第20話 異世界学入門

奥田 健一side


 冒険者学校の入学式が無事に終わった。ここまで相当ハードスケジュールだったが何とかなった。まあ基礎となる部分を決めてしまえばあとはお役人さんとか協力企業の人達が勧めてくれるので何とか回ってるんだろう。校舎や寮も思ったより立派なのが建ってるしな。これからは冒険者ギルドの設立だ。また会議の日々が待っている。それに先だって冒険者免許制度が開始された。


 冒険者免許には甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸と十種類もある上に特別冒険者免許というのまで作られた。特別と言うのは俺達の研究者様に国から特別に与えられる資格だ。


 今まで俺達は非常時の特例として銃を扱ってきたがこれにより公式に許可が与えられた事になる。特別冒険者は研究目的に限り特に制限はない。ただし研究目的以外では辛種冒険者と同じ扱いになる。各種別の説明は今のところこうなっている。まだ決まったばっかりなので随時調整される予定だ。ちなみに自衛隊員は武器使用の許可などは元々もっているので冒険者免許は今のところ必要ない。


 俺のイメージとしては冒険者ランクはA~GとS位でギルドポイントGPを集めるというテンプレを想像していたのだが免許制度になってしまった。しかも1種2種ではなく甲種乙種っていつの時代だよって感じだ。いくらお役所が絡むからと言っても古風過ぎるだろ。危険物取扱者みたいに大昔に制定されたものの名残なら解るが冒険者は今回新しく作った制度なのに。まあ、冒険者ギルド方はの詳細も決まっていないから癸種冒険者と特別冒険者しか存在しない。昇格制度や認定方法もまだ未定だしな。


 とりあえず本格的な冒険者ギルドの設立は一期生の200人が卒業するまでに間に合えば良いため2か月以上時間がある。十分な余裕があるとは言えないがギルド設立の件は一端官僚達にまかせて俺は当初の予定通り冒険者学校の生徒に授業を行う。兎に角久しぶり授業だ。教える事は本業なのだが、ブランクもあるし教える内容も変わるから少し緊張する。この冒険者制度は失敗することは出来ないのでなおさらだ。失敗だけでなく計画に遅れが出るだけでも多くの人が飢える事になる。まだ、数は少ない様だが僻地などで配給が間に合わない等で既に餓死した人も出て居るらしいからな。


 教室に入り出欠を取る。全寮制で自分の命までかかっているのだ休む生徒はいない。


 一期生は全員が男子だけというのは独身男性としても若干残念だ。冒険者に憧れるのはやっぱり男の子だよな。まあ、女子が居たとしても教師が生徒に手を出すわけにもいかないけどな。なんと言うか潤いは欲しいよな。


「えーみなさんはじめまして。異世界学を担当することになった奥田 健一と言います。よろしくお願いします」


「あーなんだヒョロッコイセンコーもいるのかよ。ビビッて損したぜ」

「えっと君は・・・」


 名簿を確認する。16才の高校生か・・・今時こんなお約束もあるんだな。


「山下君かな?」

「おう、そうだぜ」

「とりあえず席に座って静かにしてくださいね」

「はあん?なんで俺がお前の言う事聞かないといけねーんだよ」

「うーん、まあ一人前の冒険者になるためですかね」

「俺は喧嘩つえーんだよ。地元じゃ負けなしだからな」

「ほーそれはすごいですね。でも冒険者と喧嘩の強さは関係ないですから」

「うっせいよ。こっちはかったるい訓練とか体罰とかでイライラしてんだよ」

「そうですね。僕も体罰には賛成ではないんですよね」

「おう、話わかんじゃねーか。丁度いいわ憂さ晴らしにサンドバッグ代わりにになってくれよな」


 そう言って山下君が殴りかかってくる。あーこの子は本当に元から強かったんだな。この世界の恩恵の強化が全くされてないや。そんなことを思いながらゆっくり山下君の拳をよける。

「あれ?生意気なセンコーだな避けんじゃねーよ」

 一度殴りかかってくるが今度はその拳を掴み同時に反対の手でこめかみを掴む。これくらいは魔物の攻撃と比べれば停まっているような物だ。


「体罰は反対でもしないとは言ってませんよ?不本意ですけど学校の方針で授業の妨げやサボタージュには体罰を使いなさいって強く言われていますからね。大人になると自分の考えとは違う事でもやらないといけませんからね」


 そう言ってこめかみを掴んだまま山下君を持ち上げる。


「がああああ、痛てー放せー」


 山下君は痛みに声を上げ暴れるが俺はビクともしない。


「反省しましたか?」

「したーしたから放せー」

「じゃあ。素直に授業を受けますね。あと教師には敬語を使いましょう」

「は、はい受けますから放して下さい」


 俺はゆっくりと山下君をおろしてやる。山下君はふらふらしながら席に着いた。教室にいる他の生徒はドン引きしているようだ。何かトラウマがある子も居るようだ何名かの子が引きつった表情を浮かべている。


「あー、お騒がせしました。授業にもどりますね」


 みんな俺の方を不安げな表情で見ているが話しだす生徒はいない。まあ、無理もない。本心から教育者の端くれとして体罰はどうかと思うが状況が状況だ。生徒自身の命がかかっている問題だからな。生徒の意識を叩き直さなければ本当に死んでしまう。ある程度はやむを得ないだろう。


「あー授業を進める前に丁度いいので今解っている範囲ですがこの世界の法則についてお話ししておきますね」


 教室を見渡し生徒を見る。ほとんどが何かのスポーツをやっていたようで体格がしっかりしている人達だ。


「えっと、ここにいる方たちは大半が体力や腕っぷしに自身のある方のようですね。

みなさんもうお気づきだと思いますがこの世界では鍛えたら鍛えるだけ驚異的なスピードで成長していきます。私自身も地震前は全く身体を鍛えていなかったのですが地震直後からこの基地で鍛えられていました。自衛隊の訓練ですので過酷ではありましたが、ドーピングなども一切していません。それでもさっきみたいな事が出来てしまいます」


「「おお」」

「やっぱり」

「俺もいけるのか!!」


 生徒達は俺の言葉にやる気を見せている。しかし悲しい現実を伝えなければならない。


「しかし、ここにいる大半の方には残念なお知らせがあります。この世界でより強化されるのには一定の法則があります。原因については未だ研究中ですので今解って居る事実だけを説明します」


 生徒たちの騒ぎは収まり静かに授業を聞いている。


「まず、年齢の若い人ほど強化される割合が高くなります」


「よし」

「おう」


 ここの生徒は最年長でも20代なので反応は良い。


「さらに年齢よりもこの世界の強化にはもっと大きな要因があります。それは地震以前に体を鍛えていないほど効果が高いと言う事です」


「な、なんだって!!」

「そんな馬鹿な話があるか」

「やっぱりそうだったのか・・・」

「やったー俺の時代がキター」

「まさか・・・」


 ほとんどの人が絶望している様な顔をしているな。


「みなさんお静かに。まあそういう法則がありますのでこの世界に来てから生まれた新生児が一番強化されやすいと言う事です。これは動物実験などでも証明されています。元々鍛えていた方は一度筋肉を落とせば若干効果は上がるようですので今後はそういう指導も入る予定です。ですので元々身体を鍛えていた人達も諦めずに頑張って下さい」


 先週までは基礎体力作りや銃などの武器についての座学だけでこの島やこの世界の事は教えられていないから無理もないか。まあテレビやネットもあったしこの島に来てからも色々聞いているみたいで噂程度は知っているようだがこうして事実として説明されるとショックは大きいか。


「では前置きはこれくらいにして授業を始めますね最初にこれを配ります。順番に後ろの人に回してくださいね」


「なんだこれ?」

「これエチケット袋じゃん」


 配られたエチケット袋を見ながら生徒たちが話している。この前の体育館では大惨事だったからな。今日の授業も衝撃的だろうからエチケット袋が必要な生徒も多いだろう。


「はーい静かに」

 一言で生徒たちは静かになる。大学でもこうは簡単に行かなかった。良い生徒たちだ。


「みなさん異世界学というのは聞いたことがないと思います。日本がこの世界に来て初めて出来た出来立ての学問ですからね。この世界の事を知る学問だと思ってください。みなさんは冒険者と言うものを目指しているのですからお分かりだと思いますがまさにここはファンタジーの様な世界です。ただファンタジーの世界とは言え物語に出てくるような安易な世界ではありません。厳しい現実が待って居ます。それを今日から勉強していただきます。まずは手始めにこのビデオを見て貰います」


 俺たちが最初に見せられたゴブリンと自衛隊の戦闘記録を生徒たちに見せる。ビデオが終わり生徒たちは呆然としている。まあ、映画なんかでグロ映像は見慣れているからかエチケット袋は必要なかったようだ。結構ショッキングな映像だと思うんだけど現代っ子意外とメンタル強いな。


「みなさん今ご覧いただいたビデオは現実のものです。フィクションではありませんよ」


 その言葉に若干教室がざわめく。


「特撮だろ?」

「俺この映画見た覚えがある」

「ああ、CGもなんか安物っぽいよな」

そんな声が上がっており大半が信じていない様だ。予想通りの反応に満足する。

「そうですね皆さんのお気持ちはよくわかります。私も初めて見たときは信じられませんでした。ではこれを見てください」


 俺たちの時と同じくゴブリンの入った檻が運び込まれる。


「うわ本物だ」

「え、よくできたロボットじゃないの?」


バン


 俺はピストルを取り出しゴブリンを撃った。弾丸は腹に命中し血も噴き出しているがゴブリンは怒って暴れただけで死ぬことは無い。


「嘘だろ・・・」

「マジか・・・」


 生徒たちが俺の突然の行動に言葉を失っている。まあ冒険者になるんだからこれくらいは慣れてもらわないとな。何とも思わない俺も壊れてきたな。


「はい、みなさん注目。この様に銃で撃てば血が出ます作り物で無いことは信じて頂けましたか?それと注目してほしいのは銃で撃っても生命力が強く死にません。まあ、頭を狙う所謂ヘッドショットであれば一撃で倒せる魔物も居ます。先ほども言いましたがこの様にファンタジーに似た世界だとは言え敵は強い上に自分の命は一つしかありません。ゲームの様に生き返ったりする事もなく甘い世界ではありません。俺だけは特別だとか安易な幻想はさっさと捨てて下さいね」


「先生ー」

 質問だろうか中学生くらいの生徒が手を挙げる。名簿を見て名前を確認する。


「はい、えっと明石君かな?」

「そいつはファンタジーに出てくるゴブリンみたいですが他にもいるんですか」

「おお、よく知ってますね。そうですねコレはゴブリンですね。これらを総称して我々は魔物と呼んでいます。ゴブリンはこの島では弱い方ですが他にも多くの魔物が存在しています。そうですね解りやすいところではオークなんかも居ます。ゴブリンの肉は不味くて食べられませんがオークの肉は美味しいですよ。みなさんもよく食べているので知っていますよね」

「え?」

「あれ、知りませんでしたか?食堂で出てくる豚肉みたいなやつですよ」


 しまった・・・ここで体育館の悪夢が再び再現してしまった。もう俺には当たり前になってるので普通に答えてしまった。よく考えればこれが当然の反応だな。みんなが落ち着くまでしばらく待とう。今回はエチケット袋をみんな利用してくれてるようなのでこの後の惨事は回避出来るのが不幸中の幸いだな。


 みんなが落ち着くのを待って授業を再開する。主に魔物の種類や特徴などを写真や動画を交えながら軽く説明していく。


 ゴブリンやオークなど順番に説明していく。まあ、この辺りは強い事以外は定番なのでさらっと流す程度でいいだろう。次のスライムが問題だな。


「えーこのスライムですがゲームとは違い最弱モンスターとかではありません。くれぐれも注意してくださいね。スライムは他の魔物と違い火の攻撃しか通用しません。銃やナイフでは傷を付ける事すらできません。しかも強酸の体液を吐き出しますので十分注意してください。火炎放射器や燃焼手りゅう弾などが有効です。それらがない場合は火炎びんとかを使うのも良いですね」


キーン・コーン・カーン・コーン


 スライムの説明が終わったところで終業のチャイムがなった。


「丁度切の良いところですね。今日説明した他にも魔物は沢山います。みなさんが狩ることになる相手ですからしっかり覚えてくださいね。では授業を終わります」

生徒達が呆然として魂が抜けているように見えるのは気のせいだろうか。


「あーそうそう私は普段お隣の基地内で勤務していますので職員室にはいません。私に用があるときは内線電話で呼び出して下さいね。間違っても基地に入ってはいけませんよ。一応無いとは思いますが基地への無断侵入があった場合射殺とかもありえるらしいので」


 まあ、魔物を解剖したり実験に使ったりもしているからな。生徒が目にするには凄惨過ぎる光景だろう。注意して置くに越した事は無い。まあ、射殺の可能性も嘘ではないしな。そんな事を考えながら基地の研究室に戻っていく。


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