第3話 南大新島

奥田 健一side


 国会議事堂からヘリと飛行機を乗り継ぎあっと言う間に南大新島に到着した。ドアツードアで一時間もかかっていない。飛行機から降りて目の前に広がる光景に驚く。地震から一週間しか経っていないのに飛行場まで備えた立派な基地が島の北部に出来上がっていた。


 基地の敷地は高い防護壁で囲まれ鉄条網まで設置されている。素人目からみても基地の堅牢さが解る程だ。それでも基地はまだ完成ではないようであちらこちらで建設用の重機が稼働し建設作業を行っている。


 さらに基地内には戦車や攻撃ヘリさらには戦闘機なども配備されている。まるでどこかと戦争でもするかの様だ。


 外国自体が存在しないのに何と戦うつもりなのか・・・


 飛行機から降りた後俺達は南大新島の基地内にある一室に連れて行かれた。そこは教室みたいな感じで一方向に向かって椅子が並べられている。正面には大きなプロジェクターが設置されている。戦争映画とかで良く出てくるブリーフィングルームって感じだ。案内役の自衛官に案内されるままに各自が思い思いの席に着く。

しばらく部屋で待って居るとちょっと偉そうな自衛官が入ってきた。


「ようこそ、南大新島前線基地へ。私はこの南大新島基地司令官を任されている山下 明やました あきら陸将です。色々ご質問もありましょうがまずはこちらの説明を聞いて下さい。最初にあるビデオをご覧頂きます。予め言っておきますがこれからご覧頂く映像はとある作戦記録です。一切の加工や編集は行っておりません」


 そう前置きされた後、部屋の照明が落とされプロジェクターから映像がながれ始めた。


 最初はこの島も森だろうかそこを完全武装した自衛官が5人歩いている。カメラは映像に映る5人の後を少し遅れて着いていく感じで撮影されている。


 自衛官は無言で歩いている。かなり警戒をしているようで周囲を見回しながらゆっくりと進んでいる。中央先頭にいる自衛官が不意に止まりドラマなどで軍隊や警察が使っているハンドサインを出している。それに合わせるように戦闘に続いていた自衛官達も停まり周りを警戒している。先頭の自衛官が何かを指さしている様だがカメラの映像では判別出来ない。ただ森の緑が見えるだけだ。


 カメラがズームアップしているがそれでも何を写しているのか良く解らない。じっと目を凝らして見ていると何か緑色の人影がいくつも動いて居るように見える。しかし背景も人影も緑のためいくら目を凝していても判別が難しい。距離があるせいか心なしか人影は小さいようにも見える。もしかすると今映っている人影は子供なのかも知れない。


「あっ」

 思わず声を上げてしまった。これは仕方がないだろう映像ではパンパンと破裂音が連続で響くと同時に緑の人影がバタバタと倒れていくのだ。

(ええええー、まさか自衛隊が人を撃った?しかも先制攻撃だ専守防衛はどうなった)

 突然の出来事に俺は内心悲鳴を上げていると周りからもどよめきの声があがる。驚きのあまり混乱して上手く言葉にする事が出来ずに映像を見続ける。

 

 映像では、さらに銃撃は続くが相手も黙って撃たれるだけではないようだ。こちらに気付いて向かって来る。銃を撃ってくる相手に向かって行くとか正気か?その間にも銃撃は続き止むことは無い。最初はパンパンと単発で撃っていた音が今はダダダダダという連射音に変わっている。しかし、なんで逃げないんだ馬鹿なのか?そう思っていたが人が下は木の陰などを上手く利用して近づいて来ているため銃弾は殆ど当たっていないようだ。それに気の所為か向かって来る速度が異様に早い気がする。人間って森の中であんなに早く走れるのか?足をとられたりしないんだろうか。中には猿見たいに木につかまって飛んでくるのもいる。緑の影はあっと言う間に近づいて来て銃撃に集中していた自衛隊員に棒で殴り掛かる。自衛隊員はなんとか途中で気がついて腕でガードしたようがだ躱しきれなかった。いや、かわし切れないのではなくガードした腕が飛んで身体から血が噴き出した。緑の人影が持っていた物はただの棒ではなく刃物だったようだ。他の隊員が切りつけて来た緑の人影を撃ったため画面で確認できる範囲では他の犠牲者は今の所出て居ない。切られた自衛隊員も重傷ではあろうが早く手当すれば助かるだろう。しかし少し遅れて緑の人影が追いついて来た。その影の数は10。さらに近づきつつある影もある。現れた人影は隊列を組んでいる様だ。画面に小さな緑の人影の姿がハッキリと映る。


「ゴブリン?!」


 思わず叫んで注目を集めてしまった。だって仕方が無いだろう。さっきから移っていた人影は小さな子供くらいの大きさで緑の肌をしたファンタジーでおなじみの姿そのままだったのだ。ご丁寧に小さな角まで生えているようだ。明らかに人ではない。そうして俺が無駄な事を考えて居る間にもビデオの戦闘は続いており銃声や「ギャ」とか「グギャ」とかゴブリンの声が響いている。自衛隊員の方も無事では済まず「うわー」とか人の悲鳴が聞こえる。何匹かは銃撃で倒しているが後から後からゴブリンは集まってきている様でキリが無い。さらに戦うゴブリン達の後ろで杖を持ったゴブリンが遅れて現れた。その杖を持ったゴブリンは何かお祈りをしてるような仕草をしている。祈りが終わった瞬間そのゴブリンの目の前に火の玉が出現した。火の玉は浮かび上がった直後に飛び出して自衛隊員に命中した。命中した火の玉は自衛隊員を包み込み燃え上がった。その後はカメラを持っていた人も戦闘に参加したようで映像が乱れてしまった。チラホラと自衛隊やゴブリンが写し出されるが何が起こっているかは解らない。そんな光景がしばらく続いた後映像は停まった。


 皆あっけに取られているようで部屋の中は静まりかえっている。沈黙がしばらく続いた後一緒に連れてこられた学者の中の一人が声をあげた。


「なんなんですかこれは?こんなグロい特撮映像を我々に見せてなんの意味があるんですか?B級ホラーでももう少しましでしょう」


 あれはエリート大学の准教授だな。たしか物理学の准教授だったな。かなりお怒りのようだ。特撮にしたい気持ちは解るがあれは特撮じゃない。映像の専門家ではないので断言できないし具体的な説明も出来ないが最新のCG技術とかを使っても作れないと思う。俺のオタクとしてのカンが全力であれは実際の映像だと言っている。映像が終わると部屋が明るくなり先程の自衛官が前に出て来た。


「そうおっしゃる気持ちも解ります。私も初見では信じられませんでした。しかし最初に申し上げたとおりこれは実際の映像です。なんの加工もしておりません。この部隊は撮影者を含め6名でしたが全員の死亡が確認されております。この部隊が消息を絶ったために出された捜索隊がカメラを回収してこの映像を手に入れました。現場では白骨になったバラバラの遺体が発見されています。この他にも4名つまり合計10名の自衛隊員がこの島で殉職しております。他の現場でも遺体は発見されていますがどれもかなり酷い状態です。現場から判断するにヤツらは人間を捕食しています」


 淡々と語られる自衛官の言葉にみんな言葉もない。俺も半信半疑なのもあるがあまりの事実に頭が回らず理解が追いつかない。


「しかし、こんな映像を見せられて信じろと言う方がおかしいでしょう」


 先程の学者が語気を荒げてさらに反論する。怒りにまかせて言っているのかも知れないこの状況で発言出来るのは素直に凄いなと思う。その言葉に自衛官がニヤリと嫌なほほえみを見せる。


「そうですね。仰る通り信じられる物ではありませんね。それは私も同意見です」

 そう言ってから部下の方に視線を送る。

「おい」

「はっ!!」


 自衛官が学者の意見を肯定し部下に合図を送った。部下は退出した後すぐに台車を押して戻ってきた。台車には大きな箱の様な物が乗っており上から布が被されている。その箱からだろうか饐えた様な酷い臭いが辺りに漂う。


「みなさん先程の映像の証拠がここに有りますご覧下さい」

 自衛官がそういったあと箱の布が取られる。


「「ひっ」」


 驚きや恐怖の混じった声が皆から発せられる。運び込まれた箱は頑丈そうな檻だった。檻の中には凶悪な顔をしたゴブリンが居た。弱ってグッタリしている様だが動いて居るので生きている。とても作り物には見えない。間違い無く本物だ。皆が作り物ではないのを確信させられた後ゴブリンは再び運びだされた。


「これで信じていただけましたでしょうか。この他にも数種類の化け物の様な生物が確認されています。先程の生物もそうですがそれらはアニメに出てくるモンスターとそっくりな姿をしています。そしてそれらに共通する特徴は非常に凶暴で生命力が強いと言う事です。先程の映像にもありましたが銃で撃ったところで致命傷を負わない限り痛みも見せずに襲って来ます。腕や足が無くなっても向かってきた事も確認されています」


「これから皆さんにはこの島で各分野の研究を行って頂きます。また、先程ご覧頂いたように非常に危険が大きい島です。我々自衛隊も全力で皆さんの安全を確保するつもりですが皆さんご自身にもある程度の戦闘能力は付けて頂く予定をしていますので研究と平行して軍事訓練にも参加頂きます」


「そんなの滅茶苦茶だ」

「君は何を言っているんだ。こんな強制が許されると思うのか!!」

「そうだ!!これは立派な人権蹂躙だ」

「どうして我々が!!」

 みんな口々に怒りを露わにする。


「ご静粛に!!」

 自衛官から威圧するように大きな声が発せられる。部屋の中にいた他の自衛官も銃を持ち直す様な仕草をして威圧してくる。


「不条理であり今までの法に触れているのは、こちらも十分に理解しております。政府からも説明があったと思いますが今は非常事態です。本件に関しては緊急を要し日本国民全員の命がかかっています。超法規的措置も許容されると秘密裏にですが国会でも承認されています。みなさんが選ばれたのは各分野の第一人者であると言う事です。しかも若い。だからこそこの最前線にお越し頂いているのです。みなさんの上司に当たられる方々も強制招集されておりここでの研究を全面的にバックアップする体制を構築中です。また、みなさんは第一陣ですが基地や研究施設の整備にともなって第二陣、第三陣へと続く計画も進行されています」


 この後に資料が配られ生活なども含めて色々な説明が行われた。最初はみんな怒りを露わにしていたがどうあっても逃げられないようで次第に諦め魂がぬけた様な顔をして聞いていた。たぶん俺も同じ顔をしていたのだろう。説明が終わったあとは基地内を案内され個室を与えられた。

 個室と言ってもベッドと机が置かれていっぱいになるような狭い部屋だ。その他にはパソコンが一台与えられて自衛隊のサーバーに繋がっている。機密保持のためネットには繋がっていないそうだ。これでも士官待遇でかなり優遇されているらしい。他の人達はそれぞれの専門によって実験室や手術室なども割り当てられている。動物学者や医学関係の学者はさっそくゴブリンの解剖らしい。


 俺の最初の仕事は魔物の命名だそうだ。魔物の名前を決めていくだけの簡単なお仕事だ。呼称が決まらないと(仮)とかで報告書作成も手間らしく最優先との要望だ。まあ、俺が決めていると言っても決めている感は全く無く既に知っているって感じだ。だって見たまんまだし。

 ゴブリンを初めとして犬頭や豚顔の魔物だぞ。コボルトやオーク以外に呼びようがない。他にも数種類の魔物の資料があったがどれもどこかで見たことあるものばかりだ。まずはそれらの呼称や補足事項をデーターベースに登録していく。魔物の資料を見ていて解ったことだが生態もファンタジーに出てくる物と酷似している。オークやゴブリンは多種族交配が可能なようで人間の女性とかにも異常反応を示すらしい。まあ、どんな反応かは気分の良い物でも無いので語らないでおくがお察しだ。

 クッコロ姫騎士ならぬクッコロ女性自衛官とかも出てくるのだろうか・・・。まあ、馬鹿な想像は置いておいてもこれらの資料を見るだけでも俺が呼ばれた訳は納得だ。ファンタジーの知識が実際に役立つとは想像もしなかった。事実と合わせて参考になるようにファンタジーの設定とかを書き込んでいく。しかし、あのビデオのゴブリン強かったな。大抵は序盤の雑魚キャラ設定なのに一部隊とは言え自衛隊が全滅とは。


コンコン

 考え事をしていると部屋をノックする音が聞こえた。

「はい、空いてますよ~どうぞ~」

「失礼します」

 ドアを開け部屋に入ってきたのは須藤さんだった。オドオドして挙動不審だ。自衛隊から与えられたであろう僕と同じパソコンを胸に抱えてきてる。

「何かご用ですか?」

「はい、ご相談がありまして。これなんですが」

 そう言って須藤さんはパソコンを開いて見せてくる。

「僕でよろしければ」

「あの~私は魔法の分析と命名を頼まれたのですが迷ってしまって」

「はぁ」

 なんか俺と同じ様な事頼まれてるんだな。

「名前は至急と言われてまして、自分で決められないのでこう言うのに詳しそうな奥田さんに決めて貰おうと思いまして」

「はあ・・・お役に立つかわかりませんが」

「最初のビデオで見せられた魔法の名前なんですけどね。私が考えた候補はの二つなんです。どっちが良いですかね?」


 なんだこの中二病感溢れる痛々しい名前は・・・。もしかして笑う所なんだろうか。でも須藤さんは真剣な表情だし笑うのは控えた方が良さそうだ。しかし、あの火の玉が飛んでくるだけの魔法の名前だろ?それにこの人三十路くらいに見えるんだが、まだ中二病患ったままなの?


「いやいやいやいや、その名前だとどんなに凄い魔法かと思いますよ。それに長すぎるっしょ。普通に火球ファイヤーボールとかで良いんじゃ無いですか?」


 思わずツッコミ入れちゃったよ。あ、須藤さん固まってる。全否定とかやり過ぎたかな。とりあえず謝った方がいいかな。


「おおおお、奥田さんあなたは天才ですか!!」

須藤さんはキラキラした眼で俺を見つめ手を強く握ってそう叫んだ。

(え、そっち?中二感溢れる名前考えて置いて、俺が言った安易な名前が気に入ったの?)

「いや、これくらいは誰でも・・・」

火球ファイヤーボール良いですね採用させて貰いますね。他のもそんな感じで命名していけばいいですね。これで先に進めます有難うございます。早速作業にもどりますのでこれで失礼しますね」

「あ、いえ」

 そう言って須藤さんはハイテンションのままに部屋を出て行った。


 マジかー、そんな思いつきそのまま採用か・・・


 こうして南大大島の一日目は慌ただしく終わりをつげた。そして2日目から地獄が始まったのだ・・・。

 当たり前だ!!こちとらひ弱な学者だぞ!!外を出歩くことさえ殆どないんだ。体力なんて有るはずがない。自衛隊の訓練なんかついていける訳あるか!!


 そしてこの日に沈黙を守っていた政府から日本が見知らぬ地で孤立している事が公表され、非常事態宣言が発令された。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る