第17話 研究成果

奥田 健一side


南大新島に来て一ヶ月が過ぎた。


「田中さん、またヘバって居るんですか。午前の訓練いい加減慣れましょうよ」

「室長無理言わないで下さいよ。私は今年43なんですよ。それに健康の為にジム通いしてましたからね。何十万円も使ったお金と努力が無駄どころか仇にになるとは思わなかったですよ」

「まあ、予想出来る事じゃないですけどね」


 この世界についてまだまだ不明な点も多いが今までの研究では発見も多い。一番大きいのは今話していた内容なのだが肉体についてだ。理由は不明だがこの世界はトレーニング効果が異様に高い事が判明した。これはこの島だけでなく日本本土での検証結果でも同じだったらしい。個人差も大きいのだが転移前と比べると悪くても倍、人によっては10倍程度のトレーニング効果があるらしい。そして効果に差が出るのには一定の法則がある事が判明している。


成長の幅が大きくなるのはこの2点だ。

・若ければ若いほど効果が高くなる。

・転移前に鍛えて居なかった人ほど効果が高くなる。


 この事で島にいる研究者の中では俺が一番トレーニング効果が大きく現れている。俺は自分で言うのもなんだが元々だらけきったオタクライフを子供の頃から送っていて運動なんてしたことも無かったからな。社会人になってからした運動といえば職員宿舎から大学までの通勤くらいだ。それも徒歩5分だったしな。


 それが今では100m9秒台で走れる程だ。世界記録とかちゃんちゃらおかしいレベルだ。ただこれは俺が特別な才能があったという訳ではない。最初に来た研究者は9秒台で走れる者も多く遅くても10秒台で走れる。もちろん力も強くなっている。ただ不思議な事に見た目はあまり変わっていない。健康的な生活になったことで若干絞られてはいるが、とても筋肉が増えたようには見えない。研究者の中には未だにメタボ判定を貰ってる人まで居る。

 肉体の強化に加えて肉体疲労や傷の回復も異常に早くなっている。ちょっとした切り傷程度なら1日で消える程だ。目に見えた変化は解らないが精神的にも強くなっている気がする。大変な事から逃げる癖のある駄目人間だった俺が室長なんて務まっているのがその証拠だ。肉体が強化されている事は島と本土での動物実験でも検証されているので結果は間違い無い。余りにも不思議な現象のためメカニズムや原因を特定するのはかなり時間がかかるだろうが結果が物語っているので否定のしようがない。


「あーん、こんなダラダラした生活続けてたら折角のプロポーションが崩れちゃうわ~」

「3尉は大丈夫だろう。最悪ダイエットするって手もあるし」

「なんて酷い上司なの~私からおやつを取り上げようとするなんて~」

「いや、そんな事は言ってないから」


 3尉が言ったように自衛隊員はわざとだらけた生活をして筋肉を付け直すのが推奨されているくらいだ。短い期間では効果は薄いのだがそれでもやらないよりは良い。

それに休んでいる間にも俺たちもさらに成長するから差は広がるという残念な状況だ。まあ、俺たちの成長速度もだんだんと鈍ってくるので長い時間をかければこれは解消されそうではある。


「でも生物部門は着実に研究成果を出してるのが羨ましいですよね」

「たしかに私の魔法学は何も成果なしですよ。せめて魔力とかそんな様な者がみえたらな」

「私の金属学だって同じですよ」

「北野さんはミスリルとか未知の金属をいくつも発見しているじゃないですか」

「そこから先の進展がね・・・。既存の解析方法だと合金でも作れそうな特性しかないんですよね。他にも何かありそうなんですがやっぱり魔法に関係するようで研究が全く進まないんですよ。魔法だって新しい魔物と共に発見されてるじゃないですか」

「名前が決まっていくだけなんですよね・・・」

「それでも鉄や従来の金属の採掘は順調に始まってるらしいじゃないですか」

「それはそうなんですけどあれは採掘会社が設立されてやってますから僕の成果じゃないんですよね。学者としての成果は皆無ですから」

「そうですよね・・・はあ」


「二人でそんな黄昏れないでください。それ俺にダメージ入ってます。俺は名前決めるだけのお仕事ですよ」


「いやいや、奥田さんはアドバイザーとしても役立ってるじゃないですか。その調子で魔法研究のアドバイスお願いします」

 そう言って須藤さんが俺に頭を下げてくる。

「無理言わないで下さいよ。魔法とか無理ですよ」

「ですよね~、そういえば現地人は魔法使えるらしいですよね。現地人の話が聞けるようになれば!!」

そう言って期待を込めた目で田中教授をみんなが見つめる。


「えっと、そう言われても・・・言語体系が余りにも違いすぎて、おはよう位の挨拶しか解ってないです・・・」


「「「はあ・・・」」」


 そう、今会話に出たようにこの惑星には現地人が見つかっている。中世並の文化レベルの様だがちゃんとした文明を持っている様なのだ。今の所直接接触はされていないのだが衛星や無人偵察機を使って情報を集めている段階だ。日本から東に行った所に大陸があり城や町などがありそこに暮らす人々がいるのだ。他にも大陸が発見されているのだがそちらの調査はまだ手付かずだ。どこかのSFではないが余りにも日本との文明レベルに差があり文化汚染等による被害も懸念されている為にファーストコンタクトは慎重に行われる予定だ。今は田中教授をリーダーとして言語や文明の解析が行われて居る。来月には調査団が送り込まれる予定なのだがその第一陣のメンバーは何故かここに居る俺・須藤さん・田中教授・荒木3尉が内定している。ちょっと意味解らないけどこの島に来て以来ずっと続いている事だから今更だ。いい加減この状況にも慣れてきた。


「それより~政府から宿題の~お肉どうするんですか~」

「それなんだよなぁ」


 先程の金属の採掘の話が出たが、その他の資源確保も順調に進んでいる。初期の頃からこの島で始まっていた金属と石油は政府と民間企業の力で開発が順調に行われて居て採掘が既に始まっている。まだ採掘できた量は少ないらしいが埋蔵量は予想以上に豊富なようで当面は問題ないらしい。

 さらにはメタンハイドレードの採掘も始まったらしくこちらの埋蔵量も十分あるらしい。本格的な回復はまだまだだが資源やエネルギーの確保は目処が立っている。まだ不便な状況は続きそうだが時間が解決してくれそうだ。


 残された問題は食料問題だ。幸いな事に漁獲量が飛躍的に跳ね上がっており明日にも飢えると言う事は回避されている。200海里という制限がなくなった事も大きい様だが近海だ。近海に魚が居なければ自由に漁場を広げる事が出来る。

 今は近海でも十分に程に豊漁が続いている。魚のお陰でしばらくは食いつなぐ事は出来そうだがこの調子で乱獲していてはそう長く保たないのも確実だ。


 肉や農作物の増産も行われてはいるがバイオテクノロジーを駆使しても十分な量が確保出来る様になるまでは年単位の時間もかかる。さらに狭い国土は変わらないので限界もある。そこでこの島の資源の出番なのだが野生の植物や魔物を含めた動物も豊富な事は判明しており島の資源を活用すれば先程の漁業と合わせて時間を稼げそうだ。


 しかし問題が無いわけではない。魔物は危険が大きく採取が困難になっている。自衛隊の武力を使って魔物を殺傷のは可能だがそうした場合火力が強すぎて環境まで破壊してしまい魔物以外の物も含めて資源として使う事が出来なくなってしまう。また魔物の凶暴性と強さが相まって生きたまま捕獲する事や家畜化の目処も立たない状態だ。

 現状では自衛隊員が銃を使って細々と狩っていくのが一番効率的と言う状態だ。しかし自衛隊も各地の生活支援のためフル稼働している状態で島に派遣出来る人員も限界がある。一度各地の猟友会などにも魔物狩りに参加してもらった事もあったのだが高齢化の進んでしまっている為年齢層が高く体力チートも無い状態だったため死者まで出る散々な結果だった。


「はあ、現地人から輸入とか出来れば良いんだけどな」

「それは無理って解ったじゃないですか~」

「そうだよなぁ。概算だけど全世界の人口が三億に満たないらしいからなぁ」

「多く見積もって日本の人口の倍ちょっと程度ですからね~、全部占領とか植民地化した所で間に合いそうにないですもんね~。技術が未熟な分生産量も低いでしょうから~。世界中を略奪しても足りないかもですね~」

「おい、自衛隊が物騒な事言うんじゃない。他の自衛隊員は誰もそんな過激な事言わないのになんで3尉だけそんなんだよ」

「えへ~、タダのたとえ話じゃないですか~そんなに褒められても何も出ませんよ~」

「褒めてないから!!」


「本当に八方塞がりですよね~」

「奥田さん、やっぱアレしかないんじゃないですか?」

俺達の話を聞いていた須藤さんが言ってくる。

「そうだな~結局アレしかないのかなぁ」

「そうですよ。もしかしたらその中から俺TUEEEEな子とか天才魔法少女みたいな子も出てくるかもしれないじゃないですか!!」

「魔法少女ねー」

「魔法少年でもいいんですよ。そうすれば私の研究も一気に進む可能性も」

「だめだよ!!少年少女で人体実験とか絶対ダメだからね!!」

「し、失礼な。そんな事しませんよ。も、もし、そんな子が出て来たとしたら。け、研究のお手伝いをちょっとだけして貰うだけですよ」


 なんか須藤さんの目が泳いで動揺している様にみえるが気の所為だと思いたい。今話しているアレと言うのは冒険者ギルドの事だ。以前に魔物対策について話し合って居たときポロっと言ってしまったのだ。


「冒険者ギルド作って子供たちに魔物退治してもらうといいんじゃね?」


 俺は冗談のつもりだったんだけどみんなの食いつきが異様に良くそれしかないって流れに成りそうだった。しかし言い出した俺が魔物の危険性がどうのとか児童福祉法がどうとか言ってなんとかその場では無かった事にしてもらった。

 これでも教育者の端くれだ。いくら切羽詰まってるとは言え子供を危険な目に遭わせるとかさすがに無理だ。この世界は体力チートがある事が確認されたとはいえ魔物の怖さを実体験しているだけにこの案はとても進める気になれなかった。それに人体実験を狙っていそうなのは須藤さん以外にも解剖好きの千藤先生とかもいるからなぁ。


「みっちり訓練すれば良いんじゃないですか~?」

3尉がフォローのつもりだろう会話に参加してくる。うちの女性陣はなんでこんな過激な人ばかりになってるんだろう。

「訓練ねー」

「私達でもスーパーマンみたいな体力付いてるじゃないですか」

「流石に小学生とかはダメでしょうけど~中学生くらいでも凄い事になりそうですし~」

「でもスライムとかヤバイのもいるしなー」

「いいじゃないですか。やってみましょうよ」

「ダメ元でも試す価値はあると思いますよ」


 俺はどうしても躊躇してしまうのだがみんなに押し切られる形で冒険者ギルドを立ち上げる事が決定されてしまった。


「しかし、具体的に冒険者ギルドを立ち上げるってどうやればいいんだろう」

「そんなの簡単ですよ~。内閣に言って関係省庁を集めて貰えばいいんですよ~そうすれば後は各省庁の人達が得意の事務仕事でぱぱっとやってくれますよ~」

「そんなお役所が簡単に動いてくれる訳ないだろ」

「え~何言ってるんですか。この研究室の権限は政府でもかなり高いんですよ~」

「え?この基地防衛省管轄じゃないの?」

「もちろんこの基地は防衛省管轄ですよ?」

「なら精々防衛省くらいしか動いてくれないんじゃないの?」

「あれ?基地はそうですけどこの研究室は内閣直轄ですよ。だから各省庁に指示を出せるんですよ~」

「内閣直轄とか初めて聞いたんだけど」

「あれ言ってませんでしたっけ?」

「聞いてないよ!!」

「そうでしたか。テヘペロ」

「舌出してポーズ決めてもごまかせないからな」

「まあ、それはさておき内閣に冒険者ギルドの件打診しておきますね~」

「ごまかしやがった。それはそうと俺報告書とか陸将にしか提出してないけどそれはいいのか?」

「ええ、陸将から他の報告と合わせて内閣に上げてますから問題ありませんよ~」

「それでいいのかよ。なら俺の上司はやっぱ陸将じゃないのか?」

「いいえ、室長の直属の上司は首相ですよ~何をいまさら~」

「それも初めて聞いたわ!!」



 冒険者ギルドの案が出されたあとすぐに役人が島に飛んできた。しかも厚労省・文科省・法務省・防衛庁・農水省・建設省の局長クラスと言うそうそうたる顔ぶれが揃った。どうも各省庁でも色々準備していたらしい。お役所の仕事がこんなに早いとは思わなかった。まあ、あの地震で全ての計画が白紙になったからな。

 この基地建設とかみたいに一部は滅茶苦茶忙しくなったが暇になった所も多かったので様だ。均等に仕事を割り振れればそうでもないだろうに。俺はいきなりそんな面子が集まる会議に放り込まれ冒険者ギルドの素案を説明させられるハメになった。エリート中のエリートの中に俺を入れてどうしろと言うんだろう・・・、



「あー疲れたー」

「室長~冒険者ギルド会議お疲れ様です~」

「官僚ってなんであんなに会議好きなんだ・・・」

「まあ、それが仕事ですからね~でも今回はマシですよ~」

「マシって何が?」

「何も決まらない無意味な会議が続くのが普通ですからね~」

「お前時々凄い毒吐くな。まあ少しでも進んでるだけ良いか」


 連日冒険者ギルドの設立に向けて会議が行われていた。まだ決まっていない事も多いが資源確保が急務と言う名目があるからだろう予想以上の早さで準備が進んでいる。以前は官僚なんて頼りにならないとおもっていたが官僚と言うのはやはり優秀らしい。本気で事に取り組む事で凄い処理能力を見せている。


 ギルドに先行する形で冒険省というのが新設されることになった。各省庁から人員が出され冒険者ギルドに関するすべてを監督する官庁だ。フィクションでは冒険者ギルドといえば政府から独立した組織ってのが定番だがスポンサーの問題もあるし税金を使う以上は仕方が有るまい。また冒険省の最初の仕事は冒険者養成学校の設立に決まった。ギルドに登録する冒険者が居なければ話にならない。

 文科省主導で基地の隣に学校建設が既に始まっている。同時並行でカリキュラムや講師の確保も進んでいる。講師は警察関係や自衛隊員が実技を担当するのだが座学の方には俺達研究員が主な講師として参加する予定だ。まあ元々研究と教えるのが本業だから良いが既にオーバーワークなのに、これ以上仕事が増えてみんな生き延びられるのだろうか。地震前の俺だったら確実に倒れる自身はあったのだが肉体が強化されているため持ってしまいそうなのが悲しい。せめて一日くらい休みを貰えないだろうか・・・


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