ラストバトル
メトロポリスは、丘にそびえる宮殿を中心とした円形の都市である。街のぐるりを無数の黄金像が取り囲んでいる。像はさまざまな勇ましいポーズをとる英雄の像で、目にはダイアモンドがはめこまれている。
街の中で最も目を引くのは、東西南北に網の目のように張り巡らされた運河だろう。悠々たる水の流れが太陽を反射してきらめき、河岸には美しい舟がところせましと並んでいる。さらに、塔、大図書館、コロッセオなどの大型建造物が立ち並び、それらすべてが水晶、金、銀、真珠、瑠璃、瑪瑙で飾られているのだ。まさに街全体がひとつの美術品といった感じだ。伊吹とREIは圧倒されてしまって、街路を歩きながら足元もおぼつかないくらいだった。
アリアンはそれらを「悪趣味だ」の一言で切り捨てた。街に足を踏み入れてから、あからさまにイライラしている。
一行は真っ直ぐに、街の中央にあるシヴァの住む宮殿に向かった。
「まただわ」
その道中でREIがつぶやく。伊吹は、なんのことかと尋ねた。
「人が少なすぎるのよ。常夜の町ほどじゃないけど、あまりにも人がいない。こんなに大きな都市だったら、もっと人であふれ返っててもよさそうじゃない? でも道ですれちがう人もまばらだし、運河を航行してる舟もほとんどない」
伊吹はうなる。確かにREIの言うとおりなのだった。
「そうなんだ」とアリアン。「それに歩いてる人たちも妙だ。みんなうつろな顔で下を向いて歩いてる。不思議に思いながらここまで来たけど、今のアトランティスには不可解なことが多すぎる。思うに、それら全部が『人口減少』っていう一点に集約されるみたいだ」
「考えられるとしたら、原因は?」伊吹は、本当に黄金の林檎を手に入れられるのか心配になってきた。
「前にも言ったとおり、この国を統べているのは大魔法使いシヴァだ。この現象の理由を知ってるとしたら彼しかいないだろう」
すでに宮殿は目の前にせまってきていた。天高くそびえ立つ、壮麗な白亜の建物である。古代ギリシアのドーリア式建築をもとにしているようだ。
伊吹とREIがぽかんと見あげている横を、アリアンがすたすた歩いていく。うしろのふたりはあわてて追いかけた。
宮殿の正門はきらびやかなソーダライトを組み合わせて造られていた。門番もおらず、開放されたままだ。
「やっぱり人がいない……」REIがぷかぷか浮かびながら言った。
「この場合好都合だ。行こう」
伊吹の言葉に、三人は進んで行った。
すぐに第二の翡翠の門があった。美しいが、そこも不気味なほど静かだ。彼らはなおも進んで行く。第三の門は孔雀石の門だ。そこも通り抜けた。
伊吹はため息をついた。
「どうした? 疲れたか?」とアリアン。
「いいえ。でもあんまり豪華すぎる! この世の中にこんな場所があるなんて、日本にいたころは思いもしなかった」
「“いたころは”だって! 必ずそこへ帰るんだろう?」
「もちろんそうです。だけど思わず帰りたくなくなりそうだ」
「ここだっていいことばかりじゃない。そうじゃなきゃぼくだって……」
アリアンが口をとざしたのを見て、伊吹は彼が自ら進んで故郷を去ったことを思い出した。
三つの門を抜けると、視界いっぱいに大庭園が広がった。緑が生い茂り、噴水はダイアモンドのように輝き、果物がたわわに実っている。極楽鳥、猿、鹿などの獣たちが戯れている。奥のほうに視線を向けると、宮殿の正面があり、柱廊が長く左右に伸びている。
「さあもうすぐだぞ。黄金の林檎の木があるのはさらに進んだ先の、宮殿の中庭だ。伊吹、念のために剣と盾はいつでも使えるようにしておけ。きみが頼りだぞ」
アリアンが言い、REIが空中から降りてきて、伊吹の横に寄り添った。青い目でこちらをじっと見あげ、自分が助けになると言いたいらしい。伊吹は安心させるように彼女を見てうなずいた。
大理石の柱廊はひんやりと涼しく、どこまでも静謐だった。一番上がかすむほど高い天井に、靴音が響きわたる。柱と柱のあいだには、等間隔に英雄たちの巨像が鎮座していて、その瞳孔のない目がこちらを眺めているようで身震いがした。
「こっちだ」
アリアンの案内に従って、宮殿の中をあちらへ曲がったり、こちらへ行ったりしているうちに、とうとう目的地に着いた。
そこは建物中央の大広間だった。調度と呼べるようなものはなく、広い空間が広がっているだけ。伊吹がこれまであれこれ想像していたよりも、ずっと殺風景な場所に感じた。奥のほうに四角く切り取られたような床があって、緑色の芝に数本の木が立っている。小さな池もある。その場所の天井は吹き抜けになっているらしく、一条の光線が差していて木々を照らしている。その枝に、輝くばかりの黄金の林檎がいくつもなっていた。
「これが……」
と声をもらしたのは伊吹だったか、REIだったか。それすらもわからないほど、日本から来たふたりは感極まっていた。アリアンも長い息をつき、その輝く実を見つめている。その状態から目が覚めるのには長い時間を要した。
それで、その中庭に人がいるのにしばらく気がつかなかった。
しかし、その人影はしばらくすると、一番奥の木のかげから静かに姿を現した。長い金色のローブを着て、白いあごひげをたくわえた壮年の男だった。
「生きていたのか、ガーネッシュ」
その声は、まるで脳天に直接落ちてくるかのような、圧倒的な存在感を持つ声だった。伊吹とREIは金縛りにあったように体が動かせなくなった。
荒い息をしていたアリアンが、やがて絞り出すように声を発した。
「……師よ!」
「もはや、おまえにそのような呼称で呼ばれるいわれはない」
答えと同時に、三人の周囲で炎が湧き起こった。
彼らは悲鳴をあげ、恐慌をきたしながら、引火した衣服をお互いにたたきあう。間一髪でどうにか火をかき消すことができ、アリアンは怒りの声をあげた。
「なんてことを! ぼくたちを殺す気か!」
壮年の男は、重苦しい声音で言った。「そうだとも」
アリアンは絶句し、茫然とたたずんでいる。
男は片手を高く掲げた。
「消えろ、永久にな。もはや言うべきことはない」
「……黄金の林檎がほしいんです!」
叫んだのは伊吹だった。男は初めて彼のほうにまなざしを向けた。それは冷たく凍てついた永久凍土の目だった。
「ならぬ」
「ひとつだけです! ここにいるREIは――」
再び炎が湧き起こった。三人はたまらず叫び、苦悶の中で伊吹は悟る。この幻の炎は、ウンディーネの雷とはまるっきり意味がちがう。本気でこちらを殺そうとしている炎だ。
「逃げるぞ!」
伊吹は銀の盾を前に構え、炎の輪に脱出口を作り出す。それからほかのふたりを先導して走り出した。
三人がその場から脱出すると同時に炎は消えたが、間髪を入れずに第二波が背後を襲う。彼らは懸命に走った。
「シヴァ、あんたまだわからないのか!」
走りながらアリアンが叫ぶ。しかし男の姿はもう見えなかった。
半時間後、三人は街の広場の石畳の上にへたりこんでいた。
「げほげほげほっ」
REIの様子がおかしい。呼吸が荒く、あいまに激しく咳きこむ。伊吹は驚いてその白い機体を揺さぶった。
「玲? どうしたんだ、苦しいのか?」
「なん……でもない……ちょっと……疲れた……みたい……」
「本体の容態が急変してる」アリアンも顔を曇らせて言う。
「そんな! 今のダメージで? 玲、玲、しっかりしろ!」
「だいじょうぶ……。少し休んだら……よくなった」
REIは地面すれすれのところに、やっとのことで浮いている。
「なあ少し眠れよ」
「いやっ。もうあまり時間がないから、少しでも長く伊吹と一緒にいたいの……だめ?」
伊吹は胸が苦しくなり、目をぎゅっとつぶった。
アリアンはふたりの様子を眺めながら、静かに口をひらいた。
「急ごう。だが、今のことではっきりわかったが、シヴァはこちらに敵意を持ってる。黄金の林檎を手に入れるなら、彼との戦いは避けられない。それも、命を賭けた戦いだ。伊吹、その覚悟は――」
「できてるさ! なんだってやる!」
たとえおれの命と引き換えにしたって、と伊吹は思う。玲が生き残るならそれでなんの後悔もない。
「それを聞いて安心した」
「でもひとつ心配があるんです。黄金の林檎を手に入れたとしても、誰が復活の魔法をかけてくれるんでしょうか? 時間は残されてない。大きな魔力を持った人しかかけられないんだったら、人の少ないこの街で、そんな人を探してる時間があるとは思えない。ウンディーネさんのところへ戻るにしても、水が引いた今、すぐには水晶の谷を越えられない」
アリアンは長く息をつく。「それについては、ひとつ望みがあると思う。ぼくがかけよう」
「アリアンさんが?」
伊吹はうさんくさそうな顔になるのを隠せなかった。
「ぼくはシヴァの弟子だ。元、だけど」
「はあ?」
伊吹も、それから伏せっていたREIも驚いて顔をあげた。
「アリアンさん、そんなすごい人だったんですか? そんな大事なこと、なんで今まで黙ってたんですか?」
「言う理由がなかったし。でもこれでなんとかなりそうだろ?」
「それは……そうですけど、でも今、魔法が使えない状態でしょ?」
アリアンはぐっと言葉に詰まっていた。が、やがて口をひらいた。
「いずれにしろシヴァとは戦わないといけない」
「どうしてアリアンさんは、ここまでおれたちに協力してくれるんですか? もしかしたら……命を落とすかもしれないんですよ。科学と魔法の融合っていう目標は知ってます。だけど今やろうとしてることは、あんまり無謀だと思う」
「勘違いしてもらっちゃ困る。これはぼく自身の戦いでもあるんだ。まさに科学と魔法の融合という点で、師匠とぼくは決裂したのさ。いや、この世界そのものと、だな。破門されたとき、シヴァは本気でぼくを殺そうとした。ぼくは命からがら逃げた。だからこそ、今戦わなくちゃいけないんだ。
このままじゃアトランティスは衰退してしまう。現に今、こんなにも人がいない。なのに、宮殿や街はグロテスクなくらい豪華だ。これらは全部シヴァの欲望の発露なんだ。自分を満足させるために、こんな金ぴかの見た目にして体裁を取り繕い、この国に君臨する者としてふんぞり返ってる。そのくせ、市民の幸福なんてこれっぽっちも考えちゃいないんだ。シヴァは変化を何よりおそれてる。魔法こそが至高の文明、なんの根拠もないのにそう言って市民を洗脳してる。でも実際は自分自身を守るためだってことが、何年も一緒にいるぼくにはわかってた。だから科学文明を取り入れて、いろんな知恵や知識を知って彼に対抗するだけの力をつけるべきだって、みんなを説得しようと頑張ったんだけど、結局与えられたのは異端者の烙印さ。
きみは無謀だと言ったな。確かにこれからのことを考えるとこわいよ。正直言うとすごくこわい。シヴァは残酷な人間だ。ぼくはアクロポリスに着くまでに恐怖と戦ってきた。認めたかないけど、魔法が使えないのはそれが理由だと思う。ウンディーネはそれを知ってた。でも来ないといけないことがわかってたから、来た。きみらがいなけりゃ絶対に無理だったよ。きみらには本当に感謝してるんだ」
アリアンがこれほど真剣な口調で話すのは初めてだったかもしれない。伊吹もREIも神妙に聞いていた。
「目的が、ふたつできた」と伊吹。「ひとつは黄金の林檎を手に入れること」
「そしてもうひとつは」とREIが引き継ぐ。「アトランティスを救うこと!」
三人は再び宮殿に向かった。
今度は慎重を期して、柱廊の英雄像のかげに隠れて、中庭の様子をうかがった。
シヴァはまだそこにいて、池の前に立って視線を落としている。
「鏡よ、わが名において命ずる。常夜の町を映せ」
息を殺して様子を見ていると、池の水面が突然発光し、ある光景を映し出した。それは伊吹たちにもよく覚えがある、永遠に夜に沈む町の大通りだった。
誰かが歩いている。水鏡はそれをズームアップして見せる。十代半ばくらいの若者で、腰に剣を帯びているのが目を引いた。
シヴァの手があがった。ローブから見える指先が、枝のように細く折れ曲がっている。
とたん、鏡の中の若者が火に包まれた。火は燃え続け、やがて炭化した「物体」が夜の町に崩れ落ちた。
シヴァは笑い声をあげた。
「狂ってる……」REIが小さい震え声で言う。伊吹も同感だったが、あまりの衝撃に声にならなかった。
シヴァは再び呪文を唱えている。
「エ・テメンの塔を映せ」
大陸の北の地だ、とアリアンがささやく。
水面が光り、高い塔が映し出される。塔は建設中らしく、最上部は石がまだいびつに積み重なっている状態だ。職人らしき数十人の人々が、そこや地上でせっせと働いている。
シヴァがまた手をあげると、強烈な稲妻が塔に落ち、塔は崩壊しはじめた。その場にいたら、ものすごい轟音が鳴り響き、衝撃が地面を揺らしていたことだろう。
「アクロポリスを映せ」
「もう十分だ! やめろ!」
伊吹は雄たけびをあげ、大広間に飛び出した。
「なんて残酷なことを!」REIもあとに続いて、怒りに満ちた青い目でシヴァをにらみつける。
最後にアリアンが駆けつけ、三人対大魔法使いは、中庭で対峙した。
「あんた、今までもこんなことをしていたのか? だからこの国から人が消えていたんだ!」とアリアン。
「なんと戻ってくるとは。愚かな子供たちよ」
シヴァは奇妙な微笑を浮かべる。
「なぜこんなことをする!」
怒りに打ち震えながら伊吹は叫んだ。
「なぜだと? 痴れ者め」シヴァは言う。「冥土の土産に聞かせてやろう。あの若者は武器を持っていた。いずれ謀反の心を起こして私に刃向かってこないとは言えまい? エ・テメンの塔は、その驕り高ぶった心のためだ。わが宮殿以上の高さを持つ建造物など、この国にはいらんのだよ」
「たったそれだけで、なんの罪もない人を殺したのか!? あああああっ!」伊吹はやけくそで叫びながら、オリハルコンの剣をふりかざして挑みかかった。
シヴァはいとも簡単に飛びすさってよけ、幻の炎を湧きあがらせる。伊吹、REI、アリアンは右往左往しながらもなんとかよけきった。
シヴァは笑っている。狂気をはらんだ人間の目。人を殺すのが楽しくて仕方がないというような。
伊吹は左手に盾を構え、右手に剣を持って突進する。が、シヴァの近くに行くことすらままならない。火炎、雷光、さらには大水までが次々に彼らを襲い、苦しめる。宮殿内部は激しい破壊を受け、壁が崩落し、柱が倒壊し、もうもうと砂塵が舞う。煙や砂塵で肺がキリキリと痛み、火傷を負い、皮膚が裂け血が流れ出す。それを見ているシヴァは、さらに高らかな笑い声をあげる。それらの攻撃は、伊吹たちが回避することができているのではない。わざと命中させずにいたぶって楽しんでいるのだ。
まぶたが切れて血に覆われた視界の向こうで、魔法を放つその男が熱狂的興奮の中にいることがわかる。こんな人間が存在するなんて、伊吹は知らなかった。こちらが苦しめば苦しむほど、われを忘れて喜ぶ人間。それが圧倒的な力で苦痛を与えようと、それだけを目的にこちらを攻めたてる。
だが――絶対に負けられない戦いというのがあるとしたら、それがこれだ。玲を守る。そのためなら、伊吹は本当に自分の命を投げ捨ててもかまわなかった。もはや世間知らずの子供ではない。数々の試練を乗りこえてきた今、はっきりと言える。
頭上で雷光が光った。REIが飛んできて伊吹を弾き飛ばした。機体が地面に転がった。
伊吹は動転して駆け寄り、彼女を抱えあげた。
「玲! どうして……」
青い目が小さく明滅している。
「伊吹、けがはない? よかったあ」
「ばかっ、無茶するなよ。無謀なのはどっちだ」
「いいの、もう。わたしはいいから、あいつを倒して」
「何言ってんだ!」伊吹は叫ぶ。「死ぬなよ、玲。死なないでくれ、おれのために!」
REIの目はびっくりして明るく点灯した。
「伊吹ー! キャップを取れえ!」
そのとき背後でアリアンが叫び、伊吹は考える前にキャップを脱いでいた。同時にREIは離れて飛んでいく。
「帽子よ、シルフの賜物よ、パラケルススの名において命ずる。元素を維持し、具象を組み換え、空飛ぶ獣となれ!」
アリアンが叫ぶようにして詠唱する。が、絶望的なくらいにキャップは微動だにしない。
「帽子よ、シルフの賜物よ、パラケルススの名において命ずる。元素を維持し、具象を組み換え、空飛ぶ獣となれ!」
地面を水流が攻めてきて、伊吹は足を取られて転ぶ。一瞬、頭まで水に浸かり息ができない。ぞっとする恐怖を味わいながらもなんとか立ちあがる。全身が泥まみれだ。
「帽子よ、シルフの賜物よ、パラケルススの名において命ずる。元素を維持し、具象を組み換え、空飛ぶ獣となれ!」
奇跡的に放さなかったキャップが、輝く乳白色のもやに包まれた。伊吹は悲鳴をあげ、急いで手を放す。
次の瞬間には、ペガサスがそこにいた。
「無駄だ、無駄だ!」
シヴァが魔法を放つその前に、伊吹はペガサスに乗って飛びあがっていた。
シヴァは初めてあわてたようだった。雷や炎を起こしまくるが、縦横無尽に天井を飛び交うペガサスのスピードに追いつけない。
「これでもくらえ!」
伊吹はオリハルコンの剣をふりかぶって斬りかかる。が、長さがわずかに足りず、逆に結界を張られて弾き返されてしまった。
「伊吹、頑張って!」
「頑張れ!」
仲間たちが声援を送ってくれる。シヴァはそれを冷たい横目で見ると、呪文を唱えた。
「土塊よ、わが名において命ずる。物言わぬ戦士となれ」
突然、中庭の地面のあちこちが盛りあがって大きな土の塊になったかと思うと、土人形が起きあがってきた。ゴーレムの戦士だ。無数のゴーレムたちは一団となって、中庭にいるREIとアリアンに向かってきた。
「危ないっ!」
REIが言い、アリアンの前に立ちはだかる。ゴーレムは、ポセイドンの果樹園で会ったときのように混乱をきたし、瞬時に瓦解した。が、なにしろ数が多すぎた。REIはアリアンをかばいながら対抗しようと頑張ったが、ついに取り囲まれてしまう。ゴーレムの張り手が命中し、機体が空中をきりもみする。そのショックで激しい咳が彼女を襲う。アリアンが地面に落ちる前に急いで受けとめたが、そのときすでにREIは虫の息だった。アリアンはREIを抱えてしゃがみこみながら、ゴーレムからの攻撃に懸命に耐えている。
シヴァは高らかな笑い声をあげた。
そのすきをついて、伊吹は背後に接近し、またしても剣で斬りかかる。
「愚かな!」
だがシヴァはまるで予測していたかのようにふり返り、両手で炎を出して吹き返した。ペガサスが苦痛のいななきをあげ、空中を激しく後退する。
「なぜこんなことをする!」
叫んだのはアリアンだった。
「なぜ人を殺すんだ! なぜぼくらの邪魔をする! アトランティスを滅ぼしたいのか!」
「滅ぼすだと……」シヴァは笑いをこらえきれないといった様子でのけぞった。「教えてやろう、ガーネッシュ。アトランティスは滅びぬ。永久に清浄さを保ちながら、ここに存在し続けるのだ!」
「そんなのは無理だ! 今のように、気に入らない人間を殺しまくっていれば、そのうち誰もいなくなるぞ!」
「それは誤りだ。アトランティスはこれまでにも何度も滅亡と復活を繰り返してきたのだ」
「なんだって?」
「この黄金の林檎を使ってな。十二世紀に、誰がこのアトランティスを建国したと思っておるのだ? この私だ! 私が何歳に見えるかね? 五十歳? 六十歳? 正確には九百二十五歳なのだ! 何を驚いておる? 私だけではない。ガーネッシュよ、おまえは八百九十五歳だ。アトランティスは滅亡と復活を繰り返しながら、永久不変性を保っておるのだよ! 私が復活の魔法を使ってなあ!!」
「なんと禍々しい……」
「アトランティスは私のものだ! この国のものは、人も、物も、ひとつとして他人には渡さぬ!」
その目は完全に狂気に陥っていた。独裁者――伊吹の脳裏に浮かんだのはその一言だった。
ペガサスにまたがった伊吹は剣をかかげ、盾を突き出し、咆哮する。その剣の切っ先に、吹き抜けから差しこむ一筋の陽光が反射し、強烈な輝きを放った。
「来い、小僧。何度やっても同じだ。アトランティスは不滅なり!」
「あああー!」
伊吹はふりかぶった。そのときだった。
「オリハルコンの剣よ、ノームの賜物よ、パラケルススの名において命ずる。元素を維持し、具象を組み換え、硬き鱗持つ獣となれ!」
伊吹が剣をふり下ろすと同時に、それは巨大な竜となった。
見あげるばかりの雲海のような巨大な竜。ぽっかりとあいた口は、火山口のように真っ赤で、氷山のような牙が生えている。その口からすさまじい火炎が噴き出し、中庭は灼熱と化す。
目前に迫られ、シヴァの悲鳴があがる。竜はそのあわれな大魔法使いを頭から一息に飲みこんだ。
「これでさよならだ、父さん。いい夢を」
アリアンがつぶやいた。
数分後、茫然自失の麻痺がとけた伊吹は、急いで黄金の林檎をもぎ取った。渡されたアリアンはそれを一口かじり、静かに詠唱を始めた。
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