第17話 填島の覚悟

 翌日、京都にあるボロアパートには、いつものように犀川と立花が名残の護衛に勤めていた。犀川と名残は、丸い卓袱台をはさんで対面に座る。しかし、まだ今日は犀川は質問をしていない。聞きたいことはたくさんあったが、昨日の名残の一言、”未知に興味を持ちすぎている”と言われたことを、少し気にしていた。立花はというと、どこから持ってきたのかピンクのフリフリ付きのエプロンを着用し、台所で鼻歌交じりに朝食を作っていた。立花は楽しそうだ。

「犀川さん、あんたは業務を意識しすぎて質問ばっかり考えてるんやろ。でも、それじゃあ相手は心を開かんよ。まずは仲良くなるところから始めんと。たわいもない話の中にこそ、相手の本心が現れるんやさかいな。」

名残は犀川の心を見透かしたように言う。相変わらずの無表情だ。それでも、犀川ははっとした。確かに、犀川は名残から何かを聞き出すことばかりを考えていた。

「お前は、まだ俺たちのこと信用してないのかよ。」犀川は言う。

「そらそうや。普通に考えて、こんな怪しいスーツ着た胡散臭い警察官にいきなり見張り付きで監禁されて、うたがわへんわけがない。それに、あんたらもまだ僕を信用しきってないやろ。」

「それは・・そうだけどさ。あんた未来が見えるんなら、分かるだろう。俺たちがお前を殺す未来があるってのかよ。」犀川はすねた口調で言う。

「ないですね。たしかに。でも、っていうのは、仲間を信用しすぎや。そこの立花さんが、今あんたらを脅かす”裏切り者”やったらどうするんや。ちゃんと殺せんのか?」名残がそういうと、丁度立花が朝食を運んできた。犀川は満面の笑みの立花を見た後、運ばれてきた朝食をじーっとにらんだ。

「・・・まさか毒が・・」

「入ってる分けないだろうが!失礼だな!」立花は犀川に向かって怒鳴る。

「・・・冗談ですよ。犀川さん。」名残が言う。しかし、続けて忠告した。

「でも、少しは疑う心も持った方がええっちゅうこっちゃ。敵は案外、近くにおるかもしれんねんから。」名残は味噌汁をすすりながら言った。



未だにどこか判明しない填島の居場所。その薄暗い部屋の中で拘束されている填島は、だいぶ衰弱していた。現在、川上は外に出払っている。填島はすべてを知った。下山が殺されたことも、裏切者が誰なのかも、その目的が何なのかも。

しかし、一つだけ分からないことがあった。それは連絡手段だ。

川上がメモを渡した男、おそらくは下っ端の瞬間移動能力者だが、そいつらはその後。ただ部屋から出ていっただけで、廊下を出て数メートル先の部屋に戻った。気づいた時にはすでにメモはなく、どこへ行ったのかもわからない。そして、つい先ほどの出来事だ。その男たちが川上を呼びに来た。「神からのお告げです」と報告していた。部屋にはいつの間にかメモが置いてあった。川上は今それを見に行っている。

「くそ、何が何だか分かんねえ。」填島はうつむきながらつぶやいた。

そして、まさかという顔で「・・裏切り者は一人じゃない・・・?」と言う。

(俺が見た裏切り者には、連絡を取っている様子はなかった。それどころか、メモを書く様子すらない。でも、敵はメモを”神からのお告げ”と言った。神、おそらくは敵のボスの事だろう。そいつは、俺が見た裏切り者とは別で、そしてそいつが自ら連絡を取っている・・・?)

填島は考えた。しかし、すぐに考えるのをやめる。今は隣の部屋にいる川上の言葉を聞いたのだ。もう自分にはこの情報を伝える手段がない。


ふと、自分の服の内ポケットにあったボールペンを見た。

それはまだ署長になる前の紀央からスカウトを受けた時にもらったものだった。

ふとその時の記憶がよみがえる。


――「填島、お前のその目を生かす仕事に就かないか?俺たちと共に働いてくれないか。」その一言が填島をPsychicsへと引き込んだ。

当時、紀央は第一班の班長だった。そして、填島は国の最高機密を覗き、それをネットに流す犯罪者だった。紀央に追い詰められた填島は、紀央の特殊な能力を見た。

(こいつには勝てない)そう悟った。それは同時に憧れへと変わる。

入隊が決まった後、填島は班には配属されず、裏方のオペレーターとなった。しかし、填島には納得がいかなかった。

(俺が犯罪者だから、同じ班に入れたくなかったのか。めんどくせえ。)

デスクでうなだれていると、紀央が入ってきた。

「よう、填島。入隊おめでとう。」そう紀央は、填島に声をかけた。

「めでたくねーっすよ。なんで裏方なんすか。めんどくせー。もっと派手な仕事に就きたかったっす。」填島はうなだれたまま言った。

「おいおい、お前がいてくれるおかげで能力者の検挙率や能力に目覚めた者の保護率がとてつもなく伸びたんだ。重要な役割だよ。」紀央は返した。

「でも、誰も俺のオペに従ってくんねーす。やっぱ犯罪者の言うことに耳を貸す気はないってことすかね。」

「・・・今はまだ、みんなは様子を見てるんだ。お前が本気になればなるほど、みんなの心も開いていくさ。」紀央は少し考えてから言った。

「これ、入隊祝いだ。」そう言って紀央は填島にボールペンを渡した。

「実は俺には、次期署長の声が掛かってる。最初は何かと大変だろう。お前が力を貸してくれよ。」そう言い残して、紀央は部屋から出ていった。

「・・・裏方だからって、俺はボールペンなんて滅多に使わねーのに・・・」

填島はつぶやいて、少し笑った。--


(あれから俺はだんだんみんなから信用されてきた。紀央さんがいなかったら、俺はこんなに仲間はできてない。あんたに救われたんだ。でも、いつまでもあんたに甘えてちゃいけねーよな。)

填島はボールペンを口にくわえて、太ももに挟む。

「・・・くそが・・・・」

涙を流しながら、そうつぶやいた。



填島の部屋から数メートル離れた部屋に、川上をはじめとするサングラスの大男や他の男数人が話あっていた。

「神のお告げにはなんと書いてありました?」男の1人が聞いた。

「相手が一般人の透視能力者使って填島の居場所を嗅ぎまわってるらしい。そろそろ潮時。もう二三日、引き出せる情報引き出して、填島を始末しろ。は見られたらまずいから、填島の死体は送り返せってさ。残酷なことするねえ。」

川上は笑いながら言う。

「今の、填島には聞かれてないのか?」大男が聞く。

「問題ねえよ。どーせ殺すんだ。」そう言って川上は、部屋を出た。

そして、填島の部屋に入る。

その部屋の中では、填島が相変わらずうつむいていた。

「隣の部屋での会話聞こえたか?絶望感が漂って・・・」

その時、川上は異変に気づく。そして、填島の髪を掴み、無理やり顔を上げた。

填島の右目には、ボールペンが突き刺さっていた。すでに息はしていなかった。


川上はそれを見ると、

「やってくれるじゃねーか・・填島ぁ・・」そう言って険しい顔で少し笑う。

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