第8話 ロロキストの修行①

「じ、師匠……じょうしょ、お、おままぢ……お」


「馬鹿弟子ぃ!何甘ぇ事言ってんだ時間が限られてんだ、早くしろぉっ!」



 シェイン師匠……いや師匠と呼べと言われたが、この際だ。鬼と呼ぼう、それが相応しい。

 鬼の修行はとてもじゃないが付いていけない。


 現在一週間経過したが剣の稽古のケの字もない。


 俺がやっている否、やらされているのは専ら筋肉トレーニングと要らなくなったルイスの大剣を二本背負いながら隣街まで走る事ぐらいだ。


 剣を担いで……これだけ見れば剣の稽古とも言えるか。


「先いってるぜぇ!」

「ちょ、ちょっ、と……ま、っ……はぁ、はぁ……」



 隣街までは普通に歩いたら三時間はかかるであろう場所だ。

 それを一日何往復……もう100往復位してるんじゃないかと思える程走らされる。


 一体これが何の稽古なのか……鬼畜シェインはお前は体力がないからまずはそれからと言って一週間ひたすらこればかりやらせる。

 正直これなら訓練校で毎日嫌みを言われながら白い目で見られ、自分の無能さにため息をつく毎日の方が全然マシだった。


 もう止めたい……そんなことをここ数日で何千回考えただろうか。

 一度やっぱり止めますとシェインの前で言ったことがある。

 だがその時のあの鬼の形相は一生忘れないだろう、そして「腕をおいていけ、俺の剣術はそれぐらい一子相伝の物だ」と言われた時はもう逃げられないと確信した。


 レイス……俺はもう、戻れないかもしれない。

 あいつは今頃どうしてるだろうか、そんな事に現実逃避しながらやっとの思いで隣街へ着いた。



「やっ、……と、つい、たぁ……はぁ、はぁ……」


 シェインはそこにはいない。

 そう、奴は今頃旨い酒でもひっかけてゆっくりしているだろう。


 俺は何度目かになるプラットの街の酒場へと足を向ける。




「……おぅ、もやし!遅かったじゃねぇか」


「弟子です……似てるけどもやしじゃありません」



「おっ、兄ちゃん。今日もお疲れ!ほら飲んでけ!帰りもあるんだろう?」



 毎度の事過ぎて俺も今では酒場のいい見せ物になっていた。

 それでもこうして飲み物をご馳走してくれる。ありがたき事この上ない。

 俺は店主から出されたジョッキ一杯のミネラルウォーターを一気飲みしてお礼を言った。



「っあぁ!生き返るっ!……いつもすいません」


「あぁ、いいって事よ!シェイン、子供をいたぶりすぎるのも良くないぜ」


「これは修行だよ、俺の一子相伝を託すんだ、これぐらいまだまだ……おっしゃ!んじゃ弟子1号、いざ参らんジンクスの街へ、だ!」


 弟子1号……一子相伝に2号は……いないんだよな。

 もしくは前回の1号は殺されたんだろうか。


 そう言うとシェインは残りの酒を一気に飲み干し、とっとと酒場を立ち去った。



「ま、待って……はぁ、くそシェインめ……」


「兄ちゃんよ、シェインの事……頼むな」



 しんみり顔でそう言う店主。

 その意味は今だに分からない。

 だがきっとシェインも弟子が出来て嬉しいのだろう、それだけはこの一週間で分かった気がした。


「はい……」


 まあいい、変えればミルーナさんの治癒魔術が待っている。

 正直最近の楽しみはそれだけだった。





――――




 今どれぐらいたったんだ?

 時間が麻痺する。


 今俺はルイスの大剣二本を両手に握りしめながらあの時フライドビーに襲われた森を横断している。

 シェインはと言うと……ジンクスのギルドで待つと言う。


 今回の修行は森の先にある村へ行って帰ってこいと言うものだった。


 正直意味が分からない。

 と言うか生きて帰れるかも分からない。

 もう何時間になるのか、さっきからいろんな魔物に追いかけられるのだがひたすら逃げ回っている。

 道が分からなくなってしまった。


 シェインはこっち向きに真っ直ぐと言っていたが、そのこっち向きが最初の時点から絶対にずれている気がしてなら無い。


「はぁ、はぁ、はぁ」



 くそ、何なんだよあいつ。

 俺は騙されたのか。

 そうだよな、よくよく考えればあんなに強そうな人達が俺みたいな素人同然の奴にまともな稽古を付ける理由がない。

 こうやっていつ諦めるかを賭けてギルドの皆で楽しんでいるに違いない。


 そうだったんだ、何で俺は今まで馬鹿みたいに走ってきたんだろう……情けない。

 あぁ、もう辞めよう。


 ただこのままジンクスの街へ戻れば何をされるか分かったもんじゃない、対魔術執行員試験だってどうせコネで適当に合格にされて、適当に事務職でもやらされて、そうやって俺の一生は終わるんだ……それならいっそこのまま何処かへ行ってしまおうか。



「……疲れてんのかな、俺」


 いつにもましてネガティブが止まらない。

 でもまぁ、あながちこの推理も間違いじゃないだろうな。



「……あ、村」


 少し先に村が見えた。

 どうやらあれの事だろう。

 もうすぐ日も暮れる、森での野宿なんてたまったものじゃない。

 あの村で適当に野宿したら今後の事を考えるとしようか。




「……あ、もしかして君がギルドの!?」


「へっ?」


 何だ、行きなり村の入り口で若い男が俺に声をかける。

 ギルドの人とは何の事だろう?



「……こんな子供に……いや今はそんなことより……こっちだ、早く来てくれ!」


「えっ、ちょ、ちょっと……!」



 訳が分からない。

 俺は若い男に無理矢理手を引かれ村の中へと連れ込まれた。


 一体どうなっている?

 ただ男の必死の形相は俺の心に一抹の不安を抱かせた。

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