第9話 森のお掃除

バル(矢島 昌治)Side


 帝都近くの森の中に続く街道の入り口付近に天幕がいくつも張られており多くの人が集まっている。


 集まる人々に前に立った皇子が叫ぶ。

「皆の者今日は良く集まってくれた。民の暮らしを脅かす帝都周辺の魔物を我らの手で殲滅しよう。日頃の鍛錬の成果を十分に発揮し怪我など無いように励んで欲しい」


 帝都周辺は他の地域と比べれば安全だ。しかし全く危険が無いわけではない。帝都の繁栄に伴い貴族や商人の行き来は多くそれを狙う盗賊なども集まりやすい。魔物も繁殖力が強く放っておくとすぐに増えてしまうし治安も悪くなってしまう。

 当たり前の話ではあるが放置せずに定期的な盗賊討伐や魔物の駆除が必要となってくる。そう言った治安維持活動は定期的に騎士団が行っているのだが時折こうして皇室や貴族の主催によって行われたりもする。今回は特に皇子の主宰と言う事もあり貴族の子弟が中心となっている。帝都周辺に限らず盗賊や魔物を退治し民を守る事は高貴なる者の義務ノブレス・オブリージュの1つとされている。故に皇子も率先してこうした催しを行うのだ。とは言うものの今回は子供中心であるので安全マージンは十分に確保されている。事前に騎士団によって調査が行われており盗賊や強力な魔物が居ないことは確認されている。今回は討伐が目的というよりは王侯貴族の子弟が経験を積むための訓練という色が強い。


 皇子が挨拶を行っている場所から少し離れた場所にある天幕に僕はいる。


「殿下も今日は張り切っておられますね」

「久々の狩りですもの。昨日も楽しそうに武器の手入れをされていたし」

「はは、そうね。そういえばバル君達は準備大丈夫?」

「うん、もちろんだよロッテ姉」

「ロッテ姉様はもちろん皇子様やお兄様のお手も患わせませんわ。魔物は全部アーデがやっつけますわ!!」

 アーデはっと鼻息荒くやる気を見せている。アーデは保護者なしでの魔物狩りは今日が初めてとなるため気合いが入っている。


 今僕たちの目の前には揃いの白い革鎧に身を包んだ男女二人が立っている。白い革鎧は近衛騎士の標準装備だ。全身を包む金属のプレートメイルもあるのだが特殊な部隊か儀式などでしか使用されない。前世の中世と違いこの世界では魔法があるため前世の現代に近い動きやすい装備が好まれるのだ。さらに革鎧と言えど近衛が使うのは高級品のドラゴンの皮や鱗を用いた物のため下手な金属鎧より頑丈なのだ。


 二人の男女のうち女性の名はロッティ・リングスタット、透き通るような緑の眼をしており、薄く青みがかった銀髪の髪をポニーテールにまとめた絵にかいたようなエルフ族だ。肌は透き通る様に白く美形が多いとされているエルフの中でも抜きんでた美しさを持っている。背もそれ程大きくなく僕らより少し上くらいの少女にしか見えないが近衛騎士団の隊長を勤めている。エルフ族は長命のため実際の年齢はわからないが三十路は超えてると思う。父上が近衛騎士団長のため僕たちも小さい頃からロッテ姉を知っているがその頃から容姿は変わっていない。


 男性の方はその部下のファルク・シュライヒャー副隊長だ。大柄で若干小太りで熊猫族の男性だ。獣人なので年齢も見た目通りの30才くらいだろう。外見も人族と殆ど差異はない。短髪で白いふわっとした髪の上に丸いパンダ耳さえ付いてなければ・・・。同じ白髪でも何も短く切りそろえてなければ違った印章になったかも知れないのにな。何故だろう僕の知り合いの獣人族って残念感があるのは。僕の気の所為なのだろうか。ファルク副隊長も一部の女性には人気がある様だしな。


 ちなみにこの二人は近衛の隊長、副隊長に選ばれるだけあって滅茶苦茶強い。たまに稽古を付けて貰うのだけど毎回ボロボロにされてしまう。ロッテ姉はレイピアを操る剣の腕も一流だがエルフらしく魔法も得意とている魔法剣士だ。ファルク隊長は大きなハルバートを得意としている典型的なパワーファイターだ。


 皇子の挨拶が終わり集まった人々が次々に思い思いの方向に散っていく。その様子を眺めた後皇子は僕らの方に歩いてくる。


「殿下お疲れ様でした。今回の魔物狩りは参加者が多いですね」

こちらに来た皇子にロッテ姉が声をかける。

「ああ、春になって暖かくなったからな」

「冬の前回は参加者は少なかったですからね」

「それもあってか今回は初参加と言う者も多い様だ」

「事前調査を行った騎士団からは盗賊や危険な魔物は発見されなかったと報告がはいっていますので問題ないと思われます」

「俺もその報告は受けている。その分小物の数が多いみたいだな」

「はい、小物と言えど危険はありますので十分ご注意を」

「解った。それと俺達以外の参加者のサポートをよろしく頼む。今回初めて参加する者達には特に気を配ってやってくれ」

「はい。心得ております」


「そろそろ俺達も出発しないとな。他の者より少ない成果だと格好つかないしな」

 皇子が僕らの方に顔を向ける。

「バル、アーデ準備はいいか」

「はい、いつでも行けます」

「むふー、私もいつでも準備できていますわ」

(アーデ気合い入るのはいいけど少し落ち着こ?ちょっと言える雰囲気じゃないから声には出さないけど・・・)


「では出発だ」

「「はい」」

 戦闘を進みだした皇子の後に僕とアーデが続く。


「シルちゃん行きますわよ」

「ピー」


 僕と皇子は徒歩で森に入っていくのだがアーデは大型犬くらいの大きさのグリフォンに乗っている。シルちゃんと呼ばれたのはこのシルヴィと言う名のグリフォンの愛称だ。それなりに大きく空を飛ぶことも出来るがまだ子供のグリフォンだ。小さなアーデ程度であれば乗せて飛ぶことも出来る。この世界には馬だけでなく騎乗可能な生物が多くいる。その中には空を飛べるグリフォンや翼竜などもいるのだ。帝国でも騎竜部隊やグリフォン部隊を抱えている。帝国はすでに陸・海・空の軍を備えている。さすがに陸軍と比べると海軍と空軍はかなり小規模にはなるが。グリフォンや翼竜は軍でも使われている通りそれほど希少という存在ではない。同時に空を飛ぶ強い魔物でもあるため扱いも難しくなる。

 それなのに何故アーゼがグリフォンに乗っているのかというと、このグリフォンが特別で子犬程度の雛の頃からアーゼと一緒に育ってきたからだ。貴族と言えど個人では簡単に飼えるものではないのだが、アーデが傷ついたシルヴィを発見し得意の方法でお爺様を説得した結果だ・・・。


 アーデが皇子を追い越して颯爽と先頭を進み出す。

「私とシルちゃんで露払いをさせて頂きますわ」


 皇子と僕はお互いの顔を見て肩をすくめる。

「アーデには適わないな・・・」

「いつも妹が申し訳ありません・・・」


 アーデに遅れないように僕らも後を追う。森を奥に進んでいくと一角兎アルミラージが襲い掛かってきた。しかし、あっさりとシルヴィが前足で攻撃し一撃で倒してしまう。


 僕はシルヴィが倒した魔物の死体をバックパックの中に入れる。このバックパックは重量低減と空間拡張の魔法がかかっている魔道具だ。熊一頭くらいなら何とか入るだけの容量がある。高価な魔道具ではあるが狩りや旅には便利なので持っている者も多い。同じ物を皇子も背負っている。アーデも同じ機能を持った物を背負ってはいるのだがぬいぐるみのグリフォンの形をしている。


「シルヴィはまだ小さいのに強いな」

「ピィー」

 皇子の褒め言葉にシルヴィが自慢げに声を上げる。

「当然ですわ。私のシルちゃんは特別ですの!!」

 シルヴィの上でアーデも同じ様に自慢げに胸を反らしている。そして再び前進を始める。少し歩いた所でシルヴィが足を止めた。

「あら、シルちゃんどうしました?」

 アーデが急に停まったシルヴィに問いかけている。


火球ファイヤーボール

 僕がアーデ達の少し前方の木の枝に向かって魔法を唱える。木の上から燃え上がったスライムが落ちてくる。

「アーデ気合いが入ってるのは良いが油断はだめだよ。シルヴィはちゃんと気がついてたみたいだね。偉いぞ」

「ピィー」

皇子も気が付いた様だが僕が魔法を唱えるのを見て動きを止めたようだ。

「うぅ」

 アーデは自分だけが気が付けなかった事を悔しがっている。


「スライムは木の上から襲って来る事もあるからな初めての魔物狩りだ気が付かないのも無理はない。慣れた者でも見逃す事もある。最初から完璧にとは行かないさ。アーデはちゃんとバルに礼を言わないとな」

「うう、お兄様有難うございます。以後注意しますわ・・・」


 僕が使った火球ファイヤーボールは火魔法で一番簡単の呪文だ。スライムは火に極端に弱いため火球ファイヤーボールで簡単に倒すことができる。火魔法は生活魔法とは違い属性魔法に含まれるため火魔法の適性が無いと使えない。他の属性魔法でもスライムを倒す事は可能だがかなり手間取る事になる。ただ火球ファイヤーボール程度であれば使えない人は殆ど居ない。火魔法の全く適性がない人というのは10人に1人居るかと言った程度だろう。


 さらに探索を続けていくが一角兎アルミラージが襲いかかってきてはシルヴィが倒すと言うのを何度か繰り返しただけで他の魔物は見つかっていない。

「この辺りはゴブリンもいないな。森が安全なのは良い事なんだが俺の出番がないな」

「僕も同じですから・・・」

「バルはスライムを仕留めたからまだ良いじゃ無いか」

「それはそうですが魔石しか取れないスライム一匹ですし」

「魔物素材も立派な資源だが、今回は森の安全確保が目的だ。スライムでも火魔法が使えない物だと厄介な相手だからな」

「シルちゃん一人が活躍してくれて私も何も出来てないですわ」


「ピッ」

 のんびりそんな会話をしているとシルヴィが警戒音で小さく鳴き立ち止まる。僕と皇子はその声に反応して剣を抜き辺りの気配を探る。アーデも杖を構え辺りを警戒している。そして少し離れた所に5匹のゴブリンが居るのを見つけた。皇子もアーデも気が付いた様だ。

「バルは左、アーデは右、俺は真ん中を攻撃する。続いて俺とバルで近接戦に持ち込むのでアーデは後方支援を」

「「はい」」

 小声でやりとりを終え皇子の合図と共に3人で魔法を放つ。そしてアーデはシルヴィから降りた。


石矢ストーンアロー

氷槍アイスランス

風刃ウィンドカッター


 皇子、僕、アーデがそれぞれ得意の魔法でゴブリンに攻撃する。不意を付いた魔法攻撃は見事に全部命中し3匹のゴブリンを葬る。残った二匹がこちらに気が付き真っ直ぐに向かって来る。僕と皇子も迎え撃つ為に前に出る。すると僕の横を風が通り過ぎていく。


風刃ウィンドカッター


 残り二匹のゴブリンはこちらに辿り着く前に首から上を失い倒れた。一匹はシルヴィが爪で残りはアーデの二発目の魔法で首を飛ばされたのだ。


「アーデとシルヴィの息はピッタリだな。また俺の見せ場は無かったな」

「まあ、近接戦は出来るだけ避けるのが基本ですからね」

「最初に申し上げたとおり皇子様とお兄様の手は患わせませんわ。ねっシルちゃん」

「ピー」

 アーデの言葉にシルヴィも当然という感じで鳴き声を上げる。


「ゴブリン5匹か。成果に不満は残るがそろそろ引き上げるか」

「そうですね。まだ、余裕はありますがこれ以上奥に行くと日が暮れてしまうかもしれません」

「あー、今回俺は良いところなしだったなぁ」

「まあ、今回限りと言う事では無いですし次回もありますよ」

「そうだな。今日はアーデの初陣を飾れた事で満足するか」

「そうですね」

「皇子様、お兄様有難うございます。勉強になりましたわ」

「ぴぴー」

「ああ、今回一番活躍したのはシルヴィだな。戻ったら何か褒美をやろう」

「ぴー」

「皇子様に褒めて頂けて良かったわねシルちゃん」

「ぴゅーい」

 そう言ってアーデはシルヴィの喉を撫でている。シルヴィも喜んでいるようだ。



 帰路も順調でシルヴィが通りすがりに飛び出してくる小さな魔物を葬っていく。途中木の上にスライムも居たりしたが今回はアーデが危なげなく火魔法で処理していた。

 属性魔法には火・水・風・土・雷・光・闇の7属性がある。だけで何事もなく森を進んでいく。アーデも僕も全属性の魔法適性を持っている。全属性に適性があるのは珍しいのだが全く居ないと言うほどではない。筆頭宮廷魔道士の先生はもちろん母様ももっている。大体1000人に一人くらいと言われているので僕ら兄妹に全適性があるのは母様のお陰かもしれない。たぶん双子にも全属性の適性はあるみたいだ。まだ幼いのでは確実ではないらしいが。属性魔法の他にも色々魔法があるのだが種族固有であったり適性がレアで失われた魔法も多いらしい。


 何事も無く無事に森を抜けると天幕の所に人が集まり賑わっていた。今日の成果を報告している。その中で特に大きな人だかりの中にロッテ姉の姿を見つけた。


「ロッテ姉」

 僕がロッテ姉に声を掛けるとこちら確認し駆け寄ってくる。

「殿下お帰りなさいませ。バルとアーデもおかえり。みんな無事に戻ってきたようね」

「ぴー」

 シルヴィは自分が呼ばれなかった事に不満なように声を上げる。

「ああ、ごめんねシルヴィもおかえりなさい」

「ぴゅい」

 今度は満足したように嬉しそうにシルヴィが鳴いた。


「ロッテ隊長、状況の報告を」

 皇子がロッテ姉に今の状況を確認する。

「はい、今の所怪我人などの報告はありません。戻ってきているのは半数ほどですが、まだ時間が早いので問題ないと思われます」

「そうか。俺達はゴブリンを5匹くらいしか狩れなかったが他はどうかな?」

「そうですね。大物はオークくらいでしょうか。今年は数も少なめですね」

「ふむ、帝都周辺に魔物が少ないのは喜ばしいことだな」


 この後他の参加者も全員戻り大きな怪我を負った物はなく無事に魔物狩りは終了した。

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