第25話 世界樹

バル(矢島 昌治)Side


 翌朝ロッテ姉の家で朝食をご馳走になった後いよいよ目的のご先祖様の影探しだ。


『我の影を追いなさい。道標は帝都に・・・・』


 あの夜に聞いたこの言葉だけでここまで来たんだ。ロッテ姉やロッテ姉の家族はこの事を以前から知っているみたいだけど詳しくは教えてくれなかった。そして今はロッテ姉に連れられて世界樹の根元に来ている。ちなみにポチも一緒だ。やはり僕の頭の上に乗っている。重いので止めて欲しいのだが長時間歩くのはまだ無理みたいだから仕方ないとはいえ、もうちょっと何とかならない物か。


 そして目の前には何故か神社があった・・・。正確には違うのかもしれないが鳥居があって中央にお社があり、お社の左右には石造りの狛犬が置いてある。狛犬のデザインは前世とは異なり羽が生えている。よく見ると片方はグリフォンっぽい。もう一方は羽の生えたライオンぽいのでマンティコアだろうか。


 なんかここに来てから和風の香りがする物にやたら遭遇する。おそらく過去に日本からの転生者がここに来たんだろう。しかし普通のエルフはファンタジー風なのにハイエルフは和風ってのはどうなんだろう・・・。


「ここは?」

「ここは巫女様達がいらっしゃるお社よ」

「ロッテ姉に預言をしたって人?」

「ううん、私に預言を下さったのは巫女長様だからここにはいらっしゃらないわ」

「そうなんだ。でもなんでここに」

「すぐに解るわ。いらっしゃい」


 そう言ってロッテ姉はお社の中に入っていく。お社に入るのってなんか抵抗がある。前世ではお賽銭入れて拝むだけでお社入る事はお祓いでもしない限り無かったからな。


 お社の中は只の板張りで何も無いがらんとした空間だった。ロッテ姉の後を追いかけて部屋の中央に建つと足下に魔法陣が現れた。次の瞬間目の前の景色が変わり魔法陣は消えた。景色が変わったと言っても目の前に扉が現れただけだ。部屋を見回してみると後ろにあったはずの入り口が消えているので別の場所に移動したようだ。


 扉を開けロッテ姉が部屋を出て行くので慌てて後を追いかける。扉の外は板張りの広い空間だった。体育館くらいの広さはありそうだ。部屋の中央には神楽舞や狂言で使いそうな屋根のある舞台がある。さらに部屋を見渡すと僕らが出て来た扉の両側が大きく開いた窓になっており空が見えていた。窓から外を覗くと眼下に雲が広がっていた。


「ロッテ姉ここは?」

「ここは世界樹の上にある巫女様たちの修行場所よ。そこの舞台で巫女様が神楽舞を奉納されるの」

 世界樹の上にこんな施設が出来て居るのか。でも中身は見たまんまの利用用途なんだ。やはり日本と無縁とは思えないな。ただその日本人はかなり昔の人だろう。伝わっているものから考えて少なくとも江戸時代以前の人じゃないだろうか。


 そんな事を考えながら舞台を見ていると部屋の奥の扉が開いた。扉から現れたのは巫女服を着た金髪エルフの女性だった。年齢は人間で言えば20後半に見えるがハイエルフだろうから数百才だろう。その女性が来ているのは巫女服で間違い無いとは思うのだが違和感が半端ない。上は白く見慣れた物だ。下もデザイン事態は行灯袴と言われるスカートタイプの袴なのだが色が薄緑なのだ。アニメなんかでは有りそうだけどどうも馴染めない。そんな事を考えながら巫女服の女性を見ていたのだが何処かで見た気がする。


「お二人ともようおこし。待っとりましたえ」

「カリーネ姉様ただ今戻りました。バル君をお連れしました」

「ロッテちゃんおおきにな。ご苦労さんどしたな」


「バルちゃんも遠いところよう来はったな。お疲れさんどしたな」

「あ、いえ。あの失礼ですがどこかでお会いしましたか?」

 エルフ族は見慣れているけど、この人を覚えて居ないんだよな。向こうは僕を知っている様だしどこかであった気が先程からしているが思い出せない。

「いいえ直接会ったのか今日が初めてどすえ」


「ふふ、バル君のお婆様よ。曾がいっぱい付くけどね。」

「ええ?」

「ああん、ロッテちゃんなんで言うてまうの。いけずやね」

「だって言わないでここまで連れてくるの大変だったんですよ。これくらい言わせてもらってもバチは当たらないと思います」

「もう、せっかくうちが驚かせようと思おてたのに」

「え、え?」

 なんか話は二人で進んでいるようだが僕は二人の言っていることが理解出来ない。


「アンアン」

 僕が困って居るのを見かねたのかポチが二人に吠えた。

「あ、ごめんなさいバル君。ポチちゃんもね」

「アン」

「あら、このワンちゃん生きてはるんやね。おとなしゅうしてるから作りもんやと思てたわ」


 ポチのお陰で僕もなんとか再起動出来た。


「あの、お婆様って?」

「そうやねぇ。大体300年位前かなぁ、バルちゃんから数えて10代前の当主がうちの旦那さんやのよ」

「え、じゃあ、あの像のご先祖様?」

「そうどす。でもあの像は恥ずかしいから止めてって言うたんやけどね。誰も聞いてくれへんで伝わってしもうたみたいでね」

「でもお亡くなりになったって聞いてたんですが」

「ああ、それは子供に説明するときに遠い所に行ったってのがそのまま誤解されたみたいどすな」

「じゃあ、本当にご先祖様?」

「勿論そうどすえ。さっきからそう言うてますやろ。ちゃあんと血も繋がってますえ」


 改めて考えると色々辻褄は合う。納得の出来る話だ。ハイエルフの寿命を考えれば300年程度なら生きて居てもなんら不思議ではない。


「まあ立ち話もなんどすさかい、こっちにおいなはれお茶くらいはご馳走しますえ」


 奥に案内されてさらに驚いた。畳があったのだ。しかも部屋の中央には炉がありそこに茶釜が置かれていた。立派な茶室になっているのだ。


「さあ、さあ、遠慮のう入っておくれやす。お座布もつこうてね」


 その後僕らは言葉通りお茶を頂いた。お抹茶に羊羹まで付いていた。

「結構なお点前で」

「お粗末様どした」

「アン」

 何故か僕やロッテ姉と同じ様にポチまで座布団に座ってお茶と羊羹を頂いていた。尻尾を振っていたので美味しかったのだろう。羊羹好きの子犬ってどうなんだ?


肉以外も行けるんだなポチ。甘い物好きなのかな?


 まあ、ポチの食習慣については置いておくとしてお茶を飲みながら色々話は聞けた。


 そもそも通常のエルフやダークエルフは人の倍ほどの寿命を持っている。これくらいは誰でも知っている。これは僕も知っていた何より家族にダークエルフが居るのだし当然だ。だがハイエルフの事となると知ってる人は殆どいない。そもそも今回の件があるまでは僕だってハイエルフが本当にいるのかさえ知らなかった。恐らく居るのだろうって程度だ。これは僕が人族だからというわけでなく一般的な精霊族でさえ同じ状況だ。そんな希少性や伝えられる強力な力を持つという神秘性からハイエルフなどの上位種族は一般的な精霊族から神の様に崇められている。


 ただ、当の上位種族達からみると話は全く異なるらしい。ハイエルフ等の上位種族は1000年程の寿命を持つ。その長い寿命があるから魔法の修行や研究に時間がかけられる。そのため他の種族より強力な魔法が使えるだけらしい。さらに長い寿命があるから人の世界で失われた魔法も伝承されているのだそうだ。それを一般の精霊族からみれば神の御業と見えると言う事だ。


 まあ、言われてみれば納得の理由ではある。今まさに起こっている事だけど300年前の事は伝承でしか知ることが出来ないのに対して見てきた人がいるのだ。この違いは決定的だ。


 ただし、この上位種族が神と呼ばれる話には続きがある。上位種族の一部は本当に神になることがある。神と言っても亜神と呼ばれるもので厳密な意味では神では無いらしく上位種族のさらなる上位に位置する存在らしい。亜神になると1万年を越える寿命を持つと言われているらしいが詳しい事は解らないそうだ。


「ずっとユグドラシルだけだと飽きるからハイエルフは外の世界を色々見て回るんよ。それで見聞を広げた後に里に戻ってきて亜神を目指すのが多い生き方やね」

「それで帝国に?」

「帝国だけとは限らへんよ。色々な大陸や国に行くからね」

「うちみたいに結婚して一つ所に100年もいる方が珍しいかな」

「そうなんですか」

「まあ、人族の寿命は短いしね。あと子供や孫を看取るのも辛いしなあ」

「そういえばハイエルフと人族の子供の寿命は長くならないんですか?」

「そうとは限れへんねんけどね。なんやハイエルフは子供を作る力も弱いみたいやからね。大体は相手の種族の血が強うなるんよ。上位種族同士だと産まれる子供も少ないんよ」

「そうなんですか」

「この里にほぼ全ての上位種族がおるんやけど全部で1万もおらんくらいやからね」

長い寿命があるから繁殖力が弱くなるとかだろうか。

「ご先祖様は亜神を目指してここで修行をされているんですか?」

「ええ、そうどす。まあ修行したからと言って亜神になれるとは限らへんねんけどね。最初から挑戦しなかったり途中で諦める人も多いんやけどね」

「なんか凄いですね」

「なんも凄いことあらへんよ。うちかって偉そうに言うてるけど、ようやっと来年くらいに見習いが終わって正式な巫女になれるかってくらいやからね」

「え?見習いってどれ位修行がいるんですか?」

「うーん人によってちゃうけど、うちの場合は150年くらいかなあ」

「バル君普通は見習い200年から300年くらいかかるからカリーネ様は凄く早いのよ」

 ロッテ姉がそう補足してくれた。

「ロッテちゃん、褒めてくれるのは嬉しいけどなんも出えへんよ。あ、羊羹のおかわりいらん?」

「あ、いただきます」

「アン」

 何も出ないと言いつつ嬉しそうだ。それに褒めたのは無駄では無かった様だ。


 何故かポチまで便乗してるが・・・


 ロッテ姉もポチも羊羹を幸せそうに食べているからいいか。僕までお零れで貰ってしまったし。


「これからの事なんやけどね。バルちゃんはしばらくはここでと一緒に暮らして貰おうと思うてるんよ」

「ここで、それは僕も亜神を目指せって事ですか?」

「いや、ちゃうちゃう。バルちゃんもここで数百年修行したら亜神になれるかもしれへんけどね」

「いや、その前に寿命来ちゃいますよ」

「うちの血が濃くでれば行けるかもしれへんよ。まあ、それにしてもバルちゃんの年は若すぎるからね。少なくとも100年くらいは俗世で色々経験せえへんとなあ」

「修行の前に100年ですか・・・」


 なんか普通に話聞いてしまってるけど単位が100年って普通に寿命越えてるんだよな・・・前世なら100才越えも結構居たみたいだけどこの厳しい世界じゃ無理がありすぎる。


「亜神うんぬんって言うのは今回は関係あらへんのよ。バルちゃんは異世界の記憶を持って生まれ来とるやろ。その知識を活かして変化を起こして貰うための準備をここでして欲しいんやよ」


「変化ですか?」


「せや、うちら上位種族は伝えていくのは寿命の長さもあって得意やねんけど新しい物を生み出すのは苦手なんよ」

「そうなんですか」

「せやから新しい物を取り込むって意味もあって俗世に出て行くのもあるんよ」

「なるほど」

「それでなメニューってあるやろ。あれはうちのおばあちゃんの代くらいから使われてるんよ」

「はあ、ご先祖様のお婆様ですか・・・」

「正確には解らへんねんけど少なくとも1000年以上昔に転生者が作ったと言われてるねん」

「はあ、やっぱり転生者ですか」

「なんや、あんまり驚かへんねんね」

「まあ、このお茶室とか前世で僕が住んでいた世界にもありましたからね。それにメニューも魔法とは関係無いですが似たような物があったんです」

「やっぱりそうなんやね。なら話は早そうやね」

「でも過去の転生者と僕の前世の国が同じって位しか解らないですよ」

「さっきは変化を起こしてって言ったけどな別にバルちゃんが何かを強制するんとちゃうんよ」

「はあ」

「今話してた様に転生者からうちらが色々な物を教えてもろたってだけやのよ。そしてその見返りにうちらと過去の転生者との約束があるねん」

「約束ですか」

「そうや、約束や。その約束ってのがな転生者が現れたらこの世界の知識を与えったってくれと言う物やねん」

「知識を与えるですか」

「そうや。だからバルちゃんをここに呼んだんや。そしてバルちゃんが新しい知識を持つ事で何か変化をもたらすかもって事やねん」

「でも僕がよく転生者だって解りましたね」

「お告げが有ったからね。せやからロッテちゃんに帝都に行って貰ってたんやしね。それに私の子孫なんやからお告げが無くても遅かれ早かれ解ったと思うえ」

「確かにそうですね」

「それに俗世で失伝しとる古代魔法文字とか魔法がここではあるからね」

「それは僕も是非学びたいです」

「せやね。まあバルちゃんは間違い無く私の身内やねんから安心してここで学んでいくとええよ」

「はい」

「ああ、それとなあ。ご先祖様ってのやめてくれへん。なんかお年寄りになったみたいやもん」

「ではなんて呼べば」

「普通にカリーネでええからね」


 なんかエルフの身内って毎回こんなやりとりになるな。やっぱり女性に年齢関係の話題はタブーなんだろうな。まあ今回は平和的だったからいいけど。

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