第15話 足跡さがし

 帝都に戻って一夜が明けた。ディオ姉様は双子に懐かれてご満悦だ。不思議なことに双子の方がディオ姉様を振り回している感じだ。双子が少しでも目に涙を貯めるとディオ姉様はオロオロして双子の言いなりになってしまう。アーデと違って双子の涙は計算など無い天然だから破壊力が桁違いのようだ。アーデの方は僕と似たようなものなのだが双子を上手く誘導して難を逃れている。長兄の僕が一番情けない・・・



 今日はディオ姉様は城で軍事会議だ。そのことについて昨夜お爺様から僕たちにも少しお話があった。お爺様が領地から帝都に戻られた日に戦争が始まっていた。と言っても帝国がどこかの国と戦争を始めた訳ではない。ラルトル神国が隣国に攻め込んだのだ。そしてさらに他の国へと侵攻する気配も確認されているらしい。今すぐにと言う事では無いがこのままラルトル神国の侵攻が進めば同盟国や帝国にぶつかる可能性もある。ラルトル神国と帝国は同じ大陸の西側に位置する国ではあるが丁度ヨーロッパにある地中海のように間に海を挟んでいる。そのため現状では言葉通り対岸の火事と言う状態であるのも確かだ。


 もちろん船を使えば攻め込んでくる事も可能ではあるが今の造船技術や航海術は未熟であり海から攻め込むのは困難だ。それに陸から遠い海中には大型で危険な魔物も生息するため海を渡るだけでもリスクが高い。ただし、それはこれまでの軍船であればの話だ。エルゼ号の様な魔道戦艦であれば話は違ってくる。


 最近になってヴァルハルト領近海に現れた海賊が使っていたのは古い軍艦だ。しかも出所はラルトル神国と言う事が解って居る。このタイミングでの戦争が無関係とは考え難い。あくまで現段階では予想の範疇だがラルトル神国は古い戦艦を破棄するついでに帝国へ牽制を行っている思われる。単に古い戦艦で多少でも損害を与えられればと言う考えであるかもしれない。そして古い戦艦が処分されて居ると言うことは海軍が軍船を刷新している事を示唆している。まだまだ調査の段階で正確な情報は集まって居ないため取り越し苦労という可能性も否定できない。


 しかし万一ラルトル神国が新造戦艦を魔道戦艦で編成されている場合は帝国にとって十分な驚異となりうる。ただし魔道戦艦は多くの魔石を消費するために供給には限度がある。そのため今の所はラルトル神国が魔道戦艦を大量に投入して攻め込んでくる可能性は低いとみられている。


 侵攻の可能性がある限りは防衛体制を整える必要があるため帝国軍や諸侯軍の陸海軍の再編成が行われる。そのために城では各軍の高官が集められて会議行われるのだ。


「えーやだーお仕事大事なのは解ってるけどー双子ちゃんと離れたくないー」

 本当に大事な会議だと思うのだが・・・ぶれないディオ姉様・・・

「馬鹿な事を言うな」

 そんなディオ姉様に安定のげんこつを放つ父様。ディオ姉様はお爺様と父様に挟まれて連行されて行こうとしている。

「あーなら双子ちゃん連れていくのは?ちゃんと面倒みるから-」

 なんか完全に子犬を拾ってきた幼児の発想だ。さすがに見かねたらしくアーデが双子になにやら耳打ちしている。アーデに何か支持を受けた双子は一直線にディア姉様の元に駆け寄る。


「「おばちゃまー海賊とか悪い人をやっつけるお仕事なのかっこいい~」」


 双子は見事なユニゾンでそう言った後キラキラ輝く目でディア姉様を見上げる。


「え、ええそうよ。おばちゃまにかかれば海賊なんてあっと言う間よ!!」

双子に褒められて嬉しそうに返事をするディア姉様。まあ、嘘は言っていないしな。

「「すごい、すごい」」

「今日は悪い人たちをやっつけるためのお話を偉い方々とされるのだから叔母様のお邪魔しちゃだめよ」

 アーデがさらにそんな事を言い出す。


「「うん、おばちゃまお仕事がんばってー」」

 双子はさらに目をキラキラと輝かせる。


「ええ、任せて!! 貴方たちが幸せに暮らしている帝国には指一本触れさせないわ!!。 父様、兄上、何をグズグズしているのです行きますわよ!!」


「「いってらっちゃーい」」


 双子に応援されてやる気が出たようだ。ディオ姉様チョロ過ぎませんか?一軍の将がそれで良いのだろか。それに加えて我が妹の知略と双子の連携は侮りがたし。


 ディオ姉様から解放された僕はご先祖様の足跡を探すことにする。と言っても手がかりは帝都にあることしか解って居ない。さっぱり解らない。昨夜お爺様や両親にも聞いてみたのだがエルフのご先祖様が居た事以上の事は解らないそうだ。この屋敷もお爺様が宰相になった時に建てた物らしく比較的新しい。ご先祖様に関する資料もないそうだ。領地の書庫にでも行けば記録くらいは残って居るらしいがそれだと帝都に帰ってきた意味が無くなる。何処で何を探せば良いのか見当も付かない。早速行き詰まってしまったので先生に相談してみることにした。あと帝国図書室や禁書庫であれば何か見つかるかもしれない。



「と言う事なんです」

 先生の執務室を訪れて早速今回のあらましを説明した。

「ふむ興味深いの、精霊族とは神秘な力と密接じゃからの。死後に何かの発動する魔術を仕掛けて居たのかもしれんの」

「そうですね。ですがお婆様が魔素を感じられただけで僕自身は何も感じませんでしたので詳しくはわかりませんが少なくとも魔法陣の様な物は近くにありませんでした」

「うーむ、しかし帝都と言うだけでは範囲が広すぎるの」

「そうなんです。それで僕も途方に暮れてしまって」

「それでディオ殿は何か言って居ったか?」

「いえ、帝都についてからその話はまだしてませんがディオ姉様も心当たりはないようでした」

「ふむ、わしも精霊族とは対極と言ってよい獣人族じゃしの。そういえば今日はディオ殿は?」

「今は軍議に出ています。先生は出なくて良かったのですか?」

「うむ、宮廷魔術師は軍とは直接関係はにゃい。それに今日は軍運営の話だからの、にゃおさらじゃ」


 その後図書室にも寄りエルフやヴァルハルト家に関する資料を探してみたがめぼしい情報は見つからなかった。唯一それらしい物と言えばエルフとの内戦は約300年前にあったと言う事が記録にあった程度だ。


 なんの成果も無いまま屋敷に戻るとディオ姉様は先に戻っていた。双子に囲まれて海賊船退治の時の武勇伝を聞かせているらしい。双子の方も話に夢中な様で目をキラキラさせて大人しく聞いている。特にクリスの方が熱心に聞いている様だ。さすが武闘派の姉だ。まあ、3人とも幸せそうなので良い事なのだろう。結局その日は成果が無いまま眠りについた。



 翌朝ドンっとお腹の上に重い物が落ちてきて目が覚めた。

「「にいちゃまおきてー」」

 可愛らしいユニゾンの声が頭上から振ってきた。どうやら落ちてきた重い物は双子だったらしい。今までこんな荒っぽい起こされ方をしたことは無かったのだが・・・。

 眠い目をこすりながら見ると僕のお腹の上で双子が満面の笑顔ながら飛び跳ねていた。

「重い・・・」

「「あ、にいちゃまおはよー」」

 僕が目を覚ましたことに気が付いた双子は朝の挨拶をしてくる。

「おはよう・・・二人とも重いからどいてくれるかな?」

「にいちゃまレディに重いとかしつれいですよ!!」

 クリスが何かおませな事を言って居るがこちらはそれどころじゃ無い。

「うりゃ」

 と声を上げて体勢を入れ換え双子をベッドの上に放り投げる。何が面白いのか二人ともキャッキャッと言いながら喜んでいる。

「あらあらー3人とも元気で可愛いわねー」

 僕らがベッドの上でじゃれていると乱入者があらわれた。じゃれ合いに混じりたかったらしいディオ姉様だ。

「ディオ姉様ですかこの子達をけしかけたのは・・・」

「あら、もうバレちゃった。てへ」

 本人は可愛くポーズを決めたつもりらしいが安眠を妨害された恨みを晴らさねば。僕は双子に指示をだす。

「クリス、クルト。ディオ姉様仲間ハズレは嫌だって!!全力でコショコショしてあげよう」

「「はーい」」

 二人は元気よく返事してディオ姉様をくすぐりだした。

「きゃはははははは・・・・・ふ、二人とも・・・だ、だめーく、苦しい・・・きゃははははは」

 4つの小さな手に責められてディオ姉様は悶絶している。

「二人とも戦いはこれからだ本気でいくぞ」

「「はーい、きゃきゃ」」

 二人ともかなり楽しくなってきたらしくさらにディオ姉様に攻撃を加えていく。この二人のくすぐり攻撃にはアーデすら敵わない。ディオ姉様ならひとたまりもないだろう。後は二人に任せて僕は朝の支度に向かうことにした。


 支度を調え食堂に向かうと疲れ果てた様子のディオ姉様と楽しそうな双子が待っていた。

「バルちゃん酷いわ、いたいけな幼児を使って純情な乙女を弄ぶなんて・・・」

 ディオ姉様はあまり懲りて居ないようだった・・・

「いや、先に二人を嗾けたのはディオ姉様じゃないですか」

「まさか反撃されるとは思わなかったわ。まあ、楽しかったから良いんだけど」

 双子と遊べてご満悦らしい・・・思っていたより手強いな。


「そういえばディオ姉様今日は会議に出なくていいのですか?」

「ああ、今日は別の会議が開かれるらしくてお休みなのよ。また明日会議があるんだけどね」

「そうですか。なら今日はクリスやクルトと過ごされるのですか?」

「それも魅力的だけどね。バルちゃんのお手伝いもしないといけないからね。それで起こしに行ったのにあんな酷い事するなんて・・・うるうる」

「嘘泣きしてもダメです。双子が面白そうに見てますよ」

「あら、残念」

「おばちゃまーお芝居はもう終わり?」

「ごめんねー、今日はお兄ちゃんのお手伝いしないといけないからね。二人とも良い子でお留守番しててね」

「「はーい」」

 双子は元気よく返事して部屋を出て行った。恐らく次のターゲットはアーデだろう。

「ところで何かヒントくらいは見つかった?」

「一応手当たり次第に調べては見たのですが成果なしでした」

「やっぱりそうよね。帝都ってだけじゃね広すぎるものね」

「はい」

「じゃあ、出かけましょうか」

「え、ディオ姉様は何か心当たりあるんですか」

「心辺りって程じゃないんだけどね。ちょっと気になる事があったからね」


 姉様の後を追って来たのは城だった・・・

「目的地はお城ですか」

「そうよ」

「僕も昨日お城に来てたんですが、何も見つかりませんでしたよ」

「そうね。バルちゃんだとまだ無理でしょうね。だから母様が私にサポートを任せたのだと思うわ」

「ただのついでじゃなかったんですか?」

「それはそうよ。私も母様も何も考えなしに動ける立場じゃないしね」

「僕や兄妹達に接する姿を見てしまった後だとなんか信じられないです・・・」

「まあプライベートとは違うからね。ここよ」

 そう言って立ち止まったのは騎士団の訓練場だった。何人かの騎士達が訓練している。

「あら、バル君じゃない。今日はどうしたの?久しぶりに訓練でもする?」

 声を掛けられた方を振り向くとロッテ姉が居た。

「丁度よかったわ知り合いだったのね」

 ディオ姉様がロッテ姉を見てそう言った。

「あら、そちらは?」

 ロッテ姉が声に気が付きディオ姉様に誰何した。

「申し遅れました。ヴァルハルト侯爵の娘ディオーナと申します。このバルドゥーインの叔母になります」

「「え?」」

 ディオ姉様が丁寧な挨拶をしたことにロッテ姉と僕は驚いた。領軍とはいえ司令官であり侯爵家の娘であるディオ姉様の方が格上だ。うちの家風はそういう事に拘らない気質ではあるが隊長とは言え近衛騎士に格上から名乗るのは普通は有り得ない。


「い、いえ、こちらこそ申し遅れました。帝国近衛騎士団で部隊長を務めさせて頂いておりますロッティと申します」

 ロッテ姉が慌てて挨拶を返す。


「申し訳ありませんが内密なお話があります。人の居ない所へご案内頂けないでしょうか?」

「は、はい。畏まりました」



 僕らは騎士団宿舎の応接室に案内された。部屋に入るとディオ姉様はロッテ姉の前で跪き頭を下げた。僕もディオ姉様に引っ張られて同じ様に頭を下げさせられる。

ますます意味が解らない状況になってきた。


「ロッティ様、突然のご無礼重ねてお詫び致します。お力をお貸しいただきたく」

「と、とりあえずお掛け下さい」

「はい、失礼します」

 若干引き気味のロッテ姉に即されるままディア姉様が席に着く。僕は状況に流されるままだ。何度も言うがディア姉様とロッテ姉だと身分から見て対応や態度が逆なのだ。あのディア姉様が緊張気味なのもさらに僕を困惑させる。

ロッテ姉が席に着いた僕らを見比べる。それで何かに気が付いた様だ。困惑していた顔が落ち着きを取り戻す。

「なるほど、そう言うことですか」

「はい」

「まだ、気が付かれるのは先になると思っていたんですけどね」

二人で納得気味に会話が進んでいくが僕は完全に取り残されている。

「えっと、どう言う事?」

「あら、ごめんなさいバル君は解らないわよね」

「ロッティ様よろしいですか?」

「ええ、まあぶっちゃけ私がハイエルフってだけなんだけどね。あ、それと普通に話してね。急に畏まられても反応に困るしね」

「えええー」

 二人が僕の驚く姿を見て微笑んでいる。僕が驚くのも無理は無いだろうハイエルフと言うのはエルフにも神聖視されているくらいの存在だ。人種の前に姿を表すのは物語の中や伝説の中くらいの物だ。ロッテ姉は何年も人の中で暮らしてきている。俄には信じられない事だ。それに面識の無かったディオ姉様がロッテ姉の正体に気が付いたのも不思議だ。まあ、それならダークエルフのディオ姉様がロッテ姉に敬意を払ったのも納得出来るけど。


「なんでディオ姉様は解ったの?」

「んー、それはなんとなく?」

「何となくで分かる物なの?」

「普通は解らないわよ。というか今までディオーナ様以外には気が付かれたこと無かったしね」

「まあ、私も普通なら人とダークエルフのハーフなんだけどハーフエルフっぽくないでしょ?」

「ええ、見た目はダークエルフそのままですね。あれ?」

ますます僕は訳が分からなくなっていく。

「これは恐らくだけどお父様の血にもエルフ族の血が入っていたからね。でも私は見た目だけじゃなく純粋なダークエルフの母様より魔法の才能に恵まれているの。ハイエルフとダークエルフのハーフって言う方が近い位にね」

「え?まさか・・・」

「そんな心配しなくて良いわよ。私は間違い無く父様と母様の娘よ。まあ、先祖返りって言うのが近いかもね」

「え?と言うことは」

 なんかさっきから僕は驚いてるだけだな・・・

「そう、私たちのご先祖様はエルフって言い伝えられているけどハイエルフだったのではないかって事なの。それで母様はバルちゃんに私を付けたのよ。まあ、先日のお告げを聞いても母様も私も半信半疑だったんだけどね。昨日お城に来てロッティ様の魔力を感じて確信に変わったの」

「お告げとは?」

 僕らの話を黙って聞いていたロッテ姉が質問してきたので、先日の話を含めて僕らが帝都でご先祖様の手がかり探しをしている事を話した。



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