第二章 インベスティゲイト(捜査)



       1


 話を終えると、レッキイは私の朝食と昼食を置き、事務所を出ていった。昨日決闘でナイスに殺害された男の葬儀に行くという。


 午後には戻ってきてドーム内を案内しようというレッキイの申し出は断った。


 まず自分の目で状況を確かめ、先入観のない判断をするためだ。

 午前中に荷物の確認や整理を済ませ、ブランチをとる。


 彼女の用意してくれた食事は合成材料を使った料理ばかりだった。大量にある。

 それでも市販の合成食と比べれば、一応人手により調理してあるだけはるかにまともな味に感じた。それに、昨夜夕飯を食べそびれているから味よりも量のある方がありがたい。


 そういう事情を想定したのだとすると、彼女の気遣いは非常に優秀だった。


 昼食後は徒歩でルゴの敷地内を歩き回ることにした。

 直径約三キロほどのドームだから、腹ごなしの散歩にはちょうどよい。半日あれば、都市の主要部分をある程度見物できるだろう。


 驚いたことに、市庁舎のデータベースには都市の全体図すらなかった。


 詳しく探せば、都市整備計画などに使う詳細図くらいは見つかるだろうが、どうせ散歩代わりだ、という気分で、検索をかけるのも面倒くさくなっていた。コンパスだけは手にし、気の向くまま、行き当たりばったりで進むことに決めた。

 

 保安官事務所を出てすぐ、尾行者の存在に気づいた。

 下手な尾行だ。すぐそれとわかる。


 もっとも、あからさまに尾行していることを知らせ、対象に心理的抑圧を与えるという手もあるから、この場合はそれをねらってのことなのかもしれない。


 肩越しに横目で確認すると、ふたりの尾行者はごていねいにも、おそろいのベストを着用していた。むろん例の茶色をしている。


 非常に分かりやすく、親切な男たちだ。


 彼らから意識を周囲に移し、改めて眺めてみると、小都市ルゴの内景は、外壁ドームの外からは想像も付かないものばかりだった。

 盛り土で起伏をつけた丘陵地帯や、その合間に見える木造家屋の見かけは、映像や本でしか見たことのないサボテンも含め、移民を薦める初期の地球製ポスターで見た、合成写真の風景そのものに見えた。


 ――西部開拓時代懐古趣味


 アルファメガ移住初期、地球の為政者たちの一部は、惑星移住を数世紀前の西部開拓時代になぞらえた大キャンペーンを実施したという。

 アメリカ大陸圏出身移住者の多くが、その広告により、いわゆる『開拓精神』とやらを刺激され、移民してきてまで『西部劇』風の服装や風俗、習俗を好んだ。


 そのなごりは、いまだに統合移民局の官給品装備、車輛などに根強く残っている。

 統合移民局の設立には北アメリカ大陸圏の息が強くかかっていたからだそうだ。

 初期に開発された官製のライナーホースは馬様の頭部を持ち、四脚のみで車輪ひとつなかったそうだから、その影響力の大きさもわかろうというものだろう。


 移民から百五十年経った現在では、多くの移民都市はもはやそういった政治的、文化的影響から脱してもいるが、実はその当時の風俗を保持し、尊ぶ都市もまだまだ存在している。

 当然ルゴもそのひとつに含まれていた。

 事前に資料で知ってはいても、直かに自分の目で見、感じるのとでは、その印象はまったく異なる。


 最初に、昨日猛スピードで走るバギーから見た丘陵地を目指す。

 高台からこの都市の全容を見渡すつもりだった。


 実際に歩くと、緩い上り坂と思っていたのに、見晴らしの良い周囲の情景に欺かれたらしく、斜面の傾斜は見た目よりきつい。思いがけなく体力の衰えを実感することになった。


 ようやく斜面のなくなった平地にたどり着く。丘の最上部だ。


 眼下を見下ろすと、ふたりの自警団員は私の歩いた道筋をたどり、ここまで登って来ようとしていた。あからさまに姿を見せているところを見ると、やはり尾行による私への心理的抑圧を目的としているのだろう。


 その場に腰を降ろし、ルゴの全景を見渡す。


 直径約三キロのドーム内は、ここから見るとまるで箱庭のように見える。

 なんとも小さな世界だ。

 市庁舎の建つ中心部から東西南北へ延びる舗装路の先には、それぞれ群集する住宅らしき建物の並びも見えた。

 見た限りでは人口約五千人の規模として家屋の数はちょっと少ない気もする。

 平屋風の家屋ばかりだから地下に別な住宅スペースをとっているのかも知れない。

 ところどころには、自生させたのか植樹なのか、森や林のような部分まであった。

 中心部の北側から北東側の部分にかけ、特に密集している。


 東側の内壁はドームの天井にまで届く板状の耐酸性強化セラミクスで補強されていた。他の方角のものより大きい。きっと、そこの外壁は腐食風が強く当たる部分なのだろう。


 東南と、南西側の平地は農地として整備されていた。


 なにを生産しているのか、そのデータは記録にはなかった。穀物や野菜のような、自給自足を旨とする移民都市ではおなじみの農産物類だろうか。


 南側は、都市の玄関に当たる入出用ゲートおよび昨日訪れた入出管理事務所、ライナーホースの駐車、格納場所となっている。


 双眼鏡を使い、気になるところを網膜に次々拡大投影していった。


 こうしてドーム全周をぐるりと眺めてみても、目当てとしている大きな建造物、あるいはその痕跡、は見当たらない。

 ルゴに入る際、宇宙船の貨物口を流用した気密室を通されたから、もしや、と考えていた期待感は急速にしぼんでしまった。



 アルファメガ移民初期に建造された移民都市の多くは、深刻な建材不足に悩まされていた。

 惑星改造は成功し、空気も水も確保できた。

 しかし、地球人類の侵入を拒むかのように星の土壌は酸性を帯び、住居を建造しようにも、金属製の柱はすぐ腐食し、プラスチックベースの建材は腐食風でぼろぼろと崩れ出す。

 惑星移民たちは悩んだ末、都市の土台に自分たちの乗ってきた移民船の外装を流用することを思いつく。

 強化セラミクスのそれは、強い酸にも腐食することはなく、地中に埋め込んで合金製の土台を保護することが可能だった。

 宇宙船解体の手間を惜しんだり、その技術や設備を持たない移民たちは、もっと荒っぽい手法を使った。


 地表に巨大な直径の穴を浅く掘り、そこへただ宇宙船を転がし入れたのだ。

 そうして、半分ほど地表に出た残り半分を居住地に利用したという。


 やがて、この惑星上で強化セラミクスの量産が可能になると、そういった無茶なやり方は廃れていき、宇宙船流用の都市ドーム建築は姿を消していった。けれども、発展した都市の中には、かつてのドーム都市の周りにあらたな基礎を築き、都市の面積をどんどん拡張したところもあった。


 厄介なことに、移民当初期の都市形成についての正確な記録は存在せず、どの都市の基礎が宇宙船流用のものなのか、いまだ全体像は把握されていない。


 統合移民局はロートランドの調査結果から、大地震を引き起こす核反応の原因は、埋没宇宙船の恒星間移動用熱核反応エンジン、および熱核エネルギージェネレーターによる熱核爆発ではないかと仮説立てていた。

 私は都市基盤として流用された宇宙船の、地表に残る痕跡を探しているのだ。


 尾行者たちがふうふう荒い息をたてて、ようやく私の近くにたどり着いた。


 どうしてこの人選なのかと首をかしげたくなるくらい彼らは運動不足なようで、かがんで膝に手をつき、肩で大きく息をしている。

 市民の安全を守る人間たちとも思えないほど、情けない姿。

 丘の上で見るべきもの、やるべきことはすべて済ませた。


「お疲れさま」


 ふたりの自警団員へ気さくに声をかけ、斜面を軽やかに降りていく私の背後から、息切れした彼らの呪詛の声が聞こえてきた。



      2


 丘を下り、北西の住宅地に向かう。

 舗装されぬままの道には、どこから持ち込まれたのか大量の土砂に混じり、破砕された大岩の固まりも放置されていて、それを迂回したり乗り越えたりしなければならなかった。

 西部開拓時代風の風景づくりを目指したにせよ、これはちょっとやりすぎだ。

 だから、丘の上からはすぐ行けるように見えて、目的地には実は数十分ほどもかかり、これまた体力と時間を費やしてしまう。


 住宅地にやっとたどり着く。


 どこの都市でもよく見かけるユニット住宅群。

 合金とプラスチックのハイブリッド素材による簡易な箱形デザインは初期移民の頃――つまり百五十年前から――ほとんど変わっていない。

 横に広げて長屋のようにも、積み上げて高層化も可能、丈夫なうえ低価格なので、このタイプの需要は現在も多い。

 ただ、それはこれまでに見たルゴの嗜好からすると考えられないほど近代的な家並みに見えた。中心街からまっすぐのびる舗装路は、住宅地のど真ん中を横断していて、いわばメインストリートになっている。

 私はその両脇に立つ簡素な住宅を眺めつつ、誰か住人らしき人間に出会わないかどうか、きれいに整地された歩道を歩く。


 どこからか甲高い歓声が聞こえてきた。


 舗装路を外れ、家並みに分け入ると、声のする方角へ近づく。

 住宅同士の狭間に小さな空き地を見つけた。

 子どもが数人、遊んでいる。


「誰か来た!」


 彼らは、一斉にわあと声を上げて四散した。

 数メートル離れたところで立ち止まり、振り返って興味深げに私を観察している。

「やあ、こんにちは」手を挙げて彼らに挨拶した。

「おじさん、だれ?」

 一番年上らしき男の子は私に向かい、おずおずと質問してきた。

 五、六歳だろうか。

 彼に顔を向け、ていねいに返事をする。

「私はスルト・マッケイ。新しく来た巡回保安官だよ」

 その子どもは、隣にいるちいさな女の子と顔を見合わせ、言った。

「保安官だって!」

 それを聞いて、別な子どもは大声で叫んだ。

「腰抜け保安官だ!」


 親たちの会話から知ったのか。


 だが正直、こんな小さな子どもに言わせるべき事柄ではない。

 私は荒事を苦手にしていても、腰抜けではない。

 やるべきときには、やるべきことをするつもりだ。

 チンピラ自警団を相手にするには、それ相応の理由と、時期がある。


「腰抜けだって? それは違うな」

 私は順にひとりひとりの顔を見ながら、微笑んだ。

「だって、父さんがそう言ってた。売られたケンカも買えない腰抜けだって!」

 私を腰抜けと言った子どもは、言い返してきた。

 父親の発言を否定されたと思い、意地になっているようだった。

「そうだな、君の父さんから見れば、そう見えるのかもね」

「本当は腰抜けじゃないの?」

 一番年上に見える子は、そう訊ねてくる。

 もう大分私に近づいてきていた。

 他の子どもは少し離れ、彼に追従しようかどうか決めかねている様子だ。


 どうやらこの子が仲間たちのリーダーのようだった。


「君はどう思う?」

「……わかんないや」

 しばらく私を注視したあと、リーダーはそう答えた。

「そうだろうね。ひとは見かけではわからない。君がもしスカートをはいていたら、君のことを知らないひとは、たぶん女の子と思うだろう。でも、君は男の子だろう?」

「ぼく、男の子だよ!」

「そうさ。だから酒場でケンカをしないからと言って、腰抜けとは限らないんだ。いつでもどこでもケンカをすることだけが男らしいことじゃない」


 何となく分かったような、分からないような理屈を、子どもたちは自分たちなりの解釈で素直に受けとめたらしい。

 子どもたちとの距離は少しずつ縮まり、そのうち私を取り囲むように彼らの輪が出来た。

「ねえ、おじさんはそのうち、自警団とケットーするの?」

 まったく、子どもは平気で怖いことを質問してくる。

「決闘もケンカのひとつだろ? おじさんは保安官として、できればみんなと仲良くする方法を探したいな。実はそのほうが大変で難しいことなんだけどね」

 それは必ずしも本心ではないということに、若干の罪悪感を覚えてしまう。

 子どもたちは大人によってかけられた、偏見というフィルターを外したらしく、いまは屈託なく私との会話を楽しんでいるようだった。


 私も彼らからある程度情報を得て、この住宅地の状況をつかむことができた。


 この住宅地は『西街区』と呼ばれている地域で、主に農作業に携わる人々の居住区らしい。彼らのほとんどは、先ほど丘の上から見た都市の南西と南東に広がる農地で作業に従事しているので、昼間のここには学校へ行っていない子どもと、病人やけが人などしかいないという。

 ある程度時間が経つと、子どもたちは私への興味をなくしたのか、中のひとりがどこかに遊びにいこうと提案し、一斉に別の場所へ移動し始めた。

 私は彼らに手を振り別れを告げると、西街区の奥をさらに散策しようと考えた。



      3


 西街区の端には、丘の上から双眼鏡で確認した建物もある。

 ここに来たいちばんの目的は、実はこの建物を間近に見るためだ。


 ルゴ唯一の病院。

 コンウェイ医院と掲示されている。


 他の重要施設はみんな中心街に固まっているというのに、なぜか病院だけは西街区の外れ、ドーム外壁のそばに隣接していた。

 住宅地に近い、というのは住民『だけ』の利便性に特化しているということか。

 

 建物に近づき、入り口の大ガラス越しに中を覗く。

 受付には看護士らしい女性が座り、私の視線に気づいたのか、いぶかしげに顔を上げたので、仕方なくガラスドアを半分ほど開け、首だけ中に入れ挨拶した。

「新任の巡回保安官です。近くまで来たので」

 女看護士は戸惑い気味の笑顔を浮かべ、ああ、となにかを納得したようだった。

 そつのない返事を返してくる。

「先生はおりますが、あいにく来診中で。お待ちになりますか?」

「いえ、お仕事の邪魔でしょうから。いずれお会いできると思いますし、また」

 会話を打ち切り、私は病院をあとにした。


 北東部には森の茂った地帯がある。


 そこを次の目的地に定め、西街区を出た。

 さきほど不整地の踏破は意外に大変だったということを思い出し、都市の中心部を交差する舗装路経由で行く。

 陽の陰り具合を気にし、ドームの天井窓部を見上げた。


 赤色矮星の太陽は大分傾いている。

 腕時計で正確な時刻を確認した。

 もう夕方近くだ。

 東側の森に着く時分には、かなり薄暗くなっているだろう。

 かといって、ライトや暗視装置の準備はしていない。


 さて、どうするか。


 徒歩のくせに、半日で都市の全容を見ようとしたのが間違いだったのかもしれない。もしくは西街区で時間を取りすぎたか。


 次は屋内用バギーを借りて、もっと効率的に見るべきだろう。


 私は当初の方針を潔く転換し、南東に歩を進めた。今日中に寄るべき場所もある。

 続きは明日以降にまわそう。

 そう決めて、入出管理事務所へ向かった。


 途中、農地から西街区へ帰る人々に出会った。


 楽しげに談笑するもの、疲れた様子でとぼとぼ歩くもの、しかし、一日の作業を終え帰宅する、そんな人々の様子は私とすれ違うとき露骨に変化した。


 さっと目配せし合い口をつぐむ。

 声を潜め、じっと目で追う。

 あからさまに嘲笑を浮かべ指差す。


 など、好意的に感じられるような態度はひとつもなかった。


 私は当初、彼らの態度を気にも止めぬふりで、普通に声を出し挨拶していた。

 ただ、続々と帰途につく人々の群れは際限もなく、とうとう声を出すのも面倒になりはじめていく。そのうち、挨拶は黙礼に変わり、ついにはもう彼らと目を合わすこともなく、無言で目的地に向かい直進するだけになっていった。


 ときおり、行き過ぎる人々の中から聞こえよがしのうわさ話を聞く。

「自警団に対抗するなら、もっと使える奴じゃないと……」

「巡回保安官なんかあてにしたって、どうしようもない……」


 酒場での事件は、都市住民に少なからず失望感を与えているようでもある。

 してみると、この街には自警団の存在を快く思っていない人々もいるということだった。彼らは自警団に変わる、新たな秩序の誕生を望んでいたのかも知れない。


 自分としては偽装職である以上、その願いを叶える立場にはなく、かといって正直にそう表現できないのは心苦しいところだ。

 だが、こちらの実態はどうあれ、期待感からの失望は悲しみと怒りを生み出す。

 冷淡な態度は、彼らのその気持ちの現れなのだろう。


 都市ドームの南端にある入出管理事務所に到着すると、予想より早く陽は落ちかかっていた。尾行者は既にいない。

 何をするでもなく、気の向くまま歩き回る男に半日つきあうのは、その手の仕事を得意とする人間でもなかなか大変だ。

 尾行は素人の、それも、こらえ性のなさそうな自警団員程度では務まらない激務なのだと思い知ったことだろう。


 係官のジェイスンは、私を見ても、もはやなんの感動もわかない様子だ。

 この男も、新任の保安官に過剰な期待を抱いていたひとりだったらしい。

 酒場の出来事も先刻ご承知なのだろう。


 若い係官は留守のようで、事務所内には彼ひとりだった。


「なんの用かね」初老の係官は素っ気なく言う。

「荷物のお礼と、ちょっとした質問を」

「礼はいらんよ。……質問って?」

「移民局から調査官は来ましたか?」

 ふつうなら保安官事務所から都市内線の電話を使えば済むような要件だ。

 いまは盗聴を警戒しているため、しかたない。

 ジェイスンはあきれ顔になった。

「それを聞くために、わざわざ、ここまで歩いてきたのかね?」

「直接お礼を申し上げる必要もありましたから」

「……あんた、あんたはこの街の保安官に向いてないよ」

 首を振りながらため息をつく。

「残念ながらまだだよ」

 さっきより好意的な声音に変わっていた。

「そうですか。それじゃまたお伺いします」

 頭を下げ、そのまま事務所を出て行こうとする私の背中へ、ジェイスンから声がかかる。

「酒場のことはあまり気にせんことだよ、スルティ。調査官が来たら、こちらから連絡してやるさ」


 スルティ、という呼ばれ方は初めてかもしれない。


 振り返り、笑顔に礼を言う。

 そのまま外に出ると、私は遠くに見える街の灯りを目指した。



       4


 保安官事務所の前には、窓から漏れる事務所の室内灯に照らされ、例の尾行役たちが無表情な顔で座り込んでいた。

 片方はもうひとりをつつき、ふたりともあわてて立ち上がるものの、事務所に入る私をただ眺めるだけで、罵倒も誹謗も、もちろん物理的妨害もなかった。


 室内にいたのはそばかすだらけの少年だった。


 レッキイの弟、ホープ・ニーゼイ。


 私の帰着にも挨拶ひとつない。

 応接用ソファの上で、両膝を両腕で抱え込むような姿勢をとり、その膝の上に自分の顎をちょこんとのせている。その格好のせいか、昨日見たより幼く見えた。

 十二、三歳というところか。

 短く刈り込んだ金髪を前髪だけ長くし前に垂らしていた。

 つんと突き出た鼻、ぽってりとした下唇、きれいな二重まぶたと特長的な黒く大きな瞳。ふと、姉との相似点、類似点の薄い弟ということに気づく。


 だぶだぶの合成綿シャツは、おそらく亡き父親か姉かのお下がりだろう。

 灰色のカーゴパンツをはき、サイドバッグをななめに肩がけしたままだった。

 よく磨きこまれた黒のラバーブーツにはアクセントのつもりか、ライナーホースのメーカーや服飾メーカーのロゴ入り蓄光シールをぺたぺた貼っている。


「きみは、たしかレッキイの……」


 話のきっかけをつかもうと、こちらから話しかけた。


「レッキイ? ……昨日会ったばかりで、なれなれしいんだね。腰抜けのくせに」

 少年期のずけずけした、大人ぶる物言い。

 生意気な態度にはかまわず、私は努めてフランクさを表面にだし、話を続けた。

「君はたしかホープって言うんだろ? フレックルの弟さんだ」


 答えないかわりにホープは首だけ動かしうなずいた。


 私の顔を直接見るわけでもなく、かといって、部屋のどこかを見ているわけでもなく、その視線は宙を泳いでいた。


 ――腰抜けか。


 西街区での出来事といい、わずか一晩で、すっかり私の評価は定着し、巡回保安官の威信は地に墜ちたままになっている。

 気に留めていないということを示すため、軽い口調で昨夜の感想を述べた。

「まあ、昨夜は散々だったけど、良い経験はできたよ」

 彼は何か返事をしたようだった。

 小声で良く聞き取れない。

「なにか言ったかい?」

「どうしてレッキイは、おじさんなんかと、って言ったんだよ!」 

 今度は大きな声で、少年は心中の屈託を、苛立ち混じりに表明した。

 私は口を閉じ、わざと眉間にしわを寄せる。

 腕組みをして、考え込むようなポーズをとった。少し間をあけ、ホープをじらしてから、答えを口にしてみる。

「すまないが、そいつはなぜかわからないんだよ。ただ私は、腕っぷしよりもここで勝負する方でね」

 自分の頭をひとさし指でこんこんと叩く。

 少年はその仕草を横目で盗み見ていた。


「いくら頭は良くても、腕っぷしが弱いと悪い奴には勝てないってパパが言ってた」


 遠慮のない言いぐさだ。しかし、私の思惑通り、なんとか会話は成立していた。

「さて、ホープ、きみはなぜここにいるんだい?」

「……迎えに行けって。レッキイに言われた」

「レッキイは、何か見つけたのか?」

 思わず大声になる。

 ホープは驚いた様子で私を見た。

 ようやく目が合う。

「ち、ちがうよ。この街には泊まれるようなところはないから、ウチに連れてこいってさ」

「な、なに?」

 それはまずい。

 ひとつ屋根の下で妙齢の男女が過ごすのはまずい。


 ――何を考えている、私は


「勘違いしないでよ? 今後もこのまま事務所で寝泊まりするだろうから、せめてドライシャワーくらい浴びさせてやろうかって!」

 その心を見透かしたように、ホープは私をにらみつけ、甲高い声で補足した。

「……そうか。ありがたい申し出だね」

 誤解させるような表現をしたホープに、若干腹立たしさを覚えた。

 よく考えてみると誤解するほうがおかしいのだと自戒する。


 事務所を出ると、道の向かい側に新たな尾行者を発見した。


 どうやら尾行は二交代制らしい。


 夜のシフトは昨日の二人組、ナイスとコナーズのコンビだった。

「マッケイ保安官、お出かけかい、酒場はあっちだぜ?」

「今日は一日歩いて汗もかいただろ? 合成ビールのシャワーは浴びないのかい?」

 一定の間隔を置き、私たちの後ろを歩く尾行者ふたりは、挑発しているつもりなのか、始終侮蔑的なことばをしゃべり続けた。


 はじめこそホープはたびたび尾行者たちを振り返り、心配そうに私の表情を伺っていたが、完全無視を貫く私同様、やがて進行方向を向いたまま無言で歩くようになった。人気のないルゴの街に足音だけが響く。

 無人の商店街は明るい街灯に照らされ歩きやすい。

 しかし、街の出口へ近づくにつれ街灯の本数は減り、先を見ると、住宅地へ続く道には数本程度しか街灯の存在を認められなかった。

 コナーズは私たちの行き先に気づいたらしく、今度はホープをからかいの対象にし始めた。

「おいおいなんてこった! こっちはあの麗しいレッキイ嬢の家の方角だぜ相棒!」

「おやおや、昨日来たばかりのよそものを、早速家に招くなんて、これは、これは……事件だぜ先輩!」


 ナイスは調子に乗り、相づちを打つ。


「まったくだ! 我らがマドンナ、金髪美女のレッキイが、行きずりの腰抜け野郎にしっぽを振る、あばずれの尻軽女だったなんて……ああ、なんてこった! おれは悲しいよ」

 コナーズは大仰におどけた声を出した。

「レッキイをバカにするな!」

 とうとうホープは後ろを振り返ってしまった。

 街を少し出たところだった。

 遠くの街灯の光に、おぼろげではあっても、その顔の紅潮ぶりはよくわかった。



      5


「ホープ、よせ」

 私の制止は効かなかった。

「おや、ホープちゃん。どうするつもりだい?」

 ホープはぐいと拳を握り、歯を食いしばってふたりの自警団員をにらんでいる。

「おお、こええ」

 コナーズはわざとらしく両目を見開き、大口を開けた。

「あんまりこわいんで、おしっこちびっちまったヨォー!」


 下品な声で相棒とげらげら笑う。


 悪意で子どもをからかう大人の姿は、こんなにも醜怪に見えるのかと、逆に感心させられるほどだった。

「うおっとっと! おいおい、本気か?」

 妙に甲高い声を出したコナーズの傍らを見ると、ホープはふところからナイフを取り出していた。

 ナイスは素早く身構え、低い声で言う。

「ぼうず、そんなもん出しちまったら、もう後へは引けねえぜ?」


 たしかに。


 ここからは子どもであろうと、冗談や遊びの範疇では済まされない。

 それにしても、普段からこういうことに慣れているのか、ナイスのアドバイスは敵ながら適切だった。

「ホープ、やめろ!」

 私は二度目の制止をかけた。

 うかつにも今日は銃を持ち歩いていなかった。

「うるさい! 腰抜けのくせに!」

 言うと、ホープは決意を固めたように走り出す。

「ホープ!」

 私も駆け出し、少年に追いすがろうとした。

 襟をつかもうと手を伸ばす。

「きたきた!」

 自警団員たちは余裕なのか、それともこちらをなめきっているのか、待ちかねたようなそぶりで迎撃体勢をとっている。

 ホープはコナーズの近くでナイフを構えたまま、ぴたりと立ち止まった。

 私も走る速度をゆるめた。

 ホープに気を取られた私の背後にナイスが忍び寄っていた。気づいたときには既に遅く、たちまち羽交い締めにされてしまう。

「おっとっと、腰抜け保安官は手を出すなよ。神聖な決闘だぜ! これは」

 もがいても、しっかりと肩を極められ、体格差のせいで抜け出せない。

 コナーズは薄笑いを浮かべ、少年を適当にあしらっていた。


 ホープはすっかり我を忘れている様子だ。

 人を刺すということに躊躇らしきものを感じていたのは最初だけで、いまはコナーズを仕留めようと躍起になっている。


「ほらほら、どうした!」ひげ面中年の野卑な声は暗い街路に響く。

「やっ!」

 その一撃は、偶然にもコナーズの袖をかする。

 腕を押さえて後ろに下がり、いったんホープとの距離をとると、コナーズは袖の状態を見る。


 シャツにばっさり切れ目が出来ていた。


「……やりやがったな」

 低い声を漏らす。

 脅しつけるような声音だ。

 いままでの余裕の仮面は剥がれ落ちたようで、コナーズの顔はみるみる獰猛な本性を現す表情に変わった。

「ホープ、逃げろ!」

 もともとかなわないのに、本気になられては何をされるかわからない。

 少年は振り返り、羽交い締めされている私を見てたちまち我に返ったようだった。

「保安官!」

「後ろ!」

 私の叫ぶ声も間に合わず、コナーズは背後から遠慮なくホープを殴りつけた。

 ぐぶ、とくぐもった声を出し、少年は吹き飛ばされて地面に転がる。

 その手を離れたナイフは地面を滑り、街灯の光を反射させながら、街路の闇に消えていった。

「やめろ!」

 私は激しくもがいた。しかしナイスの手は離れない。

「あばれんじゃねえよ、マッケイ!」

 ナイスは耳元で怒鳴った。

 

 コナーズは倒れている少年に近づき横腹を蹴る。

 ホープは一回転し、くう、と吐気を漏らした。既に意識はないようだった。

「覚悟しやがれ!」


 腰の拳銃を抜く。

 とてもまともな人間とは思えない。

 ナイスさえ相棒の暴走に意外そうな声を出した。


「ちょっ、先輩それはやりすぎじゃ」

「黙ってろ! 殺しゃしねえ。……腕をやられたお返しに」

 そのままホープの腕へねらいをつける。

「やめろ! 待て!」

 私は精一杯、声で抵抗した。


 甲高い、爆発音のような音が背後で轟いた。

 銃はコナーズの手からはじき飛ばされた。


「あ、っ熱っ!」

 コナーズはあわてて右手を押さえた。

 血らしき赤い液体が押さえている左手の隙間からしたたり落ちている。


「とんでもない街だな、ここは」


 その男は暗闇から拳銃を構えたまま街灯の下に姿を現した。

 銃の先端からは、白煙が上がっている。

 カウボーイハットに似た官給品の帽子をかぶり、かつて背広とも言われた日常業務用スーツを着用していた。

 ダークグレイの生地に白いストライプの入った柄で、夜目にも高級品と分かる。


 長身だ。


 暗くて分かりにくいが、見た目は三十代中頃というところか。低く見積もっても確実に私より年上だろう。


「な、なんだてめえ!」

 男を見てコナーズはうめくように声をひり出す。

「その手を離せ」

 銃口をこちらに向け、男はナイスに命じた。

 たちまち肩を締め付けているナイスの馬鹿力は弱まる。

 私は身体をひねり、その強力な腕から逃れた。


「ケガはないか?」

「なんとか」

 そう答えると私はホープに駆け寄り、容態を確かめた。


 よかった、まだ息はある。


 男はナイスの銃も取り上げると、手に持った拳銃を左右に振り、ふたりに立ち去るよう促した。

 荒くれどもは憎悪に満ちた顔で男をにらみ、小走りに来た道を戻り去っていく。


「物騒な街だな」

 そう言って男は、ナイスから取り上げた拳銃を眺めた。

 ビーム銃は街灯の光に照らされ、その胴体から銀色の光を鈍く放っている。

「こんなもので子どもを……いっそ殺しておくべきだったか……」

 ひとりごとなのか、男は不穏なことをつぶやきながら、近づいてくる。

「無事か?」

 私は無言でうなずいた。

 官給品の帽子、見覚えのある制服、間違いない。

 念のため確認した。


「移民局の調査官、でしょうか?」


 彼は立ち止まった。

「どうしてそれを?」

「実は、私もそうです。スルト・マッケイです」

 手を差し出す。

 緊張した顔をほぐし、新任の調査官は私の手を握りかえしてきた。


「ガスク・ロミリオン。たったいまルゴに着いたところだ」

「ルゴにようこそ、ロミリオン調査官」


 安堵のあまり、思わず歓迎のことばを口にした。



       6


 レッキイの自宅をなんとか訪ね当て、意識のないホープを住居内に運び込むと、たちまち大騒ぎになった。彼女は弟の悲惨な姿を見て取り乱し、そのそばから一歩も離れようとはしなかった。


 私は都市内線の自動番号サービスを使い、医師の手配をする。


 まもなく、昼間見たルゴ唯一の病院から、男性の医師と女看護士がやって来た。

 私が昼間病院を訪れたことを全く知らないかのように、診療中、彼らからその話題は一切出てこなかった。

 医師はホープのベッド脇で泣くレッキイを女看護士に連れ出させ、てきぱきと移動用救急機器を組み立てる。


 私とロミリオンも手伝わされた。


 終わると医師は組み上がった装置から何本も診断用のケーブルやチューブを引き出し、その先の端子をホープの身体につけていく。

 彼の容態をつぶさに調べ、ようやく明るい声を出したのは、それから一時間も過ぎてからだった。


「異常はない。気絶は脳震盪によるものだ。脳波も正常値の範囲。後遺症の心配もない。肋骨に若干ひびはあるが、若いからひと月で固着、完治は三ヶ月程度かかる」


 簡潔かつ明瞭な診断。


 医師は今後の治療計画と投薬についてきめ細かく解説した指示書をプリントアウトし、なぜか私にそれを見せながら説明する。いまのレッキイでは理解に難ありと考えたらしかった。

「子どもをこんな目に遭わせる大人はどうしようもない。それが自警団なら、なおさらだ。しかし保安官。あんたはホープと一緒にいて、こうなる前になにか手を打てなかったのかね?」

 帰る間際、医師は怒りと侮蔑のこもった目を私に向け、そう言った。



 医者たちが帰った後、私と新任調査官は弟の枕元につきそうレッキイを寝室に残し、居間に場所を移した。

 ホープを運んでくる途中、お互い、調査官だけにしかわからない符牒で、統合移民局から派遣された正規の調査官であることを確認し合っていた。


 ガスク・ロミリオン調査官の階級は私よりも上だった。


 室内の明かりで見るその皮膚は浅黒く、彫りの深い顔立ちで、ラテン系の特徴を色濃く反映していた。名前の響きからも、なんとなくEU連合圏か、南アメリカ大陸圏移民の出身と想像できる。

 堂々としたかぎ鼻と大きな目を持ち、長い黒髪を六、四に分け、こざっぱり整えている。見るからにエリート臭漂う男。


「まあ、事情を知らなきゃ、ああいうだろうがね」

 医師の心ない発言に同情でもしてくれたのか、ロミリオンは先ほどのやりとりに慰めめいた感想を述べる。

「ありがとう。でも、慰めは結構です。私は本来保安官ではないのですから」

 小声で答えたのは、辺りをはばかったからだけではなかった。

 暗鬱な気分だ。

 それに昼間からあちこちで、人に、腰抜けではないといいわけする自分にも、うんざりしている。

 気分を変えるため、ロミリオンに話を振った。


「……ところで、こんなところまで来たのは? あなたの調査目的はなんです?」

 矢継ぎ早な私の質問に、彼は眉ひとつ動かさなかった。

「君も知っていると思うが……」と、前置きの上、本部の人間らしく極めて模範的な回答をする。

「調査官同士といえども、互いの調査内容については、機密保持の必要性から、明かしてはならない、という規定がある。だからわたしの目的は話せないし、わたしが君の目的を知る必要もない」

「ええ、ですが……」

 言いかけて気づいた。


 ……ということは、私の調査に協力するという指令を受けているわけではないのだ。そういう命令を受けていれば、こんな言い方にはならないはずだった。


 視点を変え、もう一つの可能性を探る。


「では、ひとつだけ。先任の保安官の死に関係は?」

 彼はにやりと笑い、答えた。

「それに答えても規定違反にはならないとは思うが、回答は留保させてもらいたい。いずれわかると思うのでね」

 違うのか。

 保安官の死に関係ある調査なら規定違反になる。

 それにしても、あとでわかるというなら、もったいぶる必要もないだろうに、と苛立ちをおぼえた。だが、調査官というのは慎重すぎてちょうど良いと考える人種だ。

 私も彼の立場であれば、やはり同じ対応になるかも知れない。


 少なくともいまはそう受け止めておくことにした。


「じゃあ、本部から私への指示は特にないと言うことですね」

「そうだね、特に指示はなかった」

「本部のサイボックスへは繋がりますか?」


 今日もいろいろと試してみたものの、右腕の生帯は、いっこうに移民局と繋がる気配はない。午前中、簡易テスターで調べても、特に異常は見られなかった。

 調査官は私の発言に興味を持ったようだった。


「どういうことだね? 別に問題はないはずだが……」

 そう言って自分の右手に触れる。

「昨日から、いえ、この都市に着いたころから私の生帯はずっと不通なんです。いままでにこんなに長く本部と繋がらないことはなかった」

 私の苦情にロミリオンは首をかしげ、しばらく黙り込むと、首を振った。

「たったいま、定時報告を入れた。問題なく繋がるな。……体調にもよるんじゃないか? 生帯の性能は身体のコンディションとも関係があると言うぞ? あるいは、故障したとか。生体部品といっても、精密機器の類だからね」


 彼はこういうことに、さほど詳しくなさそうだった。


 生体部品の故障なら、生帯と脳髄との接続は確保できない。

 しかし私の場合は生体と脳髄の接続する感覚はあっても、その先の本部に繋がりもしないし、コールさえままならないという問題なのだ。

 とはいえ、これ以上質問しても無駄なことはわかった。


 かつて技術職だった私のわからないことに、素人が答えようのあるはずもない。

 的外れなアドバイスには適当に同意しておき、その話は打ち切った。

 しばらくルゴの現状について、私から二、三の情報伝達の後、ロミリオンは居間のソファから立ち上がる。


「さて、それではわたしは街に戻るとしよう、一緒に来るかね?」

 私は振り返って寝室のドアを見た。

 自警団の連中が仕返しに来るかも知れない。彼女らを置いてはいけない気もする。

 調査官に再度顔を向ける一瞬に次の行動を決めた。


「今夜はここにいます」

 この男なら、万が一自警団の襲撃を受けても大丈夫だろう。


「そのほうがいいかもな。けど、噂にならないように気をつけて」

 寝室に顔を向けると、横目で私にウィンクするという下世話な気遣いを見せ、ロミリオンは出て行った。

 用意されている官舎に入るのだと言う。

 監視装置付きと分かっていても、あえて泊まるのか。


 私には到底できそうもない行動だ。


 家中の戸締まりと施錠を確認し、最後に寝室へ入る。

 ホープは安らかな寝息を立て眠っていた。

 その頭と身体から伸びた細いケーブルは、患者の状況を逐次、都市内線網経由で病院に送り続けている。

 モニター機器のランプはグリーンで、いまのところ異常は見られない。


 枕元の椅子に座り、壁に寄りかかったまま眠るレッキイに毛布を掛けた。

 音を立てないように寝室の窓を施錠しようとして、隣家の壁が思う以上に近いことを知る。

 ホープを運び込むときや医者の来訪時にはそれなりの音もしたはずだが、隣家の住人は出てくる気配もない。

 完全防音でもあるまいに、聞こえぬふりをしていたのか。


 見かけや習俗には取り入れても、人情までは西部開拓時代のマネを仕切れなかったということか。



       7


 居間へ戻り、これからのことをどうするか考えてみる。

 とりあえず、武器はなにか必要かも知れないと考え、辺りを探すことにした。

 直後、対面式キッチンの居間側カウンターに、レッキイの執務スペースらしき場所を発見する。

 近づいて照明スタンドに手をかざし、点灯した明かりの下でカウンターや、その下の引き出しを調べた。最下段の引き出しを空けるために腰を落とすと、カウンター上の写真立てを真正面に見る形となった。


 家族の写真だ。


 中央の男性をはさみ、その両側に笑顔のレッキイとホープが写っている。

 男性も微笑んでいるように見える。


 故ビルズ・ニーゼイ保安官。


 ビデオで見た遺影よりも愛嬌のある、なぜか懐かしいような顔立ちをしている。

 この都市の市民に愛された理由も、わかるように思えた。


 引き出しには鍵がかかっていた。

 上着から解錠ツールを取り出す。


「なにをしてるの」

 背後からいきなり声がかかった。

 跳び上がりそうになりつつ、おそるおそる振り返ると、レッキイが腕組みをして、寝室のドア前に立っていた。

 かなり泣いたと見え、マスカラはすっかり落ち、腫れた目の周りは仮装の道化メイクのように黒い。


「銃を探していた」

 私はその場に立ち上がり、正直に答える。

「そう、それで人の机をいじり回していたってわけ?」

「すまない」

「ホープはあなたのせいで、こうなったのよ」

 彼女は吐き捨てるように言う。

 きつい視線だ。

「止められなかった。彼は君の名誉を守ろうとして戦ったんだ」

 耐えきれず、彼女から目をはずした。

「……あなたはなぜ戦わなかったの」

 意外にも責めるような口調には聞こえなかった。

 しかし、やはり責めのことばには違いない。

「結果的に、私は彼を守れなかった。いいわけはしないよ」

 レッキイはそれ以上ことばを発さず、居間を抜けてキッチンに入ると、シンク脇のウェットタオルで目の周りのマスカラをふく。


 何か言いたいのを必死に我慢しているように見えた。


 カウンターをはさみ、知らず知らず彼女と私は対峙する位置取りとなっている。

 さしずめこのカウンターは彼我の越えられない壁ということだ。

 その壁の向こうに感じられる無言の圧力にいたたまれなくなり、私は居間に戻ってソファに腰を降ろした。目線は自然に下を向き、ローテーブル下のマガジンラックを見るともなしに見てしまう。


 古いファッション誌やら、ホープのものであろう児童書、見かけるのも珍しい医療用の生帯基盤カタログなどが分厚く埃をかぶり、雑然と置かれていた。


 身近に縁故のいないだろう独身女性が、ひとりで仕事をしながら、弟の世話や家事もとなれば、細かいところに目も行き届かなくなるのは容易に想像できる。

 隣人さえ頼れないようでは、なおさらだろう。


 彼女は台所でがちゃがちゃと音を立て、たぶん、洗い物をはじめたようだ。何か作業をしていないと、多様な感情の噴出を押さえ切れないのかもしれなかった。


 偽の身分であろうと保安官なら被害者家族からの責めは、当然覚悟すべきことだ。

 まして今回は自分に非もある。


 彼女からは、一向にきつい言葉を投げかけられる気配はない。

 だが、しばらくするとキッチンの音は止み、背後に彼女の近づく気配を感じた。


 ――いよいよだな


 私はどんなに責められてもいいように心の準備をし、身構えた。

「はい」

 意表をつくように、目の前になにかが差し出される。


 食事の乗った皿だ。


 真意を測りかね、私はぼう、と彼女を見上げた。

 食品の匂いで鼻腔を刺激された拍子に胃は激しく蠕動し、大きな音を立てる。

 彼女は泣き腫らした顔で微笑んだ。

「ごめんなさい。あいつらに対して怒るべきなのに、あなたを責めたりして」

「レッキイ、私は」

「取り乱して、わけがわからなくなっていたわ。パパの死んだ時を思い出しちゃったり。ホープまでいなくなったらどうしようって、そう考えて……でも、もう落ち着いた。少し他のことで気を紛らわせたら、冷静になれた」

 彼女はあふれ出しそうになる悲しみや怒りを必死に抑え、なんとか保安官助手にふさわしい態度――犯罪被害に関する客観的な視点と対応――を取り戻そうと努力していたのだ。

「とりあえず何か口に入れましょう。でないとろくなことを考えないから」

 それには私も同感だった。



       8


 ソファに座ったまま、ふたりで深夜の食事をとる。

 レッキイは細身のスラックスに包んだ形のよい足を揃えて曲げ、ひとりがけの低いソファにうまく腰を降ろしていた。

 私はそのはす向かいに座り、両足を広げその太ももに肘をのせた、みっともない前屈みの姿勢をとっている。

 話題はもっぱら、自警団に関することだった。


「団長のクラッフワースは、もともとパパの後釜として市長がどこからか連れてきた男よ。腕っ節は強いらしいし、リーダーシップもあると評判で、実際、見た目はその通りだと思うけど、底の知れないところがあって、わたしは信用していない。軍人あがりという話もあるけど……」

「ああ、前職では、兵役に就いていたと言っていた」


 昨夜の手厚い歓迎前に、本人から直接聞いた話だ。


「兵役、ということはやっぱり移民局にいたのね?」

「やつの言ったことが本当なら。仮にそうだとすると、市長のリンシュタインも開発部あたりの天下りで、接点はありうる」

 これは事前の資料で見た情報だ。

 リンシュタインはもともと科学畑の人間であり、長年バイオ技術分野での研究開発に携わっていたらしい。

「それは初めて知った。リンシュタインは移民局にいたの?」

「知らなかった?」

「ええ」

 バイオの技術研究といっても分野は幅広く、専門までは記述されていなかった。

 強酸性土壌の都市にあえて移住してくるくらいだから、酸性土壌に強い農作物の研究か何かなのだと想像はつく。


 市長になったのも、そんな自分の研究成果を実地で試すためなのかも知れない。


「でも、だとすると、なぜそれを公表しなかったのかしら。選挙で有利になるのに」

「それは……」

 そういえば、そうだ。

 統合移民局で働いていた経歴は、少なくとも地方政治の世界ではかなり有利に働くはず――中央とのパイプがある、ということだからだ。


 アルファメガでは酸性土壌や腐食風のせいで設備がすぐ痛み始めるので、敷設費用やその設置、維持にかかる手間の大きさから、地中にも地上にも通信線は通せない。

 無線での電波通信や、衛星通信もこの星の大気中で起こる微放電にかく乱され、実用上、思ったようには使えない状態でもある。


 移民元の地球と比べ、二・五倍近くもある表面積上に、いまはわずか三億の移民が点在しているから、都市間の直接的連携も厳しい。

 せいぜい、都市内部に通信ネットワークを完備する程度だ。


 距離も時間も気象にすら影響されない、テレパシーを使った有機移動体通信の発達は、そういったこの星特有の事情によって加速した。

 けれども、テレパシーによる個々人の意思疎通は、対行政、対組織、対都市に寄与する基幹通信網に成長することはなかった。


 その特性上、情報の同報不可、共有不可、記録不可、引用不可では、テレパシー通話を公的な情報伝達手段として使うにはリスクが大きすぎるからだ。


 星全体が通信ネットワークで結ばれている地球とは異なり、電子的な通信ネットワークを持たないこの惑星では現在、まだまだ発足したばかりと言っていい統合移民局が惑星中に人を派遣し、都市情報を集めていた。


 それは都市単位で実施される土壌改良に、自給自足率を高めるための効果的援助や補助をし、都市同士の交流や交易を促進するためでもある。

 統合移民局とのつながりが強ければ、そこに集まる情報をいち早く入手できる可能性は高い。情報流通の極めて非効率なこの惑星で、それは自都市の発展には欠かせない要件となるだろう。


 それゆえ、多少でも移民局との関係のある人間なら、それを一番の特徴として市民に訴求し、自分への求心力とするはずだった。


「政治を志す人間は移民局とのつながりをねつ造することはあっても、隠すことはない。それなのにそうしないというのは、隠すこと自体に意味や利得、もしくはほかの何か、を持つからだと思う」

 レッキイは私の話に同意する。

「パパの死に関しても、あの人は何かを隠している。……だからわたしは保安官助手に志願した。あなたの話を聞いて、その確信はますます強くなったわ」


 それは何を意味するのか。


 私たちは互いに直接的なことばによる表現を避けた。

 おそらく考えていることは同じだろう。


  状況は緊迫していくばかりだ。


 リンシュタインが保安官殺しに関わっているなら、そうまでして隠したい何かが、この都市にあるということだ。

 さらに、やつは移民局とつながりを持つ。


 その気になれば私の正体を知ることは十分可能かも知れない。


 通常は調査官の身分は偽装したものも含め、その正体について明かされることはないが、仮に政治的圧力により裏ルートから身分照会を受け、その要請を断り切れない場合は、回答に相当時間をかけることになっている。


 最速でもここへ届くのに一週間はかかるはずだ。


 その間に自分の任務を片づけ、レッキイの依頼に応えなくてはならない。

 私の正体が保安官ではなく、調査官と判明したとき、リンシュタインはどんな手を使ってくるか。

 都市消失の事件を追っているなどと正直に告白などしても無駄だろう。いまさら信用するはずもない。

 ロミリオンのもったいぶった言い方を思い出した。


 ――いずれ、わかる、か


 やはり彼は前任保安官の死に関する調査のためにここへ来たのではないだろうか。


 暴力沙汰に関する手際の良さ、一発でコナーズの手から拳銃をはじき飛ばした腕前は、荒事に慣れている証拠だった。

 つまり、そういう事態を想定した人選と言うことになる。


 ルゴ到着をもう一日遅らせればよかったと後悔していた。


 そうすれば、それぞれの調査官は別々の指令に従い、私は都市消失の問題、彼は保安官謀殺の問題というようにスムーズに対応できたはずだ。

 それなのに現実は、私ひとり矢面にさらされ、危険な目に遭っている。


 自分だけではなく、この娘たちをも巻き込んで。


 期限のない、単調な調査という物見遊山な気分は吹き飛んでいた。

 もはや『捜査』などということばも現況には似つかわしくない。


 ここは戦場だ。


 その環境で生き抜くためには、注意深く、慎重に、時に大胆な行動も強いられる。あらゆる情報と、あらゆる状況に気を配り、必ずやつらを出し抜かなければならない。

「スルト、どうしたの?」

 急に黙り込んだ私に不安でも感じたのか、レッキイは声をかけてきた。

「これから事務所に戻る」

「え、だって……」

「時間が惜しい。こうしている間にも、相手にチャンスを与えることになる」

 その意思は通じたのか、彼女も緊張した面持ちとなった。

「拳銃はもうひとつあるかい? できれば貸して欲しい」

 入り口のコートハンガーに掛けられた彼女のガンベルトを見ながら訊ねた。

「引き出しの中に予備の銃とエネルギーチャージャーがあるわ」


 やはりそこにあったか。


 彼女は引き出しを解錠し、中から熱線銃と予備エネルギー弾倉を取り出した。

 私は慎重にそれを受け取り腰のベルトへ差す。


 そのまま外に出ようとすると、彼女は私の腕をつかみ引き留めた。


「待って」

「なんだい?」

 積極的なその行動に、一瞬、恥知らずな想像をしてしまう。

「悪いけど、その銃で誰かを撃つ前にシャワーに入りなさい。……その匂い、殺人的だわ」

 レッキイはまるで母親みたいな口調で私に命じた。


 ライナーホースでの旅路を加えれば、もう丸五日はシャワーを使っていない。

 おまけにここへ到着してからというもの、合成ビールをかけられたり、動き回って大量の汗をかいたりしている。

 彼女の失礼な言辞も、あながち大げさな表現とは言い難かった。


 逸る心を抑えドライシャワーから出ると、脱衣バスケットの中にはきれいにたたまれた替えの下着と保安官の制服が用意されていた。


 死んだニーゼイ保安官のものだろうと予想し着てみると、測ったようにぴったりのサイズだ。彼とそう体格差はなかったことがわかり、これまで以上に親近感もわく。

 警官の制服に特有なポリスブルーは、デザインの異なる保安官の制服に使われると、そう威圧感もなくて、悪くない色に思えた。

「パパのなの。気を悪くしないでね。ホープのじゃ小さいから……」

 浴室から出てきた私に向かい、レッキイは後ろめたそうにそう言った。

「かえって身の引き締まる思いさ。いいのかい?」

「ええ。思ったより似合うわ」

 彼女は目を細め、まぶしそうに私を見た。



       9


 <スルト、聞こえる?>

 <ああ。聞こえるよ>

 <……これから、ホープを連れてコンウェイ医院に行くわ>

 <了解。容態はどう?>

 <脇腹が痛むみたい。でも元気よ>

 <そうか、よろしく伝えて>

 <うん。また連絡する>

 テレパシー通話を切り、私はふたたび調べ物に没頭した。


 夕べはほとんど寝ていない。


 どうやら私の生帯はサイボックス経由での通話に問題があるようだ。

 こうして個人間の通話に、何ら支障はなかった。

 昨夜、私とレッキイはお互いに生帯の番号を交換し、直接いつでも会話のできるようにしていた。

 四十桁の二進数暗号を教え合うのは時間もかかるし、面倒だ。


 だから個人同士の番号交換は通常、滅多に行われない。


 友人や仕事仲間とさえ、よほど親しいか、あるいは利害関係の大きい場合を除き、本当に必要なとき必要な人間としかしないのが、一般的な生帯番号交換のエチケットとされている。


 今回彼女と番号交換したのは、ともに命がけで仕事に当たるため、非常時の命綱という意味合いもあってのことだった。

 ただし、単なる番号交換だけではテレパシー通話はきちんとつながらない。

 番号を持つ互いの個人イメージは必須だった。

「どう? この角度」

 昨夜、私の前で気取ったポーズをとるレッキイの姿を思い浮かべる。

 正直、どうでもよいことに思えた。


「……時間もないのに」

「だって、一生残るでしょう。変なイメージを記憶されたくないわ。たとえ仕事上必要だからといっても、ね」

 そう言う彼女は素敵な笑顔になった。

 すかさず私はその姿を記憶に留め、右腕の生帯を操作した。

「あ、いま? 登録したの、ねえ?」

 

 生帯は、かかってきた、あるいはかけたい番号と同時に、通話するお互いのイメージを脳髄で照合し、番号と本人のイメージが一致した場合だけ、会話をつなぐように促す。

 それはつまり、相手と必ず一度は会っていて、お互いの番号をそれぞれの生帯に入力し合った人間としか、通話は可能にならないということでもある。


 生帯番号に示される生体暗号鍵は、DNA情報からその人間固有の数値を表わすため、人為的偽造は不可能で、別人になりすますことはできない。

 おかげで見知らぬ人間同士の通話トラブルは皆無になった。


 むろん、デメリットもある。


 一度番号を交換してしまうと、それは脳の記憶野へ格納され、任意に思い出したり、消すことは原則不可能になるからだった。 


 そのため、離婚した夫婦の片方が相手に未練を持ち、テレパシー通話でストーカー行為をしたりすると悲惨だ。通話要請のあるたび、脳内に絶えず相手のイメージも喚起され、それでおかしくなる人間もいるという。


 サイボックスは、もともとそういった直接通話による弊害を緩和するために開発された技術だとされている。

 あの、どこにでも見られる黒い箱の中にはDNAを付与された疑似生体ユニットが収納されていて、テレパシーによる代理通信を可能にしてくれるのだった。

 疑似生体ユニットそのものはNiPSを含む、遺伝子工学によって生み出された単一のDNA情報を持っており、それを全サイボックス共通の生体鍵とするため、人間の持つ生帯との認証を可能にしている。

 そのため、サイボックス経由の通話を行う場合、人間同士の複雑で面倒な登録操作は必要ない。

 相手の簡易な生帯番号さえわかれば、サイボックスがそれを照会し、特定の相手へ、イメージの伴わない通話を可能とする。


 われわれの肉体に付随する生帯には、あらかじめサイボックスの生体鍵情報も組み込まれていて、通話を開始すると、生きた人間同士で通話を行うように、自動的にサイボックスとの間で生体鍵を交換しつつ、サイボックスから送られてくる識別情報を受信する。

 サイボックスとの通話に限ってはイメージの照会も必要ない。

 どうせ、どれもみな黒色で同じ形をしている。

 子どものころに一度現物を見ておけば、それで事足りるのだ。

 異なるのは、意識へ喚起される黒箱の側面に、固有の番号や文字のラベルが付加されたイメージとなる点だけだった。

 それは個々人の生帯の機能により、意識内へのイメージへ描き加えられ、どこのサイボックス経由で通話がなされているか識別させるための仕組みでもある。


 サイボックスの仲介で通話が始まると、サイボックスはテレパシー通話する人間双方の生帯番号情報を記録、保持するので、どのサイボックスを使ったかさえ分かれば、その情報を出力させ、代理通話でも相手を特定することが可能になっている。

 結果としてサイボックス利用の通話は、高い安全性と匿名性を両立できるようになったわけだ。


 私はレッキイから聞いた話を元に、ビルズ・ニーゼイと死の直前に会話したという、ルゴの有力者たちの証言を再検証している。


 本来の調査よりも死んだ保安官の事件を優先させているのは、市長と自警団の動きを抑えなければ、仕事にかかれないと判断したからだ。

 やつらが保安官の死に直接関与しているのであれば、その証拠を押さえ、逮捕する。都市消失の可能性を持つ流用宇宙船の存在は、やつらがいなくなってからのほうが、ゆっくり調べられるだろう。


 いろいろな資料にあたり、一応の結論が出る。

 結果は、ポジティブ、だ。


 市庁舎にある一般用データベースの情報で見る限り、事故調査委員会の出した結論は至って妥当なものに思える。

 レッキイのコンピュータ端末に保存されていた調査委員会のビデオ映像では、保安官から代理通話を受けた各市議会議員の生々しい証言もあった。

 彼らはみな一様に、ニーゼイから突然通話要請を受け、一方的に誹謗中傷され当惑したと話していた。

 ビデオは一般向けのためか、肝心の保安官からの恫喝、もしくは脅迫の内容に関する彼らの証言部分は除かれているようだ。

 レッキイから話を聞いていなければ、そんなことがあったことも分からぬよう、映像は巧妙に編集されている。

 無編集のビデオは私の持つビジター用のパスワードで見られる場所になどあるはずもなく、確認できたのはこれらの資料のみ。


 議員以外の証言者の中に、見知った顔を見て驚く。


 昨夜、ホープの手当に来た医師だった。

 コンピューター画面に表示されたファイルのラベルを確認すると、ブラドリィ・コンウェイとあった。


 ――コンウェイ医院の?


 ルゴ唯一の病院だと聞くから勘違いでもない。

 とすると画面上のこの人物が、あの病院の院長ということか。


 ブラドリィ医師は悲痛な表情を浮かべ、ニーゼイ保安官の死を惜しんでいた。

 話しぶりから類推すると、故人とはかなり親しい間柄のようだった。


 他の証言者数人はもうこの都市に居住していなかった。


 画面に表示されるテロップを見ると現住所は他の都市名となっている。

 調書の文書資料を出してみると、彼らはプラントの事故以降、ルゴを転出し他の都市に移住したらしく、事故の調査とは言え後から追いかけられ、ビデオ映像を撮られることへ反発し、テキスト上には過激な表現も多い。


 ちなみにその資料によれば、五年前の事故の当事者として現在ルゴに残留しているのは、いまでは医師と市長のふたりだけになっていて、事件に関連のあった市議会議員や一般人は全員ルゴを転出している。


 事故後の人口減少に伴い、現在、それらの議員席は空いたままになっており、現在に至ってもまだ定数を満たしていない。

 ルゴの議会制民主主義は事実上崩壊しているとも言えた。


 ――専制? 独裁? ……それが目的だった?


 保安官殺しというリスクを冒してまで僻地の小都市を掌握するメリットはいったいなんなのだろうか。

 すべてのビデオ映像を見終り、サイボックスから出力した通話記録簿を確認する。

 薄っぺらなプラスチックシートで、通話要請者の生帯番号と要請時刻、通話相手の生帯番号と終話時刻、通話時間のみ簡易に記してある。


 ニーゼイ保安官は死ぬ直前、五名の人間と通話していた。


 記録簿原本で見る二進数四十桁の生帯番号だけでは誰にかけたかは分からないが、きっとこの中に市長とブラッドの番号もあるのだろう。


 おかしな事に気づく。


 それぞれの通話はひとつを除き、他の四つの番号は同時刻に一秒のずれもなく通話要請を受けていた。しかも通話時間はどれもまったく同じ分数、秒数になっている。

 調査書をよく見ると、同時刻に通話要請のあったのは市長はじめ市議会議員たち四人で、二分遅れで通話要請されているのはブラドリィ医師だった。


 調査委員会の報告書では、その不審点に関し『サイボックスの出力機能にエラーが見られた』と、わずかひとことで片づけられている。

 同一人物から同時に複数人への通話要請をすることは不可能なので、そう書くのも無理もない。が、まともに調査しようという意図に欠けた記述と見えなくもない。

 レッキイがこの報告に納得いかなかったのも無理はないだろう。


 都市内線に受話要請のコールが来た。


 ディスプレイには送信元として入出管理事務所と表記されている。

 受話モニタを見るとジェイスンからだ。

 受話器を取り、話す。


『スルティ? あんたが来たあと、ゆうべ、調査官が来た。事務所にかけたんだが、留守だったので、またかけてみた』

『ありがとうジェイスン。その人とはもう会いましたよ』

『……そうかい。ならよかった』


 要件のみの短い会話を終えたとたん、めまいに似た感覚に遭う。

 テレパシー通話。

 心中に黒い箱のイメージも喚起され、代理通話とわかった。

 箱の側面には鮮やかな緑色でルゴの市章が描かれていた。


 どういうことだ。

 

 サイボックス経由の通話に障害があるのではなかったのか?

 驚きつつも、接続を許可する。


 <市庁舎の秘書課です。入出管理事務所で認証されたスルト・マッケイさんの生体鍵を使っています。ご本人ですね>


 <ええ>


 入出管理事務所の認証専用サイボックス経由での通話だった。

 なんともマニュアル通りな言い方をする相手のうえ、感情も伝わってこないから、まるでロボットのアナウンスのようにも聞こえる。


 私の生帯は故障しているわけではないらしい。

 こうやってちゃんとサイボックス経由でも通話できる。


 ――統合移民局本部とだけつながらないということなのか? 


 相手に伝わらないように思考するのは難しかった。

 たぶん今の疑問もことばとして伝わってしまっただろう。

 だが秘書課の相手はその思考にはまったく反応せず、淡々と自分の要件を告げてくるのみだった。

 <リンシュタイン市長がお呼びです。至急市庁舎までいらしてください>

 <わかりました。すぐ伺います>

 通話を切ったあと『保安官』ではなく、さん付けで呼ばれていたことに気づく。

 やはり公務的には私の立場はそうと認められていないらしい。


 すぐレッキイに連絡を取る。


 彼女の姿をイメージし、右腕のイボを押した。

 たぶん、こうしている間に生帯は私の脳と接続し、記憶野から昨晩交換したばかりの彼女の生体鍵を取り出して、私の生体鍵とともに脳内のどこかにあるというテレパシー発話部へそれを渡し……


 <スルト? どうしたの?>


 ――おっと、すぐ繋がった


 <ええ、繋がってるわ。それが?>

 <ゴメン、いまのは思考だ。市長から呼び出しを受けた>

 <理由は?>

 <わからない、だが、行ってくる>

 <わかった、気をつけて>

 通話を切り事務所の外に出た。


 市庁舎に行くと言ったとき、わずかに彼女の気持ちは揺れたようだ。

 通話を切る際には、紛れもなく私を心配する感情も伝わってきて、それを思い起すと、心は逆に弾むような気分となった。

 つい、市長に会うという大事への緊張感が薄れそうになり、気を引き締める。



       10


 市庁舎の受付は仏頂面の男だ。

 おととい受付にいた女性は交替したらしい。

 名を告げると、目も合わせず、市長はお待ちです、と言う。

 先ほどの通信はこいつからだったのかも知れない。

 サイボックス経由の通話並みに愛想を感じない人間か。


 階段を上がり、まっすぐ奥の市長室を目指す。

 途中の部屋に都市課と書いてあるのを見つけ、帰りに寄ろうと考えた。

 調査に必要なこの都市の図面をいくつか調達したい。


 部屋にはロミリオンとクラッフワースもいた。


 新参の調査官は、応接スペースの高級ソファ上で、ちょうど昨日私が座っていた位置に腰かけている。

 自警団長は市長のいるデスク脇に立ったままだった。

「早かったですな。どうぞおかけ下さい」

 市長に勧められるままロミリオンのとなりに座る。

 彼に目で会釈した。


 クラッフワースはポリスブルーの制服を着た私を、無遠慮な目でじろじろ見る。

「制服はまだ支給されてねえはずだが」

「替えの服がなくてね。ビール臭いままじゃここに来られない」


 その皮肉にクラッフワースは細い目をさらに細めただけだった。


「さて、すでにお互いご存じでしょうが、一応みなさんのご紹介を。こちらは、おととい到着されたスルト・マッケイ巡回保安官」

 リンシュタインは私に手を差し出し、場の人間に向かって言う。

「こちらは昨夜到着された、統合移民局のガスク・ロミリオン調査官。そして彼は……」

 市長のことばより早く、自警団長は自己紹介した。

「メルビン・クラッフワース。この都市の自警団で団長を務めている」

「……わたしはルゴの市長、ジョセフ・リンシュタインです」


 それぞれ名と肩書きのみの簡単な紹介は終わった。

 リンシュタインは招集の理由を簡潔に話す。


「さて、昨夜自警団員が何者かに撃たれました」


 早速か。

 ロミリオンの動きを止めるために、こいつらはいったいどんな言いがかりをつけるつもりなのか、ひとつお手並み拝見と行こうじゃないか。


 心中にわき上がる、恐いもの見たさのような期待感を抑えつつ、私は自分の心拍数がだんだん早くなってきたのを自覚していた。

「昨夜、おれの部下が不審人物を発見。追跡中職務質問をしたところ、抵抗を受けた。そこで被疑者を確保しようとすると、いきなり現れた第三者に発砲され、負傷した。……かいつまんで言うとこういう状況だ」


 クラッフワースは昨夜の一件について簡潔に説明する。


 かいつまむにも程があるし、適切な表現とは言い難い。

 彼らの正式見解はそうであっても、事実とはかなり違う。


「不審人物というのは私と、保安官助手フレックル・ニーゼイの家族ですか?」

 その質問にクラッフワースはじろりと私を見る。

 そのほかに反応はない。やつは先を続けた。

「そこじゃなく、問題なのは、発砲事件が起こった、ということだ。ルゴでは都市条例で正規の保安官、もしくは自警団の人間、さらに特別許可のある人間以外、拳銃の所持、発砲は許可されていない」


 ――そう来たか


 あまりに露骨な手だった。

 ロミリオンは昨夜ルゴに入ったばかりでそんな条例も知らないはずだから、その手続きはとっていないはずだ。

 彼は座ったまま、身じろぎもせず話を聞いていた。

「目撃証言によると、銃器を発砲したとされる男性の容姿は三十代前半、背丈は」

「……なるほど? そういうことでしたか」

 ロミリオンはようやく声を出す。

「まだ説明の途中だ」

 クラッフワースは机を叩き、不機嫌そうに言った。


 被疑者扱いの新任調査官は顔を上げ、自警団長の顔を見ながら、おもむろに上着の脇に右手を差し入れる。

 瞬時にクラッフワースは腰のベルトから拳銃を抜いた。

 目にもとまらぬ、まるで例の『西部劇』の早打ちガンマンのようなスピードだ。


「動くな! その手をゆっくり出せ! どういうつもりだ」

 クラッフワースのビーム銃は、ぴたりとロミリオンの頭に狙いをつけている。

「どういうつもりもありませんよ」

 言いながら、ロミリオンは上着の内側からゆっくりとした動きで黒く鈍い光を放つ物体をとりだす。


 ごとりと音を立て、それは目の前の応接テーブルに置かれた。


 昨夜見た覚えのある、見慣れない形をした拳銃だった。

 クラッフワースは手にした銃をまだ下げない。


「それが凶器? 自ら違反を認めると?」

 リンシュタインは驚いたように言う。

「違反、という言葉の解釈はまちまちです。もしそれが法的に、という意味を指すなら、わたしにはそれが当てはまりません」

「よくわかりませんな。あなたの言うことは意味不明で、虚勢にしか感じられない」


 市長は勝ち誇ったような声を出し、調査官の発言を否定した。


「いま、条例を調べました。ちょっと待ってください」

 ロミリオンは無言になり、何か考えるようなそぶりをしている。生帯で誰かと通話している様子だった。

 リンシュタインとクラッフワースはわけのわからないといった顔つきで、互いに顔を見合わせた。

「……治安維持に関する条例、第三条第二項……許可なくルゴで銃器を所持、携帯してはならない。その使用に際しても、許可なく発砲は許されない。銃器とはすなわち……」

 文書をゆっくりと読み上げるように、条文らしき文言を語りはじめる。

「……あらゆるビーム兵器に相当する銃、かっこ、付記、ライフル、マシンガン含む、とじかっこ。あらゆる熱線兵器に相当する銃。かっこ、上記付記に同じ、ニードルガン……」

「いったい誰と話してるんだ! 会議中に無礼なやつだ!」

 クラッフワースは怒鳴った。これは会議だったのかと、いまさらながらに驚く。

「この市庁舎の都市条例課ですよ」

 ロミリオンは左手で右手を軽く触りしめた。

 テレパシー通話を切ったらしい。

「この都市の条例を調べて、なんの意味があるのかね?」

 調査官の謎の言動に市長も苛立っている。ぞんざいな口調に変わりはじめていた。


「これは、骨董品のようなものでしてね。どの都市の条例にさえ扱われていない」


 そこで初めてロミリオンは笑顔を浮かべる。

 テーブル上の銃を指した。

「説明してくれんかね? どういうことだ!」

 市長の荒々しいことばには普段の丁寧さはみじんもなくなっていた。

 ロミリオンはそれに動ぜず、淡々と説明を続ける。

「この銃は火薬発火式です」

「カヤクハッカシキ……?」

 クラッフワースは首をかしげ、オウム返しに言った。

 やつの持つ銃の銃口は下がり、すっかり床を向いていた。ロミリオンに敵意なし、と判断したのだろう。

 自警団長に笑顔を向け、新参の調査員は話をまとめる。

「ええと、こういうことです。条例にはおっしゃる通り銃器所持、発砲は許可制であると記載されています。しかし、いま読み上げた条例の中で、この銃は、銃器として扱われていません。つまり、この銃の所持や発砲は、禁止や処罰の対象ではないということになります。このルゴ内ではね」


 ある意味、詭弁だった。


 火薬発火方式の銃器などとうに廃れ、いまでは骨董品的価値しか持たない。

 どの都市の条例であっても、そんなものは記載していなくて当然だ。

 いったい誰が数世紀も前の銃器を実用品として扱うというのか。


 だがその詭弁は、この場では大きく効果を上げていた。


 市長と自警団長は思いがけない方向から、自分たちの目論見を崩され、あきれた様子に、口をぽっかり開けていた。

「し、しかし……いくら条例にないとしても、それは拳銃で、凶器だ!」

 市長は甲高い声で叫ぶ。

「そうだ。そんな詭弁がおれたちに通用すると思っているのか!」 

 と、クラッフワース。 

 ふたりの抗弁も空しく、ロミリオンの声は室内に響く。

「いままであなた方はルゴの都市条例をもとにお話を進めていたと思いますが? もし、これが凶器とおっしゃるなら、食事の時に使うナイフも凶器とみなされてしかるべきでしょうね。それに、ご自身の住む街の条例について、その詳細をご存じないまま私を告発したり拘束したりすれば、かえってお二人のご名誉に傷もつきかねません。それどころか、公認の調査官をみだりに訴えれば罪にもなりかねないのです。……もちろん、それを未然に防ぐことができ、わたしとしては幸いと感じています。まあ、嫌疑をかけられたのは、多少気分も悪いですが、赴任当初のことでもありますし、今回の件はなかったことにさせていただきましょう」



       11


 リンシュタインの顔は見物だった。

 みるみる紅潮し、ぶるぶる体を震わせた。他に言葉もない。


「それより、昨夜の暴漢は自警団の人間だったということなのですね? なるほど、わたしの事より、そちらのほうが問題でしょうな」


 今度は彼らを追い込む番だった。


 ロミリオンの反撃が始まると同時に、私はそっと右手の生帯を操作した。

 リンシュタインもいまは私の手元を見るどころではない。

「なんだと? 何が問題なんだ!」

 罠にはめたつもりが、すっかり自分たちのマヌケぶりを露呈させられたことで、クラッフワースは怒りに燃えていた。

 怜悧そうな顔の、その頬に、うっすら紅も差している。

「都市の治安を守るべき自警団員が、幼い子どもに暴行を働くというのは、どう考えても行き過ぎですね」

「先に襲われたという報告を聞いている。正当防衛だ」

 クラッフワースは憎々しげに、開き直ったかのようなセリフを吐いた。

「子どもが? 自警団員を?」

 ロミリオンは仰々しく天井を仰ぎ、わざとらしいあきれ顔をした。

「ナイフを……ナイフで襲ってきたらしい。だから、正当防衛だ。そうだろう? マッケイ保安官」

 クラッフワースはいきなりこちらに話を振ってきた。

「なんのことです?」とぼけた声を出してみる。

「目撃者だろうが!」

 自警団長は頭から湯気の出そうな勢いで怒鳴る。

 私は頭をかき、思い出すふりをして、その間にテレパシー通話でレッキイへ指示を出していた。

 先ほどから彼女とは回線をつないだままにしている。


 ロミリオンの手法を早速取り入れたのだった。


「……目撃者といわれても。私はふたりのいさかいを止めようとしただけで、よくわかりません」

「マッケイ。ホープをかばうのはわかるが、偽証になるぜ?」

 脅すつもりなのか、クラッフワースはぎらぎら光る目で私を見た。

 そうやってこちらを個別に切り崩すつもりらしい。


 私は動じなかった。


「……偽証? 証拠もないのに偽証はできないな。ホープ少年がナイフを使ったというなら、その証拠をお持ちなんでしょうね! ええ?」

 私はここに来て以来、初めて人前で大きな声を出した。

「しょ証拠だと?」

 クラッフワースは目を丸くした。いままでそんなことばのあったことさえ知らないような返答のしかただった。

「まさか、部下の証言だけで判断していると? ホープは脳震盪を起こし、肋骨にひびまで入っています。いい大人、それも拳銃で武装した自警団員が、十二歳近辺の子どもにそんなケガをさせて、正当防衛だのなんだのといういいわけが、通用するとお思いですか! ホープがたとえ刃物を持っていたとしても、過剰防衛どころか、傷害致傷に当たりますよ!」


 私の怒声を聞いた自警団長と市長は、ほぼ同時に声を出す。


「なんだと!」

「な、なに? 本当か? クラッフワース!」

 市長はわざとらしく柳眉を逆立て、自警団長を見る。

「いや……その、こぞうの容態までは知りませんでした」

「ホープはどんな様子なのかね、マッケイ君?」市長は私に向かい、前保安官の知人として、一応の気遣いを見せた。


 おそらく『ふり』だけなのだろうが。


「命には別状ありません。幸い、打撲と、肋骨のひび程度です」

 事務的に答えた。

「見かけたときには、その自警団の団員だという男が、倒れた子どもに拳銃を向け、撃とうとしていました。だから急いでこれをを使ったのです」

 ロミリオンは応接テーブルの鉄塊を指した。

「……ばかやろうどもが」

 クラッフワースは本当にたったいま真相を知ったらしく、部下を小さく罵る。


 いったいコナーズとナイスはどんな報告をやつにしていたのか。

 程度の低い部下を持つと、管理職に苦労は絶えないようだ。


「監督不行き届きではないですかね、部下の」

 話の横から割り込み、遠慮なく追い込んでくる調査官に対し、クラッフワースは憎悪のこもった目を向ける。

 しかし次の瞬間、驚いたことにやつは私たちに頭を下げる。

「……済まない。たしかにあんたの言うとおりだ。以後気をつける」

 本心かどうかわからないが、一応、謝罪と再発防止を約束する自警団長の話を聞きながら、私は心中で仕事の進捗を確認していた。


 <こちらは済んだ。見つかった? たぶんその辺りにあると思う>

 <いま探してる>

 <自警団の連中が探しに来るかも知れないから急いで>

 <あった! あったわ! たぶん、ホープのナイフ!>

 <よし!>


 こちら側の証拠隠滅も無事完了した。



       12


 午後、私はルゴのドーム外に出ていた。

 保安官を乗せたまま爆発した屋外移動プラントをこの目で確認するためだった。

 ガスク・ロミリオンは自分の仕事にかかるといって、どこかへ行ってしまった。

 レッキイはホープを見舞っている。


 慌ただしかった午前中の会談は調査官チームが都市権力者チームを二対○で下し、先々の調査に有利なポイントを稼いだ。

 けれど、今朝のような手はふたたび通用しないだろう。

 私たちへの妨害や罠はもっと巧妙に、もっと狡猾に……必ず、いずれそうなる。


 昨日の尾行に始まるこの一件で、市長と自警団はビルズ・ニーゼイ保安官の死に関係しているということを、自ら暴露してしまったようなものだ。

 あれは単によそ者を厭う為政者たちのする反応ではない。


 冤罪すれすれのことまでして、彼らの隠したいものとはいったいなにか。 


 本来の仕事でもないのに、私はすっかりこの事件に巻き込まれ、ずっぽりと穴の中に落ち込んでいく、そんな気持ちとなっていた。



 五年前に爆発した屋外移動プラントの残骸はルゴ北部、数キロ地点にあった。

 都市ドームの出入口は南面にあり、二日前、外部から双眼鏡で見たときは、ドームに隠れ、その存在に気づかなかった。


 都市周辺を取り巻く表土の大きな溝は、この移動プラントを稼働させた痕だ。


 広範囲に深く幅広い掘削痕の付く理由は、こうしてビルほどもあるプラントを間近に見れば、よく理解できる。

 プラントの底部に付いた巨大な鍬状ブレードが表土を掘り返し、回転しながら石灰と酸性土泥を混ぜ合わせる。

 一方、その巨体と超重量を支える大きく長いキャタピラは、地面を固く踏みしめ、延々と地表に残るうねと溝とを作り出すのだ。


 いま、私の目の前にあるそれは、生石灰タンクの大爆発により後半部分が吹き飛ばされ、わずかに傾いたまま地表に屹立していた。

 長期間なんの手当もされず放置されていたようで、外壁は腐食風にさらされ赤茶けた錆びをふき、火災で黒く炭化した部分と、どちらがより広く壁面を彩るか、領土争いをしているかのようだった。


 キャタピラの一部は強酸性土泥の表土と化学反応を起こし、溶け出して液溜まりを作っている。ヘルメット越しにさえ感じられる刺激臭は、風に乗り、そこからこちらまで漂ってきていた。


 ライナーホースから、探査用の各種センサー類、記録用カメラ一式を取り出す。

 念のために熱線銃を携帯し、プラントに向かった。

 全身をくまなく防護服で覆っているためかなり蒸し暑い。

 これで機内を歩き回るのだから、さらに体温も上がり、不快感は増すに違いない。


 側壁に作業員たちの避難路と思われる出入口を視認する。

 地表に金属製のタラップは接地しているものの、あるはずの手すりは、タラップ床面に痕跡だけを残して腐食し、影も形もない。

 試しに階段の一段目を軽く踏むと、ブーツは、ずぶという感触とともに赤茶けた階段へめり込んだ。この状態では、プラント壁面に設置されている階段は、すべて使い物にならないだろう。


 私は市庁舎でもらった屋外移動プラントの設計図と平面図のデータを防護ヘルメットのバイザー内部に投影し、プラント内への侵入口を探した。

 外壁で風にさらされることの少ない部分と言えば、もはやプラントの底面部しかない。音声指示で資料を検索してみると、数カ所に整備用の小さなハッチの存在を発見する。

 うまくいけば、昇降用のワイヤか、ハシゴなどもあるかも知れない。


 有機王水化している可能性の高い、危険な液溜まりを避けながら、高さ五メートルはあろうかという巨大なキャタピラの隙間を抜けて、目的の整備用ハッチを目指す。

 プラントの底部は側面の外壁に比べるときれいだ。


 まもなく手近なところに目標を発見した。


 整備用ハッチの真下まで来ると、強酸性の小さな液溜まりができていることに気づかず、ブーツの先端が少し触れてしまう。

 たちまち足もとからオレンジ色の煙が立ち登る。


 化学反応による有毒ガス。


 急いで防護服の通気を遮断し、ベルトから中和剤を取り出すとブーツに振りかけた。幸い、被害はメッキ塗装の表層部だけにとどまり、有毒物質がブーツ内部まで侵入してくることはない。

 安堵に吐いた吐息の水分が逃げ場のないヘルメットの内側を曇らせ、視界は少しの間、白一色に染まる。

 うかつなことに曇り止めを長い間塗っていないことに思い至った。


 ガスの晴れるのを待ち、行動を再開した。


 ハッチを開けるスイッチを探してあちこち歩き回る危険を避け、ハッチ脇の金属部分へ直接ワイヤーガンでアンカーを撃ち込む。 

 ベルトにアンカーから伸びたワイヤを付け、小型ウィンチでそれを巻き上げると、私の体はゆっくり上昇しつつ、やがてハッチ近くに到達した。

 目の前にある緊急用開閉用スイッチをひねり、整備用ハッチの扉を開放する。

 中からハシゴが勢いよく飛び出してきた。

 それはまっすぐ眼下に伸び落ち、地表に突き立った。

 先端は、すぐ地表の液溜まりと化学反応を起し、再びもうもうと有毒ガスの煙を上げる。


 ハシゴを伝い、プラント内部への侵入に成功する。


 中は真っ暗闇だった。

 ヘルメットのつば部分に内蔵されたライトを点灯させると、直進する光は、薄汚れ、砂埃の舞うプラントの廊下を照らし出した。


 腹部に空いた大穴から風に乗ってくるらしく、フロア内部も多少酸性土により腐食していた。腰からワイヤを切り離し、小さく巻いて束ね、粘着テープでハッチの枠に固定しておいた。

 帰路、ここから降りる際にまた必要になるだろう。

 いよいよ内部の探索を始めるのだ。



 プラント内部は四層構造になっていた。

 図面で確認すると、いまいるのは1Fで、主に表土の掘削、合成石灰の噴霧設備を設置した作業フロア。人員の大半はここで一日の作業に従事する。

 2Fと3Fは合成石灰の製造工場であり、通常であれば、若干名の人員により管理される自動施設。

 最上階に当たる4Fは居住区および、プラントの集中管理施設に当てられ、作業員の就寝するスペースと、司令室もそこにあった。


 爆発の直接的原因となった生石灰タンクは、プラントの後半部2Fと3Fを貫通するようにフロアをまたがり設置されている。


 1Fを探索し、2Fに上がる階段を探す。


 爆発後起こった大火災により、内壁は自動噴霧された消化剤の流れ落ちた跡なのか、一様にまだら模様を作っている。

 試しに内壁を叩いてみた。

 ぽこぽことくぐもった音。

 指で押すとベコベコした感触で、かなり薄い。

 プラスチックベースの不燃建材が使われているようだ。


 2Fに上がる階段を見つけた。

 だが、このまま1Fの探索を続けようと思い直す。


 なにか心に引っかかりをおぼえる。


 1Fの最後部にたどり着き天井を見上げると、爆発時の影響なのか、天井は2Fからの圧力で、大きな亀裂が入り、ゆがみ、だいぶ低くなっていた。


 ――やはり、おかしい


 先ほど外からプラントを観察した際、衝撃にもろい耐酸性セラミクスの外装は爆発部分を中心に広い範囲で破砕し、跡形もなかった。

 本来セラミック外装の下にある金属製の外壁は露出し、腐食風の影響を強く受けていたように記憶している。

 外壁はかなり厚い合金製で、それは大きく長い亀裂とともに、まるで開いた花びらのような形で屋外方向に広がっていた。

 タンクの爆発時によほど圧力がかかったのか、内部から一度に大きな圧力でぶち破られた感じだった。


 一方、たったいま確認したプラントの内装は、経費節減のためなのか、金属の桟の間を防炎プラスチックプレートで止めただけの簡素なものだ。

 外装と外壁にあれほど甚大な影響のある爆発なら、もう少し内部にも損傷はあっていいはずだろう。

 特に1F後半部分の天井はこんなヤワなゆがみ方ではなく、大穴となり2Fと繋がっていて不思議はない。


 とりあえず、懸念した箇所を中心として事後分析用に写真を数枚、角度を変えて撮影しておく。

 済むと、当初の目論見通り、先ほど通り過ぎた2Fの階段を目指した。


 2Fは予想通りにひどい有様だった。


 内装はすべて焼け落ち、ゆがんだ金属の柱や枠だけが残っている。

 火災時の黒いすすにより、防護服はみるみる汚れてしまう。

 そのまま最後部に向かう。

 合成石灰を作るための機械はすっかり吹き飛び、3F、4Fの天井をもぶち抜き、機体に巨大な開口部を作っていた。

 まともな設備もほとんど残っていなかった。


 腐食による金属床の崩落を注意しながら、その開口部の縁近くに立つと、赤色矮星の太陽に照らされた赤々しい平地が、眼前に荒涼と広がる。


 爆発時に何か変わったことはなかったか、このフロアに各種センサーを設置し、爆発時のエネルギーや、その方向性、火災の規模など、異なる複数の状況をシミュレート演算させてみる。

  ルゴの調査委員会報告は見ていたものの、そこに記されていた結果はまるで信用していない。


 と、突如くらり、とめまいに似た感覚を覚える。


 一瞬、貧血かと疑い、すぐ生帯のコールだと認識し直した。

 見慣れた黒い箱のイメージが脳裏に浮かび、私はそれを認証する。


 統合移民局からだった。



       13


 <スルト・マッケイ調査官、なぜ連絡しない>

 <ああ……やっと繋がりました>

 <なにかあったのか>

 <ええ、いろいろ。報告を入れようとあれこれ努力したのですが>

 <なにがあった>

 <ちょっと整理する時間をいただけますか>


 複雑な思考を伴う通話は、言うことをまとめてからでないと、大層な誤解を招きかねない。

 思うそばから相手に伝わるテレパシー通話の、日常的かつ重大な欠点でもある。

 こんなとき、本当は一度通話を切り、かけ直したいくらいだ。

 ただ、いま切ると次にいつ繋がるかわからないため、仕方なく相手を待たさざるを得ないわけだった。


 <マッケイ調査官! まだか>


 私のごちゃごちゃした思考プロセスのまま伝わり、本当は苛立っているのだろう。

 感情の伝わってこないサイボックス経由の通話は、こういうときに、そのありがたみを感じる。まるで催促されている感じがしないからだ。


 <済みません、ちょっと複雑な内容なので>

 <はやくしてくれ>

 私は数分で思考をまとめ、簡潔な報告としてテレパシー通話に吐き出した。

 ほぼ一方的に話していたように思う。


 移民局の、顔も知らない担当者は黙ってそれを聞いていた。


 思考プロセスそのものを認知しているだろうから、伝わり方に誤謬は少ないはずだと楽観的に考えている。

 報告の最後は質問で締めくくった。

 <ところで、移民局にガスク・ロミリオンという調査官はいますか?>


 少しの間。


 <わかった。少し待ってくれ、探してみる>

 たぶんデータベースを検索しているのだろう。


 <スルト・マッケイ。その名で登録されている調査官はいない>


 思ったより早い。

 先方の思考がこちらに流れてくる間さえない。

 さすが本部、優秀な検索機能を持つ端末を貸与しているらしい。


 <偽名を使っているかも知れません>


 <それはない。偽名を使う場合にも何らかの身分証明は必要になる。そういった書類作成上の手間を省くために、調査官の使う偽名もすべて登録してある>

 <では……極秘調査に当たっている人間の中にはいませんか>

 <わたしで調べられる権限の範囲内には、当該調査官の名前は見つからなかった>


 衝撃的な事実に先ほどから私の心は不穏当に揺れていた。

 その心情が相手に伝わらないのは幸いだった。

 <報告にあった人物たちの情報を入手しておく。四十八時間後にまた連絡する>

 いつものように、一方的に通話を打ち切られた。

 防護服の袖をまさぐり、こちらも生帯の接続を切る。

 腕時計の振動アラームを次回の通信予定時間にセットした。


 ――じゃあ、あいつは誰なんだ、いったい?


 昨夜から今朝にかけて、頼れる同僚とも思っていたのに、ガスク・ロミリオンは正体不明の人物だった。


 極秘中の極秘任務に就く人間なのか。


 そうでなければ、調査官を詐称して、都市に入り込むことは不可能だ。

 いや、だからといって、そこに甘い期待を持つほど私も子どもではなかった。

 少なくともあの男を味方と考えるのはやめた方が良さそうだ。

 

 今後は自分で確認した事実しか信用してはならない。


 混乱した思いをなんとか現実に引き戻し、途中まで進めていた作業に戻る。

 演算途中のセンサーから送られてくるデータを確認するため、設置した統合ディスプレイを見た。


 と、画面に写り込む背後の景色にかすかな動きを認める。


 人影――なにか拳銃らしきもの――を構え、こちらに――


 あわてて、振り返りざま身体をひねる。

 そのまま倒れるようにして地に伏せた直後、甲高い、しゅん、という音とともに頭上を何かが通り抜けた。

 それはディスプレイに命中、爆散した。

 

 ――なに!


 いきなりの攻撃だった。

 予告ひとつない。

 本気で私を殺すつもりなのか。


 床に伏せたまま、私も腰から拳銃を取り出す。

 またしゅん、と甲高い音がして、各種センサー類を入れていた目の前のケースは、弾かれたように宙へ跳び上がった。

 熱線銃のロックを解除するのももどかしく、私は相手の撃ってきたと思われる方角へ向け、引き金を引いた。


 ぶわ、と猛烈な火柱が銃口から飛び出し、前方の壁ごと広範囲を炭化させる。

 周囲の空間も一瞬沸騰したかのようになり、強い熱波と衝撃が私の体を一瞬持ち上げた。

「わ、わわっ!」

 驚きのあまり思わず声を出してしまう。


 ものすごい威力――


 空中の酸素を一気に消費したことにより、強い風も巻き起こっていた。

 積もり積もっていたほこりとすすは巻き上がり、あたりは灰色の煙で霧がかる。

 どうやら火量調整スライダーを最強のブラスターレベルにしていたらしい。


 ――金属さえ瞬時に蒸発させるという凶悪な機能――


 本来目に見えないはずの熱線なのに、火柱が立ったのは空気中を舞うほこりや火災時のすす、酸性土の燃えたせいだろう。

 とくに酸性土はアルミニウムを多く含有しているから燃えやすい。


 耳を澄ますと、遠ざかる足音を聞く。

 敵は熱線に焼かれてはいなかった。上階に逃げたか。

 熱線銃のレベル調整スライダーを最低レベルに直す。

 バッテリーはもう、わずかしか残っていない。弱出力でもあと一射が限界だろう。


 念を入れ予備の弾倉バッテリーに交換、さっきの足音をたどり4Fを目指した。


 敵の使った拳銃は特長のある発射音からニードルガンと想定できた。

 高圧縮ガスで一度に数千本の微細な合金針をとばす銃。

 威力はないので近距離から撃つ。

 もちろん人体に直撃すればその部分はボロボロになり穴が開く。


 万一即死でなくても直撃した針を外科的にすべて取り除くことは不可能で、いずれそこから腐って死に至るという厄介な武器だ。

 要人暗殺に使われることも多いと聞いている。


 私を狙う暗殺者とは、いったいどこの、誰なのか。


 注意深く4Fへ続く階段を上がった。

 上がりきった先の角から少しだけ首を出して左右をのぞいたが人の気配はない。

 司令室に向かう中央の廊下に出て、敵の足音を聞こうと聴覚に全神経を注いだ。

 そこは静寂に包まれ、物音ひとつしなかった。


 どこからか、ライナーホースのエンジン音が聞こえた。


 音の聞こえる方向へ移動し、壁に開いた大穴から外をのぞくと、眼下の地面に緑色のライナーホースを視認した。当然、私のものではない。


 それは都市ドームの方角へ向かい、視界から消えていく。

 暗殺者は4Fに行ったと見せかけ、1Fに降りていたらしい。


 すっかり出し抜かれた悔しさもあるものの、ルゴに入ったのならあとで調べられる。特長ある緑色のライナーホースなど、すぐ見つけられそうだった。

 それでも用心のため、しばらく4Fにとどまり様子を見た。

 誰かのいる気配はない。

 やはりさっき見た緑色のライナーホースに乗っていたのだ。

 火力の違いをああはっきり見せられては任務遂行は困難だと判断したのだろうか。


 もうひとつ重大なことに思い至った。


 ライナーホースのエンジン音を聞いたのはさっきだけだ。

 ということは、私をここで待ち伏せしていたことになる。


 十分ほど経った後、私は先に4Fの調査を行うことにした。

 一度3Fに降り、またここに来るのは面倒でもある。

 いつ敵に出会っても対処できるよう、手には熱線銃を構え、油断なく各部屋を見て回った。作業員たちの寝室、食堂、休憩所、どこもかしこも焼け焦げていた。


 最後に中央司令室へ向かう。


 そこは比較的きれいだった。

 爆発時に防火扉が自動的に閉じられ、燃え残ったのだろう。

 司令室の窓際に、集中コンソールを発見する。

 プラントの操縦を行うための設備だと推測した。

 計器類はさすがに古い型だ。

 

 近づくと、計器のいくつかに誰かが積もったほこりを払った形跡を発見した。

 中には文字盤の針と数字が読めるほど完全にほこりを払ったものもある。

 全部ではない。


 ――さっきのやつか?

 

 待ち伏せではなかったのかも知れない。

 ここを調べている時に私の到着を知り、襲撃に切り替えた可能性もある。

 その確証は得られないが、可能性だけで言うなら、暗殺者以外の人間が最近訪れたということだってありうる。

 こういう場合、先入観による判断は避けなければならない。

 私はとりあえず、不審を感じた計器類を写真に納め、3Fに戻った。


 壊れていない機材をまとめ、用心しながらドームへの帰途についた。

 


       14


「緑色のライナーホース?」

 入出管理事務所で訊ねると、若い係官は腕組みをしたまま虚空を仰いだ。

 ジェイスンは街の酒場へ行っているそうだ。

「考え込まなきゃならないほど、多い?」

 皮肉を言ったつもりだった。

 それに気づかず、彼はまともにうなずく。

「うん。だって緑色って、ルゴの都市カラーだしね」

 私の考え込む番になってしまった。

 質問を変える。

「じゃあ、きょう私以外に外へ出た人は?」

「ここを使ってかい? あんただけだな」


 そんなはずはない。

 ルゴから最も近い都市でも千五百キロ以上向こうにある。


「しかし、外で緑色のライナーホースを見たんだけど?」

「だって、いないものはしょうがないじゃないか」

 彼は私との話を勝手に打ち切り、後ろを向くとなにか別な仕事にかかろうとした。

「ここの他に外に出られるところはない?」


 別な可能性を思いつき、その背中に声をかけてみる。


 若い係官は書類の束をカウンターに置いた。

「ああ、それなら……いまは使ってないけど移動プラントの発着所さ。東街区だ。でも、役所に封印されてて出入りは禁じられてる」


 東街区まで足を伸ばす途中、レッキイに連絡を取った。


 もう日は落ち、街灯が辺りを照らす時間帯になっている。

 プラントで狙われたという話は伏せ、人影を見たという程度に報告した。


 <わたしのほうも収穫はあったわ>

 <なんだい?>

 <会ったときに話す>

 <もったいぶるなよ。この方が安全だ>

 <……いいわ、じゃ話す>

 

 会話しながら、東側外壁にそびえ立つ大きなセラミクス扉を目指した。

 移動プラント発着所らしき建物はその下にあった。


 間近に見ると、丘の上からは、単に腐食風から外壁を護る補強と見えた巨大な耐酸性セラミクス板は、実は移動プラント用の開閉可能な巨大扉とわかった。

 他の都市では移動プラントを外部の専用ドームに入れることが多いから、こんなに小さな都市では珍しい仕様だ。


 <パパが亡くなる間際に作った資料を見つけた>

 <へぇ? 君の家でかい? それになにかが書いてあった?>


 ほこりの堆積した居間のテーブル下の状況を思い浮かべる。 

 だが、そのイメージは彼女にも伝わったようだ。


 <失礼ね! 掃除くらいしてるわ、あれはたまたま ……事務所でよ。あなたの荷物を置く場所を作ろうとして、パパの資料を整理していたの。けど、中身は……よくわからない>

 <わからない? どうして?>

 移動プラントの事故以来、土壌改良の手だてをなくしたルゴの専業者たちは、あちこちの都市に出稼ぎに行き、この辺りにはもう誰も住んでいないということだった。


 <……データが読めないの、数字だから、パスワードでもないし>

 <暗号?>

 <だから、会ったときでないと。……よくわからないでしょ?>


 困ったようなあきれたような、愉快がる感情も同時に伝わってくる。

 調査中の緊張した場面には似合わない感覚だ。

 これでは、とんだ油断を招きかねない。


 街灯に照らされる道をたどり、ようやく東側外壁の真下に着く。

 発着所の建物脇の巨大なセラミクス扉の下部に、小型乗用機専用の別な出入口を発見、扉の前には、白っぽい色のライナーホースが停車中だった。

 レッキイに実況報告する。

 <見たのと同じもの?>

 <色は違うようだ>


 一挙に緊張感は高まった。


 熱線銃を抜き、構えながら、その乗り物に近づいてみる。

 <すまない、一度切る>

 返事も聞かず、通話を終了させた。


 あたりに人の気配はないかどうか、五感を最大限に使って探ろうと試みた。

 特に動きはない。

 腰をかがめながら素早く車体後部に身体を密着させた。


 合成アーモンドのような臭いに気づき、服の袖でボディをぬぐった。

 下は黒っぽい塗装面だった。白く見えたのは酸性中和剤の合成石灰のせいだ。

 脇に転がるホースで車体にまんべんなく噴霧したらしい。

 洗い流す手間を惜しんだのか、そんなヒマもなかったのか。


 まわりの暗さで実際の塗装色は判別しにくい。

 周囲を警戒しつつ、ハンディライトでその部分を照らしてみる。


 鮮やかな緑色。


 昼間プラントから見たのは、このライナーホースだと直感する。

 窓から運転席を確認した。

 誰も乗っていない。

 中を照らしてみると、後部座席になにかあるとわかるが、窓に反射する光でよく見えない。

 脇にまわってドアレバーを引いた。

 油圧チューブにより、ドアはゆるやかな動きで上方へ静かに開く。

 同時に、室内ランプも連動して点灯した。

 

 自警団員チョ・ナイスが、後部座席で死んでいた。

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