29話 「パルケ鳥」
パーダムで食料を買いこんだ僕たちは、とあることに気が付いた。
町の魔法使いたちは、ダチョウのような鳥に乗って移動している姿を目撃したのだ。以前リスアでも見た事があるその鳥は、頭部に黄色い鶏冠を持ち、胴体には赤い羽根が鮮やかに生えている。その名は”パルケ鳥”
長距離移動には向かないが、短距離は非常に速く町の中の移動手段には最適だとされている。
パルケ鳥に眼を付けた僕は、パーダムの市場へ向かう。
そこには食料だけではなく、様々な布や小物や生活用品が所狭しと売られていた。そんな市場の一角に、パルケ鳥を売る店がある。
「移動にはパルケがお勧めだよ! 荷物も少なければ旅にはもってこいだ!」
声を張り上げて宣伝する商人に、僕は声をかけた。
「すいません。パルケってどの程度までなら運搬できるんですか?」
髭面の商人は僕を見て、髭を撫でる。
「坊ちゃんパルケ鳥をよく知らないんだな? こいつらは見た目と違って力持ちだ。そこの斧を背負った奴隷でも一日は余裕で走れるだろうな。ただ、馬車はダメだ。パルケ鳥は体を縛られるのが嫌いでな、馬みたいに鞍や色々と巻きつけられると暴れだすんだ」
なるほど、確かに馬と比べると面倒な生き物だ。それでも移動手段に出来ることは今の僕らには嬉しい話だった。
「それじゃあパルケ鳥三羽を下さい」
「まいど。金貨三枚だよ。こいつらは手から餌をやると臭いを覚えるから、三日くらいすれば離れても帰って来るようになるさ」
まるで犬みたいな鳥だ。そんな事を思いながら三羽のパルケ鳥を見ると、彼らはつぶらな瞳で僕を見ながら首を傾げていた。可愛いかもしれない……。
餌は草や虫らしく、放置していれば勝手に食べてくれるそうだ。それに名前を付けると覚えてくれるらしく、呼ぶときは名前を叫ぶと反応してくれるらしい。
早速、乗ってみた僕は【パル】と名付けた。
「さぁパル。王都に向かって出発だ」
パルケ鳥は座ってみると不思議な感じで、背骨が走っているだろう部分にはお尻を乗せられるようなコブとへこみが存在していた。コブの中へお尻を入れると、適度に固定され安定感が得られる。まさに人が乗るために生まれたような鳥だ。
「くけー!」
一鳴きしたパルは走り出すと、パーダムの北へと移動してゆく。もしかして僕が言った行き先を理解したのだろうか? 後ろを見るとアーノルドさんやリリスもパルケ鳥に乗り、僕を追いかけていた。
「フハハハハ! これは実に良い! パルケ鳥は初めて乗るぞ!」
「悪くないわね。座り心地も良いし、可愛いわ」
二人もパルケ鳥には満足しているようだ。もっと早くパルケ鳥を購入していればよかったと少しだけ反省する。
パーダムを出た僕たちは道なりを進み、森の中へ突入した。
次第に薄暗くなる森の中に、僕のパルケ鳥であるパルはソワソワと落ち着きを失くしていた。
「どうしたんだいパル?」
声をかけた瞬間、森の奥から強烈な気配が漂ってきた。同時に垂れ流される闘気には殺意ともとれる感情が入り混じっている。まさか魔族?
「アーノルドさん、リリス! この森に魔族が居るみたいです!」
「ふむ、確かに強烈な気配を感じるな」
「気配って何かしら? 私には分からないわ」
生い茂る森の中から続々と魔物が現れ、進行方向を塞ぐ。僕たちはすぐにパルケ鳥から降りると、三羽を逃がしてやる事にした。
「ここは危険だからパーダムへ帰りなよ。今なら前のご主人様の所へ帰れるよ」
そう言って僕はパルを撫でる。まだパーダムの近くだ、パルケ鳥の習性なら前の主人の元へ帰るはず。購入したばかりだが、こんなところで死なせるのは可哀想だ。そう思ってパルを少し押すと、三羽はパーダムの方向へ走っていった。
「せっかく名前を付けたのに……許せないわ」
ピピルと名付けたリリスは、実は相当気に入っていたようだ。紅い眼には怒りの色が見て取れる。周囲には怒気が入り混じった闘気を放っていた。
「ふむ、俺のような筋肉を育ててやろうと思っていたのだが残念だ。シュワルズよさらばだ」
アーノルドさんは去ってゆくパルケ鳥を眺めながら、背中の斧を抜き放つ。
僕も槍を構え、魔物の大群を視界にとらえた。
それらの多くはスケルトンで構成され、中にはスケルトンナイトやゾンビが入り混じっている。アンデットでダルバの町を思いだした。
「二人とも気を付けてください、もしかすればスケルトンウォーリアがいるかもしれません」
「む、ダルバの町で出たと言うアンデットか。普通のウォーリア程度なら俺も戦ったことはあるが、ジェネラルクラスともなれば手こずるだろうな」
「どうでもいいわ。達也、許可を出して」
リリスの言葉に、僕は許可を言い放つ。
「リリス”戦え”」
その瞬間、魔物と僕たちはぶつかった。
激しい魔物たちの攻撃を避けながら、猛然と槍を振るう。切り殺そうと剣を切り下すスケルトンの身体を両断し、腐った肉体で噛みつこうとするゾンビを闘気で吹き飛ばす。
アーノルドさんを見ると、彼は大きな斧を横薙ぎに振り数体の魔物ごと樹木を切り伏せていた。切られたスケルトンは下半身を失い、気にも止めていないアーノルドさんに踏みつぶされる。彼が斧を振るたびに空中に舞う魔物たちの体の一部は、どちらが魔物か分からない程だ。
「フハハハハ! どうした魔物たちよ! どんどんかかって来い!」
リリスを見ると、彼女は的確に頭部だけを狙って蹴りや手刀を繰り出していた。魔物たちの間を縫うようにして動き、そのスピードは魔物たちでは追えないようだ。ただ、ゾンビは嫌いなのか全く攻撃していない。
「面倒だわ! 吹き飛びなさい!」
リリスが掲げた腕に闇に覆われた風が巻き付き、振り下ろすと二本の風の刃が魔物たちの間を駆け抜けて行く。後には二本の深い溝と魔物たちの体の破片が散らばっていた。
リリスのおかげで、魔物の大群は半減したが奥から新たな魔物が次々と現れてくる。
それらの中には、やはりスケルトンウォーリアが混じっていた。しかも一体ではなく、何体もだ。
空を見れば、黒い鳥が僕たちを観察するようにグルグルと上空を旋回している。
「二人とも下がってください! 魔法で一掃します!」
一m程の魔法陣をイメージし、思い描くは大きなレーザーだ。
「
音もなく眩い光だけが僕の手から放たれた。その光は地面を焦がし木々を焼き、魔物を灰も残らず消滅させる。一直線に延びる光は百mほどで拡散するが、そこに至るまでには焼け野原が続いていた。
レーザーを消した僕は今後はもっと考えて使おうと後悔する。
「フハハハハ! さすが主人だな! 実に強力で素晴らしい魔法だ!」
「私でもあまり使わないクラスの魔法ね。まぁいいんじゃない、魔物も減ったし?」
だが、焼け焦げた森の隙間から再び魔物が現れ始める。
「まだ半分を殺した程度かもしれません! 二人は引き続きお願いします! 僕は魔物の原因を叩きに行ってきます!」
「フハハハ! 任されたぞ! この程度でやられる俺ではない!」
「私、アンデット嫌いなのよ。さっさと魔物を使役している奴を殺して来て」
この場は二人に任せて、僕は森の中を走り出す。
すれ違うスケルトンやゾンビを切り捨てながら、魔物を操っている気配の元へとその足を進める。近づくにつれて、その気配や闘気は濃密なものへと変わっていった。どろりとしたモノが体に絡みつくように、粘つく気配がその存在を知らしめる。
辿り着いた場所は小さな草原が広がる場所だった。
中心には一人の男が骨で作られた椅子に座ったままこちらを見ている。腕には一羽の黒い鳥が留まり男に何かを知らせている様子だ。
「ジェネラルを倒したヒューマンが来たか。随分と遅くてこちらから出向こうか迷ったぞ」
そう言って立ち上がった男は、ぼろきれの様な黒い服を着ていた。黒いシルクハットを被り、見えている眼は黄色く瞳孔は縦長だ。まるで爬虫類のような眼に僕は気圧される。
「怯えるなヒューマンよ。私は魔人のバルドロスと言う者。君に会いたくてずっと待っていたのだ」
バルドロスは優雅に一礼すると、口角を上げる。
「僕を待っていたとはどうゆう事ですか?」
「まずは私の話を聞き給え。私は君が
「何が言いたのですか?」
バルドロスはゆっくりとした口調で、話すがその気配は打ち解けようと言うものではなかった。漂う闘気からはすでに殺意がにじみ出ているのだ。
「では結論を言っておこう。君は私の仲間になるべきだ」
「魔人の仲間なんてお断りです」
「君ならそう言うだろうね。だが、私の敵が魔王だといったらどうする?」
魔王が敵?
魔人は魔王や魔族に従っているから、敵対することはおかしいんじゃないだろうか?
「くくく、不思議そうな表情だね。魔人である私が魔王に逆らおうなんて不思議に見えるだろう? だが、それは魔人よりも魔族に力があればの話だ。力が逆転すれば魔王に従う理由などないのだよ」
「ようするに僕を仲間に引き入れて魔王を倒したいと言いたいのですね」
「ご名答」
バルドロスは拍手をした。
「ヒューマンは魔王や魔族を嫌っていると聞く。では私と協力して奴らを倒そうではないか」
「倒したあとの魔人達は野放しになり、結局魔族がやっていたことが繰り返されるだけですよね? だったらお断りです。それに僕は魔王と戦うつもりはありません」
僕の返答にバルドロスは首を振る。
「思っていたよりも頑固だね。君はもっと柔軟な考えの持ち主だと思っていた」
奴がそう言った瞬間、僕の景色は回転した。
しまった、今の一瞬で殴られたんだ!
すぐに再起動した僕は、奴が振り下ろそうとしていた剣を槍で防ぐ。
火花を散らした剣と槍は互いの反動で後ろへと飛ばされた。すぐに立ち上がった僕は槍を構え直す。
油断していた。もし奴が拳ではなく剣を振り下ろしていたなら僕は死んでいたかもしれない。しかも奴の動きは見えなかった。魔人だと侮っていたが、もしかすればリリスよりも強いかもしれない。
「今のを防ぐとは驚きだ。ますます手ごまとして欲しくなったよ」
「お断りします。僕は魔人や魔族の味方をするつもりはありません」
「別に君の意思は関係ないのだけどね。アンデットにするからさ」
再び奴は素早い動きで迫ると、鋭い剣速で切りかかる。槍で防ぎつつ間合いを取ろうと図るも奴はそうさせないためか、必要以上に近づき近距離を維持する。
剣と槍を交え、火花を散らすが力はやや優勢だった。ただスピードは奴の方が早く、油断をするとすぐに後ろを取られそうだ。槍と剣が交差する状態で、奴は顔を近づけて話しかけてくる。
「まだ私は本気ではないのだが、君はどうかな? 魔人と侮っていたんじゃないのか?」
「じゃあ魔人の強さを教えてください。本当に魔族よりも強いんですか?」
「いいだろう、教えてやる。魔族がひれ伏すだろう魔人バルドロス様の力を!」
僕から離れた奴は足元から闇が這い上がる。それは全身に至り、体を結晶のような物が覆い始める。闇が結晶化した塊がボコボコと膨らみ始め、その大きさは増大していった。地面は沈み、太陽は巨大化している奴に遮られた。奴の影の中にいる僕はその大きさに驚愕する。
その大きさは約十m。巨人と言っても差し支えない大きさだろう。顔らしき場所には申し訳程度の三つの穴が空き、遠くから見れば埴輪に見えたはずだ。そんな巨人は一歩踏み出すと、地面に振動が走る。
「どうしたヒューマン? 私の力に恐れをなしたか?」
奴は嬉しそうに声を発する。
そこで僕は気が付いた。リリスが言っていた属性の中にある属性だ。
奴の属性は恐らく闇の土属性だ。その証拠に闇が鉱物のように結晶化している。それにアンデットは系統を考えると土属性に含まれるように思うのだ。だとするなら、弱点は炎か光だろう。
しかし、以前戦ったスケルトンウォーリアは光に弱い素振りなど見せなかった。当然ここには炎もない。となると魔法ではなく自力で勝つしか道はないようだ。
僕は槍を一閃し、奴の足へ切り込んだが表面の結晶を剥がす程度にとどまる。防御力も上がっているようだ。巨大化したことで速度が落ちたことは救いだが、これでは奴を倒せない。
「では踏みつぶしてやろう」
そう言って奴は大きな足を上げて、僕に狙いを定める。振り下ろされた足は重く、地面は陥没した。ギリギリ避けた僕の足元には奴の起こした振動が伝わってくる。
「上手く避けられたか。この体は速度が落ちてしまうのが難点だな」
再び足を上げ、今度は確実に僕の上へと落として来た。
巨大な足に踏まれた僕は、その重量によって地面に沈んで行くのが分かった。全身にかかる重さは想像以上で、頭の中に危険信号が激しく点滅する。
僕、死ぬかもしれない……。
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