第12話 エルゼ号
バル(矢島 昌治)Side
今はディオ姉様の小脇に抱えられている。結局ディオ姉様に捕まってしまった・・・。この姿勢で持ち運ばれる事に慣れだしている自分が嫌だ。しかし仕方がないじゃないか僕はディオ姉様の誘惑に抗えなかったのだ。とは言ってもアダルティな内容ではない。
「バルちゃんすっごく大きな軍船に乗せて上げるわよ」
そう言われてしまったのだ。この悪魔の様な誘惑には前世の中二病を患う年齢に近い男の子としては無視出来るはずもない。
あ、前世の年齢を足せばおっさんだって話は今は忘れておこう。だって軍船とか凄く見たいじゃないか。昔の帆船とか大砲とかロマンをくすぐられる。
魔法の世界なんだから中世の軍船とは違うかも知れないけど、同じでも違ってても楽しみだ。しかもディオ姉様の乗る船は領海軍の旗艦だ期待が膨らむ。小脇に抱えられたまま港を進んでいく。港には大小様々な船が並んでいる。
想像していたより大きな港だった。漁船はもとより大きな商船まである。商船では荷物の積み卸しが行われて居た。多くの船や人であふれた活気のある港だ。そして門があるところまで連れてこられた。
ここは塀で囲まれて一般の人は入れないようになっている。この門から先が軍港となるようだ。門の前には見張りの兵が立っており通過する人々のチェックをしていた。ディオ姉様は顔パスらしく兵が敬礼をするだけで誰何されることもなく門を通してくれた。
海軍司令なのだから当然と言えば当然なんだろうが僕は抱えられたままで怪しさ満点だ誘拐だと思われても不思議ではない状況だというのに誰も驚いた様子さえない。ディオ姉様が子供を抱えている事は良く有ることなのだろうか・・・。
軍港内を進んでいくと何隻もの大きな船がある。基本的には民間の船と同じく木製の帆船なのだが軍船は金属装甲で補強されている。黒船みたいな感じだ。中世レベルの文化と考えるとオーバーテクノロジーな気がするがそのあたりの誤差は魔法の有無で生じた差かもしれない。
「すごい・・・」
「凄いだろう我が海軍は大陸でも最新鋭の軍船が揃っているからな」
「うん、格好いい」
「でも、驚くのはまだ早いぞ」
「もっと凄い船があるの?」
「それは秘密だ。自分の目で確かめると良い」
そう言うってディオ姉様はいたずらっ子の様な笑顔で笑う。
軍港の一番奥まで進むと今までの黒とは全く異なる船が現れる。
「きれいな船・・・」
息をのむほどに美しい白銀に輝く船だ。さらに他の船より一回り大きく滑らかな流線型をしている。
「うむ、ヴァルハルト海軍旗艦エルゼ号だ。他の船と違って鉄ではなくミスリルを使った船体装甲を持っているからな」
旗艦の名前エルゼは亡くなったお婆様の名前を冠した船だ。
船に近づくと軍服を着たスマートなエルフの女性が近寄ってきた。
「司令お待ちしておりました」
「うむ、ご苦労。これは甥のバルだ」
そう言って脇に抱えられた僕の頭をポンポンと叩く。
「バルドゥーイン様お初にお目にかかります。エルゼ号艦長のアンネリエ・フォルタングと申します。アンとお呼び下さい。以後お見知りおきを」
艦長は抱えられたままの僕の状態を気にした様子もなく綺麗な挨拶をしてくれる。
「こんな格好で失礼します。こちらこそよろしくお願いします」
「ふふ、お気になさらず。カル様やディオの悪癖ですからね。みんな慣れております。グレイグ様やディータ様も幼い頃はいつもその格好で連れられて居ましたから」
「アン余計な事は言わなくて良い」
「ディオは小さい頃は可愛いクマのぬいぐるみを持って離さなかったもんね」
「くっ、お前今はは同い年でも部下の癖に幼い頃から変わらず偉そうに」
「お二人は幼馴染なんですか?」
「そうよ。でもアンは昔から同い年なのに姉さん面してくるのよ」
「それはディオが成長しないからじゃない」
「うるさい。これ以上バルに変な事吹き込むな!!」
「そんな事よりバルドゥーイン様のご案内はしなくて良いのか?」
「ハッ、そうだった。バルこの船は外見も凄いけど中はもっと凄いぞ」
アン艦長に笑顔で見送られた後は抱えられたまま船内を案内された。ディオ姉さまはこのままずっとアン艦長には勝てないんだろうなぁ。それにしてもクマのぬいぐるみかなんかデジャブを感じる・・・僕はクマのぬいぐるみと同じ扱いなのか。クルトがいつも抱えているぬいぐるみもこんな気持ちだったのだろうか。
船内でも小脇に抱えられた僕を見ても、みんな驚いた様子もなく普通に仕事を続けている。本当に見慣れた光景なんだろうな・・・。船員はエルフやダークエルフが多く半数以上を締めていた。もちろん人族や獣人などの他種族の船員も居るが少数派だった。さらに驚いたことに女性が男性よりも多い。前世の日本ほどではないがこの世界の軍人も前世と同じように男性の方が多い。
特に船乗りは屈強な男性のイメージがあったので意外だ。その事をディオ姉様に聞いてみるとこの船が特別らしい。他の船ではイメージ通り屈強な男性船員が多いそうだ。この船は多くの魔道技術が使われており魔力重視で船員が集められた為エルフ族の女性が多くなったそうだ。一通り船内を巡ったあと甲板に戻るとアン艦長が待って居てくれた。
「司令、出港準備完了しております」
「うむ、では出港してくれ」
「ハッ、出港!!」
アン艦長が大きな声で号令をかけると船員が復唱すると共に鐘の音がカンカンと響いた。それに合わせて船員が慌ただしく動き出す。ここで僕はやっと小脇から降ろして貰えた。
「バルちゃんはみんなの邪魔に成らないようにここね」
司令官席に座ったディオ姉様の膝の上に座らされかけたが何とか回避して席の横に立った。少し高くなっておりここからだと船全体が見渡せる。
静かに船が動き出した。無音で動きだす大きな船は違和感がある。まあエンジンがないから当然ではあるのだが想像以上に素早く動いてあっと言う間に港を離れていく。
「ディオ姉様どこに行くのですか?」
「訓練を兼ねた近海の巡回よ」
「へえ、でも巡回はこの船だけなのですか?」
「もちろん他にも巡回や訓練に船団を作って巡回しているわよ。なんと言ってもヴァンブルグは交易都市でもあるから船の出入りも多いからね」
「港にも船が沢山ありましたもんね。じゃあ今日だけ単独で?」
「いいえ、この船は単独行動が基本よ。他の軍船と比べると速すぎるからね。もちろん戦争とかのために連携訓練も行われるけどそっちの方が特別って感じかな。たとえ相手が船団だとしてもこの船が危険に成るような事はまずないし、最悪本気で逃げちゃえば追いつける船はまずないわよ」
「そんなに強力な船なんですか」
「ええ、ミスリルの装甲に加えて魔法攻撃の火力があるしね。これだけでも対抗出来る船は少ない。さらにもう一つ大きな物があるのよ。アンそろそろ索敵を」
「はっ」
ディオ姉様にアン艦長が答えて指示を飛ばすと船首にある甲板の一部が開いた。そこから飛竜にまたがった騎士が出て来た。そしてあっと言う間に飛び立った。次々に竜騎士が計4人飛び立っていった。
「竜騎士が乗っていたんだ・・・」
「そうよ、この船には常時10頭の竜騎士が搭載されているの。彼らは索敵はもちろんいざとなれば攻撃にも参加するわ」
僕は次々に飛び立つ飛竜の姿をポカンとして見上げていた。まるで空母だ。この世界で空母を見るとは予想もしていなかった。海上戦力だけでも大きいのに航空戦力まで備えているとは思わなかった。
しばらくすると索敵に出て居た飛竜がポツポツと戻ってきた。
戻ってきた騎士の一人が慌てた様子でこちらに来る。
「3隻の海賊船団を発見しました!!」
「よし、海賊を殲滅する。高速戦闘用意」
騎士から詳細の報告を受けたディオ姉様が指示をだすと皆が一斉に動き出す。
「バルちゃんにこの船の実力を見せるチャンスだわ。しっかり見てなさいね」
「はい」
なんか良くわからないがディオ姉様がノリノリだ。戦闘が始まるのにこんな調子で大丈夫なのだろうか不安になる。戦いくらいはまじめにして欲しい。
船室で休んでいた人も出て来たのか結構な人数が甲板に出ている。色々な物を固定したり片づけたりしている。1つ解らないのは慌てた様にマストに上り帆をたたんでいる人達がいる事だ。高速戦闘とか言って居たのに何故帆をたたむのだろう・・・。質問したいのは山々なのだがディオ姉様もアン船長も忙しそうに指示をしているので黙って見ている。帆が全て収納されてしまい今は惰性で進んでいる。かなり低速だ。甲板に出ていた船員がかなり少なくなり忙しくしていたディオ姉様やアン船長も固定設置された椅子に腰掛ける。もちろん僕もディオ姉様に有無を言わせず座らせられている。
「魔道航法開始。最大船速」
アン船長がディオ姉様にアイコンタクトをとってからそう叫ぶと船員が復唱する。
しばらくすると船体が淡く青白い光が浮かびあがるとグイっと後ろに引っ張られるような感じた。自動車で急発進したときのあの感じだ。しばらくその感覚が続き船がドンドン加速していく。加速が終わったようで皆が席を立ち作業を再開しだす。
(おお、この船動力付いてるのかテンション上がるな!!)
「どう早いでしょ?」
ディオ姉様が大きな胸を見せつけるように胸を張り自慢下に僕に語りかける。
「帆もないのに凄く早いですね」
「今は魔法動力で動いて居るからね。速度だけでなく動きもなめらかよ」
「これは凄いですね。でも何故この船には帆もあるんですか?」
「ああ、この魔道航法は魔石の消費が大きいのよ。戦闘時以外にも使ってるとあっというまに魔石が尽きてしまう。魔法使いが魔石の肩代わりすることは出来るけど、それだと戦闘前に消耗していざって時に役に立たなくなってしまうからね」
「なるほど」
「司令もうすぐ作戦海域です」
「解った。全船戦闘配置。竜騎士を全部上げろ」
「了解しました」
アン艦長が伝声管を使い次々に号令を掛けていく。
次々に飛竜が10体飛び立って行く。飛竜はそのまま船の上空を守るように編隊を組んで飛んでいる。マストの上に居る人が魔法の光を明滅させると飛竜が円形の陣形から凸型の陣形を変えた。あの光で手旗信号やモールスみたいに指示を出しているようだ。この文明レベルで光通信とはすごい。飛竜の陣形変更に合わせる様に船体を包んでいた淡い光が少し強くなっている。船の正面に3隻の船影がこちら向かってきているのが見えた。思っていたよりも大きい。普通の軍船並の大きさがあり鉄の装甲を持っている。
「え、あれ海賊なんですよね、海賊ってあんな立派な戦艦持ってるものなんですか?」
陸に現れる盗賊は貧乏な農民や傭兵崩れが多く貧しい装備しか持たない物が殆どだ。正規の軍隊を見ただけで逃げ出すものだ。隊商ですらよっぽど条件が揃わないと襲う事もない。だから海賊船も漁船に毛の生えた程度の物だと想像していたのだが全く違ったので思わず聞いてしまった。
「ああ、バルの言う通り本来の海賊は装甲なんてない。みすぼらしい船に乗ってる物だよ。それにうちの領海には我々海軍がいるから去年辺りまでは海賊なんて居なかったんだけどね。最近あの手の海賊が出始めたんだよ」
「え、それってどこかの国とかが海賊のバックについているとかですか?」
「バルは賢いね流石私の甥っ子だ。その通りだよ証拠こそないがラルトル神国が裏にいる」
ラルトル神国というのはこの大陸の北西にある創主教と言う宗教を国教にしている宗教国だ。宗教戦争をあちこちで何度も起こしている。創主教はこの世界を作り出した創造主を唯一絶対の神と崇めておりメニューはその神の力で作られたと信じられている排他的な宗教だ。しかも創主教は人種以外の亜人つまり獣人種はもちろんエルフやドワーフなどの精霊種さえ人としては認めていない。
創主教はメニューのお陰で大陸で信者も多い。一節には人族の半数は創主教の信徒と言われている。ただし帝国は例外で多種族多神教国家のため創主教の信者は居ない。明確に国が禁止しているわけではないので例外は居るのかもしれないが公式には居ない事になっている。昔から帝国はラルトル神国から見れば亜人を優遇する邪教国の代表と見られているため攻撃された歴史も多い。逆に言えば創主教に対抗するために併合が進み大国と成った側面もある。もちろんそれだけが理由ではないがラルトル神国にとって帝国が邪魔なのは間違い無い。
「あーなるほど」
「最初は油断もあってウチの軍にも被害が出たんだけどね」
「そうなんですか」
「あ、でも死者は出てないし最近は確実に殲滅しているから心配はいらないからね」
僕が悲しそうな声で返事したためだろうかディア姉様は慌てる様に補足した。
「敵大砲の射程に入ります」
「気にするな何時もの様に十分引きつけてからで良い」
アン艦長からディア姉様に指示が飛ぶ。先に攻撃しなくても良いか不安になるがディア姉様たちプロの仕事に子供が口を挟む訳にいかないので黙って戦況を見守る。
ドンドン
海賊船から大砲の音が響く。さらに火矢や魔法も海賊船の甲板から発射される。距離があるためまだこちらの船には届いていない。距離が近づき大砲の弾の1つがこちらの真正面に向かってくる。
「うあー、危ない」
僕は思わず叫ぶが周りの人は全く慌てた様子がない。船に近づいた弾は何かに弾かれたように船から逸れて海に落ちていた。
「ごめんねバルちゃん怖がらせてしまったわね。今の様にこの船は結界で守られているから大丈夫よ」
ディオ姉様の言葉を裏付けるように火矢や魔法まで届きだすがこの船は全く無傷だ。
「そろそろ良いわね。攻撃開始」
ディオ姉様の号令に呼応しアン艦長が指示を飛ばす。船からはいくつものファイヤボールが3隻に向かって撃たれた。同時にマストの上から光信号が発せられ上空で待機していた飛竜も三方に別れ海賊船に急降下していきブレスをはき出しそのあとは急速に離脱をする。典型的なヒットアンドウェイ戦法だ。海賊船はあっと言う間に火柱をあげ攻撃が停まった。
「攻撃中止、警戒態勢に移行。アン後はよろしくね」
ディオ姉様が新たな指示をだす。攻撃開始から終了まで5分ほどだ。海賊船を見ると早くも沈み掛けており海賊達は皆海に飛び込んでいる。なんだこのチート。
呆然と見ているとディオ姉様が僕を抱きしめる。
「どうだった。お姉ちゃん達強いでしょ!!」
「強すぎですよ。いざと言うときは僕もお手伝いをと思ってたのがバカみたいだ」
「バルちゃん優しいんだね。でも私がバルちゃんを危ない所に連れてくるわけないじゃない」
「そうですね・・・」
「まあ、このエルゼ号が特別なのよ。他の軍船じゃあここまで簡単にいかないわよ。それに相手の船も軍船とは言え50年以上前の老朽船みたいだからね」
「エルゼ号みたいな軍船っていっぱいあるんですか?」
「魔道戦艦は帝国海軍や他の上位貴族の海軍にもあるわよ。どこの軍も旗艦一隻だけどね」
「魔道戦艦だけで艦隊作ったら凄そうですね~」
「はは、それは最強ね。でもそんな海軍作ったら帝国でもすぐに破産しちゃうかも。貧乏な貴族軍だと持ってるだけで全く使ってないと言う所もあるくらいよ」
「そんなに高く付くんですか。うちの財政は大丈夫なんですか?」
「さすが嫡孫。家の財政を心配するとか偉いね。うちの領地は交易のおかげもあって帝国内で一番裕福な領地だしね。軍費も豊富なのよ。さらに精霊種の割合も多くて、精霊種以外でも魔法が得意な人が多いからね。他の魔道戦艦より安く運用出来てるのよ」
「そんな事もあるんですね」
「さて後の片付けは彼らに任せて私たちは帰りましょうか」
そう言ったディオ姉様の先には新たな軍船が3隻こちらに向かってきてる。ヴァルハルト家の紋章旗が掲げられている。
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