第27話 日本の現状

奥田 健一side


 冒険者学校が設立されて一ヶ月がたった。今のところは授業も問題なく順調に進んでいる。生徒達は校舎を出て森に実戦訓練に出始めている。実戦に入っている生徒の中には負傷者も出ているが後遺症が残るほどの怪我人や死者は出ていない。戦闘を行っているのだから多少の怪我はやむを得ない為、許容範囲内であろう。


 今日は授業がないので俺はいつもの様に執務室で書類と睨めっこだ。授業がなくても仕事はある。ブラックな状況は全く改善されていない。


「室長~この書類を確認してハンコ下さい~」

 3尉が俺の机にバンと書類の束を置いた。結構な分厚さがある。

「ん?何これ」

「ちゃんと目を通して下さいね~ その資料の大部分は生徒達の収支報告です~」

「なんで俺がそんなのまで見ないといけないの? 最近やたら書類増えてない?」

「そりゃ学校運営始まりましたからね~ 各省庁との連携も増えてますから~」

「そう言うのまとめて引き受けるのは冒険省じゃないの?」

「基本的にはそうなんですけど~ 冒険省で処理できないって判断されたものは室長の所に来ますよ~ なんてったって冒険者ギルドの発案者ですしね~」

「只でさえオーバーワークなのに書類くらい何とかならない?」

「非常時ですし~」

「また、それかよ!!」

「まあ、冗談はさておきこの書類はその冒険省からの改善要求ですよ~」

「改善要求?」

「詳細はその資料にありますが生徒達が実戦訓練に出だしてから出て来た問題なんですけど~」

「ん? 負傷者のことかな。でも多少の怪我は許容範囲だろう」

「そうじゃないですよ~。生徒たちの魔物の倒し方が問題なんですよ~」

「倒し方?」

「ええ~ゴブリンを1匹倒すのにも銃弾を何十発も使ってるんですよね~」

「それが何か問題なの。倒せてるなら良いんじゃ無いの?」

「はぁ・・・これだから学者さんもお役人さんも駄目なんですよね~」

「いや、3尉だって役人と言えば役人でしょ。正確には軍人か」

「いえ、私は自衛官であって軍人ではありません」

「なんでそこだけいつもの間延びした口調じゃなくて普通に話すの」

「ん~なんとなく?」

「はあ、もういいよ。それで何が問題なの?」

「銃弾だってタダじゃないんですよ~。利用価値の低くて引き取り単価の安いゴブリンにそんなに弾使ってると大赤字になっちゃいますよ~」

「あーなるほどね。でも武器とかは政府から至急されてるんじゃ?」

「今は学校の予算でまかなっていますけど~卒業したら農家と同じですから~」

「じゃあ、農家みたいに補助金だせば良いんじゃ無いの?」

「今は人数が少ないから良いですけど~ すぐに増員する予定なんですから~ そんな赤字経営前提だとすぐに破綻しちゃいますよ~」

「確かに・・・。でも今のカリキュラムにコスト管理とかまで追加する余裕もないしな。それに銃弾をケチって怪我しても洒落にならないからな」


「ゴブリンぐらいサッと近づいてナイフでのど元を切っちゃえば良いんですよ~」

3尉はそう言って俺の考えを笑顔で否定してきた。


「怖いことサラッと言うな。それに映画じゃ有るまいしそんな事出来ないだろ」

「え、簡単ですよ~」

 そう言った瞬間3尉は素早くナイフを取り出し俺ののど元に当てた。

「ほら~ こんな風に後はこのままナイフを引けば動脈も気管も一気に切れますからね~ 一発ですぅ~」

「わ、解ったからナイフをは、外して。万一切れたら危ないでしょ」

 3尉はにっこり笑いながらナイフを俺の首元から離す。3尉って時々恐ろしい事するよな。以前にこの基地の自衛官は3尉を含めて皆優秀だと言って居たのは本当なのかも知れない。

「ね~簡単でしょ~ ナイフならお手入れだけで消耗品もないですし~ これくらい誰でもできますよ~」

「で、出来ないですよ?」

 さっきの後遺症だろうか声が上ずって敬語になってしまった。

「練習すれば誰にでも出来ますって~」

 3尉はそう言って笑いながらナイフを鞘に収めた。なんかその絵面だけでも怖いんだけど・・・。

「まあ、ナイフで倒すかは兎も角コストを意識させるのは必要か~」


 今の所具体的な解決作はないが次の職員会議にでも課題として上げておくか。この件だけに構っている訳にもいかないからな。本当やる事が多すぎだ。


 とりあえずは目の前の仕事を片づけていくしかないか。そう思い直し今渡された資料に目を通す。確かに弾を撃ちすぎているな。初陣と言う事を差し引いても酷い。

 成績の優秀な明石パーティでさえゴブリン5匹に100発以上の弾丸を使っていた。ゴブリンの引き取り価格は今の所2000円くらいだ。銃の種類や弾の種類などによっても値段が変わるようだが生徒達が使っているのは自衛隊と同じ89式小銃だ。弾は5.56㎜弾を使っている。概算だが一発200円とする100発で20000円になる。2000円のゴブリンを一匹倒すのに4000円の弾が使われる計算だ。単純に弾だけを計算しただけも完全に大赤字だな。一番優秀なパーティでこの状態だ。他のパーティならもっと弾を消費するだろう。それに装備代や人件費などを含めると赤字はもっと酷くなる。


 もちろんオークなど需要が高く引き取り価格の高い魔物なら結果は変わってくる。しかし儲かる魔物だけしか狩らないと言うのは現実問題として難しいだろう。

 利益の出る構造で無ければ冒険者制度の存続自体が危うくなりかねない。国が補助して赤字経営をごり押ししてもあっと言う間に破綻してしまう。逆に儲かるものなら放って置いても発展する。


 利益とか経費とかのお金が絡む話は俺達学者や官僚には荷が重い。民間の経営コンサルタントみたいな人の力も必要かもしれない。

 後はゴブリンとか今の所利益性の薄い魔物の利用価値を高める方法がないかとなるが今の所良い案がない。ファンタジーの定番だとどんな魔物でも採れる魔石のみでも稼げたりするのだが肝心の魔石に利用価値を見いだせていない。


 淡い期待を込めて魔法の専門家の須藤さんを見るがのんきにお茶を飲みながらテレビを見ている。テレビから流れているのは天気予報だ。気象衛星「ひまわり」から送られて来たお馴染みの映像が映っている。


「この衛星画像って日本の周りに海しか映ってないのは違和感あるよなぁ」

「南大新島もありますからね。長年見ていた感覚だと確かに変ですよね。でも大陸からの公害が無いのは有難いですね」

「あー俺もアレルギー持ちだからそれは助かる。そういえば今年は花粉症も出てないな。この次期は毎年大変なんだけどなんでだろう」

「天気予報では花粉は結構飛んでるみたいですよ」

「忙しすぎてアレルギーも出る幕がなかったのかな」


「そういえば室長~ 衛星で思い出しました~ 南半球で撮影されたらしいんですが、この画像どう思います~?」

3尉にそう言われ衛星画像を見せられた。

「どうって木が一本生えてるな。何も変わったところは無いようだけど?」

「そうですよね~ 確かに一見そう見えますよね~」

「南半球でも木はあるだろう」

「でも~ これ5㎞四方の画像なんですよ~」

「はあ? 何言ってるんだ。それならこの木何㎞って大きさになるじゃねーか」

「そうなんです~ 流石室長ですね~ この木データに因ると直径500mで高さは5㎞だそうですよ」


「それどこの世界樹だよ!! そんなデカい木は立って居られないだろ」

「あ、はい。世界樹で名前登録しておきますね~」

「もう、今更だから命名には突っ込まないけどさ。これ本当に木なのか?」

「ん~、そこは多分ですね~ まだ良く解らない見たいです~ もしかしたら建築物とかかもですね~」

「建物みたいな人工物でも有り得ない大きさだな。こんな大物まだ調べてないの?」

「いえ~ 調べてないって言うより調べられないって感じですね~」

「どう言う事?」

「これを衛星画像で確認してからすぐに無人偵察機を飛ばしたらしいんですけど~ この木がある大陸に入れずに墜落しちゃったんですよね~」


「妨害電波でも出てたのか?」

「違いますよ~ 見えない何かに衝突して大破したらしんですよ。偵察機と衛星の画像記録の両方で確認してるので間違いないんですよね」

「バリアみたいなもんなのかな?」

「さあ、現状近づく手段が無いのは確かですね~ それに南半球なので人が現地に向かうまで手が回らないんですよね~」

「まあ、北半球だって日本近海以外はまだまだだ未調査だもんな」

「そうですね~ やっと衛星とかで惑星全体の画像とか情報が入ってきた所ですからね~ 解析もこれからですし~」

「しかし、この数ヶ月でそんなに衛星いっぱい上げたな」

「そうですね~ H3ロケットのおかげですね~」

「低コストなのに安全性が高いとかテレビで言ってたな」

「そうですね~ それに打ち上げ本数もハイペースにしてるから増えてるらしいですよ~」

「へえ、科学の進歩は凄いんだねー」


「今は衛星前提の技術も多いですからね~ナビですらGPSがないと使えませんし~」

「そういえばGPSとかよく使えるな。惑星の大きさとか違うんだろ?」

「そうですね~ 私も詳しい事は解らないですけど~ 誤差の範囲で修正出来るみたいですよ~ 今の所不具合も無いみたいですし~」

「時間も24時間365日らしいからな。まるで何かに操作されてるみたいに一致して気味が悪いな」

「不思議ですよね~」

「後は異世界の神様とかが出て来て特別な力とかくれば完璧なんだけどな」

「それは~ 転移の時に出てくる物ですし~ 最早手遅れでは~?」

「そうだな・・・。 でも夢くらい持ってもいいじゃないか!!」

「はいはい~。 その前に現実を見てハンコ下さいね~」


「あ、はい・・・」


 俺はパソコンに向かいこれまで集まったデータを見直すことにした。先程会話していたように人工衛星がいくつか打ち上げられた事で俺達が今いる惑星の事が色々解ってきた。やはり視覚的に見られるのは大きい。


 特に某大手地図アプリみたいにパソコンやタブレットで好きな場所をズームイン・ズームアウト出来きて惑星表面から詳細な衛星画像が衛星画像を見られるのはやっぱり便利だ。しかもこっちは軍事情報利用なので精度が半端ない。リアルタイムで歩いてる人をアップで見られる。ほぼ真上からの画像なので個人の判別は厳しいだろうか知り合いなら見分けが付くかもしれない。欲を言えばストリートビューがあればもっと良かったのだが流石に撮影は出来ないからな。


 まず衛星画像が見られる様になって解った事は、この惑星は地球と非常によく似ている。地球と同じく海の表面積が大きく青く輝く惑星だ。

 似ていると言う事はイコールでは無い。もちろん全く異なる部分も多くある。例えば衛星から見た大陸の形だ。ユーラシアやアメリカとは似ても似つかない。それだけでもここは俺たちが居た地球ではないと解る。

 逆に似ているところは基礎となるような数値のどれもが不自然な程近い数値なのだ。

 例をあげると恒星と惑星の位置それに惑星の大きさ・自転周期・公転軌道どれをとっても地球とほぼ同じなのだ。これはさっきも話していたが時間や暦など時間の基準が同じになると言う事だ。

 さらには日本のある位置も赤道や極点を基準に考えると同じ位置だと言っても過言でないような位置なのだ。勿論大陸からの季節風などがないため全く同じとはならないが天候や季節が地震前と似てくるのは間違い無い。


 さらに衛星写真がもたらした情報では日本のある位置は大洋の中央に位置しており近くに大陸はもちろん南大新島を除いて大きな島などはない。今のところ東西の離れた場所に大きな大陸がそれぞれ発見されている。それに加え先程の世界樹がある大陸は南半球にある。日本から見るとほぼ真南の位置にある。ちょうど3つの大陸の中心に日本が存在してる形だ。

 日本からは東にある大陸が他の2大陸よりも近いため当面はその大陸から調べていく予定だ。


 東の大陸にはいくつもの大きな町があり城塞の様な建築物も見つかっている。政治体制などは不明だが大陸にはいくつかの国家なり組織なりがあると予想されている。


 そんな訳の分からない場所に俺達は先遣隊として派遣される予定なのだが生きて帰れるのだろうか。

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