第7話 バケモノ


 遊園地に行ってから、二日が経った頃、誠が体調を崩した。

 スニーカーの紐が切れ、茶碗ちゃわんが割れ、思えば悪い予兆よちょうばかりが続いた。

 だからなのかもしれない。

「あぁぁぁぁん? てめぇなんか睨んでねぇかあぁぁん?」

 なんで十人もチンピラに絡まれるんだ。

 春川も怯えているし、今日はろくなことがない。

「睨んでないんで、帰っていいですよね」

「なめとんのかごるぁああああああ!?」

 チンピラほど面倒な生物がこの世にあるだろうか。

 なにを言おうがキレるし喚くしれるし、救いようがない。

 春川を守りながら戦うにしても、この数だと難しいか。

 誠がいれば即終わらせるのにと、思いながら、優人はとりあえず一番うるさかった奴の頬を殴る。

 するとそいつは左側の壁に頭を軽くめり込ませた。

ほかの奴らは呆然とそれを見てビビる。

 全員弱いなこいつらと確定すると、走って懐に入ってみぞおちに拳をねじ込む。

「ぐぎっ……」

 と変な声を出しながらそいつはうしろに飛ばされ、ふたりほど巻き込まれた。

 驚愕きょうがくを覚えながらも、優人の背後からせまるひとり。

 しかし、優人はそいつが近づいたところで回し蹴りを食らわせ、そいつが飛んでいくのを見ないまま残りの五人を倒しに走った。

 その刹那、

「夢島!」

 という春川の声と、

「はーいそこまでー」

 という知らないやつの声がした。

 見ると、春川の首をきたえられたムキムキの腕で捕らえていた。

 その男は、先ほど倒した五人やいま倒そうとしていた五人の雑魚感に比べると、幾分か強そうだ。

 金髪を軽くリーゼントし、タンクトップを着たその男は、その腕を少し締める。

 すると、春川の首が締まって、苦しそうに顔を歪めた。

「それ以上やると、こいつの首折るから」

 はったりであることはわかっているけれど、首は折らずとも、春川に危害きがいがおよぶ。

 仕方なく両手を上げて降参こうさんした。

「おりこうさん。さ、ついてこい」

 人目を気にしたようで、優人と春川は奴らに連れていかれる。

 前を行く男を背後から殴れば、春川だけでも逃せるだろうか。

 そう思案しあんしていると、男がこちらを肩越しに見た。

「襲おうと思っても無駄だぞ? その前にこいつの首が折れる」

「うっ…………」

 少し締められたのか、春川の苦しそうな声が聞こえて、優人はなにもできなくなった。

 うしろから五人もついてきた。

 倒された五人は意識が当分戻らないから置いてきたのだろうか。

 群れるくせに薄情はくじょうなものだ。

 連れてこられた場所は、例の如く廃工場。

 チンピラはなぜ廃工場にばかり集まるのか謎だ。すたれたものが好きなのか。

 く言う優人も廃ビルのバーだった場所をたまり場にしていたけれど。

「中入れ」

 顎先で入るように言われ、中に入ると、ロープで縛られ転がされた。

「夢島!」

 春川は真っ青な顔でこちらを見る。

 心配してくれているのだろう。

 いつも喧嘩に巻き込むのは優人だ。申し訳ない。

 春川もロープで縛られ、ふたりに囲まれた。

「君、えっとー、ゆめしまくん、だっけ? 君さぁ、染井誠のお友達でしょ? 呼び出してくれる?」

「………………俺らは人質か」

 ここは誠の地元だし、恨みのあるやつがいてもおかしくはない。

「その通り。理解りかいが早くて助かるよ。さ、呼んで」

 ヤンキー座りでこちらを見下ろすそいつは、むかつく笑みを浮かべてそういう。

「あいにく、俺も誠もケータイなんて高級品持ってないから」

 本当のことを告げたのに、その男は優人の腹を蹴った。

「嘘はいけないなー。高校生にもなってもってないわけないだろー?」

 みぞおちを何度も何度も蹴って、男は言う。

「さっさとしてくんないかな? じゃないと、もうひとりのお友達を今度は殴らないとなー」

 優人の長い前髪を握ると顔を上げさせる。

「可愛い顔してんねー。この顔傷つけたら、どんなに楽しいことか」

 ナイフを取り出すと、頬に当てて、ペチペチと叩く。

「で、連絡してくれる?」

「ケータイくれたらね」

 誠がいた方が楽だ。

 だから呼ぶことには大賛成だいさんせい。けれど、連絡するための機械がない。

「はぁあ……君も強情ごうじょうだね……」

 頬にチリっとした痛みがした。すこし切られたのかもしれない。

「まぁ、いいだろう。俺のケータイだ。ほら、これで連絡してくれるかい」

「じゃあロープ外してよ」

 後ろ手に連絡などできない。

 まあしかし、そんなことしてくれるはずもなく、男は優人の顔面を蹴った。

「君強いみたいだからだーめ。そこのお友達くん、番号知ってる?」

 春川に聞くけれど、教えてないので知ってるわけがない。

 首を振る春川を見て、ため息をついた。

「染井めんどくさいなーもう。まいいや。じゃあ君、番号は?」

 男に番号を教えると、さっそく電話を掛けた。

「はい、君が話してね」

 耳元に当てられたケータイが、電子音でんしおんを鳴らしていたが、やがて弘樹の声になる。

『もしもし。染井です。どちら様ですか』

「誠か」

 誠に捕まったことと、場所を伝え、電話が切れる。

「ありがとーう。さぁて、何分でくるかなー」

 楽しみとばかりにケータイを閉じてから優人の上に座った。

 ナイフをくるくると回し、鼻歌までし始めた。

「早く来ないかなー。君さ、可愛い顔してるけど、もしかして染井の彼女? 男子の制服着てるけど、女子だったりする?」

 優人の頬を撫で、先ほど切れた傷をぐりぐりと押す。

「…………っ」

「いいね、その痛がる顔。もっといじめたくなる」

 サディストという奴だろうか。

 歪めた顔はひどく汚い。これがこいつの笑顔か。春川とは天と地の差だな。

「俺を可愛いとか、物好きだな」

「なに、君もしかして自分の顔をかがみで見たことないの? かわいい系の顔してるよ?」

 まぁ、この男の顔に比べたらましだとは思うが。

「このナイフでその顔を傷つけてもいい? 痛いと思うなー」

 思うもなにも痛いに決まっている。

 ナイフを少しづつ近づけて、にやにやと嗤うその男。

「傷つけてもいいけど、春川には手を出すなよ」

 優人がそういえば、驚いた顔をした。

 そして、暗い笑みを浮かべると、男は春川の方に目を向ける。

「おいおまえら、そいつ痛めつけてやれ」

「なっ…………!」

 春川を囲んでたふたりが、笑みをこぼして殴りかかる。

「やめろ! そいつは関係ないだろ!」

 殴られて悲鳴を上げている春川。

 優人は怒鳴るが、それを見てにやにやといやらしい笑みの男は言う。

「それだよ。その悲痛ひつうな顔。最高だねぇ」

 春川の声が、絶えず聞こえる。泣き叫んでるその声は、助けてとずっと……。

「春川! 春川!」

 体を動かしてなんとかそちらに行こうとするが、男がそれを止めた。

「ダメだよー。行かせないから」

 優人の体に座っていた男が、立ち上がり優人の腕と髪を掴んだ。

「ほら、おまえのせいであの子は殴られてる。助けてーって言ってるよ? あはははははははは!」

 春川が泣いている。

 助けないと。助けたいけれど、どうすれば。

「やめろ……、弘樹……。弘樹! 離せよくそがっ」

 暴れて足掻いて、でも動けない。

 誠はまだ来ない。早く来てくれ。

 また、ひどい目に遭わせてしまう。自分のせいで。自分の勝手な願いのせいで。

 傍にいたいだけなのに。だた傍で笑いあえていればそれでよかったのに。

 それだけのことも願ってはいけないのか。

 好きなひととずっと。そんな単純たんじゅんな願いすら許されないなら、なぜ自分は生まれてきたのだ。

 こんなバケモノなんて、生み出さなくてよかっただろう。

「………………」

 あぁ、そうだ。

 バケモノなんだ。









 なら、こんな奴ら殺してしまえばいい。

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