死んだ舞踏会

叉久叉

第1話:入り口

 殺人事件の加害者一家と被害者遺族が、毎月仲良くパーティーを共催しているだなんて聞いたら、誰だって奇妙に思うのではないだろうか。

 私立探偵の王井おういも、友人からその話を聞いた時には大変珍しく思った。


「港区婚約者殺害事件?」

「ああ、四年前あったろ。結構ニュースでやってたから、覚えてないか」

「覚えてますよ。確か女の方が、DVに耐えかねて、婚約者の男を同居先のマンションで刺し殺しちゃったんっすよね?」

「それだ。死んだ男の家が湯崎ゆざき、殺した女の家が田園たぞのってんだが、この両家、互いに由緒正しき名家で、昔から親交が深かったらしくてな。それで、両家の間であんな凄惨な事件があった後も、ずっと仲良くしているらしい」


 いくら昔からの付き合いと言っても、大事な家族を殺した一族の者と、そう仲良く出来るものだろうか。王井は、率直な疑問を友人泡渕あわぶちにぶつけた。

「加害者の湯崎家も、事件は男のDVが引き起こしたものだと認めているからな。和解は、そう難しくなかった」

 泡渕は刑事だ。件の事件の捜査指揮を執っていたのが彼である。だから、事件の事情を、誰よりも良く知っている。


「ふーん……そうですか。それで、今からその両家が毎月催してる仮面舞踏会に参戦しに行くと」

「呼ばれたからな」

 事件の解決、及び両家の和解を導いた泡渕は、両家の者から多大な感謝を受けていた。それでこの度、件の集会に招待されたわけだ。


「俺もついて行っていいっすかね?」

「お前は関係ないだろ」

「事件の匂いがします」

「もう解決済みだ。今日は帰れ。酒なら、また今度付き合うから」

 王井は、泡渕と宅飲みするつもりで、家を訪ねて来ていた。

「嫌ですよ。飲みに来て断られて、挙句そんな面白そうなイベントにも参加させて貰えないなんて」

「あのな、俺が許す許さないの問題じゃねえだろ。主催者家族の意向ってもんがある」

「じゃあ会場で直接交渉します。駄目だったら大人しく帰りますから、とりあえず連れて行ってくれません?」

「お前なあ……」

 結局、泡渕は王井に押し負けて、舞踏会行きのマイカーにやかましい私立探偵を同乗させたのだった。



*



「ここですか?」

 王井と泡渕が辿り着いたのは、山奥に佇む立派な洋館。

「二つ、有りますけど。どっちですか」

「左の青いのが湯崎家の屋敷。右の赤いのが田園家のだ。俺は湯崎家の邸宅から入るように言われている」

「からって事は、中で繋がってたりするんです?」

「門から屋敷の入り口までは鉄柵でしっかりと区切られている。が、二つの屋敷の間には広い中庭が設けられていて、そこへはどちらの建物からも自由にアクセスできるようになっているそうだ。つまり、中庭が二つの屋敷を繋ぐ唯一の架け橋になっている訳だな」

「へえ」

 鋼鉄の柵で組まれた入り口門は、秋の日差しを受けて、ギラギラとした光沢を放っている。すぐに錆びてしまいそうな素材でありながらそうでないのは、手入れがよく行き届いている事を想像させる。


「じゃあ行きますか」

「お前は入れないだろ。とりあえず俺が湯崎さんに聞いて来るから、暫く車で待ってろ」

「えー」

 泡渕がインターホンで自分の名を告げると、左の湯崎家の門が自動で開かれる。泡渕が敷地内へと潜り込むと、直ぐに門は閉じられた。

 それを見送った王井は渋々、二つの屋敷の門から20メートルほど離れて止まっている、泡渕の車に戻った。


 王井が窓を開け放しのまま車内で十分ほど過ごした頃、赤いリムジンが、その横に乗りつける。

「どなた?」

 リムジンから顔を出したのは、いかにもセレブ風の五十代くらいの女性。

「あ、どうも。泡渕刑事の知り合いで、ここまでついてきたんですけど、まだ入館許可が下りてなくて」

「まあ、入館許可だなんて、可笑しい人。あなたも刑事さん?」

「そんなところです。今日は非番なので、手帳を持っていませんが」

 王井は、平気で嘘をつく。

「いいですよ、わたし達と一緒に館に入りましょう。泡渕刑事は湯崎さんの邸宅からお入りですから、別々になってしまいますが、構いませんか?」

「中で合流できるんですよね?構いません」


 王井を乗せた高級車は、田園家の屋敷の領内に入っていく。


 刑事泡渕は、湯崎家の門から。探偵王井は、田園家の門から。

 別々の入り口を選んだこの瞬間から、彼らの道が二度と交わる事の無くなったのを、まだ、誰も知らない。

 







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