第26話 里の暮らし

バル(矢島 昌治)Side


 僕は世界樹に住むようになって3ヶ月が過ぎた。


「カリーネ様起きて下さい。朝ご飯できましたよ」

「うーん、もうちょっと寝かしてえな-」

「駄目です。折角正式な巫女様になれたのに朝のお勤めに遅れちゃいますよ」

「うーん、あとちょっと」

「また、朝ご飯食べる時間なくなりますよ」

「んーおきるー・・・・すやすや」

 そう言ってカリーネ様は本格的な眠りに入ろうとする。

「仕方が無い。今日も実力行使しかないか。ポチGoー」

「アン!!」

 ポチは僕の司令に従いベットに乗るとペロペロとカリーネ様の顔を舐める。

「あん、もうくすぐったい。ポチちゃん起きた!!起きたって」

カリーネ様がベッドから起き上がりポチに待ったをかける。

「カリーネ様おはようございます」

「もー、毎朝毎朝、バルちゃんのいけずやわー」


 僕らが今居るのは世界樹の中に割り当てられたカリーネ様の部屋だ。世界樹の中には様々な部屋があって巫女達が住む寮の様な区画がある。そこはマンションの様な作りなっており各自に個室が与えられてるのだ。

 殆どの巫女は一人なのでワンルーム・マンションみたいな部屋が割り当てられているが僕を引き取ると言う事でカリーネ様は3DKの家族用の部屋を借りていてくれた。驚いた事にこの世界では珍しくバス・トイレ付きなのだ。この世界に集合住宅があるとは思わなかった。まあ、世界樹だけが特殊なのだが。

 

 ここに住むようになってから毎朝の日課になっている。なんと言うかご先祖様を一言で表現するのであれば干物女だった・・・。結婚を全うした未亡人と言って良いのかなんというか。生活能力が皆無だった。

 本人の言葉を借りれば恋愛と結婚は卒業済みと言う事らしい。その時一緒に家事も卒業したと言うのがカリーネ様の言い分である。最初に僕の面倒を見ると言っていたのはなんだったのか。むしろ僕がカーリネ様の面倒を見ている。貴族の子供が出来るはずはないのだが前世でやもめ暮らしが長かったから一通りの家事は出来てしまう悲しさ。


「あー、今朝のお味噌汁も美味しおすわ~」

「せめて顔くらい洗ってから食べて下さいよ」

「面倒やもん」

「はあ・・・」


 カリーネ様は金髪碧眼で美形揃いのハイエルフの中でも一つ抜ける程の美女なのに残念過ぎる。子孫としてはもう少ししっかりとして欲しい。まあ、出かける時とか外面は取り繕っているだけマシか。


「行ってきます」

「いってらっしゃい」

 カリーネ様は身支度を調え出かけて行った。正式な巫女になったので巫女服も少し豪華になり袴の色は赤に変わっている。こうして巫女服に身を包み黙っていると神秘的なハイエルフの巫女に見えるのが不思議だ。


 カリーネ様を送り出したあとは僕もお出かけとは行かない。掃除、洗濯があるのだ。便利な家電なんか無いから結構重労働なんだよな。お菓子を頬張りながら昼ドラ見て三食昼寝付きとか憧れる。冗談はさておき家事を熟した後はポチの散歩だ。


「ポチそろそろ散歩いくぞ」

「アン」


 この三ヶ月で弱っていたポチはすっかり元気になった。今は野生と間違われ狩られてしまわないように首輪を付けている。この首輪はハイドワーフの職人に作って貰った革製の首輪だ。首輪の横にはヴァルハルト侯爵家の紋章を入れて貰った。ポチ自身もこの首輪は気に入っているみたいで、最初に付けたときは尻尾を振って喜んでいた。ちなみに首輪にリードは付けていない。

 ポチは相当に頭が良いようで人間の言葉をちゃんと理解している。流石に言葉は話せないが仕草などで会話が成り立つ程だ。散歩の時はちゃんと付いてくるし頼めば単独でのお使いなんかも余裕で熟す。そんな感じでポチは色々と手助けしてくれるので色々助かっている。今ではポチは僕の立派な相棒だ。どこかの駄目な巫女様とは大違いだ。


 僕はポチと一緒に里の周りにある畑の間を抜け森に向かう。森に近づくと葉が赤や黄色に色づいた木々が見えてくる。ユグドラシルは南半球にあるため今は秋だ。もう間もなく冬に入るので肌寒くなってきた。


「ウウウ」

 

 森の中に入り散策を続けて居るとポチが姿勢を低くして小さなうなり声をあげる。ポチが何かを見つけた様で僕に合図しているのだ。僕はそれを見て剣を抜きポチが示す方向を見る。そこには一角兎ホーンラビットが居た。この森で良く見かける。その名の通り一本の角を持った兎の魔物だ。兎とは言っても体長は手足を伸ばせば2m程になるだろう。威嚇してくるので、それなりに迫力がある。向こうも僕らを見つけた様でこちらに向かって来る。子供と子犬だからな恰好の餌だと思われたのだろう。


雷撃剣ショックソード

僕は呪文を唱え剣に雷の魔法を付加する。


「アンアン」

 ポチが吠えながら一角兎ホーンラビットの前に出て挑発する。一角兎ホーンラビットはポチに気が取られ追いかけポチに攻撃をかけるが、ポチにさらりと躱される。ポチは自分の何倍もあるような一角兎ホーンラビットを軽く弄んでいる。

 ポチが注意を引いている間に僕は後ろに回り込み剣の腹で軽く一角兎ホーンラビットの背を叩いた。バチっと音と小さな光が一瞬輝いた後一角兎ホーンラビットはバタリと倒れ動かなくなった。僕は剣で一角兎ホーンラビットののど元を切りトドメを指す。


 僕が作業を終えてポチの方を見ると、ちゃんとお座りをして僕の作業を大人しく見ている。まあ、目をキラキラと輝かせて尻尾だけは激しく振られているが。よだれを垂らしていないだけマシか。


「今日は大物だね。一角兎ホーンラビットのお肉は美味しいもんね」

「アンアン!!」

「ちょっと早いけどお肉の処理をしないといけないから戻ろうか」

「アン」


 僕達はアイテムボックスに死体を回収して里に戻ることにした。


 僕はこの三ヶ月で無理だと思って居た魔法剣と空間魔法を習得する事が出来た。もちろんまだ覚え立てで大した威力じゃない。魔法剣は弱い魔物を気絶させる程度の威力しかないし、空間魔法も僕の魔力では魔物一匹を入れるのがやっとの小さい空間を固定するのが精一杯だった。それでも習得は不可能だと思って居ただけに凄く嬉しい。


 魔法はカリーネ様をはじめ手の空いた巫女様たちが指導してくれている。それに古代魔法文字まで教えて貰っている。まだまだ始めた学び始めたばかりで先は長いけど知らない事を知るのはやはり楽しい。


 里に戻りロッテ姉の実家にお邪魔する。最近はここも勝手知ったるなんとやらで勝手口から入って井戸に向かう。


「お邪魔します~。すいませーん。また井戸をお借りしますね~」

 家の中に声をかけるとシーラさんから返事が返ってくる。

「はーい、バルちゃんいらっしゃい。今手が離せないから勝手に使って~」

「はーい」

中に聞こえる様に大きな声で返事をかえす。


 アイテムボックスから先程の一角兎ホーンラビットを取りだして解体を始める。血抜きを行い皮や肉・骨それに内蔵と丁寧に切り分けていく。最初の頃はロッテ姉とかに手伝って貰っていたが最近はこの作業も手慣れてきた。


 ある程度大きな肉を別にして後はまとめてアイテムボックスにしまう。皮や骨など不要な物はまとめて市場に売りに行く。魔物とはいえ大切な資源だ。全て何かに利用されるので捨てるところはない。

「ポチおまたせ。おやつ代わりだから今は少なめね」

 そう言って小さな肉の塊を大人しくお座りして待って居たポチに渡す。

「アン」

「食べて良いよ」

 そういうとポチは肉に齧り付きあっという間に食べてしまった。その間に僕は井戸の周りのに残った血を流したりして掃除した。ポチは本当によく食べる。最初から驚く程食べていたが元気になって食欲が留まる事を知らない。

 それだけ良く食べているのにも関わらずポチの大きさは出会った頃と殆ど変わっていない。子犬の成長はもっと早い物だと思って居たけどそうでも無いようだ。強いて居言えば痩せていたのがふっくらと丸みを帯びて子犬らしい体型にはなっている位だ。そうは言っても太っていると言う程ではない。食べた栄養は、この小さな身体の何処に入っているのか。


「バルちゃんお待たせ~。あら、もう掃除までしてくれたの?」

 家の中からシーラさんが出て来た。

「あ、はい。有難うございました。これ井戸をお借りしたお礼です」

 そう言って先程取り置いたお肉を渡した。

「あら、こんなに良いの?」

「はい、今日は大物の一角兎ホーンラビットだったので」

「いつも悪いわね~、うちは井戸貸しているだけなのに」

「いえ、散歩のついでに時々ポチのご飯を確保してるだけですし多いといくらポチが居ても僕らだけでは食べきれませんから」

「そう? それじゃあ遠慮無く頂いて置くわ」

「変わりと言っては何だけど今日はこれを持って帰ってね。いつものやつよ」

 シーラさんはそう言って手に持っていた小さな壺を渡してくれた。

「こちらこそいつも有難うございます」

 壺に入ってるのはシーラさんが作っている自家製味噌だ。今朝のお味噌汁もこれで作った。


 我ながら本当に主婦が板に付いて来た。でも、何かが間違って居る気がする・・・


 家に戻り軽く昼食を済ませたあとやっと勉強の時間だ。新しい魔法も覚えたいが今は古代魔法文字の勉強を優先させている。便宜上古代魔法文字と言っているが学び初めてそれが正確ではない。この文字は本来は古代文明で普通に使われていた文字なのだ。

 この世界樹には帝都の図書室を軽く凌駕する程の膨大な蔵書がある。蔵書の大半が古代文明から伝わっている物なのだ。蔵書の種類は魔法書に限らず歴史書や簡単な読み物まで様々な物があり古代魔法文字で書かれて居る。それらの本を読むためにも古代魔法文字というか古代文明語をマスターしなければならない。


 古代文明語を学び初めてもう一つ面白い事を発見した。それは表音文字や表意文字が使われている。まあ、これは今使われているこの世界の文字でも同じなのだ。しかし古代文明ではこれに加えて表語文字が混在されて使われているのだ。


 つまり日本語と形態が似ているのだ。やカタカナと言った表音文字と数字などの表意文字さらには漢字に相当する表語文字が一つの文の中に混在して使われているのだ。だから海外の人が日本語の読み書きを学ぶのと同じ様に古代文明語の習得難易度はかなり高く成っている様だ。


 ただ、僕個人に取ってみると古代文明語というのは意外と取っつきやすかった。表語文字を漢字に置き換えるとすんなりと理解出来たのだ。もちろん理解できたと言っても、それは極めて小さな範囲だけだ。古代文明言語には膨大な文字が使われており難解な言語で有る事には変わりはない。


「ただいま」

「お帰りなさい」

「アンアン」


 部屋で勉強をしているとカリーネ様が帰って来た。出迎えに出ると先にポチが元気よくカリーネ様を迎えていた。


「夕飯の用意まだなんですよ」

「そうなん。たまにはうちが作るわね。保護者らしいこともしとかんとね」

「じゃあ、僕お手伝いします」

「アン」


 この後は夕食を食べて眠りにつく。この里に来てからは大体こんな暮らしだ。主婦業に追われている感じもする。でも大きな事件もなさそうだし順調な留学生活と言っていいかも。

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