第4話 地震のあと(矢島 昌治の場合)

バル(矢島 昌治)Side


 薄暗い洞窟を先に進む少年に僕は声をかける。前を歩く少年は黒髪で黒い瞳をしている。少年の先には照明ライトの魔法で小さな光球が浮かんでいるので歩くのに支障が無い。


「マーク様本当に行くのですか?」

「バルもクドいな。僕が決めたのだから諦めろ」

「はぁ」


 僕はバルドゥーイン・フォン・レルヒェンフェルト。今年で一応12才になる。僕の少し先を満面の笑みを浮かべて歩く僕と同じ年の少年を見て溜息をついてしまう。彼は僕と同い年で親友と言うか悪友のマーク様。親友なのに何故継承をつけているかというとマーク様というのは愛称で正式なお名前はマクデーフュ・フォン・フェベリス様だ。このフェベリス帝国の第一皇子にあらせられる。


 何故僕が皇子様を親友と言えるのかというと我が家もヴァルハルト侯爵家という高位貴族の家柄で代々帝族と親しくさせて居るからだ。皇子様の父上であらせられる現皇帝陛下と僕の父も親友と呼べる間柄なのだ。僕の父は近衛騎士団長を勤めておりその縁もあって僕たちも幼い頃から一緒に居ることが多かった。


「それから様付けはダメだと言ったろう。せっかくのお忍びなのだからな」

「はい・・・」


 今歩いている通路は城からヴァルハルト侯爵家上屋敷まで伸びている秘密の通路だ。いざと言うときの為に秘密の通路が何本もある。この通路はその中の一つなのだが僕らが自由に使って良い事になっている。何故そうなっているかは若気の至りというやつだ。王子と僕のエスカレートしていくイタズラに手をやいた皇帝陛下と父上が探検ごっこをするための遊び場として提供したとか言う事は無いはずである。まあ、それでも王子様は僕にとってかけがえの無い親友だ。


 その大切な親友にも話せない秘密が僕にはある。秘密を知っているのは数名の大人だけだ。秘密とは僕に前世の記憶があると言う事だ。物心がついた頃には前世と今世の2つの記憶があったのだ。日本と言う国で矢島 昌治として生きた45年の記憶があり最後の記憶は頭の上にCRTディスプレイが落ちてきた。その後は何も覚えていなので恐らくそれが死因だろう。


 気が付けば僕は前世の記憶と同じ様にこの世界の言葉を話しこの世界の知識も持っていた。この世界の知識と言っても幼児としての知識だったが。この世界は剣と魔法の世界だ。ファンタジー小説などでありがちな異世界転生をしたのだと思う。転生したと言う確たる証拠はない。ファンタジーの異世界転生でお約束な神様に会うこともなく無双出来る様な特別なチート能力もない。


 そんな考え事をしていると皇子が振り向き声をかけてきた。満面の笑顔でかなりご機嫌だ。


「お、もう出口だぞ」

「マークあまり慌てないで。大きな声を出すと見つかりますよ」

「ああ、済まないヤツに見つかると厄介だからな」


 そっと扉を開けて周りの様子を伺うが人の気配はない。小さな声でマークに話しかける。


「周りには誰もいません。大丈夫そうです」


 僕の言葉に皇子が頷き二人で外にでる。扉を抜けた先はうちの裏庭だ。出入り口は魔法で偽装されているため扉を出ると何もないように見える。


「よし、行くぞ」


 皇子の言葉に今度は僕が黙って頷き裏口に向かう。ここから少し屋敷を迂回する感じで使用人が使う裏口に抜ける。裏口の門をくぐれば脱出ミッションは完了だ。裏口にも門番は居るのだが門番は既に買収済みだ。裏口には門番の他にもう一人予定外の人影が居た。慌てて隠れようとしたが手遅れだった。


「おー、これは皇子珍しい格好をされておりますな。それにバルもなんだねその格好は」


 もう一人の人影というのは帝国宰相であるヴァルハルト侯爵 ルカス・フォン・レルヒェンフェルト

 皇帝陛下のご意見番と言われ帝国内外から「帝国の鬼」と恐れられている人物だ。ぶっちゃけ僕の祖父なのだが。お爺様の言葉通り僕と皇子は普段の服装ではない。普段は王族や貴族の子に相応しい上等の服を着ているのだが今は二人とも平民が着る粗末な服に身を包んでいる。


「ああ、これからお忍びで町の様子を見てこようと思ってな。この服はバルに用意してもらった」

「おお、そうですか」

おじい様はマークの答えに微笑ましい物を見たように相好を崩す。

「バルを叱るでないぞ、これは俺が民の暮らしぶりを実際にみてみたくてな。俺が無理に頼んだのだ」

「叱るなんてとんでもございません。おうおう、皇子はこの年で民の事にお心をさいて下さるのですな。素晴らしい事だと思いますぞ。この爺は皇子のやさしさに感服いたしました。町にでるのであれば物入りでしょう。金子は用意されていますかな?」

「うむ、もちろんだ」

「そうですか、そうですか。まあ金はいくらあっても困りますまい。バル一応コレを持って行きなさい。皇子若干ですがバルに金子を預けて起きますので入り用の時は遠慮無くバルに申し付けて下され」


 渡された小袋を確認すると金貨が5枚入っている。平民は大人でも金貨なんか使わないのだが・・・。僕は色々あきらめつつ素直に小袋を受け取り小袋ポーチの魔法を唱え小袋を亜空間にしまう。小袋ポーチの魔法はよくあるアイテムボックスに近い。でも実際はそれ程便利な物ではない。せいぜいコインやアクセサリなどの小さい物くらいしか入れられない。盗難防止には良いので今みたいに財布代わりに使う人が多い。


「うむ、気遣いご苦労! では行ってくる」

「気をつけて行ってらっしゃいませ」


 そう言ってお爺様は若干だらしなく思えるような笑顔で僕ら二人を送り出してくれる。


 世間では恐れられているお爺様だが僕ら孫には滅茶苦茶甘い。恐れ多い事ではあるが皇帝陛下ですらお爺様から見ると孫の様なものらしく皇子の事も僕らと同じ様に甘やかしている。ぶっちゃけ極度の爺バカなのだ。実際皇子も僕も最近までお爺様が恐れられている存在なのだとは知らなかった。まあ、知ったところで何も変わらず僕らにとってはひたすら甘いおじいちゃんと言う認識でしかない。


 さっきまでの緊張は何だったのかという気の抜けた感じで裏門を抜け町に向かうと不意に後ろから声がかけられた。


「お二人ともお待ち下さいませ。お忘れ物ですよ」


 皇子と僕はその声に固まり恐る恐る振り返った。そこには金髪で青い目をした女の子がいた。してやったりと言う様な笑顔を浮かべこちらを見ていた。僕らと同じ様に平民の男の子の服に身を包んでいる。本来は肩まである髪は少し大きめの帽子の中に入れているようだ。ぱっと見なら男の子に見えるだろう。


「皇子様もお兄様もアーデを置いて行くなんて酷いですわ」


「お、おま・・・」


 僕は驚きで声が出せずにいた。


「や、やあアーデ そういう格好も似合うな!!」


 皇子もなんとか返事をしている。僕らが警戒していたのはお爺様ではなく彼女だった。アーデルトラウト僕の二歳下の妹だ。いつも僕らについて来る可愛い妹なのだが流石に町に連れていくのは危険だと思い皇子と二人で話し合って見つからないように出て来たのだが・・・。


「裏門をどうやって出て来たんだ?」


 屋敷の門番は訪問者をチェックし危険を排除するのが仕事だが僕らみたいな子供に危険がないように止める役割もある。アーデは10才だし通して貰えないはずなのだが。


「もちろんお爺様におねだりしました。このお洋服もお爺様が用意して下さったんですよ」


 そう言ってアーデは一回転してポーズを決める。


「バル諦めろ今回はアーデの方が上手だった・・・」


 皇子の言葉にも諦め切れず僕はアーデに質問を続ける。


「なんで町に行くことが解ったんだい?」


「えーだってぇ お兄様が私に隠れて珍しいお洋服を2着も持ってお城に行くんですもの。すぐに解りましたわ」


 計画の初期から破綻していたらしい・・・


「でも、侯爵家の令嬢たるものがそんな格好をして町に行くなど危ないじゃないか」

「それは皇子様やお兄様が守って下さると信じてますから」

「バル素直に負けを認めるのも大切だ」

「さすが皇子様ですわ」

「はあ・・・仕方が無いアーデ迷子にならないようにね」

「はい、お兄様」


 そう言ってアーデは皇子と僕の手をとってスキップするような軽い足取りで歩き始める。僕と皇子はアーデに引っ張られるようにして歩き始めた。それから町での言葉使い等を注意しておこうと思いアーデに声をかける。

「ああ、アーデ言葉使いなんだが・・・」

「もちろん解ってるよ。お兄ちゃん、マークちゃん!!」

「マークちゃんって・・・」

「可愛くて良いと思うんだけど。ううーだめぇ?」

 上目遣いで可愛くポーズを決めてアーデが聞いてくる。アーデのおねだり必殺技だ。あざといとは思うが、お爺様はもちろんとして皇子や僕もこれには勝てない。僕の知る限りアーデのこの技を破れるのは母様くらいだ。


「ああ、もちろんそれで構わないぞ」

皇子が早々に白旗を上げたので僕が言うべき事は無い。賢い妹を持って幸せだよ・・・


 貴族街を抜け商業地域に到着した。この辺りは高級な店も多いが庶民向けの店も多く集まっている。貴族の出入りも多いので清潔で安全な地域だ。僕は前世の事もあるので比較的自由に町に来させて貰ってる。この辺りも一人で何度も来ているがマーク様とアーデの二人は初めての町であるためキラキラと目を輝かせて周りを見ている。

 僕らは表通りにある店を適当に冷やかしつつ町を歩いて行くと市場の近くに来た。ここは帝国中から色々な食材が集まっておりいつも賑わっている。


「うわーお兄ちゃんこのフルーツ甘くて美味しいよ」

「こっちの串焼きもタレが効いてて美味いぞ」

 市場周辺には屋台が出て居て初めての買い食いに二人とも大喜びだ。二人とも高い身分で普段からもっと上等の物を食慣れているはずだが大喜びだ。雰囲気なんかもあるんだろう齧り付く様に食べている。まあ、B級グルメってのも美味しいんだよね。癖になったりもするぐらいだし。


 この世界の文化や生活様式はヨーロッパの中世の様な感じなのだが生活水準は意外と高い。現代日本と比べても物によっては優れているものさえある。食品なんかもその1つだ。この帝都は比較的内陸にあり海からは遠いのだが海産物も豊富だ。塩漬けや干物なども多いが生魚などの生鮮食品も多い。魔法で冷凍したりして港町から送られてくるのだ。土木工事なんかも重機の代わりに魔法が使えるため道路も中世よりは遙かに整備されているので交通事情も悪くない水魔法なんかの活用で衛生状態も悪くない。

 交通に関しては船や馬車などが中心と中世と同じ様になるのだが、この世界には普通の動物の他にゴブリンやドラゴンなどの魔物がいる。魔物は得てして動物より大きく強い。走る速度も馬より早い物もある。

 挙げ句には飛竜なんていう飛行手段もある。ただ魔物は良い事ばかりではなく人を襲う凶暴な種類の物も多いので犠牲者も多い。まだまだ未開の地も多く生活圏を広げるのも至難なので人口は多くない。正確な数値は解らないがこの帝国でも数百万という所だ。都市国家みたいな小国も多く人口10万にも満たない国も数多ある。


 お腹も程よく満たされたのでもう少し町を見て回る事になった。町の中央にある公園に向かうことになり大通りに戻ることにした。もう少しで大通りと言う所で豪華な竜車が停車していた。紋章から察するとハウゼン男爵家の馬車だろう。あまり評判の良くない家だ。面倒がなければいいが。


 さらにしばらく歩くと大きな怒鳴り声が聞こえた。声の方に目を向けると地面に這いつくばるようにしている母娘と思われる女性が二人。二人の前には小太りの貴族風の男が護衛と思われる男性二人の間に立っていた。


「娘を連れて行かれるのは困ります。どうかお許しを」

「えーい、クドい。次期男爵であらせられるフリードリヒ様がお前を見初めて可愛がって下さると言うのだ平民風情が何を不満と言うか」

 そう言って護衛の一人が娘の腕を掴み立たせようとする。

「嫌です。どうかお許しを~」

抵抗する娘を助けようと母親が護衛に取りすがる。


「ふぁ~、いい加減問答は飽きてきたぞ。母親の方は痛めつけても構わん。さっさと連れてこい。あ、娘の方は傷つけるなよ」

貴族がさも面倒そうに護衛に命令する。


「はっ、今すぐに。邪魔だどけ!!」

 そう言ってもう一人の護衛が母親を蹴飛ばした。

「いやー、お母さんに乱暴しないで」

 娘の叫びを無視するように護衛二人が両脇から娘を挟み込む。


(あ、ヤバイ)

 と思ったのもつかの間次の瞬間には皇子が一気に飛び出し護衛を突き飛ばした勢いのまま貴族の顔面を殴り飛ばした。貴族は思いっきり吹っ飛び倒れた。意識は保っているようだが鼻から血を流してる。


「民を守るべき貴族が何事か!!成敗してやるからそこに直れ!!」


 無事だった護衛が剣を抜き皇子に斬りかかる。

「無礼者、平民の小僧が何をしている。成敗されるのはお前だ!!」


 慌てて追いついた僕が短剣でその剣を弾く。


「マーク無茶するなよ。アーデだって居るんだよ」

「すまん、身体が勝手に動いてしまった」


 皇子の無茶な行動に注意する。僕らから少し離れた場所では切迫した状況なのにアーデはキラキラと輝く瞳でこちらを見ている。どことなく嬉しそうだ。


「うー痛い・・・何をしているその無礼物をさっさと始末しろ!!」


 痛みにのたうち回りながらも貴族が叫ぶ


「なんだガキが二人になったところで関係無いぞ覚悟しろ」


 倒れた護衛も起きて剣を抜いてきた。大人二人相手か・・・こちらの武器は護身用の短剣だけだ。かなりキツいな。魔法を使えば何とかなるかも知れないが人通りの多い町中で魔法を使う訳にもいかない。アーデは僕と皇子なら何とかするだろうと信じてくれているのだろうがお兄ちゃんだってまだ子供だ。

 その信頼は嬉しいが重い時もあるんだよ。動けないまま睨み合っていると護衛の後ろで人影がさっと動いた。ほぼ同時に護衛二人が力を失ったように崩れ落ちる。人影はそのまま倒れて痛みにのたうち回っている貴族の首元を片腕一本で拘束し皇子の前で跪き臣下の礼を取っている。


「お助けするのが遅くなり申し訳ございません」

「助かった感謝する。それに謝罪は必要ない。余がワガママでしたことだ。それに今は忍びだ儀礼も不要だ」

「はっ、これ以上目立つことは良く有りません。後の事は我々にお任せ下さりお行き下さい」

その人物は皇子の言葉に従い立ち上がり答えた。


「うむ。大義。そちの名前は?」

「名乗るほどの物ではありません」

「そうか、では後は任せた。バル、アーデ行こう」


 足早に三人でその場を離れていく。少し離れた所で皇子が僕に質問してくる。

「ヴァルハルト侯の手の者か?」

「はい、ディードと申す者です」

「そうか、戻ったら何か礼をしないとな」

「はい、恐れ入ります」

「もう、ディードったら折角マークちゃんやお兄ちゃんの格好いい所が見れる所だったのに~」

「いや、彼の立場ではあの状況は放置できまい」

「そうだよアーデ、僕だって短剣一本ではどうしようもなかったさ」


 彼が出てくるまで気づけなかったが改めて考えれば当然だ。あのお爺様が僕らに護衛を付けていない訳はない。今も何人かはついてきているのだろう。あのフリードリヒと言う男も馬鹿な事をしたもんだ。知らぬとは言え皇子に剣を向けたのだ。死罪になっても当然の罪だ。

 まあお忍びだし死罪まではいかないだろうけど、この事はお爺様の耳に入るのは確実だ。フリードリヒはもちろんハウゼン男爵家も死罪の方がマシだって思える程酷い事になるだろう。


「あ、マークちゃん手から血が」

「ああ、さっき殴ったときに切ってしまったみたいだな。まあこれくらいの傷なら舐めておけばすぐに治る」

「ダメです。手を貸して下さい」

そう言ってアーデは皇子の手を取った。

治癒ヒール

 皇子の手が淡い光で包まれ小さな傷はあっという間に消えた。アーデは治癒魔法が得意で僕も敵わない。少々の傷であればあっという間に治ってしまう。


 皇子は正義感が強く優しいのだが前世の記憶を持つおっさんから見ると青臭い所がある。もう少し考えて行動して欲しいものだ。僕だってさっきの様な貴族の横暴は許せない。ただ直接手を出すのではなく他のやり方もあったと思う。まあ、皇子のそう言った青臭さは嫌いではないのだけど。



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