第5話 お勉強の時間

バル(矢島 昌治)Side


「先生出来ました。見て頂けますか?」


 本を読んでいた老人に向けて一枚の紙を取り出す。この紙には簡単な魔法陣が書かれている。書かれて居る魔法陣は小火ファイアという生活魔法の物だ。小火ファイアはライター程度の小さな炎を出すことが出来る魔法だ。生活魔法と言うのは効果も弱いのだがこの世界の暮らす人なら殆どが使える。生活魔法は習得が比較的簡単で魔力の消費が少ない等のメリットもある。


 本来魔法は火・水・風・土・雷それに光と闇の属性魔法など様々な種類があるり魔法を覚えるには本来その魔法の属性に合った適性が必要となる。火魔法を使うには火の適性が無ければ習得できない。これには例外があり生活魔法程度の簡単な魔法であれば適性が無くても習得は可能だ。例えば小火ファイアの魔法は火の適性が無い人でも使う事が出来る。


「ほう、これは良く書けておるにゃ。これにゃら上手く発動できるじゃろ。どれ」


 そう言って先生が魔法陣に魔力を流すと魔法陣全体が淡く光った。

「うむ、大丈夫じゃの。試しに発動させてみよ」

「はい」

 緊張に震える手を押さてゆっくりと魔法陣に触れる。魔力を流すと先程と同じ様に淡く光る。心の中で発動と念じると魔法陣の中央から小さな炎が上がった。しばらく炎が上がった後魔法が消える。それと同時に魔法陣が書かれていた紙も同時に消滅する。


「やった!!」


 嬉しくて思わず声を上げてしまった。僕の書いた魔法陣が初めて発動したのだ仕方が無い。これまで何回失敗したことか。


 ちなみに僕が先生と呼び目の前に居る「な」の発音のおかしいご老人は、決して可愛い老人アピールをしている訳ではない。例え白髪の交じる頭の上に猫耳を付けていてもだ。猫耳老人なんて誰得だよと思わなくもないがこの人は猫族のニコラウス・フォン・ビューロウ伯爵。帝国の筆頭宮廷魔道士と言うとても偉い方だ。


 帝国は過去にいくつもの国を戦争などによって吸収している。その為多種多様な種族が暮らしている多民族国家なのだ。歴史的には酷い種族差別などもあったようだが今はもうない。獣人種や妖精種の貴族も数多く居る。獣人種は前世のファンタジーよろしく一般的に身体能力は優れているが魔法は苦手とされている。しかし先生はそのハンデを乗り越え魔法を極め筆頭宮廷魔道士に上り詰めた凄い人だ。残念なだけのケモミミ老人ではない。


 そして僕が今居るこの場所は城にある先生の執務室だ。先生の執務の合間に僕の家庭教師をして頂いている。この世界にはまだ学校制度と言う者はない。読み書きや簡単な計算を教える寺子屋の様な物は存在するが平民が通うものだ。貴族はどうしているかというと家庭教師を付けるのが一般的だ。本来は宮廷魔道士が貴族の子供とは言え家庭教師を引き受ける物ではない。しかし僕が過去に色々やらかしてしまって家庭教師のなり手がいなくなってしまった。それに両親が困って居るところお爺様が友人である先生に依頼してくれて特別に僕の家庭教師を引き受けて貰っている。


「うむ、成功しているようじゃにゃ。では次は水滴ウォータの魔法陣を写してみにゃさい。何度も繰り返し書くことが大事じゃからにゃ」

「はい・・・」

「そう嫌そうにゃ顔をするでにゃい。魔法陣を繰り返し描くのは大切な事じゃ。魔法の理解が深まり威力も増す。なによりMPも増えるしの」


 そう、この世界にはHP・MPと言うRPGゲームでおなじみの概念がある。メニューと念じると視界の中に半透明のメニューが表示される。その中のステータスと言う項目にHPとMPが表示されるのだ。そしてHPは肉体にMPは精神と深く関係している。肉体が疲れたり傷ついたりするとHPが減っていく。


 それと同じ様に精神的に疲労やダメージがあるとMPが減るのだ。ただ、異世界物語やゲームでよくあるようにHPがゼロになれば直ちに死亡するということはない。どちらかと言えば大人の事情で一部ゲームで見受けられる様な死亡ではなく戦闘不能になるのに近い。


 ただゲームとは違いHP0の状態で治療などを行わず放置すると死んでしまう。MPが減ると若干弱気になったり不安になったりする程度なので影響は少ない。MPが0になると突然気を失うと言う事はないが酷い眠気に襲われる。


 そしてHPとMPは食事や休憩を取ることで回復する。特に睡眠を取ると効果的だ。そしてHPやMPが多いと精神的にも肉体的にもタフになっていく。具体的にはHPが多いと傷つきにくく傷の治りも早い。ただ一般的には大きな効果があるわけでは無い。前世と比べ少し傷の治りが早いかなと言う程度だ。達人クラスであれば一般人が刃物で肌を傷つけようとしても傷つかない程度には頑丈になる。

 そしてレベルなどの概念はなく様々な経験をすることでこのHPとMPは徐々に増えていく。例えば身体を鍛えたり戦いを経験するとHPが増え、魔法を使ったり魔法に関する知識を学ぶことでMPが増えて行くのだ。もちろん才能や適性などの個人差はあるが鍛えれば鍛えただけ強くなれると言う事だ。


 それ以外にもメニューにはスキルと魔法と言う項目があり使えるスキルや魔法が表示される。ただ最新の派手なゲームを知っている僕からみるとこのメニューの見た目が非情にショボイ。RPGゲームが世に出回り始めた頃の様な簡素な見た目で項目も「ステータス」「スキル」「魔法」の3つだけしかない。前世のある僕から見れば不思議にしか思えない。鍛えた結果が分かりやすく少し便利かなという程度で何故その様なメニューがあるか解らない。この世界の人にとっては産まれた時からあるのが当たり前すぎて疑問に思わないようだが。


 僕は与えられた席に戻り魔道書グリモワールと魔法を唱えると空中に一冊の本が現れる。このグリモワールも不思議だ。魔道書グリモワール小袋ポーチと同じ様に異空間に物を収納する生活魔法なのだ。ファンタジーでお馴染みのアイテムボックスとかに近いが何でも収納出来る訳ではない。これも物語と違ってショボイ。現実は厳しいと言われればそれまでだが。


 現れた魔道書グリモワールから魔法陣の水滴ウォータの書かれたページを開く。そのページには詠唱の呪文と魔法陣が書かれている。先生の指示に従って魔法陣を書き始める。


 僕が今書いているのは魔墨まぼくと呼ばれる魔石の粉末を溶かしたインクで紙に魔法陣を書くものだ。魔墨を使えば紙以外に書いても良いのだが先程の様に魔法を発動させると消えてしまう使い捨てなので紙に書くのが一般的だ。魔道書グリモワールにある魔法陣をお手本にして写していくのだが正確に模写しないと魔力が上手く流れずに魔法が発動しない。間違えたり失敗すると書き直しが出来ず最初から書き直しとなる。


「先生出来ました」

 一時間程で水滴ウォータ魔法陣を書くことが出来た。

「うむ、これも良く書けておるの。これも問題無く発動できるじゃろう」

「有難うございます。しかし先生、先程の小火ファイアもこの水滴ウォータも殆ど同じなのですね。同じ生活魔法ですが属性が違うから詠唱で使う時の様に全然違うものだと思ってました」

「うむ、良いところに気がついた。魔法陣は魔法の設計図みたいにゃものだ。この2つは単に火や水を生み出すだけだからにゃ。生み出すものを指定している部分だけが違う」

 そう言って魔法陣の一部を先生が指さす。

「ここに文字の様なものが続いておるじゃろう。これは魔法文字と言って呪文の様なものじゃ。そしてこの一節が水を表して折る。この部分を火を表す節に変えれば小火ファイアににゃる。さらに風を表す節に変えれば微風ウィンドの魔法ににゃるのじゃ」

「へーなるほどー。じゃあこの部分に色々な節を当てはめれば新しい魔法が出来るかもしれませんね」

「うむ、その通りじゃ。それで見つかった魔法もある。」

「それは凄いですね」

(うん、夢が広がるな。新しい魔法とかワクワクする)

「しかしにゃ、そう上手くはいかんのじゃ。魔法陣に描かれている魔法文字だけでなく模様にも全て意味がある。単純に魔法文字だけを差し替えても魔法は発動しにゃい。例えばこの魔法陣に雷を表す節を入れても微雷サンダの魔法は発動しにゃい。他に二カ所ほど文字と図形を書き換えねばにゃらん」

「へぇ、複雑なんですね」

「昔から魔法陣の研究はされておるからにゃ。この辺りの生活魔法程度の魔法陣であれば、ほぼ解っておるが複雑にゃ魔法陣ほど未知な部分が多い」

「魔法研究では並ぶ者が居ないと言われている先生でも解らない事があるんですか?」

「ホホ、魔法研究とはこの世界の真理を探求することじゃからにゃ。神でもにゃければ全てを知ることは適わぬじゃろうて」

「神様じゃないとで無理ですか・・・」

「長い間研究は続けられておるが魔法陣を描くのは手間がかかるからの。それが歩みをさらに遅らせておる」

「そういえば魔法陣に版画とかは使えないんですか?そうすれば複製は楽に出来るのでは?」

「版画とは何じゃ?」

「印の様に木や石に絵を彫って写したものですよ」

「にゃんと、その手があったか。お主は天才者じゃの!!上手く行けば研究が劇的に進むぞ!!」

「そんな事はないですよ。僕が思いついた訳じゃなく前世ではそれで印刷した本とか普通に出回ってましたからね」

「前世の知識か。やはりお主の居った世界は、やはりとんでもにゃいの」


(あ、しまった。また、やらかしてしまったかも。封蝋とかあるから印刷技術はなくても版画くらいは普通にあると思ってたんだけどなかったのか・・・)


「そんな顔をして心配せずとも良い。研究に大きく役立つアイデアなので使わせて貰うが前世の話はちゃんと心得て居る。ルカスとも相談してうまくやるわい」


 どうやら考えが顔に出てしまっていたらしい。


「こうしてはおれんにゃ。早速動かねば。バル後は適当に自習して帰って良いぞ」

「あ、先生・・・」

 そう言い残して先生は出て行ってしまった・・・。返事をする暇も無い。


 仕方が無いので後は城の中にある図書室にでも言って魔法陣関係の本でも読むか。僕も部屋を出て廊下を見るが先生の姿は影も形も無い。研究事となると先生は人が変わるからなぁ。宮廷魔道士というのは魔法の研究者なので先生を筆頭に変わり者が多い。先生は間違い無く帝国で最強の魔道士ではあり尊敬出来る人なのだがやはりどこか残念だ。


 図書室と言っては居るが前世の市民図書館くらいの大きさがあるので蔵書もかなりの物だ。貴族や城に勤めている人なら自由に閲覧出来るので人も結構多い。さっきの話で興味をもったので魔法陣の研究レポートでも漁ってみよう。


 色々調べていくと先生は解らない事が多いと言って居たが研究は意外と進んでいるようだ。まあ、高位の魔法になっていくほど複雑になるので未知の部分も多そうだが初心者の僕には十分だ。魔法言語の辞書もある。図形部分はそれぞれ機能の様なものがあって図形を比較して解説してるものもあったりする。思ったより理解しやすい。


 だが何か引っかかる・・・


 魔法陣を見ていると既視感の様なものがあるのだ。もちろん魔法陣はこの世界では目にする機会は多い。幼い頃から何度もみている。だがこの既視感はもっと前にそれも日常的に見ていた気がする具体的には前世で見た気がするのだ。前世でもアニメや漫画では魔法陣は良く出て来ていた。しかしそれは今世の魔法陣の様に複雑な物では無かったし違うものだと感じる。喉まで出かかっている感じで気持ち悪い。


 ふと、有る事を思い出し図書室の奥に向かう。奥には地下に通じる階段がある。地下には禁書庫があるのだ。禁書庫は秘密にされており存在は一部の人間しかしらない。地下への階段も認識阻害の魔法がかけられておりまず見つけられることはない。さらに禁書庫に入れるのは王族と特別に許された一部の人間だけだ。地下の階段をおり禁書庫の扉を開く。禁書庫は厳重に管理されており許可の無い者がこの扉に触れると命を落とすのだが僕は何事もなく禁書庫に入った。


 何故僕がそんな場所に入ることが出来て居るのかと言うと親友と家族のお陰だ。皇子と僕は城の色々な場所を探検して回った。その時に皇子が秘密の図書館があると教えてくれたのだ。そしてお爺様におねだりして許可を貰ったのだ。前世の記憶があるとはいえ最初はお爺様も中々許可してくれなかった。そこでアーデ先生のお力をお借りした。アーデ先生直伝の上目使いおねだりをお爺様に使ったら一発で許可が貰えた。目に涙を貯めるて訴えるのがコツだそうだ。我が妹ながら恐るべし。ただ、妹の上目使いおねだりは汎用性が高いのに僕のおねだりはお爺様にしか効果がない・・・解せぬ。


 しかし、こんな所の許可まで貰えると言うのは我ながら恵まれすぎているとは思う。僕の生まれた環境がある意味チートなのかもしれないな。


 この禁書庫は地下に深く広がり膨大で上にある図書室よりも大きい。禁書庫の名の通りに危険な文献や後悔できない闇の歴史などが収められた書物も多くあるが大半は貴重な古い文献や資料が納められている。禁断の書物や闇の歴史にも興味がないと言えば嘘になるがそれより僕はここにある古代遺跡の資料に興味があった。

 古代遺跡関連の資料だけでも膨大なため僕もまだほんの一部しか見ることが出来ていない。特に興味があった魔法関連のことについて理解出来ないながらも色々見てまわっていたのだ。そうして禁書庫に来た目的の場所までたどりついた。ここには古代遺跡で見つかった魔法関連の資料がまとめられている。以前にここで見た魔法陣を思い出したのだ。

「あった」

 思わず声に出てしまったが資料の中から目的の物を見つけた。古代の様式で書かれた小火ファイアの魔法陣だ。生活魔法の魔法陣でありながら現代の魔法陣より遙かに複雑に書かれている。魔道書グリモワールを唱え現代の小火ファイア魔法陣が書かれたページを開く。比べると良くわかるが一見全く異なる様に見えて共通点も多い。


 現代の魔法陣で表されている一節が古代魔法陣では何節にも別れている。逆に言えば現代の魔法陣は古代に比べてかなり簡略化されているのだ。さらに図形部分も古代魔法陣では細かい図形で描かれているが現代の物は一つの図形に様々な機能がまとめられている。


 道理で馴染みがあるはずだ。前世ではそれを仕事にしていたのだから。


 魔法言語はプログラミング言語で図形は電子回路だ。つまりソフトウェアとハードウェアの関係にある。もちろん魔法とコンピュータの違いがあるので書かれている物は全く別物だ。しかし、そう考えて見ると今まで混沌としていたものがクリアになってくる。

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