第23話 精霊の森
バル(矢島 昌治)Side
ベルセリアで歓待を受けたあと僕たちはさらに森の奥に進む。予定通りベルセリアで馬を売ったのでここからは歩きだ。エルフの聖域なので少し緊張してたけど森の浅い部分と景色は殆ど変わりがない。若干草木が生長していて大きいかなと言う程度だ。あとは街道が無く獣道の様な細い道があるだけなので視界が悪い。ロッテ姉は僕の少し前を何故か楽しそうに歩いている。
「ロッテ姉なんかご機嫌だね」
「えへへ、やっぱ解る?」
「なんか楽しそうだからね。どうかしたの?」
「そうね。んー何って事は無いんだけどね。久しぶりの森だからかな。帰ってきたーって感じ」
「そうなんだ。この先にロッテ姉の故郷もあるの?」
「んーこの先と言えばこの先だけど違うと言えば違うかな」
「え、どっちなの?」
「うふ、今はまだ秘密かな。まあすぐにわかるわ」
なんか良くわからないがロッテ姉が楽しいならいいか。僕はロッテ姉の後を着いていく。
半日ほど森を進んで行くと開けた場所に出て来た。その場所の中央には歴史を感じさせる石造りの東屋が建っていた。不思議な事にこのまわりだけ草木が生い茂ることなく青空が見えている。
「ふう、とりあえずここで野営をするわね」
「はい、ここは何なの?」
「うーん、なんて言えば良いかな聖地の入り口かな」
「入り口?」
改めて周りを見渡すが東屋以外は何も無い。
「ここまでは何も無かったけどここから先はそうも行かないから装備の確認はしっかりして置いてね」
「はーい」
「そういえばゴブリン一匹出なかったね」
「まあ、いくら安全と言われている精霊の森でもここまで何も居ないのはかなり珍しいんだけどね」
「やっぱり聖地だから何か不思議な力が働いているとかなのかな?」
「そんなことは無いわよ。それにここは厳密には聖地じゃないからね。あ、でもこのあたりに住んでいる人達はここが聖地だと思ってるわね」
ロッテ姉の話を聞けば聞くほど意味不明になっている気がする。
「そういえばバル君皇帝陛下から頂いた剣を見せてくれる?」
「はい、どうぞ」
僕は剣を鞘ごと抜いてロッテ姉に渡す。ロッテ姉は全体を眺めたあと剣を鞘から取りだして見る。
「うん、やっぱり間違い無いわ。これは精霊剣ね。かなり良い物貰ったわね」
僕にそう言いながらロッテ姉は剣を返してくれる。
「精霊剣?」
「精霊剣はエルフの秘術で作られた剣で魔法との親和性に優れているのよ」
「そうすると僕はまだ覚えていないけど魔法剣とかを使えば良いんですか?」
魔法剣とは剣を属性魔法を宿らせて使う魔法だ。例えば炎や雷などの魔法を付加させる事で剣の威力を上げる。魔法剣は属性魔法の中でも上位の魔法になるため僕はまだ使えない。頑張って覚えなければ。
「そうね普通の魔法剣でも効果も高いわよ。でも魔法剣なら只のミスリル製の武器で十分な効果が有るわ。これは魔法剣より上位の魔法が使えるのよ」
「魔法剣の上位魔法ですか?」
「そうよ、まあ厳密には上位にはならないんだけどね。その名前の通り剣に精霊の力を宿す事が出来るのよ」
魔法剣の上位とか魔法剣すら使えない僕にはハードルが高すぎるけど。
「へ、へえ、それは凄いですね」
精霊はそれぞれ強力な力を持っている有名な精霊なら例えば炎の精霊のサラマンダーなどだ。
「まあ、それを使うには剣の使用者が精霊と契約している必要があるんだけどね」
「精霊と契約か・・・」
それを聞いて僕は肩を落とす。結局精霊剣は今の僕にとって無用の長物だと言う事が確定した。精霊との契約は精霊種のエルフやドワーフなら結んでる人も多いのだが人種では希だ。人種や獣人種では精霊と出会う事すら難しい。
「そんなに気を落とさなくても大丈夫よ」
「それならロッテ姉は使える?」
「ええ、もちろん。私は風と水の精霊と契約しているからね。ただ無闇に使うと精霊の機嫌を損ねるから気軽には使えないけどね」
「それでも凄いね。でも僕だと精霊に会えるかも解らないからなぁ」
「その心配は無いと思うわよ。精霊と契約を結べるかは相性の問題もあるから分からないけど会うことは出来るはずよ」
「でも僕は人種だよ。精霊に会える確率はかなり低いと思うけどな」
「そんなの言われなくても解ってるわよ。でもバル君にはハイエルフの血が入ってるのよ。だから大丈夫よ」
ロッテ姉はそうは言うがかなり薄い血だからなあまり期待は出来そうにない。
「そそろそ日が暮れるわね。野営の準備をしましょう。それとこの場所は結界に守られているから安全よ。不寝番はいらないからね」
野営の準備と言っても薪を拾ってきて火をおこすくらいだ。眠るときは外套にくるまって眠るだけでテントの様な物はない。僕らは火を起こしたあと食事をして眠りに就いた。
この世界でも朝日が昇る前の明るくなり始める頃に起き、夜は日が落ちて完全に暗くなると眠ると言うのが生活の基本だ。ましてや旅の途中であればなおさらだ。暗い夜道を進むには魔法の明かりがあっても危険が大きい。日が沈み始めれば立ち止まり野営を行う。魔法やランプなどの明かりはあるので夜更かしをする事もあるがそれなりに高価なので常時使うと言う事はない。たとえ夜更かしをしてももやることがない。当たり前の話だがテレビやゲームなどの娯楽がないのだ。精々本を読むくらいだろう。大人であれば酒場や娼館などもあるが子供の僕には関係がない。
目が覚めると、まだ辺りは薄暗い。朝日が昇りきって居ないようだ。
「おはよう」
「あら、起きたのね。おはよう。まだ出発には早すぎるから寝てても良いのよ」
「うーん、でも寝過ぎた位だからもう眠れないかな」
その後ゆっくり朝食を食べたが姉様は僕がいくら言っても、かなり日が高くなるまで出発しなかった。
「さて、そろそろ行きましょうか。準備はいい?」
僕が頷くとロッテ姉は立ち上がると呪文を唱え始める。僕も慌てて立ち上がる。
東屋の中心に光の壁が浮かび上がる。
「転移門?」
「そうよ。この先は危険だから注意してね」
ロッテ姉に続いて僕も転移門を通る。転移門を抜けた先は同じ様な東屋だった。しかし明らかに違う場所だと解る。雨が降っているのだ。さらに森の木は大人が4、5人でないと幹を囲めない程のとても大きい木が並んでいる。
「わあ」
雨に濡れ朝日に光る巨木が立ち並ぶ景色は壮観で幻想的に見える。その景色に僕は思わず感嘆の声を漏らした。そんな僕を見てロッテ姉が嬉しそうに微笑んだ。その景色にロッテ姉が加わる事でさらに現実離れした絵になっている。まるで妖精と森を描いた一枚の絵画の様だ。
「ようこそユグドラシルへ」
ロッテ姉は両手を広げ歓迎する仕草で僕にそう言った。
「ユグドラシル、それって世界樹の名前じゃ?」
確かに周りを見れば巨木が沢山の立ち並んでいるが世界樹と言うほどの巨大な木は無いように思う。それとも世界樹ってこんなに沢山あるんだろうか。
「バル君はその年で本当に色々な事を知っているのね」
「周りに沢山あるのが世界樹なの?」
「え?」
「え?」
僕の発言にロッテ姉が驚いた表情をみせた。僕もロッテ姉が驚いた事に驚いてお互い意味が解らないと言った表情を浮かべ見つめ合ってしまう。少しの時間だが間抜けな状態になってしまった。
「ああ、もちろんこの周りの木は世界樹じゃないわよ。世界樹は世界に一つだけだからね。ユグドラシルは世界樹を指すと同時にこの地を表す言葉でもあるのよ」
ロッテ姉の方が早く立ち直った様で僕の誤解を訂正してくれた。
「この地?」
「そうよ世界樹が立つこの場所はユグドラシルと呼ばれる数多くの精霊達が住む聖地なの」
「そうだったんだ」
「そしてこのユグドラシルこそ私の産まれ育った場所なの」
ロッテ姉は胸を張って自慢気だ。故郷に戻ってきて嬉しいのだろう。ちょっと可愛いと思ってしまった。言うと怒られるので言わないけど。
「雨が降っているのがちょっと残念なんだけどね。晴れた時の景色は凄く綺麗なのよ」
「いや、今でも十分綺麗だと思う」
「そう言って貰えると嬉しいわ」
「さあ、行きましょうか。さっきも言ったけどここは危険だからね。もし魔物が出ても手を出さないように。魔物の相手は私がするからね。バル君は自分の身を守る事に専念なさい」
「え、でも僕も少しは戦えるよ。魔法剣はまだ使えないけど・・・」
「駄目よ。さっきも言ったけどここは精霊が住む地なの。それだけにあらゆる物の魔力が高い場所なの。その分魔物も強力になっているわ。だから下手に手を出しちゃ駄目だからね」
「うう、解った・・・」
凄い迫力で怒られてしまった。僕だってそれなりには戦えるつもりだったんだけど仕方が無い。ロッテ姉には何度も稽古をつけてもらったことがあるので僕の実力は知っている。その上で強く止められるのだから仕方が無い。
しばらくすると雨はいつの間にか止んでいた。森の中を進んでいると近くに何かが近づいている気配がした。ロッテ姉が腰に差したレイピアを抜いた。木漏れ日を受けて白銀に輝いてるミスリルのレイピアだ。僕も剣を抜く。
「良いわね。さっきも言ったように手出しは無用だからね。自分の身を守る事を最優先で」
「はい」
やがて森の奥からドタドタと音が聞こえてきた。その方向に目を向けていると体長が5m以上はありそうな大きなトカゲが現れた。大きな身体の割にはかなりの速度で走っている。逃げてもすぐに追いつかれそうだ。
「
ロッテ姉が魔法を使い先手を取った。10本の氷で出来た槍がトカゲに襲いかかる。さすがロッテ姉の魔法は凄い。僕では精々3本出すのが限界だ。
氷の槍は全てトカゲに命中した。しかしトカゲの身体を貫く事が出来ずに砕け散った。
「はあ、やっぱだめかぁドクオオトカゲの皮は固いからなぁ」
ロッテ姉は予め結果が解って居たようでやたら落ち着いている。
「ロッテ姉そんな事言ってる場合じゃないよ!!」
「あー大丈夫よ。昔よりは魔法も強力になってるからいけるか試しただけだから」
そう言って抜いていたレイピアまで鞘に収めてしまった。
「ロッテ姉!!」
「心配しなくても大丈夫だから、ここで待って居てね」
ロッテ姉はドクオオトカゲに向かって走り出した。ドクオオトカゲもロッテ姉を迎え撃つ気だ。真っ直ぐにロッテ姉に突進していく。ロッテ姉は風魔法を使い空高くジャンプした。そのまま空中でロッテ姉の手元から光が伸びていく。オオトカゲは飛んでいるロッテ姉を飲み込もうと立ち止まり大口を開ける。ロッテ姉は空中で一回転して光をドクオオトカゲに叩き付けた。ロッテ姉はそのままフワリとドクオオトカゲの前に降り立つ。ドクオオトカゲは凍り付いたように固まったままだ。
着地したロッテ姉の右手にはロッテ姉の身長と同じくらいの大剣が握られていた。ロッテ姉は大剣を肩に担ぎ僕の方に振り返って歩き出す。するとドクオオトカゲが真っ二つに割れた。ロッテ姉はあの大物を一刀両断してしまった。
「バル君大丈夫怪我はない?」
「うん、ここで見ていただけだから。それにしてもロッテ姉凄いね」
「そうでもないわよ。精霊の力を借りたからこれくらいは出来るわよ」
「その剣は?」
「これ?」
「そう、そんな大剣持っていたんだね。いつもレイピアしか使わないから知らなかったよ」
「まあ、これが私の精霊剣よ。私はレイピアより大剣の方が得意なのよ」
「え?じゃあなんで普段はレイピアなの?」
「だって大剣は可愛くないじゃない。女の子ならやっぱりレイピアよ」
「そ、そうなんだ」
武器に可愛いとか可愛くないとか言う発想は解らないな・・・
「あ、そうそう私が大剣使いってのは内緒よ。いいわね?」
「う、うん」
「さあ、死体を回収して行きましょうか」
ロッテ姉がそう言うと担いで居た大剣がすっと消えた。そのまま死体の方に戻り手をかざすと死体も消えてしまった。
「え、なんで?」
「どうしたの?」
「大剣と死体はどこに消えちゃったの?」
「アイテムボックスに入れたのよ?」
「えっ、アイテムボックスって空間魔法の?」
「ええ、そうよ」
「えええええ」
今日は色々驚いてばかりだが強烈なのが来た。
「どうしたのそんなに驚いて」
「だ、だって空間魔法は大昔に失われたんじゃ?」
「ああ、そういえばそうなってたわね。ハイエルフではちゃんと継承されてるわよ」
「え、そうだったの?じゃあなんで失われた事になってるの?」
「まあ、かなり高度な魔法だから習得が難しいからかな。それと魔力もかなり必要だから使える人も限られてしまうしね」
「そうなんだ・・・」
やっぱり幻の種族と言われるハイエルフって凄いんだな。なんか色々疲れた・・・
さらに森の中を進んで行くと湿地帯が見えてきた。湿地帯に出ると一気に視界が広がった。正面には雲を突き抜ける程の高さを持った巨大な木が見えた。雲に隠れているので木の先は見えない。余りにも大きすぎて距離感が全く掴めないが距離はかなり有りそうだ。
「ロッテ姉もしかしてあれが世界樹?」
「ええ、そうよ。世界樹ユグドラシルよ」
「どれくらいの高さがあるの?」
「ごめんね解らないわ。聞いた事もないし大きすぎるから計ることは出来ないんじゃ無いかしら」
そうか、先端は雲に隠れて見えない程だし測量方法も確立されてないだろうから無理か。
「でも幹の太さは小さな都市位なら楽に入ると思うわ」
「へえー、そんなに大きいんだ」
小さな都市が楽に入るという事は直径が3~400m位はあるのかも知れないな。そう考えると飛んでも無い大きさの木だな。物理的にそんな大きな木が立っているのは無理な気がするが魔法世界の力なのかな。まあ、有る物はあるんだし考えても仕方が無いか。
「あれ?」
僕はそんな事を考えながら空を見上げて不思議な事に気が付いた。
「バル君どうかした?」
「いや、出発して結構な時間が経ったのにお昼にもなってないようだったので」
体感的にはもう昼過ぎくらいの太陽の位置が中天の手前の位置だったので違和感を感じたのだ。
「ああ、そうね。そういえばお腹の空く時間ね」
そう言われて気が付いた。自分の腹時計の感覚でも昼過ぎなのは間違い無いように思う。
「そうだね。僕はお腹減った」
「じゃあ、休憩がてら昼食にしましょう」
昼食と言っても火が必要ないように軽くパンにチーズをのせて食べるくらいの簡単な物だ。
「あの門を潜るとかなりの距離を移動するから、時間が4時間くらい戻っちゃうのよ」
「ええ、そんなに遠い所だったんですか」
「そうね。具体的にはどれ位あるか誰も解らないんだけどね」
「そうなのか~」
時差が4時間もあるのか。あくまで体感でしか解らないけど気温や気候は似ているようだから緯度は同じと考えて良いかもしれない。そうなるとかなり大ざっぱな計算だけど大体4000㎞くらい西に移動したのかも。まあ、地球と比べる方法がないから計算の基準も大きく違っている可能性もあるけど。
昼食と言っていいのか朝食と言って良いのか解らないが食事を終えて僕たちは再び歩き始めた。湿地帯は渡って行けないので大きく迂回する形で世界樹に向かって歩き始めた。
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