第11話 ヴァンブルク

バル(矢島 昌治)Side


「そういえばバルは領都は初めてじゃったな」

「はい、王都を離れるのも初めてなので凄く楽しみです」


 今は帝都フェベルからヴァルハルト侯爵領にある領都ヴァンブルクに向かっている竜車の中だ。お爺様が領地視察に向かうため今回は僕はお爺様のお供している。ヴァンブクルは帝都の西に竜車で1日程の距離にあり交易で賑わう港町だ。


「まあ、領地はそれ程遠い場所でもないからな」

「義祖母様や叔父上を始めとして親族の皆様にお会い出来るのも楽しみです」

「バルが赤子の時には時折帝都に来ていたのだがの。最近は皆も忙しく帝都には中々来れぬからの」

「アーデ達も会いたがっていましたけどね」

「領地は比較的近いとは言え幼子に竜車での旅は厳しいからの、もう少し大きくなってからでもよりであろう」

「アーデは立派なレディのつもりみたいですけどね」

「そうだったの。はははは」


 アーデの姿を思い出しているのだろう。お爺様の顔が若干緩んでいる。


「閣下、まもなくヴァンブルクの町に入ります」

「うむ、ご苦労」

 御者から声がかかるとお爺様は大きな声で護衛に声を掛ける。

「デューク、城への先触れを頼む」

「はっ」

 短く返事をしたデュークが他の騎士に指示をだす。指示された兵士は騎竜を駆って先行していく。今回のお供は領軍の騎士5名と御者だけだ。お爺様が乗った竜車を守る様に騎竜に跨がった騎士たちが配置されている。宰相であり侯爵のお爺様のお供としては少ないの。帝都から領地までの街道は他の街道と比べ商人は元より騎士団なども頻繁に行き来が行われて居る為安全なのだ。

 その街道を使い領地に戻るだけなのでこれでも過剰なくらいだそうだ。フェベルからヴァルハルトの間の街道も整備されており交通量も多く魔物や盗賊などに出会う事も殆どない。辺境に行けば街道沿いでも魔物や盗賊などが出て来るので危険度は跳ね上がる。


 先触れのお陰でスムーズにヴァルハルト城に到着した。この城は小高い丘の上にあり海やヴァルハルトの城下町が見渡せる位置にある。城門を抜けると兵士が整列して竜者を迎えてくれた。竜車が館の前で止まると館の前で複数の人が待っていた。中央に立つ男性がお爺様に話しかける。

「お帰りなさい父上」

「うむ、皆出迎えご苦労。今回はバルを連れて帰ったぞ」

「おお、バル立派になったなコンラートだ」

 この人は父様の弟にあたる僕から見ると叔父だ。代官として領地を治めている。父様と同じ赤毛でグレーの瞳をしている。父様より少し小柄だがよく似ている。


「初めまして叔父上バルドゥーインです」

「はは、バルには赤ん坊の時に会っているのだが流石に覚えてはいないか」

「そうでしたか。申し訳ありません」

「いやいや、無理もあるまい。気にするな」


「きゃーバルちゃん。待ってたわよ」

 叔父上と話していると屋敷から人影が飛び出したと思った瞬間ギュと抱きしめられた。

「え?え?」

 全く反応出来なかった上に抱きしめて来る力も強く拘束から抜け出すことが出来ない。

褐色の肌で銀色の髪それに尖った耳だったのでダークエルフなのは間違い無いだろう。大きな胸に顔を押しつけられているので息が苦しい・・・気が遠くなっていく・・・

「カル・・・良い年をして少しは落ち着きなさい。バルが苦しがっているぞ・・・・」

 お爺様の言葉を聞き抱きしめてきた人物が判明した。カルと言う事はお爺様の第二婦人のカルロッテ様だ。僕の義祖母に当たる人だな・・・気が遠くなりつつある頭で今抱きしめてくる人が誰なのか認識する。

「あら、ごめんなさい。バルちゃん大丈夫?それからダーリンもお帰りなさい」

 なんとか解放されて僕の目を緑の瞳が見つめてくる。見た目は20代後半ほどにしか見えない。服装はぴっちりとした軍服を着ているため身体のラインが出ている。ボンキュボンのナイスバディだ。身長も高いのでかなり迫力がある。義祖母様おばあさまはこの領を守る領軍の指揮官なので軍装なのだろう。

「はい、義祖母様おばあさま大丈夫です」

 と言った瞬間この場の空気が氷った気がした。優しそうだったお婆様の眼が殺気の籠もった視線に変わった。周りを見るとお爺様も叔父様も一瞬僕を哀れむような視線を送ったあと明後日の方向を向いて知らない振りをした。状況が良くわからないが僕は見捨てられた様だ。ぎゅっと強い力で両肩を捕まれる。

「痛いです・・・」

「バルちゃん。確かに私はあなたのお爺様の可愛いお嫁さんです。でもね。こんなに綺麗でピチピチで可愛い女性がおばあちゃんとか有り得ないわよね?」

「え?でも・・・」

「ね?」

 さらに目つきが鋭くなり掴んでいる腕がギリギリと締め上げてくる。

「は、はい・・・でもなんとお呼びすれば・・・」

「んーそうねぇカルお姉ちゃんかな?」

「え、お姉ちゃんって?」

「何か不満かしら?」

「いえ解りました。カルお姉ちゃん・・・」

 そう言った途端拘束から肩が解放された。お婆・・・カルお姉ちゃんは満面の笑顔を浮かべて居る。少しお爺様が僕らを見るときと同じ様なだらしない顔になってる。

「んーいいわね!!もう一度言ってみて」

「カルお姉ちゃん」

「きゃああ、やっぱりバルちゃん可愛い!!」

 再び大きな胸に抱きかかえられる。また息が・・・。

「か、カルお姉ちゃん息が・・・」

「あらあらごめんなさい~私としたことが・・・」


「二人とも、そろそろ良いか?中に入るぞ」

 お爺様から声が掛けられる。

「はい」

 返事をして屋敷の中に向かうお爺様達を追いかける。お爺様に近づいて思わず小さな声で呟いてしまう。

「まさかお爺様に見捨てられる事があるとは・・・」

「すまぬな。わしにも無理な事はあるのだ・・・」

二人で少し見つめ合ったあと溜息をつき肩を落とす。

「あらー流石血のつながりね~二人ともそっくりな仕草ね」

 後ろからそう声を掛けられて今度は後頭部に大きな胸の感触が来た。追いかけてきたカルお姉ちゃんに後ろから抱きしめられる。

「バルちゃんここは初めてよね。私が案内して上げるからね!!」

「あ、はいお願いします・・・」


 カルお姉ちゃんの案内はそれから夕飯前まで続いた。僕はカルお姉ちゃんの脇に荷物の様に抱えられ手足をブランと垂らしている。最初は後ろに抱きつきながら案内してくれていたのだが。

「うーん、この体勢だと歩きにくいわね」

 そう言ってヒョイと持ち上げられて抱えられてしまった。何度も抵抗や抗議は試みたのだがにこにこ笑顔で案内されている全く聞く耳を持って貰えなかった。

「お年で耳が遠くなってるのかな?」

 余りにスルーされるので一度小声で言ってみたら抱えた腕に力を込めギュっと締め上げられた為抗議は諦めた。小脇に抱えられたまま案内先で家族の色々なエピソードを話してくれた。父様や叔父上の子供の頃の失敗談とか聞いては行けない様な内容だったが。

 カルお姉ちゃんはお爺様の第二婦人であり父様や叔父上とは血は繋がっていない。第一婦人であったお婆さまは叔父上を出産した後しばらくして亡くなったので二人から見てもカルお姉ちゃんは実の母みたいなものらしい。僕の今の状態を見ても解る様に愛情を持てあましている感は否めないが強くて優しい人だと父様が以前言って居た。夕食の為に抱えられたまま食堂に入ると既に皆が集まっていた。


「お母様!!ずるいバル君を独り占めするなんて!!私も楽しみだったの知っているでしょ!!」

 食堂に入るとすぐに大きな声で軍服を着た一見20才前後のダークエルフの女性が近寄ってきた。カルお姉ちゃんと同じ銀髪で緑の瞳を持っていて負けず劣らのナイスバディだ。カルお姉ちゃんに似た美人なので二人並んでいると姉妹の様に見えるのでそれが誰かはすぐにわかった。

「早い者勝ちよ~」

「私は昼間は軍務で抜けられなかったんです!!」

 ヒョイと僕はカルお姉ちゃんの脇から救出されたのだが状況は改善されずにギュっと抱きかかえられた。

「あーもうしょうが無いわね~。ちょっとだけ貸して上げるわ」

「嫌です。お母様は昼間独占したんだからこれからは私の時間です」

 さらに僕はギュっと抱きしめられてしまう。

「あ、あのこんな格好ですが初めましてバルドゥーインです。ディオーナ姉様・・・」

 抱きしめられたまま何とか挨拶する事が出来た。彼女はカルお姉ちゃんの娘で僕の叔母にあたるディオーナ様だ。彼女はヴァルハルト領海軍を率いる軍団長でもある。とっさに叔母上と呼ばなかった自分を褒めて上げたい。僕はやれば出来る子だ。カルお姉ちゃんの時と同じ失敗はしない。僕の挨拶を聞いた後一瞬キョトンと僕の顔をのぞき込んで怒っていた顔が満面の笑顔に変わる。

「きゃあ、やっぱりバル君可愛いー。それにとっても良い子。私はディオで良いからね」

 そう言ってさらに抱きしめられてしまう。

「はい、ディオ姉様」

「あーやっぱり可愛い」

 さすが母娘だ二人とも僕に対する反応が同じだ。


「これ早く席に着きなさい」

 見かねたお爺様から注意が飛んできたのだが僕の拘束は解かれない。何故かディオ姉様の膝の上に座らせられている・・・。

 僕もそれなりに鍛えているつもりなのだがこのダークエルフ母娘には全く抵抗出来ない。単純に力が強いのもあるだろうが体術の腕前も凄いみたいだ。

「あの、ディオ姉様僕も普通に席について食事したいのですが・・・」

「えー、バルちゃんに会えたらこうしてご飯食べさせて上げるのが夢だったのに」

「いや、僕はもう12才なのですが・・・」

「心配しなくても大丈夫よ、グレイグもディータもこうして食べさせて上げたんだから!!」

「ちょ、姉様それは幼子の時の話でしょ!!」

「そうですよ姉様バルに変な事を言わないで下さい!!」

 今声を上げたのはグレイグとディータという叔父上の息子達だ。16才と14才になる僕の従兄弟だ。この食堂にはお爺様、叔父夫婦、従兄弟二人にカルお姉ちゃんとディオ姉様が揃っている。この領地にいる親族だ。


「あら、焼き餅?二人ともまだまだ可愛いわね。二人だって私の可愛い甥っ子なんだから心配しなくても、だっこで食べさせて上げるわよ」

「「要りません!!」」

「照れちゃって可愛いわね」

 僕の頭を撫でているディア姉様はご満悦の様子だ。従兄弟二人がどこかホッとしてる様子なのは気の所為だろうか。


「いい加減に離してあげなさい。バルも嫌がっている余りしつこいと嫌われてしまうぞ」

 お爺様の助けで僕は何とか解放された。お爺様の言葉が効き過ぎて後のフォローが少し大変だったが何とか会食を済ませ自室で就寝した。旅の疲れ以上に酷く疲れたのでぐっすり眠る事が出来たのだが何か納得がいかない。


 翌朝まどろみの中なんだか布団の中が妙に熱く寝苦しい。眼を閉じたまま手を動かそうとするがビクともしない。眼を開けて見るが目の前は真っ暗だ。そして顔に当たる柔らかい感触。この感覚には覚えがある。しかも最近体験した感覚だ。具体的には昨日だ。拘束が何とか解けないかとモゾモゾ動いて居ると頭の上から声が聞こえてきた。

「ああん、あと5分・・・」

「・・・」

 ディオ姉様・・・今の声で色々解った。しかしなんて古典的な反応なんだ。

「ディオ姉様起きて下さい」

 何とか身体を揺すってディオ姉様を起こそうと試みる。

「うーん」

 僅かに反応はあるのだが僕を抱く手が強まり状況を悪化させていくだけになっている。

「ディオ姉様、く、苦しい・・・起きて・・・」

う、気が遠くなってくる・・・マジでヤバくなってきた。最後の力を振り絞って暴れる。

「んー、もう朝?」

「く、苦しい・・・手、手を・・・」

 やっとディオ姉様が起きた様で手の力が緩められる。ゼーハーゼーハーと荒い呼吸を整えつつ顔を上げると目の前にディオ姉様の笑顔がある。


「バルちゃんおはよう」

「おはようございます・・・ディオ姉様なんで僕のベッドにいるんですか?」

「もちろん添い寝してるからよ」

「そんな事聞いてないです。何故僕のベッドに入ってきたかって事ですよ」

「それは可愛い甥っ子が一人で眠れないかと心配でね」

「僕は一人で寝られます。で本音は?」

「グレイグもディータも小さい時に一度しか添い寝させてくれなくて、その後は怯える様な感じでガードが固くって今日はバルちゃんが居るからチャンスだと思って」

二人の従兄弟は生命だろうな、小さい時だったら十分トラウマになったんだろう。

僕は溜息をつきながらベッドから起き上がる。

「きゃ」

シーツを捲り起き上がった瞬間に姉様が小さい悲鳴をあげる。

「え、なんで何も着てないんですか!!」

「私眠るときは何時も裸だしぃ~可愛いバルちゃんを肌で感じたいしぃ~」

 前世なら色々問題に成りそうな事案だな・・・

「あ、でも下はちゃんと履いてるわよ。見る?」

「見ません!!」

「もう、バルちゃんも照れ屋さんね」

「さっさと服を着て自分の部屋に戻って下さい!!」

「えー、もうちょっと一緒に寝ましょうよ~」

「ダメです!!」


 なんとかディオ姉様を部屋から追い出し身支度を整えてから朝食を済ませた。しかし落ち着いて考えると起きたら裸の美女とか何処の漫画だよ。前世ならラッキースケベとか喜んだかもしれないが変な気持ちには全く成らなかった。

 やっぱりスキンシップ過剰で迷惑な親戚のおばさんって感覚の方がしっくりくる。前世を入れると精神年齢50を軽く越えて枯れているって事は無いと信じたい。今世の年齢では思春期のはずでそう言う事に興味津々でも不思議ではないんだけどな。


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