19話 「討伐隊」


 僕たちは現在、切り立った崖にせり出すようにある道を歩いてる。


 すでに高地の中腹まで下山しており、それほどかからず麓まで降りられるそうだ。


 そもそもこんなに時間がかかっているのは道のせいだ。高地を一直線に駆け下りればすぐにでも麓まで行くこともできるだろうけど、それは自殺行為というほかない。僕はまだ死にたくはないのだ。


 右を見れば切り立った崖があり、左を見れば遥か下に流れる川が見える。この光景を見ればおのずと答えは出てくる。時間をかけてでも安全に下山したいと思うのは普通だろう。


「フハハハハ! 実にいい天気だな! 昨日は雨だったので俺の肉体を濡らすにはちょうど良かったが、やはり太陽が一番だ!」


 僕の隣を歩く人は、土砂降りの雨の中を裸で走り回っていた。どう見ても変態なんだけど、本人が言うには雨雲に肉体を見せているとか意味不明な持論を基に行った行動らしい。時々まともな人だがおおむね変態だ。


 そんな奴隷を抱えている僕は、いつか変態になるのだろうか?


「む、主人よ! 馬車が止まっているぞ!」


 アーノルドさんが指さした方向を見ると、進行方向に一台の馬車が停車していた。車輪の近くでは二人の男性が頭を抱え、かなり深刻な様子だ。


 僕たちは気になったので声をかけることにした。


「どうされたんですか?」


 一人の中年男性が困った様子で車輪があるべき場所を指さす。


 そう、あるべきはずの車輪がなくなり馬車が傾いていたのだ。


「左後ろの車輪が外れたんですね、でもまたはめ込めばいいじゃないですか」


「簡単に言うね君。馬車がどれほどの重さか知っているか?」


 なるほどと納得した。重すぎて車輪がはめ込めないのだ。


 前の世界ならジャッキで車を持ち上げてタイヤを交換していたそうだけど、この世界では人力だ。まず人の手で持ち上げて、間に木箱を挟み込むと言う感じで、人手が居ないと難しい作業となっている。


 シンバルさんは定期的に馬車を点検していたから細かく修理をしていたみたいだけど、この人たちはそういった習慣がないのだろうと思う。


「分かりました、僕が持ち上げますんでその間に修理してください」


 そう言って馬車に手をかけると、中年男性があきれ顔で注意する。


「君、一人で持ち上がるわけないだろう? そこの奴隷も――」


 両手で馬車を持ち上げると男性は沈黙する。


「はい、持ち上がりました。早く修理してください」


「お、おう。ありがとう……」


 戸惑う二人の男性は慌てて修理を始めた。


 奴隷であるアーノルドさんは腕を組み大きく頷いている。僕一人だと違和感があるから手伝って欲しいのだけれど、彼にはそんな気はさらさらないようだ。


「あ、ありがとよ、修理が出来た。君は随分と力が強いんだな、見た目で判断して悪かったな……」


 そう言って二人の男性はお礼を述べる。


「いえ、こんな場所では助けも呼べませんし、困った時はお互い様です」


「ふむ、君は実に素晴らしい人間のようだ。もしよければウチの馬車に乗って行かないか? 荷台には二人分くらいのスペースが空いているんだ」


「ありがとうございます。是非乗せてください」


 馬車に乗り込むとゆっくりと狭い道を走り出す。荷台には武器や盾が乗せられ木箱に収められていた。


「つかぬ事を伺いますが、どうしてこんなに武器を運んでいるんですか?」


 中年男性に質問したのだが彼は馬車の操作で手が離せないようで、もう一人の若い男性が返答してくれた。


「実は最近になって高地の出口で魔物が出るようになったんだ。近くの町では退治の為に人手と武器を集めていてね、近いうちに総攻撃をかけるそうなんだ。そこで武器屋であるウチにも声がかかったのさ」


「魔物ですか? じゃあ魔族がまだこの高地に居ると言う事ですね、戦える人は居るんですか?」


「魔族は居るだろうね、でも高地の出口で魔物を放たれちゃあ黙っていられない。どうにかして追い払うか退治しないと商売がやっていけないよ。まぁ本当に魔族が出てくれば敵う奴なんかこの高地には居ないからね」


 なるほど、もしかしたらシンバルさんの片腕を奪った奴かもしれない。それに出口に居るとなると嫌でも出会うことになることだろう。


 魔族に僕の力が何処まで通用するか気になる。


「主人よ、魔族と戦うつもりか?」


「最悪そうなると思う。でも戦うと決まった訳じゃないから、もしかすれば活き込んでも空振りに終わるかもね」


「フハハハハ! 何を言うか、主人は俺の主人だぞ? 魔族ごときに負けるハズがないだろう!」


 そこまで買ってくれるのは嬉しいけど、アーノルドさんの自信は何処からやって来るのか少し気になる。


 僕はため息を吐いた。



 ◇



 馬車に揺られて最後の町へとやってきた。この町を過ぎれば後は麓に行く道があるだけだ。


 町は高い崖に囲まれた場所にあり、緑豊かな印象を受ける。家の玄関には鉢植えの花が置かれ、色とりどりの花が町の至るところで目についた。だがそんな印象とは裏腹に、腰に剣や全身に防具を固めた人たちで溢れていた。きっと魔物との戦いに備えているのだと思う。


「この辺りで結構です、乗せていただきありがとうございました」


 馬車から僕たちは降りると、二人の男性にお礼を述べた。


「当然の事だ、君は俺達を助けてくれたんだからな。もし高地を下りるつもりなら討伐隊に紛れてそっと麓まで降りた方が良い、下に続く道は今は封鎖されているそうだぞ」


「はい、そうします。ありがとうございました」


 二人に手を振ると、僕たちは町の中を歩き出す。


 道が封鎖されているとなると、討伐隊とやらに参加しないといけないみたいだ。でもどこで募集しているんだろう? 冒険者ギルドかな? それとも領主の館?


 そこで僕は道行く女性に声をかける。


「すいません、討伐隊ってどこで参加募集してますか?」


「坊やも討伐に出るの? 止めておきなさい、そんな可愛い顔して死に急ぐことはないわよ」


「え、あの、僕はこれでも成人しているんですけど……」


 綺麗な女性が僕をまじまじと見てため息を吐く。


「羨ましいくらいの童顔なのね……可愛いわ。討伐隊なんて止めてウチに来ない?」


「え、あ、その、すいませんでした!」


 初めて言われる言葉に僕は戸惑い、思わず逃げ出してしまった。僕が可愛い? そんな馬鹿な、今まで生きてきてそんな事を言われたのは初めてだ。きっとあの人はなにか企んでいたに違いない、シンバルさんが人間には気を付けろと言っていたから、あの人はきっと僕を家に連れ込んで金を巻き上げるつもりだったのだろう。人間は恐ろしい。


「主人よ、何故逃げるのだ? あのうら若き女性は下心はあっても騙すようには見えなかったぞ」


「アーノルドさんは人を信用し過ぎるんですよ! あの人はきっと僕を連れ込んで金を騙し取るつもりだったんです!」


 路地裏に逃げ込んだ僕は一息つく。


 さて、どうしよう。逃げたのは良いけど話を聞けそうな人も見かけないし、ギルドでも見に行くべきだろうか。するとアーノルドさんが思い出したように口を開く。というか本当に思い出したのだろう。


「主人よ、討伐隊は冒険者ギルドで募集をかけている事が多いぞ。今回も恐らくだが緊急クエストと言う形で募集している筈だ」


 そうと決まれば冒険者ギルドに行こう。僕たちは町の中を歩き回りギルドを見つける。


 木造の建物の前には、重装備をした人や軽装備のままの人など大勢の冒険者らしき者達が集まり話をしていた。雰囲気的に討伐の為の情報を周知をしているように見える。不味い、これは早く参加を申し込まないと置いて行かれるかもしれない。


 僕たちはギルドに駆け込むと、受付に討伐の参加を申し込んだ。


「討伐の参加でございますね、今回の討伐は緊急クエストと銘打っていますが正式なクエストではございません。当然クエストではございませんので失敗してもペナルティはありませんので参加は自由とさせていただいていおります」


 正式なクエストじゃない? なら報酬は何処から出るんだろう?


「成功報酬はこの町の領主様より払われることになりますので、ギルド側としましては支払い義務が生じないことを十分にご理解の上ご参加ください」


 要するに今回のクエストは募集を請け負っただけで、ギルドとしては無関係な依頼だと言いたいのかな? だとするなら、成功報酬も領主の気持ち次第だし払われない可能性もあると言う事か。なんでこんな面倒な事になっているのだろう?


 そんな疑問に受付嬢は答えてくれる。


「この度の措置は討伐隊に参加する一般人の方からの要望で、クエストを提示いたしました。冒険者でなければ報酬が出ないと言う事を避けるために、やむ得ない措置とご理解ください」


 その言葉に納得する。一般人が戦いたいときに報酬が出なければ戦意も低下するだろう、それにたった一回の戦いで冒険者になるのも馬鹿げているように思う。納得した僕は参加を申請した。


 ギルドを出ると、すでに討伐隊は動き出し町の外へと移動を始めていた。


「すいません、僕たちも討伐に参加します!」


 慌てて集団に合流すると、全身鎧の男性が声をかけてきた。


「おいおい、これは子供の遊びじゃないんだぞ? ちゃんと申請したのか?」


「僕はこう見えても成人しています。それに冒険者ですから大丈夫ですよ」


 ガチャガチャと全身の鎧がこすれる音を気にせず、男性は感心したように声を出す。兜をかぶっているので顔は見えないが、声からするに僕と同じ年くらいだろうと思う。


「ほぉ、その顔で成人してんのか。じゃあお前は案外苦労してんだな。俺はテリアって言うんだよろしくな」


 男性は僕に向かって握手を求めてきたので交わすと、彼は驚いた様子で声を上げる。


「うぉ!? すげぇ握力だな! これは戦力として期待できるかもしれない!」


「僕は大友達也といいます、一応修業は積んでいるので足を引っ張らないように頑張ります」


「フハハハ! 俺は奴隷のアーノルドだ! この鍛え抜かれた肉体を見ろ!」


 ポージングするアーノルドさんを無視して話を進めようとすると、テリアさんは「すげぇ筋肉!」なんて喜んでしまった。それはダメだといっても時はすでに遅し、奴隷で変態なアーノルドさんが白い歯を見せて、さらなるポージングを繰り出す。


「すげぇ! お前、奴隷を持っているなんて金持ちなんだな! これだけの奴隷だからきっとすげぇ高かったんだろうな!」


 憧れともいえる視線を向けられ、僕は顔をそらしてしまった。


 言えない、安売りされていた問題アリの奴隷だなんて……。


 討伐隊はなだらかな山道を徒歩でゾロゾロと下り、周りの景色も次第に変わり始めた。緑豊かな大木が増え始め、深い森の中へとその足を進めてゆく。


 森の奥へと続く道は、木漏れ日に照らされ一枚の絵画のような感動をもたらせた。だが僕は森の奥から放たれる、嫌な気配に警戒を強めていた。三年前はわからなかった魔物や魔族の気配が、森の中で蠢いているのが手に取るようにわかるのだ。


「どうした大友? 何か森の中にいるのか?」


 隣で歩いているテリアさんは気配がわからないのか、挙動不審な僕を見て不思議そうな顔をしている。後ろにいるアーノルドさんは気が付いているようで、すでに斧を構えていた。


「テリアさん、もう魔物が近くまで来ていますよ」


「なに!? マジかよ! じゃあ俺も武器を構えないと!」


 そう言ってテリアさんは槍を構える。彼の武器はどこにでもある安物に見えるが、装備している全身鎧だけは質のいい物に見えた。


「テリアさんはどうして鎧を着ているんですか? 動きづらいでしょ?」


「ははっ! これは俺の親父が騎士の頃に装備していた物なんだよ! この鎧を装備して俺はいつか英雄になるつもりだ!」


 テリアさんに鎧を脱いだほうがいいなんて言えない。今の発言はどう見ても死亡フラグが立っているように思えるのだけど、せっかく知り合ったのだからできれば死んでほしくないな。


 僕も槍を構えた瞬間、討伐隊の先頭から敵襲の声があがる。


「魔物が進行方向に固まっている! 直ちに戦闘準備せよ! 繰り返す、進行方向に魔物の集団を発見! 討伐隊は直ちに戦闘準備せよ!」


 それぞれの武器を抜き誰もが目を血走らせている。進行方向には道を塞ぐように魔物が殺気を放っていた。中には見覚えのあるグライオンやスモークゴーストもいるので魔法が使えなければ手こずることだろう。


「突撃!!」


 討伐隊の指揮官らしき兵士が叫ぶと、大勢の男たちが剣を振り上げて走り出す。僕たちも後を追いかけながら走り始めると、魔物の大群に衝突した。


 振るう槍は一撃で魔物たちを殺し、その死体を地面に転がしてゆく。


 アーノルドさんも斧を振るいオーバーキル気味に魔物を殺していた。なんせ斧を振り下ろすたびに地面に亀裂が入るのだからやりすぎだと思う。


 テリアさんを見ると動きはまだぎこちないが的確に魔物を攻撃し、着々とダメージを稼いでいるようだ。


 作戦も何もない討伐隊の戦いは当然乱戦となり、森の中のいたるところで戦いが繰り広げられていた。グライオンに噛みつかれる者、スモークゴーストに体内に入られてしまった者、グリフォンに喰いちぎられる者など戦況は芳しくない。


 僕は槍を握りしめ、無我夢中で走り出した。







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