第2話:主催者と来訪者

「へえ、お二人がご夫婦なんですか。いやあお似合いだ」

「そんな、お似合いだなんて」

「ハハハ、どうもありがとう王井サン」

 車に乗って邸宅の敷地内を走るわずかの間に、王井はすっかり田園家の面々と打ち解けた。

「結婚してどれくらいになるんですか?」

「もう七年かしら。改めて思うと、早いものねえ」

 感慨深そうに呟くのは、田園家の長女はる。おっとりとした雰囲気で、いかにもお嬢様といった感じだ。

 

「それにしても旦那さん、日本語お上手ですねえ。驚いた」

「いやいや、たくさん練習しましたからネ」

 無邪気な笑顔を見せる外国人男性は、ケビン。長女はるの夫で、婿養子。明るく溌剌とした性格で、嫌味な所を一切感じさせない。国籍はイギリスということだ。


「ママ~、チョコレート頂戴」

「だーめ。もうお屋敷着くから、我慢なさい」

 夫婦の間には六歳の娘が居る。名はマリアだ。日本人と英国人のハーフだが、髪は殆ど金色で、顔つきも白人そのものだ。ケビンの血をより濃く引いているらしい。


とおるさん、もうすぐでこぼこ道だから、気をつけてくださいね」

「わかってるよ、君は心配性だなあ」

 運転手に話しかける婦人はみつ。先ほど王井を車に乗せてくれた女性だ。そして、その運転手がみつの夫であり、田園家の当主、透である。

「リムジンなのに、運転手はご主人なんですね。お雇いにならないんですか?」

「その質問、人によっては気分を害されましてよ」

「仕事柄、ずけずけと質問をする性分が身についておりまして」

 まあ、とみつは手で口を押さえて笑う。

「主人は、そういう気取った事が嫌いですの。本当は車もワゴンカーで十分だと言ってたんですけどね。先代の当主、つまり透さんのお父様が、あまりみっともない事をするなと言っていたものですから」

「さいですか」


 邸内を数分走って、やがてリムジンは敷地内の駐車場に止まる。

「敷地の一番奥にあるんですね、駐車場」

「ええ。入り口の近くに止めていたら、折角庭師が作ってくれた景色に水を差してしまいますから」

 お金持ちはやはり、美意識が高い。


 屋敷の裏から建物をグルリと回って、入り口に向かって歩いていく。その間、王井と田園家の会話は絶えない。

「さあ、どうぞ王井くん」

 ようやく玄関に辿り着くと、当主の透が率先して、王井の為に戸を開く。

「えっ、いいんですか?僕が一番に入って」

「大事なゲストだからね。おもてなししなくては」



*



洋司ようじさん、お久しぶりです」

「おお、泡渕刑事。本当に来てくれたんですか。いやあ今回も断られると思っていました」

「なかなか、都合がつかなかったもので。申し訳ない」

「いえ、結構。お茶をお出ししましょう。君、すぐに頼むよ」

 湯崎家の屋敷には沢山の使用人が仕えている。泡渕の通された応接間だけでも五人。その内三人は全くの手持ち無沙汰で只突っ立っているだけなので、泡渕にはその人数の必要性がよくわからない。


「仮面はつけていらっしゃらないんですね」

「舞踏会は夕方の6時からですからね。今から仮面をつけていたら、誰が誰だかわからなくて困ってしまいますよ」

「それもそうですね」

 泡渕は、殆ど表情を崩さない。


「あなた、泡渕刑事がいらっしゃってるなら、声をかけてくださいな。」

 ドタドタと足音を立てて、応接間に女性が一人駆け込んでくる。

「お前、書斎に居ると言って、居なかったじゃないか。だから諦めたんだ」

「少し、庭に出ていたんですよ。ああ、泡渕さんお久しぶりです。その節は大変お世話になりました」

「いえ、自分の仕事をしただけですので」

 泡渕の向かいのソファに腰かけ、紅茶を片手にしているのは洋司。湯崎家の当主である。そして、たった今二人の居る部屋に入ってきたのが、洋司の妻、富子とみこである。三人は、べらぼうに高い茶と菓子をお供に、暫くの間談笑した。


「刑事さん、来てたんですね」

 紅茶が丁度冷め切った頃、長女麗奈れいなが姿を見せる。

「どうも」

「舞踏会にも参加するんですか?」

「ええ」

 麗奈はふーんという表情を見せたが、声には出さなかった。


「麗奈、純也じゅんやから連絡は?」

「遅くなるって。なんか自転車で来てるんだってさ、あの馬鹿」

 この二つの洋館は、中部地方の深い山奥にあって、都心からだと、車でアクセスしても五時間以上は掛かる。道路も一部荒れた所があり、それを自転車で来ると言うのは、あまりに無謀だ。


「純也くんとは、まだ会った事がありませんね、私は」

「自分勝手な奴ですからね、あいつは」

 純也は湯崎家の次男坊であるが、大変な自由人でいつもどこかをほつき歩いているので、家族との関わりも薄い。当然毎月開催されるこの舞踏会にも普段は不参加な訳だが、今回は泡渕刑事が訪問する特別なので、強制的に参加させるとのことだ。


「あとは博人ひろとお父様ですね」

「博人様でしたら、先ほど屋敷にご到着になられました。間もなくこちらへいらっしゃると思います」

 執事が、富子に告げる。

「なら後は純也が到着すれば全員揃う訳か。泡渕刑事、後で皆の集合写真を撮りますから」

「え?ああ、わかりました」

 長男が話題に出ないのにという事は、そう、長男こそがくだんの婚約者殺害事件の被害者である。その名は和樹かずき。この舞踏会という劇場において、最初から欠けている唯一のパーツである。



 ピンポーンと、甲高いチャイム音が屋敷に響き渡る。

「純也かな。誰か、早く案内してやりなさい」

 洋司が促すと、執事の一人が素早く出ていく。部屋の外にも、使用人は沢山居るというのに。


 同じ頃、田園家の扉を叩く者の姿があった。


 この二人の来訪者が、敷き詰められた調和のタイルをつき崩す、危険な起爆剤となる。

 





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