第一章 ナノコリ

第8話 都市伝説

夏のある日の夜。

人の多い都心のビルの屋上に、しゃがみこんで何かをしている男がいた。

男はいくつものかばんを漁り、金目の物だけを抜き取っている。

「木本俊哉だな。」

いつの間にか男の背後に現れた、スーツ姿の男がスタンバトンを構えてそう言った。犀川だ。

「だ、誰だ。」

木本はいきなり現れたその男に聞いた。

「瞬間移動能力を使っての強盗行為の疑いがかけられている。いや、もはや疑う余地はないな。連行する。」

犀川は質問には答えず、淡々という。

「く・・くそ!」

そう叫んだあと、木本は突然姿を消した。その瞬間、犀川は木本が消えた空間に素早く構えていたスタンバトンを振り下ろす。バチバチと音を立て、「ぐああ!」という叫びと共に消えたはずの空間から再び木本が現れ、スタンバトンに突き飛ばされた。木本の体には電流が走り、自由が利かなくなっていた。

「瞬間移動した後、次の場所に意識が行くまでに平均0.25秒のタイムラグがある。その間に飛んだ空間に電気を食らえば、そいつは飛ぶことができずに戻ってくるんだ。逃げようとしても無駄だよ。」

犀川はそう言い、木本に手錠をかけた。

「その手錠も特別制だ、無理やり壊そうとしたり、飛んだ瞬間に電流が走るようになっているから、痛い思いしたくなかったらおとなしくしてろ。」

犀川が言い終わったころには、離れたところで待機していた神崎と立花も来ていた。

「く・・なんなんだよお前ら!」

木本は叫ぶ。そして、犀川は返した。

「ただのおまわりさんだよ。」


男を連行した後、第十班の3人は本部に戻った。

「なかなかできるようになってきたじゃない。」

と、素直にほめる神崎。

「もう一人で犯罪者を捕まえるとは、意外だったな。」

立花も感心する。

「なんか、そんなに褒められると逆に怖いな。」

犀川は照れ隠しにそんなことを言ってみた。

犀川がPsychicsに入隊してから3カ月が経過していた。未だテロ行為などは起こってはいないものの、犯罪に手を染める能力者は後を絶たなかった。

3人は食堂で昼食をとることにした。

机に座って食べ始めると、東條が同じ席に加わってきた。

「犀川さん、お疲れ様です。もう仕事には慣れましたか?」

ニコニコと、元気よく話しかけてきた。

「あ、ああ。まだまだだけど、だいたい要領はつかめてきたよ。」犀川は答える。

「さっきも大活躍だったぞ、一人で犯罪者を捕まえたんだ。」

立花が話す。なぜか誇らしげだ。それを聞くと、東條はさらに目を輝かせた。

「やっぱり、僕の思ったとおりだ。絶対犀川さんはすごい人だって思ってたんだ。」

「そ、そうかなあ」

犀川は嬉しそうな顔をする。

「こらこら、あんまり調子に乗るんじゃないわよ。中には私たちに攻撃を仕掛けてくる犯罪者もいるんだからね。」

神崎がしっかりとバランスをとった。

「そ、そうだな。油断大敵だ。」

犀川はしっかりと気を引き締めた。元からポジティブな性格ではなかった犀川は、油断することは少なく、常に最悪の状況を考えることができていた。だが、犀川には自覚はない。

ここで、思い出したかのように東條が言った。

「あ、そうだ。ちょっと気になる噂があるんだけど。みなさんは”ナノコリ”って知ってますか?」

「ナノコリ?何それ。」

神崎が答える。続いて犀川と立花も首を横に振った。

「人の名前です。なんでも、一時期宝くじや競馬で大勝を連発して、一気に成り上がった男がいるっていう都市伝説があるんですよ。近隣住民の噂から徐々に広まったんですけど、未来が見えてるんじゃないかって。」

「未来を見通す力か。もし本当だったら危険だな。」

立花が言った。

「ああ、どんな凶悪な事件を起こされるか・・・」

犀川も言う。しかし、神崎がそれを否定する。

「いえ、危険なのはその”ナノコリ”って男の身よ。」

「え?どういうことだ?未来を見透かせるなら殺されることはないんじゃ」

「うーん、都市伝説ってところが気になるけど、とにかく一度調べる価値はありそうね。」

犀川を無視して、神崎が話を進めた。

その時、放送が流れた。やる気のないその声の主は、填島だった。

『B地区にて能力者による中国企業数社への放火テロが発生。犯人は15人。そのうち2人は瞬間移動の能力者、そしてもう1人はおそらく自然発火能力(パイロキネシス)の能力者だろう。非能力者も銃を所持している模様。現在、犯人は3つのグループに分かれて逃走中。犯人全員に執行処分許可が下された。』

それを聞くと、第十班の3人は立ち上がった。

「犀川、執行は初めてだな。」

立花が言う。

「ああ、役に立てるように頑張るよ。」

犀川は緊張した面持ちで言う。そして、神崎が冷たい口調で言った。

「死なないことだけ考えなさい。」

神崎の目は厳しかった。

「ナノコリの件は後回しよ、B地区に急ぐわよ。」


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