第24話 森の迷子

バル(矢島 昌治)Side


 ロッテ姉と僕はユグドラシルにある湿地帯を迂回している。ここまで何度かの戦闘があったがロッテ姉は大剣を出すことなくレイピアだけで倒している。前から強いのは解って居たけど本気のロッテ姉はさらに強かった。僕は結局見学しているだけだった。


「やっぱり森の中は良いわね。湿地帯よりは魔物も少ないしね」

「目的地まではまだ距離があるの?」

 僕たちは湿地帯を抜けて再び森の中を歩いてる。

「ここまで来ればそれ程ではないわよ。この調子なら日が沈む前に着けると思うわ」

「そうなんだ思ったより近いかも」

「この森では流石に野宿は危険だからね」


 僕たちが雑談をしながら歩いていると何か視線の中に動く物を見つけた。そちらの方に目を向けると木の陰に微かに動く小さな黒い塊を見つけた。僕は気になって近づいてみる。それは小さく蹲っている小さな子犬だった。周りを見渡すが親犬の気配はない。

「ロッテ姉」

「どうしたの」

「この子犬、親とはぐれたみたい」

「子犬?こんな所にどうして居るのかしら」

「泥で真っ黒だ。湿地にでも落ちてここまで来たのかな?」

「かなり弱っているわね」


 子犬を見ると濡れた為だろうか小刻みに震えている。手が届くくらい近づいても動く気配がない。僕は子犬を外套で包み抱き上げる。見る限り衰弱しているだけで怪我はないようだ。


「バル君その子犬どうするつもり?」

「この子を助けたい」

「うーん、でもこの辺りに居るって事は魔物でしょうね。元気になったら襲って来るかもしれないわよ。まあこれだけ小さいなら襲って来ても危険は無いでしょうけど」

「それでも助けたい」

「途中で死んでしまうかも知れないわよ」

「大丈夫ちゃんとお世話する」

「元気になっても懐かずに逃げちゃうかもよ」

「飼いたいわけじゃないから。むしろ元気になれば安全な場所で放して上げようと思ってる」

「うーん、それでもお勧めはしないわよ」

「お願い自分でちゃんと面倒見るから」

「はあ、しょうが無いわね」

「ロッテ姉ありがとう」

 なんか子犬を拾って来た子供が母親におねだりしてるみたいになってしまったがなんとか連れていく許可を貰えた。

抱きかかえていると暖まったのだろうか震えが収まってきた。何か食べ物を与えた方が良いのだろうか。子犬に与えるとしたらやっぱり・・・


「ミルク」


「え、そんな目でみても私は乙女なんだからミルクなんて出ないわよ!!」

「え?そんな事思ってないよ。子犬に与えるとしたらミルクかなって考えてただけだよ」

 ロッテ姉の方を見てた訳じゃなくミルク代わりになりそうな物がないか考えてただけなんだけど勘違いされてしまった。


 とりあえずチーズと水を子犬に与えてみたらあっと言う間に食べてしまった。

 その姿を見ていたロッテ姉がクスリと笑った。

「よっぽどお腹が減ってたみたいね」

「うん、でもこれだけ食べられるなら一安心だね」

「そうね。もしかすると親とはぐれて食べ物を手に入れられずに倒れたのかも」

「うん、目立った傷もないからそうだと思う」

「でもこの森でよく無事だったわね」

「歯はあるみたいだからお肉とかも食べられるかな?」

「そうね。また後で狩った魔物の肉でも捌いて上げるわ」

「うん、お願い」


 子犬は僕らの会話が解るのだろうか。お肉と言った時に尖った耳がピクピクっと動いた。流石に言葉は分からないだろうけど本能でお肉だけはわかるのかも。後は泥を落として上げたいけど湿地帯まで戻って冷たい水に漬ける訳にもいかない。お湯を沸かすのも安全が確保出来る場所でなければ無理だ。僕は外套を袋状にして首からさげ、その中に子犬を入れた。こうすれば子犬を体温で暖めながら歩くことが出来る。


「そろそろ行きましょうか。あまり手間取っていると日が暮れてしまうわ」

「うん」

 ロッテ姉の言葉に従い僕らは再び森を進み出した。


「クゥーン」


 しばらく歩いていると子犬が小さく鳴いた。外套の中を覗き込むと眠っているようだ。今の鳴き声は寝言みたいだ。もしかすると何か夢をみているのかも知れない。酷い目に会ったみたいだからせめて夢は良い夢を見ているといいな。


 そろそろ夕暮れに差し掛かろうかと言う所で正面に巨大な壁が見えてきた。木が邪魔で全容は見えないが一面を茶色い壁が覆っている。まあ、何かは解るけどやっぱりとんでもないな・・・。

「ロッテ姉、正面の壁が世界樹だよね」

「そうよ。ここまで来れば里まですぐよ」


 森を抜けると圧巻の景色が目に入ってきた。世界樹の下は開けた土地で根元に家や畑が建ち並んでいるのが見える。ここから見えるだけでも思ったより沢山の人が住んでいそうだ。町と言って良い規模だと思う。世界樹はここでもやはり壁だった。壁が丸みを帯びて建っているのは解るがそれだけだ。上を見上げるとずっと壁が続いてる。首が痛くなっただけで新たな発見はなかった。まだ根元の町まで続く道があり目測だけど町までは1㎞くらいありそうだ。想像してた景色とはかなり違うがただ圧倒されるばかりだった。


「バル君ぽかんとしてるけど大丈夫?」

「う、うん。あまりの光景に驚いただけ」

「そうか、どう凄いでしょ。ここが私の生まれ育った町よ」

「うん、本当に凄い。それに沢山人が住んでいるんだね。この町の人はみんなハイエルフなの?」

「そんな事無いわよ。主には精霊族だけどハイエルフ・ハイダークエルフ・ハイドワーフとか色々な種族がいるわよ。あとほんの僅かだけど精霊族以外の人族や獣人族なんかもいるわよ」

「みんな木の周りに住んでいるの?」

「そうね町は日が当たる北側にあるわ。南側は流石に世界樹の影でどうしても暗くなってしまうしね」

「え、北側?」

「ん?あーユグドラシルは太陽は北にあるのよ。帝都とかとは逆だもんね」

「えーと言うことはここは南半球なんだ」

「南半球?それは良くわからないわ」

「ああ、この世界の北側に帝都があって。南側にここがあるって事」

「そうなるのかな?よくわかんないわ」


 まあ、無理はないか大航海時代のような物が無いこの世界に世界地図とかないもんな。


「説明するのは時間かかりそうだから、あまり気にしないで」


 ロッテ姉は僕が前世の記憶持ちだって事を知っているので説明しても良いのだけど惑星とか恒星とかの説明しだしたら長くなりそうだからな。


「そう、また暇なときにでも聞かせてね。今日は私の家に行って休みましょう。バル君のご先祖様については明日ね」

「はい、お願いします」


 町に着いてさらに驚いた。町の家は瓦屋根のある木造建築の建物が多かった。まるで時代劇に出て来そうな町並みだった。もちろん日本風の家屋だけでなく他にも洋風や如何にもエルフ風と言った家もある。区画ごとに別れている感じなのでテーマパークみたいだ。お上りさんの様にキョロキョロと町並みを見渡しているとあっと言う間にロッテ姉の実家についた。


「ここが私の実家よ」

「す、凄い立派なお屋敷だね」

 なんとか言葉を絞りだした。ロッテ姉の実家はまるで武家屋敷だった。エルフのイメージとは違いすぎる・・・。


「ただいまー」

 ロッテ姉は元気に門にあるくぐり戸を抜けて屋敷に入っていく。僕もその後に続いた。


 門に入ると和装風の服を着た20代くらいの女性エルフが居た。ロッテ姉によく似た凄い美人だ。ロッテ姉が成長したらこの人みたいになるって感じだ。姉妹なのかもしれない。


「あらあら、ロッテちゃんおかえりなさい。もう帰って来ちゃったの。かなり早かったわね。何か辛いことでもあって逃げて来ちゃった?」


「違います!!ちゃんとお役目を全うして帰ってきました。子供扱いしないで!!」

「何言ってるの。私から見ればロッテちゃんはいつまでも子供よ」

「これでも今年162才になった立派なレディーです」

「レディとか自分で言うのが子供って事よ。」

「バル君の前で変なこと言わないで!!」


 ・・・なんか色々衝撃の事実を聞いた気がする。あまりの事に完全に固まって居る。


「あら、私としたことがお客様がいたのね。あら可愛いお客様」

「はじめまして、バルドゥーイン・フォン・レルヒェンフェルトと申します。よろしくお願いします」

「偉いわねー、ちゃんとご挨拶出来るのね。私はロッテの母でシーラと申します。こちらこそよろしくね」


 新たな衝撃の事実が・・・まあ、精霊族は見た目は若いままだからそれ程ではないか。


「ささ、中に入って。何も無いところだけどゆっくり休んでね」

「あ、すいません。その前にこの子を洗って上げたいのでお湯を頂けませんか?」

 そう言って胸に抱えている子犬を見せる。

「あら、もう一人可愛いお客様が居たのね。確かに洗って上げないと可哀想ね。

ロッテちゃんお湯を用意するから裏に案内してあげて」


 屋敷の裏手にある井戸に案内してもらうとすぐにシーラさんがお湯を持って来てくれた。お湯を使って子犬の泥を落としていく。


「良い子だな」

「アン」

 子犬が暴れるかと思ったが大人しく洗われている。むしろ気持ち良さそうだ。その様子を見ていたロッテ姉が話しかけてくる。

「バル君この子しばらく面倒見るんでしょ?名前はつけないの?」

「名前か~そうだなぁ安易だけどポチでいいかな?」

 我ながらネーミングセンスの欠片も無いな。

「あら可愛い響きね。良いと思うわよ」

 前世の日本だとベタな名前だけどこの世界なら個性的なのかもしれないな。

「お前ポチって名前でいいか?」

「アン」

 本当に言葉が分かるのか本人も気に入ったみたいだ。元気よく尻尾を振っている。

「じゃあ決まりだ。お前は今日からポチな!!」

「アン!!」

 ポチは洗い終わると黒ではなく白くなった。毛先が少しだけ青くなっている。短めの毛を丁寧に拭いてドライヤー代わりに風魔法で毛を乾かしてやる。毛は乾くと柔らかいフワフワだった。手触りがいいのでずっと撫でていたくなる。


 ロッテ姉はその間に道中で狩ってきた肉を捌いて小さく切ってくれていた。浅い桶に入れた肉を受け取りポチに食べさせてみる。

「アンアン」

 少し食べてこれは美味いって言っているように吠えている。

「美味しい?」

「アン」

 そう一吠えした後ポチは勢いよく残りの肉を平らげてしまった。やっぱりお腹が減っていたみたいで、最初に食べさせたチーズと水だけではたりなかったようだ。ポチが満腹になった様なので改めて屋敷の中に入れて貰う。屋敷の中は流石に畳はなかったが板張りの床で靴を脱いで入る様になっていた。家に上がる前には足すすぎ用のお湯を貰って足を洗った。ポチも足を拭いてやり家の中に入れて貰う。裸足で過ごすのは前世以来だけど凄く落ち着く。


 その後はロッテ姉の家族に紹介され歓待して貰った。夕食もとっても美味しかった。


 夜もベッドでは無くお布団だった。ポチと一緒にお布団に入るととても暖かくぐっすりと眠る事が出来た。



 ロッテ姉の実家にお世話になった翌朝。ポチにペロペロと顔を舐められて起床した。

「おはようポチ」

「アン」

 周りを見渡すとまだ薄暗く日は出ていないようだ。まだ起きるにはかなり早い時間だ。ポチが僕の服の袖を噛んで引っ張る。どこかに連れて行きたいようだ。

「ん、どうしたの?」

 ポチはどこから持って来たのか昨日の肉を入れた桶を咥えていた。

「お腹減ったの?」

 そう聞くと咥えて桶を床に置いた。

「アン」

 ポチはそう一声鳴いてから頷いた。なんか普通に意思疎通出来てるな。犬ってこんなに賢いのか。僕は元々ネコ派だったから知らなかった。まあ、前世を入れても動物を飼った事はないんだけど。まだ走り回れる程は回復してないけどこの調子ならすぐに元気になれそうだ。


 顔を洗うために井戸に行くとシーラさんが水を汲んでいた。ポチは何故か僕の頭の上に居る。

「おはようございます」

「あらバル君おはよう。早いのねもう少し寝てても良いのに」

「ポチがお腹減ったらしくて起こされてしまいました」

「アン」

「ポチちゃんもおはよ」

 僕はポチを地面に降ろした。

「あら、それは大変。急いでポチちゃんのご飯を用意してくるわね」

「お願いします」


 僕は持っていた桶をシーラさんに渡し顔を洗うことにした。ポチはシーラさんの行った方を見つめながら尻尾を全力で振っている。

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