞ。向こうにエレベーターがあるから使いなさい」


 賢者様の指差す方向には木製の扉が備え付けられていた。中に入ると、賢者様が壁のボタンを押す。エレベーターはすぐに動き出し、五分後には最上階へと到着した。


「そこのベッドに寝かせてくれ」


 最上階は質素なもので、ベッドと机と椅子と本棚に敷き詰められた分厚い本だけだ。僕は賢者様をベッドに寝かせると、声をかける。


「お茶でも入れましょうか?」


「旅人は優しいの。じゃが、この部屋にはそのような物は置いておらん」


「お茶くらいなら僕が持っていますよ。アーノルドさんもリリスも飲むでしょ?」


 二人はいつの間にか椅子に座り、部屋の中をキョロキョロと見物していた。リリスの右手には僕がオヤツで食べようと思っていた干し芋が握られている。


「ちょうどいいわ。芋はお茶が合いそうだしね」


「僕のオヤツなんだけど……」


 渋々僕はお茶を入れ始めた。





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