20話 「魔族」


 迫り来る魔物を蹴散らしながら、僕は襲われている人たちを助ける。


 力がないから死んでもしょうがないなんて僕は認めたくなかった。全てを救うことはできなくても、僕の両手で掬い取れるくらいは誰かを助けたい。そう考えてアストロゲイムを魔物に突き入れる。

 飛び散る鮮血にめくれ上がった肉が視界に入るが、慣れた手つきで僕は屍の山を築き上げる。


 後ろにいるアーノルドさんは、風切り音を鳴らしながら魔物を両断した。その威力は凄まじく、斧の厚みの分だけ魔物の肉体が消失する。まさしく切っていると言うよりも吹き飛ばしていると言ったほうが正しいのだろうか? 

 真上から切り下す斧は両断のたびに地面に食い込み、蜘蛛の巣のようにひび割れを起こして陥没させた。


「主人よ、戦況は厳しいようだぞ? どうするつもりだ?」


「どうするも、僕たちがここで抜ければ戦況はさらに悪化します。すべてを倒すつもりで戦ってください」


「フハハハハ! さすが主人だ! よかろう、俺の肉体を駆使する時が来たようだな!」


 そう言いつつアーノルドさんの振るう斧は滅茶苦茶だ。魔物と樹木を一緒に切り倒しているのだから、戦いが終わるころには森は切り開かれていることだろう。


 冒険者を追いかけるグリフォンを発見し、僕は槍でけん制する。


 グリフォンは鷲の頭部に胴体はライオンと非常に獰猛な魔物だ。さらに翼まで備えているため空中戦を得意とし、属性は風と下級の魔物でも上位に入る厄介な奴である。さらに最悪なのは魔物の中でも比較的数が多く、人々からは『ヒューマンキラー』などと呼ばれ恐れられているそうだ。


 相対したグリフォンは、焦げ茶色の体毛をこれでもかと見せつけ僕を威嚇する。その視線はアストロゲイムの矛先に集中していた。


「グリフォンは格好いいと思っていたけど、今日からその考えを捨てるよ」


 僕の言葉に反応するようにグリフォンは奇声をあげると、猫科らしいバネのある跳躍で鋭い牙をむき出しにして噛みついてくる。腕を噛まれた僕は未だ貫かれない皮膚に安心すると、そのままグリフォンの心臓に向かって槍を貫通させた。

 背中から見える槍を確認すると、一気に引き抜き脱力したグリフォンを地面に捨てる。ヒューマンキラーと言うけど下級の上位程度では僕のチートに傷はつけられないようだ。


 すぐに周りを確認すると、スモークゴーストが集団で冒険者を襲っている場所を発見する。スモークゴーストはそれ自体が毒の塊で、皮膚に付着すればじわじわと腐らせてゆく。


 駆け付けた僕は、小さな魔法で応戦している冒険者たちに声をかける。


「すぐに下がってください! 僕が一掃します!」


 掌から炎を放っている男性が指示を出すと、次々に後方へと下がってゆく。前方には十匹以上のスモークゴーストが僕を新たな標的に変え、移動を始めていた。


「修行の成果を見せてやる!」


 アストロゲイムを突きの構えでねじるように体を捻ると、その体内から湧き出る力の根源を解き放つ。



 闘槍術 【トルネードチャージ】



 繰り出した槍に回転を加え、さらに周りの空気すらも巻き込まれるようにして小さな竜巻が巻き起こった。横方向に伸びる竜巻は、スモークゴーストの体をかき消し次々に消滅させてゆく。後に残ったものは地面に残る深い溝だけだ。


「すげぇ……」


 後ろから聞こえてきた声はテリアさんのようで、樹にもたれ掛かるようにして倒れていた。すぐに駆け寄ると、腹部に深い傷ができ出血がひどい。辺りにはテリアさんのものらしき血痕も残されていた。


「テリアさん! しっかりしてください!」


「ははは、やっぱり魔物は強いわ……見ろよ、親父の自慢の鎧がこの様だ……」


「今すぐ手当をしますから、諦めないでください!」


 背負っていたリュックから包帯と薬草を取り出すと、すぐに水で洗浄した傷口へ押し当てる。鎧も外し腹部に包帯をぐるぐると巻いていった。これでひとまずは大丈夫だと思うけど、この状況では危険だろう。


 どうするべきかを考えているうちに、アーノルドさんが魔物を切り伏せながら走ってきた。


「主人よ! 応戦に来たぞ! む! そいつは負傷したのか!?」


「ちょうどよかった、アーノルドさんはテリアさんをしばらく守ってくれませんか? 僕は今から魔物の原因を倒してきます」


「ということは魔族と戦うつもりなのだな? 主人のことは信じているが、勝算はあるのか?」


 アーノルドさんの言葉に少し考えて答える。


「分かりません。初めて戦いますし、もしかすれば僕の力が通用しないかもしれません。その時は、すいません」


「フハハハハ! さすが我が主人だ! 静かに燃え盛る大火とはまさに主人のことを言うのだな! 魔族を倒してくることを楽しみに待っているぞ!」


 アーノルドさんにこの場は任せて、僕は気配の一番強いほうへと走り出した。その気配は魔物とは違い、どろりと纏わりつく濃密な闘気。そこから伝わってくるのは強者と戦いたいという強烈な感情だった。


「原因である魔族は戦う相手を求めているということなのかな?」


 僕はその気配を発する中心へとさらに足を加速させる。



 ◇



 森の中心ではこの地に古くから遺されている遺跡が存在する。


 それは、誰がいつ造りなぜ残したのかすら分からない古びた神殿だった。壁に刻まれていた彫刻は今では見る影もなく、そこに何があったのかすら理解することは難しい。美しかったであろう庭園は今では荒れ果て、此処が長い時を誰にも触れさせることなく在り続けたことを理解させた。


 そんな神殿に一つの闇がたたずんでいた。


 闇は誰かを待っているわけではない。だが目的がないわけでもなかった。ただ此処で待てば、闇を興奮させる強者が来ると予感したからだ。闇にとって戦いは娯楽。戦えば戦うほど心地良く、心を掻き立てる。


 そこに槍を持った少年が現れた。


 闇はがっかりした。求めていた強者とはかけ離れているように感じたからだ。そのまだ幼さが残る顔に強さを見いだせなかったのだ。こいつは外れだと、闇は殺すために動き出す。




 黒い闇が動き出し、僕に強烈な殺意を向けてきた。



 ここに到着してすぐに見つけたのは赤い目が光る人型の闇だった。それはまさしく魔物を作り出した元凶とも呼べる濃密な気配を放ち、辺りに無差別な闘気を放っている。まさしく目の前の闇こそが魔族と呼ばれる存在であると確信した。


 魔族はその場からゆるりと体を揺らすと、音を置き去りにする速度で僕の首めがけて手刀らしき攻撃を一閃した。


 手刀を避けつつ、すぐさま蹴りを放つと魔族は神殿のような建物に激突する。その衝撃は建物の一部を崩壊させ、土煙を上げながら轟音とともに崩れてゆく。瓦礫の中から苦も無く出てきた魔族は、愉悦を感じさせるような気配を漂わせていた。


「私は貴方を見くびっていたみたいね。まさか今の一撃を避けた上に反撃するなんて並みの人間ではできないことよ」


「そんなことはどうでもいいよ。すぐに魔物を退却させてもらえないかな?」


「別に私が命令を出しているわけじゃないんだけど……断るわ。だって退却させれば貴方もどこかに行くのでしょ? つまらないわ」


 そう言って魔族は再び走り出すと、今度は蹴りらしき攻撃を風を切る音とともに繰り出してくる。その速度は先ほどの攻撃とは段違いで僕の横っ腹に足が沈むと、その勢いのまま壁だけが残る建築物へ激突した。


 崩れる壁に紛れ僕は対策を思案する。


 魔族の攻撃はそれほど効かなかったので恐れる必要はないのだが、問題はあの闇だ。もやもやと漂う闇がその動きを曖昧なものにしていた。はっきり言って邪魔だ。しかし、そう簡単に剥がせるだろうか? もしかすれば闇自体が魔族の体ということもあり得る。攻撃を受けた限りではそのようなことはないと思うが、もしそうだとするなら戦い方が根本から変わるだろう。


 僕はイメージを固め、体の上に乗った瓦礫を押しのけて立ち上がった。


「意外と頑丈なのね、今の攻撃で殺したのかと思ったわ」


「残念だけど、そう簡単には死ねない身体なんだ」


「じゃあこれはどうかしら?」


 魔族がそう言うと、一瞬で目の前に現れ腹部を抉るように拳をめり込ませる。わずかだが衝撃が内臓に走り痛みを感じた。しかし、攻撃されるのは織り込み済みだ。


「これを食らえ!」


 そう言った刹那の間に、掌から魔族に向けて強烈な閃光を放つ。


 だが、魔族の闇は消えることはなかった。


「この闇は魔力で創り出しているのよ、そんな光では消せないわ」


 至近距離で囁かれたあと訪れた衝撃は視界を揺らし天地を逆転させた。どうやら僕は顔を殴られたようだ。そのまま建造物に激突し再び瓦礫に埋もれる。


「まだ死んでいないでしょ? 早く出てらっしゃい」


 瓦礫から姿を現せた僕は笑みを浮かべる。その様子に魔族は疑問を感じたのか質問をしてきた。


「何が可笑しいの? 私に勝てなくて強がっているのかしら?」


「違うよ。作戦がうまくいったから喜んでいるんだ」


「作戦?」


 僕は左手から伸ばしていた魔力のラインの先を移動させる。


 同時に魔族を覆っていた闇は僕の思った方向へと移動し、遥か上空へと昇って行った。


 そう、僕は光魔法を囮にして魔族の上から魔力を被せていたのだ。掌握が完了した魔族の魔法を無理やり移動させ、上空へと飛ばすというのが作戦だった。見事に成功した僕は丸裸となった魔族の正体を確かめる。


 そこには輝くほど光を反射させる銀髪に、息をのむほど端麗な顔と宝石と見間違えるような紅い瞳。背中からは漆黒の翼と真っ白い肌に着せられた煽情的な衣装に、黒と金で装飾された荘厳な防具を装備した姿は、さしずめどこかの国の王女と呼んでも相違ない高貴な雰囲気を醸し出していた。


「こ、これが魔族の正体……」


 闇を取り払われた魔族は数秒後に慌てふためき始める。


「え? へ? なんで? 嘘? ……ええええええええええ!!?」


 思わぬ反応に僕は少しだけ戦意が削がれたが、魔族に一泡吹かせてやったと考えるならいい気分だった。とはいっても、こうまで人に近い存在なら殺すことはできないように思う。まだ僕は、人を殺すほどの精神力は持ち合わせていないように思うのだ。言い換えるなら覚悟がないと言うことだ。


「今なら犠牲も少ない、だから魔物を退いてくれないかい?」


 僕の問いかけに魔族は冷静になったのか、冷徹な表情で返答する。


「断るわ。正体を見られたのは想定外だったけど、逆にこっちのほうが戦いやすい気がしていたのよ。そんなことより早く続きをしましょ」


 魔族はさらに速度を上げて攻撃を繰り出す、その動きは残像が見えるほどだ。かろうじて避け続ける僕は決して素早さが魔族より上ではない。動体視力と早い判断力で何とか避けているの過ぎないのだ。


 魔族の連続攻撃が終わると、今度は僕の番だ。


 アストロゲイムを最小限度の動きで攻撃を繰り出すと、そこから皮切りに連続攻撃で避け続ける魔族を追いかける。


「ふーん、当たればヤバそうな攻撃ね。でも当たらなければいいだけの事」


 緩やかな動きで僕の攻撃をするりと避けると、死角から蹴りを放つ。攻撃を受けても大したダメージもないので衝撃を耐えると、跳躍して槍を振り下ろした。



 闘槍術 【バーストブレイク】



 魔族にはぎりぎりで避けられたもの、闘気を纏った矛先は地面に当たると爆発を起こし古びた石畳を吹き飛ばす。その威力は十mものクレーターを作り出し、近くにいた魔族も衝撃で建築物へと弾き飛ばされていた。


「いたたた、なんて威力なの。貴方本当にヒューマン? 攻撃も効かないし、それに今の攻撃は少し前に戦ったヒューマンの技に似ているわね」


 その言葉に確信した。僕の目の前にいる魔族はシンバルさんと戦ったことがあるのだ。そして左腕を奪った張本人だということだ。


「一体何人ものヒューマンを殺してきたんだ。魔族はそんなにも偉いのか?」


 魔族は瓦礫を押しのけ埃を払う。


「さぁ? 覚えてないわよ。それに魔族って言ってもいろいろ居るし、私はどちらかというと変わり者だから他の魔族のことなんて分からないわ」


 魔族は再び姿を消し今度はかかと落としを繰り出してくる。とっさに槍の柄でガードをしたが、今までの攻撃とは違いその威力は強烈だった。骨がみしりと鳴り地面に両足が沈み込む。すさまじいほどの重みが圧し掛かってくる。


「へぇ、今のを防げるんだ。じゃあ本気を出してもいいってことね」


 なっ!? 今まで本気じゃなかったのか!?


 衝撃の事実に戦慄するが、それどころではなかった。かかと落としから地面に着地すると、さらにそこから重い拳が腹部を抉るようにめり込んだ。


「ぐぶっ?!」


 内臓をかき混ぜるような衝撃は、体を貫通することなくそこに留まり痛みと苦しみがじわじわと広がる。僕はあまりの痛みに地面に膝をつくと、さらに追い打ちをかけるように顔へ蹴りが飛び込んできた。すでに瓦礫の山となった場所へ吹き飛ばされると、受けたダメージに恐怖を感じ始める。


 すでに身体は力が入らず、攻撃すらままならない状態だ。ダメージを回復させないと到底勝負などできない。何より魔族の攻撃が恐ろしい。

 今まで痛みも感じず魔獣を倒してきたツケが、今頃になって回ってきたのか痛みに驚きを隠せなかった。痛みを忘れていたと言うべきだろうか。


 でも、一つ優っているのは魔族は僕の攻撃を警戒していることだ。


 この一点だけがこの状況を打破できる鍵になるかもしれない。相手は素早い上に攻撃も勝っている。僕が攻撃を当てられれば勝つことは可能だろう。


 ……いや、待てよ。うってつけの方法があるじゃないか。これなら僕の悩みは解決する。


 そう思い立ったら瓦礫を押しのけ魔族に相対する。自分の左手を見ると、先ほどの攻撃が原因なのか少しだけ血が垂れていた。


「まだ生きてるの? 貴方頑丈すぎやしないかしら。まぁ次で終わらせてあげるわ」


 魔族が姿を消した瞬間、僕は魔法を発動した。



集光包界シャイン・ワールド!!」



 太陽の光を引き寄せ、僕と魔族を覆うように光り輝くドームができた。その大きさは東京ドームほどで、逃げ場がないほど広く作り出した光の世界はその視界を埋め尽くしてゆく。


「目が!? 目が!?」


 光で視界が見えなくなった魔族に僕はゆっくりと近づく。もちろん僕だけは光量を抑えて視界は良好だ。


 魔族に石突で腹部を突き込むと、すぐさま横薙ぎで足払いをする。


「ぐっ!? そこか!」


 気配を察知したのか足払いを避けて、とびかかってきた。魔族は目の見えない状態で馬乗りになり僕を見下ろす。


「残念だったわね。私くらいになると見えなくても戦えるのよ。さぁ死んでもらうわね」


 魔族はそう言って拳を振り上げると、僕は左手を魔族の腹部に当てる。


 そこには六芒星の陣をイメージし、魔力で刻み込む。込める魔法は【契約】だ。


 魔法陣が描かれ、傷で付いていた血液が付着した。血液は魔法陣を辿るように広がりその効力を発揮する。これで完了だ。


 魔族は拳を振り下ろそうとするが、それは一向に行われなかった。本人である魔族ですら違和感に気が付かず、ひたすら拳を振り上げては下すを繰り返す。


「えい! ……あれ? なんで? どうして攻撃できないの?」


 僕はシャインワールドを解除すると、魔族に命令を出した。


「今すぐそこから退いてほしい」


 おとなしく従う魔族に、頭では分かっていながらも驚いてしまう。


「なんでなんでなんで????? 貴方一体何をしたの!???」


 僕は魔族の脇腹を指さした。そこには赤い六芒星が描かれている。


「僕は君と契約を交わしたんだ。まず第一は僕に攻撃できないこと、第二に主である僕の命令は絶対厳守、第三に僕からは逃げ出せないこと、第四に僕の許可する者以外は攻撃ができないこと」


「まさか……奴隷契約をこの身に刻んだの?」


「そう言うことだよ」


 僕の言葉に彼女は力なく両膝をつくとぽろぽろと涙を零し、大泣きし始めた。


「ちょ、そこまで泣くことなの? 死ぬわけじゃないし、改心してくれればいつか開放だって……」


 彼女は僕の言葉に顔を上げると、喚き散らすように言葉を吐く。


「あんたは体に直接刻む契約がどれほど怖いか知らないのよ! そこらの奴隷は紙の契約書で魔方陣をいつでも消すことができるようにしているけど、直接刻まれた奴隷は一生解放されないのよ!? 一生よ!! 私はあんたに一生着いていかないといけなくなったんだらね!!」


 一生……。


 ちょっとやりすぎたかな? でも魔族である彼女を放置するわけにはいかないし、人殺しになる覚悟も僕にはなかった。ずっと攻撃に迷いがあってどうしよか悩んでいたけど、やっぱりこの選択が一番だと思う。


 彼女にはかわいそうだけど、どうにかしていつか解放してあげる方法を探してあげよう。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁあああああん!!!!」





第一章 <完>




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