第2話 地震のあと(奥田 健一の場合)

奥田 健一side


 地震が収まり俺は安全を確認しつつ崩れた本の山から這い出した。研究室全体を見渡すとあらゆる物が散乱しており足の踏み場も無い状態だ。とりあえず身の周りの山を無理矢理寄せて落ち着けるスペースを確保する。


 本やDVDなどの研究資料の山は総崩れだがテレビは無事だったようで先程まで堪能していた人気アニメは今も再生を続けて居る。


「ちっ、話が途中が飛んでしまったじゃないか。また最初から見直さないといけないじゃないか。話の途中から見るなんて作品に失礼になるからな」


 ついつい続きを見ていたくなるが俺も立派な一社会人であり教育者だ。学生のためにも地震の情報収集をせねば。欲望を・・・もとい研究意欲を押さえてビデオから国営放送に切り替えた。

 正常に番組が受信されているのでアンテナは無事の様だ。地震が収まった直後のためか通常番組のようだ。

 文字による速報もまだ出て居ない。とりあえずヘッドホンを外して離れていてもテレビの音声が聞こえる様にボリュームを調整する。そしてテレビの音声を聞き流しつつ崩れた山を見つめる。


「これ、どうしたもんかなぁ・・・」


 改めて研究室全体を見渡すが酷い状況だ。片付ける手間を想像するだけで絶望しかない。途方に暮れてボーッと部屋を見つめてしまうだけなのは仕方が無い。後で学生に片付けを手伝わせるか。


 そんな事を考えて居ると隣の部屋に続く扉がパタンと大きな音をたてて勢いよく開いた。その扉から人影が慌てて飛び出して来た。


 研究室のとなりは教授室だ。そこから出てくるのは白髪交じりで小太りのおっさ・・・もとい当研究室の教授だ。


 研究室の惨状を目の当たりにして驚いた様子だがすぐに落ち着き俺に話しかけて来た。

「これは酷いな・・・奥田君は何をボーッとしているんだ。」

「あ、教授。いや片付けるの大変だなぁっと」

「何を馬鹿な事を言ってるんだ。今はそれどころじゃ無いだろう、あれだけの地震だ。すぐにでも余震があるだろうから早く避難しないと」

「あ、そうですね。」

「直に避難誘導の放送もあるだろうが屋内に残ってる学生を確認しつつ外に出よう」

「はい」


 教授に促され俺が避難しようとした所でテレビからピンポーンという災害時にお馴染みの音が響きテレビは通常番組からアナウンサーの顔に切り替わった。


 第一報は字幕による速報だと思ってたがテレビに目を向けると意外にもアナウンサーが映し出されていた。映し出されたアナウンサーは何故か原稿を何度も見返し狼狽しているようで中々原稿を読み上げようとしない。「小声で本当にこれを読むのか?」とか周りに確かめたりもしている。かなり挙動不審だ。それなりに大きな地震だったから慌てるのなら解るが戸惑っているようだ。大きな地震だったが、揺れの感じから言っても未曾有の大地震って程でもなかったはずだ。なんとなく違和感を覚えつつも見ているとアナウンサーもなんとか落ち着いたようで原稿を読み始めた。


「気象庁より緊急地震速報が発表されました。先程の地震についてお知らせします。震度は4から5で日本全域で同時に地震が観測されています。震源は不明。現在のところ被害の情報は入ってきておりません。この後の余震や津波の・・・」


「「はあ?」」

 アナウンサーから発せられた言葉に教授と俺は声を揃えて疑問の声を上げる。思わず何処からツッコめばいいかと考えてしまった。台風でもそうそうないのに日本全国で地震が同時に発生などと聞いて我が耳を疑ってしまう。教授の反応も何を言っているのか理解できないと言った感じだ。そんな内容の原稿をアナウンサーは繰り返し読んでいる。誰かに止められる様子もない。テロップでもアナウンスと同様の内容が表示されている。さらに画面が日本地図に切り替わりアナウンサーの言葉を裏付ける様に北海道から沖縄までビッシリと4と5の数字で埋め尽くされている。震源が不明というのも聞いた事もない。異常な情報に避難するのも忘れテレビに釘付けになる。他のチャンネルも確認してみたが同じ内容を繰り返して居る。



地震発生から一日後。


 俺は地震が収まった後、教授や他の職員と共に学生の安全確認や近隣住民の避難受け入れなどに追われた。幸い最初の地震だけで余震は今のところ発生していない。研究室は片付けは放置されたままだ。気にならない訳ではないがそれどころではない。俺を含め大学で避難している人みんなテレビ、ラジオ、ネットなどあらゆるメディアのニュースに釘付けだ。


 日本全国という地震の範囲はともかくニュースも最初のうちは良かった。余震や津波に対する注意喚起などを繰り返しているだけであったが、死傷者など被害の情報なども混じってきた。全国規模のためだろう怪我人や行方不明者は数万人と多い様だが今のところ死者は見つかってない。また、全国で交通機関の停止に伴う帰宅難民が発生しているなどの情報も合わせて流されていた。ニュースの中にはこれほどの未曾有の大災害なのに首相を筆頭に閣僚がのんきにゴルフをしていたために政府対応が遅れたって情けなくなるようなニュースもあった。それもひっくるめてそこまでは良い。日本全国っていうおかしな範囲ではあるが地震が発生すれば起こりえる事であって当然のニュースだ。


 だが地震範囲の異常は始まりに過ぎなかった。さらに信じられないニュースが次々に流れてきた。まず、海外のどの国とも連絡が取れない。電話やネットはもちろん。アマチュア無線などでも連絡がとれないのだ。さらに気象衛星やGPSからの信号もキャッチできない。鎖国時代に戻ってしまったようだ。政府からの公式発表はまだないがこの調子であれば軍用の通信手段でも恐らくだめなのであろう。そんな状態だから災害時にはおなじみの国際支援も連絡が取れないのだから望めない。ちょっと考えられない自体であるが百歩譲って海外と連絡が取れないと言うのは良しとしよう。専門家では無いからあくまで素人考えだが地震の影響で電波障害が発生している可能性もある。


 しかし、そんな事は軽く些事と言い切れるほどのトンデモ・ニュースが流れてきた。


 それは今まで日本から見えていた外国が見えなくなっていると言う事だ。俺は見たことは無かったがロシアや韓国それに台湾などが国内の何カ所かで見えていた。それが忽然と姿を消したのである。それは台湾島だけならまだしもユーラシア大陸が消えていると言う事だ。あげくの果てには本州の南、九州の東の太平洋上に大きな島が現れたのが目撃された。本州はもちろんの事四国・九州と言った広い範囲から目撃情報が寄せられており、それらの情報からも解る通りその島はかなり大きい。


 ニュースでは解説者や有名な教授などが様々な仮説を唱えている。地殻変動があって大陸が沈み海底から島がせり上がったとか、日本が某ひょうたん島の様に動いたとか支離滅裂だ。各メディアは、さも自分たちの説が正しいと言う様に声高に伝えている。しかしどの説も素人が簡単に突っ込める程の大穴のある説ばかりだ。例えば大陸が沈んだり島が出来る様な大異変なら震度5程度の地震で済むはずもない。津波さえ来ないのだ。第一そんな変動に挟まれれば日本が存在するほうがおかしい。そしてこれほどの状況なのに政府からは現在調査中ですの一点張りで、まともな発表がないためメディアのトンデモ仮説に拍車がかかっている。


 だが俺は真実を知っている!! 専門家である俺が唱えなければならないだろう。だが、説が2つありどちらも決定力にかけるのだ。


 その説は日本が丸ごと他の惑星にワープしたか異世界に転移したかだ!!


はぁ・・・


 さすがに自分で言ってても飛躍し過ぎていると思う。自他共に認めるファンタジー・オタクとは言えこれでも立派な社会人だ。恥ずかしすぎて人には言えない。心の中だけで想像しているのが精一杯だ。異世界転移ならば俺はその専門家とは言えるかも知れない。しかし、あくまでファンタジーの専門家だ。人によって空想され作られた物語の専門家だ。万が一にも現実でワープや異世界転移があったとしたら完全に専門外だ。そういうのは宇宙や物理なんかに詳しい人たちの領域だろう。




地震発生から三日後


 未だに地震やその後の異変について政府からの公式発表はない。現在調査中の一点張りだ。交通機関やライフラインも止まったままだった。辛うじて水道と病院等の重要施設で電気が復旧している程度だった。震度5程度でここまでライフラインが復旧しない事は今まで無かったが日本全国とういう未曾有の規模だからだろうか。これだけの規模だしやむを得ないとは思うが救援物資すら届かない。

 今のところは災害用の備蓄や流通在庫などをかき集めて食いつないでいる状況だ。それもすぐに限界がくるだろう。このままでは飢え死にだ。建物や道路などの外観はほぼ無傷と言って良い。

 町並みは地震前と変わらない。例外もあるだろうが地震など無かったかのようだ。全国的に同じ状況なので周辺地域からの支援も望めないだろう。このままでは日本全体が建物だけを残すゴーストタウンになってしまう。


 そんな状況の中、何の予告もなしにグランドに轟音を立てて自衛隊のヘリが降りてきた。


「おお、やっと救援物資が届いたのか」

「食料ももちろんだけど医薬品もあるといいわね」

そんな安心した様子の会話が周りから聞こえてきた。


 ヘリの音を聞きつけてみんながグランドに集まって来ている。そういう俺も救援物資に期待しつつグランドに駆けつける。


 しかしヘリからは救援物資ではなく黒服にサングラスという某SF映画のエージェントの様な二人組が降りてきた。


「なんだあれ?」

「自衛官じゃないみたいね」


 職員がその男達に駆け寄る。グランドに集まってきてる人達は予想と違う光景に遠巻きに見ている。当然俺も近寄っていない。


 しばらく男達と職員が話したあと辺りを見回すしこちらの方を指さした。後ろに何かあるのかと思い

 振り返り辺りを見回すが集まってきた学生が数人いるだけでこれと言った物は見当たらない。さらに何か無いかと見回していると後ろから声が掛けられた。


「奥田先生ですね?」

 その声に振り返ると先程の黒服が目の前に居た。ビックリして固まっていると

「社会学部の奥田 健一さんで間違いありませんね?」

「は、はい奥田は私ですが何か?」

「私は内閣情報調査室の者です」

 そう言って身分証を見せられ、続けて取り出した召喚状と書かれた紙を広げて見せられた。

「この通り政府から緊急召還命令が出ております。申し訳ありませんが本件については拒否権はありません。ご同行願います」

「え、な、何?召喚?」

 召喚って幻獣とか怪獣を呼び出す奴だよな。黒服の言っている意味を呑み込めずに現実逃避に耽っていると返事をする間もなく二人の黒服に両腕をつかまれた。そのまま二人の間に挟まれ抱えられるようにしてヘリへと連れて行かれた。

「え、え、え、ちょ、ちょっと待って! 一体何事? だ、誰か助けて!!」

 黒服からの返事はない・・・、そのままヘリに乗せらるとヘリはすぐに飛び立った。



 訳が分からないまま連れ去られた俺は今、会議室らしい部屋にいる。古い建物みたいで調度品も年期が入っているようだ。品物の良し悪しなど解らないが、それにかなりの高級品って感じがする。この会議室の中には約20名くらいの人がいる。全員知らない人だ。いや、一人知っている。

 上座の中央で偉そうにふんぞり返っている人だ。地震の時にゴルフしていてマスコミや野党に散々叩かれている総理大臣だ。ヘリから降ろされて初対面ではあるが最近テレビで謝ってばかり居る人なので顔と名前は知っている。

 会議のテーブルの半分はなんかいかにも政府のお偉いさんって感じのおっさん達が難しい顔をして座って居る。のこりの半分は20代後半から30代位の人が10人ほど座っている。その中には女性も二人いる。

 一人はスマートな長身でショートヘアの如何にも女医さんって感じだ。もう一人は・・・ソバージュで瓶底みたいな丸眼鏡を掛けている。魔法使いの映画に出てきた占いの先生みたいだ。皆も俺と同じように訳の分からないまま連れてこられたのだろう不安そうな顔であたりを見回してる。


 なぜ俺はこんなところに居るのだろう・・・


 そうこうしてるうちに総理の横に立っていた秘書みたいな人が話はじめた。

「えー、みなさんご静粛に」

 その言葉にざわついていた会議室の人々が注目する。

「始めに本会議の進行を勤めさせて頂きます総理の政務秘書官を務めさせていただいております長井と申します。ここに居られる方みなさんには事前に守秘義務の誓約書にサイン頂いております。これからこの場で話されること全て国家機密となります。国家の安全および存亡に関わる事項ですので万一ここで話された情報が外部に漏れた場合厳罰に処せられますので十分ご注意下さい」


(はあ?国家機密だって!!なんで俺がそんな会議に出席されてるんだ。ますます意味がわからない)


 そのあと首相が長々とあいさつの様な物を言っていたが何を言ってるのか解らない。いつも思う事だが政治家の話ってなんでとらえどころがない。第一混乱した頭ではまともに考えることなんか出来ない。首相の挨拶に続いて会議出席者について軽く説明される。おっさん組はやはり見た目どおり首相を始め大臣と各省庁の次官とか政府の偉いさんだった。それに加えて幕僚総長とか自衛隊関係者が多いみたいだ。


 そして若手は俺と同じ様な大学の准教授や講師で各分野の学者って感じの人達だ。ジャンルは多岐にわたっている感じだ。順番に説明されているが殆どが国立大学の学者でこの国の第一人者とかそれに近い人だと思われる。

 専門分野も物理学を初めとして動物学、植物学、言語学者など多岐にわたる。ただ理系分野の方が割合としては多いようだ。

 三流大学のサブカルが専門って俺だけっぽくて場違い感が半端ない。周りの視線が痛すぎる。そんな視線に耐えていると丸眼鏡の女性の紹介もされた。須藤 裕美すどう ゆみさんと言って三流女子大で魔術を研究しているらしい。一人でもサブカル仲間がいたことにほっとする。でも魔術って俺より胡散臭い事研究してる人いたんだな・・・。

 ちなみにもう一人の女性の方は国立大の解剖学の先生で千藤 弥生せんどう やよいさんと言う完全に理系の人だった。。


 しかし何故、俺がここに居るんだろう。


 今日何度目になるか解らないくらい同じ疑問が浮かぶ。


 長い前置きがようやく終わり、いよいよ本題に入る。最初に話していた男が話を進めていくようだ。

「まずは我が国の現状から説明させていただきます。信じがたい事ではありますが現在我が国は未知の惑星か異世界にあります。」


 いきなり爆弾が落とされた。自分で妄想してたことではあるが、まさか政府のまじめそうな人から聞かされるとは思わなかった。ビックリして思わずコーヒーを吹き出しそうになったわ。


「一部報道等でも伝えらておりますのでご存じとは思いますが日本列島の周辺が大きく様変わりをしています。これは間違いではありませんが正確ではありません。自衛隊などを通じ未だに情報収集中ですが明らかに地球と違う地形の中に日本はあります。ユーラシア大陸はもとよりアメリカ大陸・オーストラリア大陸も存在しません。代わりにニュース等でご存じでしょう日本の南の島以外にも地球と全く異なる大陸などが複数確認されています」


 俄には信じがたい話だがその後にも色々な証拠が資料を交えて説明された。その中には軌道上に沢山あるはずの人工衛星は痕跡すらなくデブリすらも全く見つからない綺麗な状態らしい。さらにだめ押しでここが地球ではない決定的に証拠として星の配置が全く違う。天文学者によって星の配置から計算した結果から地球のあった太陽系がある銀河ですら無いのは確実だそうだ。


 それなら未知の惑星で良いと思われるが太平洋に現れた島が問題となるらしい。その南に現れた島が異世界という根拠なのだそうだ。これは後ほど証拠と共に説明されると言うことで詳しい事は省かれた。ちなみに非公式にだが新たに現れた島は南大新島みなみ だいしんとうと言う名前に決定されたそうだ。なんのひねりも無いそのまんまな感じだ。いかにもお役所らしい名前だ。


「ここまでで背景はおわかり頂けたと思います。ここからが本題になりますが我々は存亡の危機にあります。これは国家云々の話でなく生命として絶滅の危機にあると言う意味です」


 さらに爆弾投下が続く・・・やめたげて・・・もう俺を含めたみんなのHPは0よ


「ご存じの通り日本は様々な物資の自給率が低いです。元々頼っていた輸入元が無くなったのです」


 そう今は見知らぬ地に日本が孤立して有る事が問題なのだ。今までエネルギーや食料を輸入に頼ってきた日本はそれらの自給率が絶望的だ。現在あらゆる手を尽くして模索しているが現状では自給の体勢を整える目処は立っていない。特に食料は深刻で自給体制が整う前に干上がってしまうのは確実。


 しかし、全く希望が無いわけではないそうだ。南大新島は北海道と同じくらいの大きさあり手付かずの自然などの天然資源があるらしい。事前調査では石油や鉱物などの地下資源も期待出来るらしい。南大新島は四国と同程度の広さであり恒久的な自給問題の解決は出来ないであろうが根本的な対策は行う時間稼ぎは十分に出来る見込みと言う事だ。時間が稼げれば遠方にある大陸を開発する事も可能だろう。

 それなら南大新島の開発をさっさと進めれば良いと思うが島には大きな問題があるらしい。その問題を解決するためにこの会議のメンバーが集められたということだ。一通りの説明が終わり内容は理解できた。しかし、ますます俺が呼ばれた意味が解らない。さらに詳しい事は現地でと言う事で俺達はそのまま南大新島に送られた。



 そして俺の疑問は何も解決せず放置され新たな疑問が増えて行くばかりだ・・・。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る