26話 「山賊」
次第に地面の揺れは収まり、先ほどと変わらない状態に戻った。
二人は周りを警戒しながら僕の口から手を離し、同時に深いため息を吐く。
「あ、あの……グラグランって何ですか?」
僕の質問にリリスが答えてくれた。
「グラグランは最強の生物よ。地下を通って地上に居る生物を食べるらしいわ。かく言う私もその姿を見た事がないのだけれど、噂では魔王でも歯が立たなかったそうよ」
「最強の生物……地震を勘違いしていると言う訳ではないのですか?」
「主人よ。地震もあるだろうが、もしグラグランだった場合は町など一瞬で消滅するだろうな。地震を感じた時は、動かず静かにするのはこの世界の常識だ」
ますますグラグランが気になってきた。
最強の生物とはどのような姿なのか、男の子として興味が尽きない。もしかしてドラゴンの一種だろうか?
「グラグランの姿は知っていますか?」
僕の問いかけにアーノルドさんとリリスは複雑そうな表情で顔を見合した。
「達也は本当に何も知らないのね。グラグランはグラグランでしょ?」
「俺も主人に教えたいのだが、どう説明したら良いのか分からん。とにかくデカい生き物だと覚えておくことだ」
ますますグラグランが気になって来る。地面を潜るのだからモグラのような姿だろうか? それともミミズのような生き物だろうか?
「あー! 二人とも意地悪しないで教えてください! 気になって仕方がないです!」
「俺は一度だけ見たが、アレは説明できない生き物だ。主人も機会があれば見ることもあるだろう」
勝手に話を終わらすと、アーノルドさんとリリスはスタスタと歩き出す。二人とも意地悪をしている訳ではないのだと分かっているが、ますます気になる。なんせ魔族の王である魔王すら勝てない生物と聞くだけで、それだけで凄まじいことが理解できるのだ。
先を行く二人の背中を見ながら、僕は悶々と頭を悩ませその足を進めた。
◇
フリジア草原地帯を抜け、二ヶ月が過ぎ去った。
いくつかの町や村を越え、キルト山に辿り着く。この山は王都への近道があるため多くの旅人が通るそうだが、噂では山賊が出没するらしく腕に自信のある者以外は立ち入らないように警告される。にもかかわらず多くの旅人が通るのは、やはり近道だからだろうか。
例に漏れず僕たちも近道であるキルト山へと足を踏み入れたわけだが、進んで一時間ほどで後悔することになった。
「金と女を寄こせば逃がしてやるよ。お前らもこの黒狼団に殺されたくはないだろう?」
四十人もの男達が僕たちを囲み、剣やナイフをチラつかせている。その風貌はまさに山賊と言えるほど薄汚く、毛皮を基にして作った服が荒くれた雰囲気をさらに倍増させていた。粗野な態度は何度も盗賊行為を行ってきたのだろうと思わせるものだった。
「お断りします。僕は仲間を渡すつもりはありません。もちろんお金もです」
僕がそう言うと布団を背負っているリリスが髪を掻き上げながら口を開く。
「あのね、私は貴方の仲間になった覚えはないわよ? でも、薄汚いヒューマンの物になる気もないわ。達也、戦う許可を出しなさい」
「分かった。”戦っていいよ”」
リリスは一瞬で姿を消すと、次の瞬間には山賊の引きちぎられた頭を持って笑みを浮かべた。頭を失った山賊の首からはぴゅーぴゅーと血液が漏れ出し、地面にまき散らす。
その姿を見て急激に胃から上がって来る逆流物の存在を感じた。
「うげぇぇぇぇ!」
「フハハハハ! 主人には刺激が強すぎたようだな! だが、山賊は冒険者として見過ごすわけにはいかん!」
僕が地面に嘔吐している間に、アーノルドさんは斧を抜き山賊へと振り下ろす。飛び散る血液と肉片。容赦ない斧は山賊を人間から只の肉塊へと変える。
「ひぃぃ!? こいつらヤベェ奴らだ! 退け! 退却だ!」
周りには木々が生い茂る中、山賊たちは散り散りになって逃げて行く。だが、逃げ遅れた者たちをリリスは捕まえると、次々に殺してゆく。その姿は殺しを楽しんでいるような雰囲気さえ感じた。
「あはははは! ほら、逃げなさいよ! 早く逃げないと追いついちゃうわよ!」
一方では斧を豪快に振り下ろし両断するアーノルドさんが、次々に山賊を切り殺していた。その姿は異様で、高笑いをしながら血飛沫を浴びている。
こみ上げる吐き気を我慢しながら槍を構えるが、すでに周りには山賊らしき者達は姿を消していた。
「ねぇ、こいつがアジトを知っているらしいわよ」
リリスが連れてきた山賊は両手が肩から切り落とされ顔面は蒼白だ。かろうじて呟く言葉は「助けて」と繰り返すばかり。そんな者が僕の前に突き出された。
「ほら、アジトに案内しなさいよ。でないと苦しませて殺すわよ」
「ひぎぃぃぃ!? 教えます! 教えますから殺さないで!」
「ふむ、リリスにしてはやるではないか。アジトを見つけ出せれば金目の物が手に入るぞ」
地面に転がる山賊をリリスとアーノルドさんは何も感じないのか、淡々としゃべっていた。その姿に気持ち悪さを感じる。
「もういいです。山賊も懲りた筈ですし見逃してあげましょう……」
「はぁ? 達也はこういった人種をよく分かってないわね。奪えば全てが手に入ると思っている奴らは、どんなに追い詰められようがそれ以外の方法を選ばないわ。魔族では常識よ」
「不本意だが俺もリリスの言う事が正しいと思う。山賊や盗賊になった者はいずれまたその行為を行う。歴史が証明しているのだ」
二人の言葉に僕は打ちのめされる。
いつかは人間を殺さなければならない日が来ると思っていたけど、こうも早く訪れるとは思ってもみなかった。当然、二人の主張も理解できるし、僕もそうだと思う。だけれど平和な世の中で生きてきた日本人としては、簡単には受け入れる事ではない。
「主人は人間を殺したことはないと言っていたな。ならば、ここで一度経験をしておかなければならないだろう。これも主人の修行と思うべきだ」
真顔のアーノルドさんには有無を言わせないプレッシャーがあった。これは冒険者として死活問題だと無言の圧力をかけてきているのだと分かる。
「私も筋肉バカの言う通りだと思うわね。いつまでも殺す事が出来ないと、私の命が危うくなるわ」
リリスはそう言って僕の腕を握ると、何処かへと連れて行く。
「えーっと、ここら辺に居たと思うけど……居たわ」
茂みへと連れて行くと、そこには両足を失った山賊が倒れていた。かろうじて息をしている事が胸の動きで分かったが、もしかしてこの男を殺せと言っているのだろうか?
「はい、殺しなさい。こんなものやってみればすぐに慣れるわよ」
僕の背中を押したリリスは柔和な笑みを見せる。綺麗でもやっぱり魔族と言う事だ。
槍を握りしめる僕は男の胸の上に矛先を移動させる。男はすでに虫の息だ。心臓を一突きすればすぐに死ぬだろう。でも、僕の手はなかなか動かない。
その時、男が小さくつぶやいた。
「こ……んな俺のために……泣いてくれる……のか? ……だっ……たら……ひとおもいに……ころして……くれ……」
いつの間にか僕の両目からは涙が溢れていた。視界がぼやけ、周りの輪郭がゆがんでゆく。鼻にツンとした感覚が走り、鼻水がとめどなく垂れて来る。
勢いをつけて男の心臓を一突きした。
初めて殺した感触は生々しく、なかなか槍を引き抜けない。
僕は人を殺した。と何度も言葉が頭の中で繰り返され、同時に赤い光がちかちかと瞬く。全身から警報が知らされているようだ。
涙を服の袖で拭くと、適当な布で鼻をかむ。
「やったわね。でも、同族を殺す事がそんなに苦しい事なのかしら? たかが同族よ?」
「人間は同族と一緒に生きているから失う時は悲しいものなんだよ……」
「ふーん。ヒューマンは不思議ね……」
不思議そうに僕と男を見ているリリスは、僕が何故悲しいのかが理解できない様子だった。
未だ震える手で槍を引き抜くと、アーノルドさんの元へ走って行く。踏み出してしまったのならもう引き戻ることは出来ない。たとえ平和な日本人として培った精神を失ったとしてもだ。人間は失いながら生きているのだ。
「主人もとうとう踏み出したか。今は悲しいだろうが、これも冒険者としての定めだ」
アーノルドさんは優しい笑顔で小さくうなづいた。
「どうでもいいけど、早くアジトに行きましょ。私はまだ戦い足りてないのよ」
山林から歩いてきたリリスは、山賊の生き残りの首の襟を握ると軽く持ち上げ囁くように脅す。
「さぁ、残りの奴らの居場所を教えてちょうだい。でないと内臓を引きずり出して磨り潰すわよ」
「……はい。この先にアジトがあります……」
ガタガタと震える男は両手がないまま僕たちの先頭を歩きだした。出血がひどいのかふらふらと頼りない歩行だが、男は山林の奥へとひたすらに歩く。
「まだなの? もしアジトがなかったら殺すからね」
「はひぃ、もうすぐですから殺さないでください……」
怯えた表情の男をリリスは不機嫌なまま脅し続ける。その後ろ姿は美しいのだが、投げかける言葉は辛辣なものだ。魔族とは皆このような美しくも残虐な性格なのだろうかと疑問に感じる。
ほどなくして深い山林に開けた場所が現れる。そこは周りの樹が切り倒され、大量の切り株と大きな木造の家だけが目に映る。おそらくここが山賊のアジトだろう。道案内をしていた男は地面に倒れ、弱弱しく呼吸を繰り返す。男はすでに限界のようで、次第に顔色は蒼白になり目を見開いたまま呼吸を止めた。
「死んだわね。ヒューマンにしては根性あるじゃない、褒めてあげるわ」
リリスは死んだ男の背中を軽く撫でると、木造の家へと歩き始めた。
「主人よ、ここからが本番だぞ。殺しは短期間に回数を重ねなければトラウマになるからな。主人の冒険者としての試練はこれからだ」
「わかっています。僕もここまで来た以上は引き下がれません」
そういいつつ、槍を握り締めるとリリスの後を追いかける。すでにリリスは家の玄関を蹴りでぶち破り、ずかずかと無遠慮に中へ入っていた。
「わざわざ来てあげたわよ。出てきなさい」
綺麗な声色を出しながらキョロキョロと家の中を散策するリリスの姿は、まるでどこかのホラー映画だ。家の奥では山賊らしき足音が恐怖を感じているためか慌ただしく聞こえてくる。
「ふーん、そっちに居るのね」
足音を聞きつけたリリスは家の奥へと突き進む。僕とアーノルドさんも部屋や廊下を念入りに確認するが、やはり奥に集まっているのだろうか山賊の姿は確認できなかった。
山賊のアジトはログハウスを大きくしたような平屋造りで、広さはかなりのものだ。襲撃してきた人数を考えると、四十人が山の中で暮らすには最低限必要な広さだと思う。ただ、やはり山賊が造った為か隙間が多く建物としては雑な印象を受ける。
「臭いがひどいですね」
「ふむ、仕方あるまい。男が四十人でしかも山賊だ。水浴びなどすることもほとんどないだろうからな。臭くて当然だ」
この家に入ってから悪臭がひどいのだ。鼻が曲がりそうな臭いを我慢しながらリリスを追いかけると、奥から大勢の叫び声が聞こえて来る。すぐに声が聞こえた部屋に飛び込むとそこは阿鼻叫喚の地獄だった。
「フフフ、さぁもっと抵抗して頂戴」
いくつもの山賊の頭が床に転がり、内臓や四肢が飛び散っている。部屋の隅には十人ばかりの山賊が震えながら剣を握っていた。もはや山賊退治と言うよりはただの虐殺だ。僕は見かねてリリスに命令を出した。
「リリス”戦いを止めろ”」
「くっ、しょうがないわね。貴方たち助かってよかったわね、達也が止めなければ私が殺していたもの」
リリスは右手に付いていた血を軽く振り払うと、部屋から出て行った。
「主人よ、その判断は良かったと思うぞ。流石にあの光景は戦いなれた俺でも戸惑っていた」
「ええ、リリスが改めて魔族だと理解できました」
震える山賊たちに近づくと、槍の矛先を向ける。
「貴方たちはこれからも山賊を続けますか?」
「ひぃ!? お、おれたちはもう足を洗う! 山賊なんて懲り懲りだ! あんな化け物と出会っちまったらもう山賊なんて出来ねぇよ!」
どうやらリリスは山賊にトラウマを植え付けてしまったようだ。体格のいい男達が挙動不審に視線を彷徨わせ震え続ける。額からは大量の汗をかきカタカタと奥歯が鳴っていた。これなら皆殺しにしなくとも、ちゃんと山賊から足を洗ってくれるかもしれない。
「今回は見逃します。ですが宣言通り足を洗ってください。じゃないと貴方たちを探して殺しに来ますからね」
「あぶぶぶぶぶ」
山賊の一人がショックのあまり泡を吹いて倒れた。脅しはこれくらいにしないと、ショック死するかもしれない。僕たちは山賊を置いて部屋を出ると、リリスがなぜか木箱を担いでいた。
「良いものを見つけたから貰ってきたわ。これで私に美味しいものを作りなさい」
どかっと床に置いた木箱からは大量のお金と宝石が出てきた。中には見事な装飾が施されたナイフも見られ、眩しく光りを反射させている。
「フハハハハ! 奴隷一号から二号へ褒めて遣わすぞ! でかした!」
アーノルドさんが高笑いするとリリスは顔を背けて言葉を漏らす。
「私は達也にあげたのよ……ふん!」
スタスタとリリスは家から出て行った。付き合いは短いけど、僕たちの旅の資金を心配してくれているのかな? そうだったら嬉しく感じる。
木箱を担ぐと僕たちも山賊のアジトを後にした。
この時、一羽の黒い鳥が僕たちを観察していたことなど知る由もなかった。
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