6-3 パフォーマンスと事件概要

「……はい。確かに私は四組で、正子しょうこという双子の妹がいますが……どうして、わかったんですか? 峰岸ちゃん、そんなとこまで話したの?」

「ううん、話してない。ってか私も気になります、なんで先輩わかったんですか」

 ふぅ。

 正直なところ、僕は峰岸たちの反応は半分くらいしか聞いていなかった。あの時間のない中、見事正しい解答を導き出せたことに満足感を覚えていたからだ。

 ……ええと、『何で』? まあ、さすがに理由の説明なしじゃもやもやしたままだろうしね。手短に済ませてしまおう。

 ソファに腰かけなおし、御手洗さんにきちんと相対する。……そういえば、妹さんの方の名前は聞いたけど、本人の名前は聞いてないような。

 まあいいか、『御手洗さん』で済ませればいいだけの話だし。

「じゃあ、僭越ながら解説のようなことを。

 まず考え方としては消去法だった。一年生に限らず、この学校はどこの学年も一組から五組まで五クラスある。

 そしてそこに座っている峰岸は一年二組で、さらに峰岸は君のことを『クラス違いますけど』と言った。だから君は、一年二組以外の四クラス――一組、三組、四組、五組のうちのどれかに属していると考えられる。

 そして次に、一組と五組も除外される。なぜならその二クラスは、現在外で合唱の強制練習の真っ最中だからだ。まあサボって抜け出してきた可能性もないではないけれど、君は見た目そういうタイプじゃなさそうだし、自転車の盗難ならそこまで切迫した事態じゃない、一日二日遅れても大丈夫だろう。今日は新学期の平常授業が始まって一日目だから、練習も一日目と考えられるから、そこまで急ぐわけでもない用件のために最初の練習からサボるのはちょっと考えにくい。

 さて残るは三組と四組なんだけど、さっき校内放送があった。一年三組のミタライという生徒を、生徒指導室に呼び出す放送だ。御手洗なんて名字が一つの学年に二人もいるというのはなかなかないから、いつもなら僕は、呼び出された御手洗さんと君が同一人物だと考えただろう。ただ、放送があってから君がこの部室に来るまではほとんどタイムラグがなかった。あの放送があって生徒指導室へ行って何らかの話をしてからここに来たというのは時間的に無理があるし、いったん放送を無視して先にこちらへ来たというのも考えづらい。例えば『昨日のいついつ、どこそこで事故を起こした心当たりのある生徒は生徒指導室まで来なさい』なんて内容ならともかく、生徒指導部は該当の生徒の名前とクラスまで把握している。今無視すれば間違いなく、明日の朝あたり生徒指導部から更なるお咎めがあるであろうことは想像に難くない。それにさっきも言ったように自転車の盗難は急を要することじゃない、急がなければ確実に何か言われる生徒指導部からの呼び出しを無視して自転車を優先するのはどうも腑に落ちなかった。というわけで呼び出されたミタライという生徒と君とは、まあ珍しいケースだけど別人ということになる。ただこの珍しいケースにも二パターンあって、一つ目は全くの赤の他人という説。そして二つ目は、お互いに血のつながりがある場合だ。そしてこの二つを比べると、確実とは言えないまでにしても後者の方が可能性が高い。そして同学年なら、まあ双子じゃないかと考えた。そうでなくても従姉妹か何かだろう。まあこれは、言うなればおまけみたいなものなんだけど。そういうわけで、この学年には少なくとも二人の御手洗姓の人間がいて、君でない方の御手洗さんは三組に属している。そうなると君は、ほぼ確実に四組だ。なぜなら放送では『一年三組のミタライさん』としか言っていないから。もし二人の御手洗さんが一年三組に属しているのだとすれば、放送では当然、どちらの御手洗さんか区別するために名前まで呼んだはずだ。それをしなかったということは、一年三組には御手洗さんは放送で呼ばれた一人しかいないということになり、そうなると君は四組でしかありえない。

 ……こんなところで、どうでしょうか」

 ああ、一気にまくしたててのどが渇いた。

 しかし目の前の御手洗さん(とついでに峰岸)は、中途半端に口を開けたままじっと僕を見ている。あれ、何か間違えたか。でも答え自体はさっき本人に確認を取ったし。じゃあ何なのだろう。

 やや間があって、御手洗さんがやっと口を開いた。

「……すごい。ほんとに名探偵なんですね」

 ああ、そっちか。

 そこまで言われて悪い気は、まあ、しない。でもそういうきらきらした目でこっちを見られるとなんだかむずがゆくなってくるので、できればやめていただきたいような。それに自転車泥棒の件でも同じ結果が出せるかどうかはまだわからないのだし。

「でしょすごいでしょううちの先輩!」

 同時にぎゃいぎゃいと峰岸が騒ぎ立て始める。こいつに至ってはいつものことなので、相変わらず騒がしいなあ、くらいの感想しか出てこないのだけれど。

 えへん、とひとつ、らしくもない咳払いをしてソファに座り直す。

「では本題に入りましょう。――自転車が盗まれたってことでしたが、詳しい話を聞かせてもらえますか」




 ……ええと、実は自転車が盗まれたのがいつなのか、その、はっきりとはわからないんです。

 昨日の朝は、いつも通り自転車で学校へ来ました。それで、自転車置き場の定位置に自転車を停めて……そうです、ちゃんと鍵もかけました。間違いありません、そのとき一緒に登校してきた友だちが、「どうせ誰も盗らないから鍵なんか掛けなくていいのに」って言っていたのを覚えてますから。なのに盗まれちゃったなんて、何だか皮肉な話ですけど。

 ……鍵ですか? 普通の数字錠です。……番号は好きなアーティストの誕生日。知ってるのは私と、さっき話した双子の妹の正子だけだと思います。正子は時々、私の自転車を使うことがあるので。

 自転車本体は、どこでも普通に売ってる銀色のママチャリです。だいぶ古いのであちこちへこんでいたり錆が浮いていたり、私が泥棒なら、お世辞にも心惹かれるとは言い難い自転車なんですが。

 朝はそのまま何事もなく、放課後になりました。

 いつもならそのまま自転車で帰るのですが、昨日は文芸部で、今年の文化祭に出す文集について話すことになっていました。遅くなるのは分かっていたので前日に家族に話しておいて、帰りは予定通り母に車で迎えに来てもらいました。

 そして今日です。

 朝は両親とも忙しいので送ってもらうわけにはいきませんので、いつもより三十分ほど早めに家を出て歩いて学校へ向かいました。……正子ですか? ええ、正子も自転車は持っていますが、どうなればそんなことになるのかこのあいだ電柱にぶつかったんだそうです。その時フレームが歪んだので今は自転車屋さんに預けて修理中で、ここ数日は徒歩通学です。いちおう私の自転車を使ってもいいとは言ってあるのですが。

 普段なら気にもかけずにそのまま教室へ上がると思うんですが――あの、一年生の自転車置き場、校舎を挟んで昇降口の反対側にあって遠いんです――今朝はその、なんというんでしょう、虫の知らせというんですか、何だか妙な予感がしたもので。それで、自転車を見に行きました。

 そうしたら、私の自転車だけが綺麗さっぱり、無くなっていたんです。




 そこまで話して、御手洗さんはまたうつむいてしまった。長い黒髪が顔に影を落とす。話すことはとりあえずこれで全部、ということでいいのだろうか。

「ええと……自転車を探して欲しい、ということでしたが、さすがにそれだけの情報で探すのは極めて困難と言いますか、もし見つけることができたとしてもおそらくかなりの時間がかかると思われますので……」

 暗に、こんな怪しげな人間ではなく警察なんかの然るべき機関に頼んだ方がいいのでは、と勧めてみる。もっともその機関が真面目に探してくれるかどうかは分からないけれど。

「……いいえ。それだけなら、警察に届け出たと思います。でも、私がわざわざここまで来たのは、私が自転車に鍵を掛けていたからなんです」

 ……うん?

 自転車に鍵を掛けると、どうして僕に依頼をすることになるのだろう。南国で蝶が羽ばたくとニューヨークで竜巻が起きるとか、風が吹くと桶屋が儲かるとかそういう感じのことだろうか。

 僕はよほど変な顔をしていたのだろうか、御手洗さんはあわてて言葉を重ねた。

「あ、ええと、その、私が言いたいのは、どうして犯人は、わざわざ鍵のかかっている私の自転車を盗んでいったのでしょうか、ということなんです。周りには、鍵のかかっていない自転車が、山ほどあったにも関わらず」

 ああ、なるほど。なら最初からそう言ってくれればいいのに、と思ったが、よく話を聞いていれば分かったはずのことだし御手洗さんを攻めるのは筋違いだろう。

 まとめるとこうだ。御手洗さんは自転車を探したいのだが、僕にはどうして自分の自転車が盗まれたのかの絵解きをしてもらいたい、その仮定でもし自転車の場所がわかれば御の字、といったところなのだろう。

「ええと、その前に確認させてください。こう言っちゃ失礼ですが、自転車は本当に盗まれたんですか? 例えば妹さんが黙って借りたとか」

「……それは、ないです。可能性としてはあり得ますけど、だとしたら家に自転車がないとおかしいです。そして昨日帰ったとき、家に私の自転車はありませんでした」

 なかなかの注意力でいらっしゃる。

 だけど、これは思ったよりも難しい問題かもしれない。

 まず鍵の問題がある。犯人は果たして、数字錠の番号を知りえただろうか。

 ……知りえただろう。御手洗さんはそりゃ人に見られないように数字の操作をしているはずだけど、それはどんなときでも例外なく徹底的にやっているわけでもないだろう。例えば親しい友だちなら過剰に警戒するのはむしろ不和のもとにもなりかねないし、そうするとそういう間柄なら盗み見るのも不可能ではない。犯人が御手洗さん本人と親しくなくとも、御手洗さんの友人から聞き出すという手もある。もっとも、それはだいぶ怪しまれそうだけど。

 ……ごく例外的に、鍵を掛けたまま自転車を盗んでいったというケースも考えられないことはない。鍵が掛かっているのは後輪なのだから、自転車の後ろ側を持ち上げるようにして運べば動かすことはできる。まあ全身で『自分は自転車泥棒です』と主張しているようなものだから、長距離は移動できないだろうけど。

 次に、鍵の問題から導かれる副次的な問題。つまりは、どうして犯人は、わざわざ『鍵を開ける』という手間をかけてまで御手洗さんの自転車を盗んだのか、ということだ。これは犯人が数字錠の番号を知っていたか知らなかったか、という問題とは、実はほとんど関係がない。なぜなら、『掛かっている鍵を開ける』という行為には、一定以上の心理的抵抗が伴うからだ。

 もちろん、そこにあるほとんどの自転車に鍵が掛かっていたのならばこの問いは意味をなさない。犯人が自分が開錠できる自転車を狙うのは全く当たり前のことだ。

 しかし、実際は――ほとんどの自転車が鍵を掛けていなかった。僕の周りを思いかえしてみても、掛けているものはごく少数派だ。たぶん、学校そのものが外部の人間を締め出す閉鎖的な環境だから、というのが大きいと思うのだが、しかしたまに誘われて外へ遊びに行くときなんかもみんな掛けていないので、単に危機意識がないだけかもしれない。

 しかし問題はそこではなく、盗まれた自転車がその中にあって鍵を掛けていた、という事実だ。犯人が数字錠の番号を知っていたとしても、『掛かっている鍵を開けて自転車を盗む』のと、ただ『自転車を盗む』のでは、心理的な抵抗がかなり違う。

 ……ただこの『心理的抵抗』という問題、実は御手洗さんの自転車に何らかの付加価値がついていれば、まったく意味をなさない。たとえば御手洗さんの自転車が一台何十万とする外国のお高い代物だとする。そうすれば『鍵を開ける』程度の心理的抵抗はいとも簡単に吹き飛ばされてしまうだろう。しかし本人の談によればくだんの自転車は『あちこちへこんでいたり錆が浮いていたり、私が泥棒なら、お世辞にも心惹かれるとは言い難い』ものらしいので、これは除外してもいいだろう(もう一つ、犯人が実は御手洗さんのストーカーで、その彼もしくは彼女は御手洗さんの自転車に常人では思いもつかない曰く云い難い魅力を感じとって……という可能性もなくはないが、そうなると僕ではなく本物の探偵事務所を頼ってください、としか言いようがない)。


 というわけで目下の問題は二つ。『犯人はなぜ数字錠の番号を知っていたのか』ということと、『犯人はどうして鍵のかかった自転車を盗んだのか』ということに絞られる。ただし、重視すべきは後者だろう。前者はどこまで突き詰めて考えても『頑張れば誰でもなんとかなる』としか言えず、結局は結論からの逆算でしかわかりえないからだ。

 さて、どうしたものか。

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