第14話 ご先祖様
バル(矢島 昌治)Side
塔に向かいながらも僕は将来について考え続けて居る。
これから僕はどうなりたいんだろう。
物心がついてから今まではこの異世界の何もかもが新鮮で楽しかった。そして自分の興味が向くままに剣や魔法を学んできた。歴史なんかも前世とは全く違っていて興味深かった。そしてこれからも学びたい事ややりたい事は沢山ある。さらにこの世界に生きる者として貴族としてしなければならない義務も沢山ある。僕の今の立場で一番の義務と言えばこの領地を継いで守っていく事だ。高位な貴族の特権を受け贅沢な暮らしで育ってきているのだ。帝国貴族としての義務も当然あるが親友でもあるマクデーフュ皇子を補佐して行きたいと言う気持ちも強い。同じくらい強い気持ちで家族も守りたい。前世では一人っ子で親族すら居なかったが今は可愛い妹や弟までいる。
もし前世の記憶がなければ帝国貴族である事を誇りに思いこのまま真っ直ぐにその道を勧めたのかもしれない。しかし前世の記憶がある俺はそれらの思いと同じくらい何者にも縛られず自由に生きていたい。と言う思いも強い。自由に生きたいと言う気持ちは前世から続く強い思いだ。独立系大手SIerで出世コースに居たにも関わらず独立してフリーランスになったのもその思いがあったからだ。しかし自由な生き方が出来たのは日本と言う国が平和であったからこそだ。
この世界は日本とは違い魔物も居れば戦争もある危険な世界だ。そして王政国家で身分制度が当たり前の世界でもある。平和な民主主義国家の日本を知っている身としてはどうしても馴染めない所が多々ある。もちろん日本にだって差別や不条理があり完璧にはほど遠い世界であったのも十分に知っている。だからと言ってこの世界を前世の日本の様な安全で民主主義の国に作り変えるという気概はない。
前世でも今世でも同じだろうが底辺で生きていくことさえ難しい人々からみれば持てる者の贅沢な悩みだと一笑に付されるだろう。ただの我が侭と言ってしまえばその通りなのだろう。自分自身でもそう思う僕はただの子供で我が侭なのだ。
「バルちゃん着いたわよ」
そんな結論が見えない堂々巡りの思考に思考にふけっているといつの間にか塔の最上階に着いていた。カルお姉ちゃんに声を掛けられるまで気が付かなかった。
「随分真剣に悩んでいたわね」
「はい、貴族の子弟としてしなければ成らない事は解るんですが、自分で何になりたいかとか何を目指せば良いのかと考えると考えが纏まらなくて」
「あら、しなければ成らない事なんてまだ子供のバルちゃんには何も無いわよ」
「でも僕は嫡孫ですし帝国貴族としての義務もありますから」
「そうね貴族は民に養って貰ってるんだから民を守る義務はあるわね。でもそれは正式な貴族になってからの話よ。今その義務があるのはダーリンや私だけよ。リンちゃんやコンちゃん達にも義務はあるけどそれは今就いている職業に伴う義務だからね」
「でも僕は侯爵家の特権に守られて民たちとは比べものにならないくらい恵まれた良い暮らしをしています。だからこれを返す義務があると思うんです」
「バルちゃん偉いわね。その年でそこまで考えられるのね。それは家族として誇りに思うわ。でもバルちゃんが良い暮らしが出来て居ることはリンちゃん達が親の責任で行っている事だかね。子供が気にする必要はないわ。ましてや今一族にはバルちゃんより年長者が沢山居るんだからね。任せて置けば良いのよ。将来任せる人が誰も居なくなったときはバルちゃんが領民や一族のみんなを守ってくれればいいんだからね。それまでは自由に生きて色々な経験をする事が大切なのよ。それはまだまだずっと先の事だからね」
「はい、少し気が楽になりました」
「それは良かったわ。さあ中に入りましょう」
カルお姉ちゃんに言われて気が付いた。少々先走りすぎていたようだ。なんと言ってもまだ12才だからな。この世界での成人は15才と早いがそれにしても先走りすぎた。ここはカルお姉ちゃんのお言葉に甘えて今は好きなように生きよう。
大きく重い扉が開かれると中はやけに明るかった。その部屋の中央には一体の像が置かれていた。とても美しい真っ白なエルフの全身像だ。どことなくロッテ姉に似ている気がするが息を飲むような美人となると似てくるのかも知れない。像に目を奪われているとカルお姉ちゃんが説明してくれる。
「バルちゃんはご先祖様にエルフが居たのを知っている?」
「はい、つい最近知ったばかりですが叔父上から聞きました」
「この像はその方を模して作られたと言われているわ」
「そうなんですか」
「この城が建った時からこの塔はご先祖様にお祈りをする場所として作られていたそうなの。そして何代か前にこのエルフのご先祖様の像が建てられたらしいわ」
「初代様や他のご先祖様の像は無いのですか?」
「ええ、無いわ。この方だけ特別らしいのよ」
詳しい時代は解らないがお爺様のお爺様よりも前の世代で侯爵家と森の精霊族の仲が非常に悪くなった時代があり内戦にまで発展していたらしいのだがそんな中で当時の侯爵様とエルフが恋に落ちて結ばれたそうだ。そのご先祖様たちのお陰で争いは収まり逆に内戦以前よりも人とエルフが今の様に親密になったらしい。そしてエルフ族は寿命が長いため何代かに渡って領地を見守ったため聖母の様に崇められており亡くなられた後に像が建てられたそうだ。
「さあ、お祈りをしてご報告をましょうか」
「はい」
カルお姉ちゃんに即されるままに像の前にひざまずき目を閉じて祈りを捧げる。
(ご先祖様、リーンハルトの息子バルドゥーインです12才になりました。大人になるために道を定めようとしていますが迷いが多く未だに定まっていません。どうかお導きください)
我の影を追いなさい。道標は帝都に・・・・
「「え?」」
突然の声に驚きカルお姉ちゃんと顔を見合わせる。
「今の声聞こえましたか?」
「ええ、私もハッキリと聞こえたわ」
「今のはご先祖様の声でしょうか」
「とても澄んだ綺麗なお声だったわね。邪悪な気配も無いようだしそう考えるのが自然ね」
「ご先祖様が導いて下さるとか良く有ることなんですか?」
「いえ、いつもはご先祖様に祈りを捧げるだけよ。そんな話は今まで聞いた事がないわ」
「では気の所為だったのでしょうか」
「二人とも聞こえていたのだから気の所為って事はないでしょう」
「そ、そうですよね」
カルお姉ちゃんは辺りを見回ししばらく考え込む。いつになく真剣な表情だ。
「うーん、やっぱり魔素の残滓もあるわね。間違い無く気の所為ではないわ。少なくとも何かの目的があって魔法が使われている。どんな魔法が使われたのかは解らないけどね」
「では、さっきのお言葉はご先祖様が僕たちに何かを伝えたかったって事ですか?」
「そうね。これはご先祖様が導いて下さっているので間違いないと思うわ。でも私たちではなくバルちゃんにね。バルちゃんは先程のお言葉通りご先祖様の影を追うべきね」
「何か理由があるのですか?」
「無いわ、敢えて言えば精霊族の直感かな。女の直感でも良いわよ」
そう言ってカルお姉ちゃんはしなを作って僕にウィンクした。
「精霊族の直感の方でお願いします・・・」
途中までは真剣だったのに最後ので台無しだな。シリアスって続かないのか・・・
善は急げと言う事で翌日には帝都に戻ることになった。お爺様は翼竜で戻られていたので領都まで乗ってきた竜車を使って帝都へ帰る。
帝都に向かう竜車の中には僕一人でなく何故かご機嫌のディオ姉様が僕のとなりに座っている。
「ディオ姉様ご機嫌ですね・・・」
「ええ、まさかバルちゃんと一緒に旅が出来るとは思ってなかったからね」
「何故ディオ姉様まで帝都に?」
「それはもちろんバルちゃんのお手伝いをするためよ。まあ、ついでに軍のお仕事で 父様にも呼ばれてるけどね」
「軍務の方が大切でしょう。僕のは私事ですし」
「何を言ってるのよ。これは侯爵家にとってとても大切な事だからって母様からしっかりバルちゃんのサポートするようにって言われているのよ」
「でもお爺様からの呼び出しも大変な事みたいですし」
「まあねー、領海を守る現役の海軍司令が帝都に呼び出しなんて前代未聞だからねー」
「それなのに竜車でのんびり向かってて良いのですか?」
「竜車でも十分早いわよ。馬車なら倍の時間がかかるんだし」
「お爺様みたいに飛竜を使うとかもあるじゃ無いですか」
「それだとバルちゃんと別々になっちゃうじゃない。そんなの嫌よ」
なんか色々優先順位が間違って居る気がするがディオ姉様に何を言っても無駄な気がする。詳しくは知らされていないがどうも戦争が近いらしい。帝国では30年程大きな戦争は起こっていない。国の周辺は友好国や小さな属国で囲まれており周辺国同士での小競り合い程度はあったようだがその争いを止めるため帝国が仲裁目的で軍を動かしていた程度だ。ディオ姉様達も戦争を知らない世代だ。日本の様に負け戦でなかった事も大きいのかも知れない。日本ほどでは無いが帝国の人々も平和ボケしている気がする。今の状況から考えればすぐにも帝国が戦火に巻き込まれる可能性は低いと言うのもあるだろうがこれで良いのかと心配になる。
前回と同じく途中で一泊し翌日何事も無く帝都の屋敷に到着する。
「帝都も屋敷もあまり変わってないわね」
「ディオ姉様は帝都は久しぶりなんでしたっけ」
「そうね。最後に来たのはバルちゃんが産まれた時に母様のお供で来て以来ね。その後は軍に入ったから中々来れなかったのよね」
「それだと10年以上前ですね・・・」
そう言った途端急に背筋が寒くなった。振り返ってみると笑顔のディオ姉様がいたが目は笑っていなかった。
「それ以上は言っちゃダメよ?」
「兄様狡いですわ、一人で領地を見に行くなんて!!」
竜車の音を聞きつけたのかアーデが屋敷から飛び出してきた。
「アーデただいま。気持ちは解らなくないがせめて文句よりおかえりくらい言えないのか?」
「ああ、お帰りなさいお兄様?」
アーデはとりあえずと言った形でお帰りと言ったまま僕の後ろを見て固まった。なんだろうと思い僕も振り返って後ろを見てみる。そういえば忘れていた。そこには目をキラキラと輝かせてアーデを見つめているディオ姉様が居た。そう思った刹那目にも止まらぬ早さでディオ姉様が抱きついた。
「きゃあああああ、アーデちゃんね思っていたより何倍も可愛いわ!!」
「え?え?え?」
アーデは突然の出来事に固まったままだ。ディオ姉様がアーデを撫ぜたり抱き締めたりとせわしなくいじり倒しているのにされるがままになっている。許せ妹よ僕にはそうなったディオ姉様を止める力はない。心の中で妹の無事を祈るのが精一杯だ。
「さすが女の子ふにふにで柔らかいわ」
アーデを抱きしめて悦に浸っているディオ姉様はしばらく放置するしかないな。
「「ねえちゃまー、どこいっちゃったのー」」
そこに双子が現れた。先程まで一緒に居たらしく急に居なくなったアーデを追いかけて来たみたいだ。
「きゃああああ、クリスちゃんにクルトちゃんね。やっぱり可愛いー。何ここは天国なの。天使が3人もいるなんて幸せすぎて死んじゃいそうー」
アーデと一緒に双子もディオ姉様に捕獲された。犠牲は大きかったがこれで僕はディオ姉様から解放されるだろう。妹達には悪いが僕にはやらなければ成らない事がある。無力な兄を恨んでくれても構わない。
ゴン
ディオ姉様の頭に鈍い音が響いた。
「痛いー」
「何か玄関が騒がしいと思ったらディオか相変わらずだな。いい年なんだからいい加減落ち着きなさい」
「兄様いきなりグーは酷いですーグーは」
ディオ姉様は両手で頭を押さえている。かなり痛かったようだ。今の攻撃で3人は無事解放された。
「父様ただ今もどりました」
「おかえりバル。それからいらっしゃいディオ」
「「にいちゃまおかえりなさーい」」
「二人ともただいま」
お父様に言われて初めて双子は僕に気が付いたようで可愛く挨拶してくれる。
「うう」
双子のそばでは、まだ頭を押さえ唸っているディオ姉様。よほど痛かったのか涙目になっている。ディオ姉様の涙に気が付いたのか双子が手を伸ばし蹲っているディオ姉様の頭をヨシヨシと言う感じで撫でている。優しい子達だ。
「いいこいいこ」
「いたいのいたいのとんでけー」
双子はディオ姉様の頭に小さな手を当てて一生懸命慰めている。
「兄様あの方は?」
双子と共に解放されたアーデが僕に近づいて聞いてきた。
「ディオーナ様だよ」
「まあ、ディオーナ叔母様お初にお目にかかります。驚いてしまって挨拶が遅れてしまいました。リーンハルトの娘アーデルトラウトです。お見知りおきを」
アーデは双子に慰められているディオ姉様に近づき綺麗なカーテシーで挨拶した。
「おばちゃま? わたちクリスタなのー」
「ぼくはークルト5ちゃいです」
アーデの言葉を聞き二人もディオ姉様に挨拶して抱きついた。どうも親愛のハグのつもりらしい。
「三人とも偉いわ。もうちゃんとご挨拶出来るのね。そうよディオおばちゃんよーみんなよろしくねー」
おばちゃんで良いのかよ!!とツッコミたくなるがやぶ蛇になりそうなので黙っておく。君子危うきに近寄らずだ。
「さあ、みんなこんな所に居ないで中に入りなさい」
呆れた様子で皆を眺めていた父様が言葉をかける。
「「「はーい」」」
「おばちゃま、こっちー」
そう言って双子がディオ姉様の手を引いて案内する。
「兄様、この子達を私に下さい!!」
「馬鹿な事を言ってないでお前もいい年なんだから結婚して自分の子を作れば良いだろう」
「私は妖精種の血が濃いからまだまだ先で良いんですー老けてきた兄様達と違ってピチピチなんですから」
「はいはい、バルも疲れただろう屋敷に入って休みなさい」
「はい父様」
さすが父様だ。あのディオ姉様を軽くあしらってる。これだけでも尊敬できる父様だ。
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