第6話 記憶探し
そしてやってきた土曜日。
一か月ぶりに戻ってきた地元は、店が少し変わっているくらいで、特に変化はなかった。
「ここが、夢島の地元?」
「あぁ」
春川は周りをきょろきょろと見て、楽しそうに目を輝かせている。
まるで犬のようだ。
思わず笑みがこぼれた。
「遊園地ってここから近いのか?」
「いや、ここからバスに乗っていかないといけない」
バスに乗って三十分といったところか。
春川はいつも通り無邪気にはしゃいでいた。
「どれに乗ったのかなぁ~。ジェットコースターかな。あとは、観覧車!」
楽しそうな春川は、前に乗ったものを言い当てている。記憶をなくしても、同じ考えになるようだ。
「楽しみだなー。友達と遊びに行くなんて、初めて…………、じゃないけど、初めてみたいで!」
「子供かよ。そんなにはしゃいで」
誠がなにか思うところがあるのか少し怖い雰囲気を醸し出しながら、呆れた顔でそういう。
「えへへ、染井ももっと楽しみなさい!」
春川はそれにまったく気づかない。
バスに乗り、遊園地に入れば、その興奮は
「ジェットコースター! ジェットコースター乗ろう!」
優人の腕を引っ張り、春川はジェットコースターへと向かう。
もう二度と乗らないと決めていたのだが、辿るためには仕方ない。
「う、うおえええええええええ…………」
やっぱり気持ち悪い。
ふわって。ふわって。
「優人、ジェットコースターダメなら言えよ」
「水買ってくる!」
春川が水を買いに行き、誠は優人にハンカチで風を
「ううう、やっぱり二度と乗らない…………」
「はい、水。これ飲んで」
水を飲んで、なんとか回復する。
「ごめん、ありがとう」
「大丈夫か? もう帰るか?」
デジャブだなと思いながら、優人は笑う。
「もう大丈夫だから、次行こう。アクション系のやつ」
「アクション系?」
春川が首を傾げるので、前のときと同じアトラクションを指さす。
「このアトラクション。前に春川がアクション系って勝手に名付けたんだ」
「俺が? まじか。あー、でも確かにそれっぽい」
指さしたものを見て、春川が頷いた。
「いいから、次に行かないと日が
誠の言葉に、三人は急いでそちらに向かった。
メリーゴーランドは相変わらず楽しくて、お化け屋敷も変わらず殴らないことに必死だった。
コーヒーカップにも乗る。
そこでは前は早くするのをやめようと思ったのだけど、辿るのだからぐんぐん早くして、またふらふらした。
記憶をなぞるのがこんなに楽しいなんて、思わなかった。
こんなに虚しいなんて、思わなかった。
「はー、回った。すんごい回った」
春川はそう言って、前と同じベンチに座った。
本当に記憶がないのか怪しいくらい正確な位置だ。
「俺は水買ってくる」
「じゃあ、俺も一緒に」
「ん」
春川を残して、水を買いに行く。
すると、前方からやってくる柄の悪そうな
そいつは優人にわざとぶつかると、睨んでくる。
「おうおうおうおう! 遊園地でイチャイチャしやがってよぉ!」
春川がいないところですら同じことを起こさなくてもいいと思うのだが、なぜか起こる。
「まったく、遊園地になんでこう毎回いるんだこういう不良」
「前もなのか? 運悪いなおまえ」
「そうだな」
「なんなんだてめぇら! 俺のことを無視してんじゃねぇ!」
「うるさい」
「ぐげぇっ」
ぐぉぉぉうっとすごい音を上げてやってきた拳を避けることなどできるはずもなく、飛んで行った。
「あ、やり過ぎた」
「短気だな」
ため息をついて水を買いに行き、そして春川のもとに戻る。
「お帰り」
「はい、水」
水を飲んで落ち着くと、観覧車に向かった。
「これは、ふたりで乗ってもいいか?」
優人がそういうと、誠は不満気にしながらも頷いてくれた。
「行こう、春川」
「あ、うん」
乗り込んで、外の光景を見た。
「綺麗だな」
「あのときも、イルミネーションが綺麗だったんだ。それで、ここの頂点でキスしたら恋が永遠になるとか話をしたんだ」
そう、あのときは本当にそうなると思っていた。
キスをして、あのときは嫌だったけど、そのあと彼を好きになって。
このキスが永遠にしてくれたらって、そう願って、でも、叶わなかった。
戻らないあの日々を、思い描いて、苦しむことになるなんて、あのときは思ってなかった。
星空を旅しているような気分。
これをまた、『弘樹』と見れるなんて、思わなかった。
また、一緒に――――…………。
「夢島、なんで泣いてるんだ……?」
「え…………?」
気づいたら、涙を流していた。
「あ、ごめん。なんで、泣いてるんだろ……あはは」
涙が止まらず、急いで拭うけれど後から後から流れ出てきてしまって、焦ってしまう。
どうして涙が出るのだろう。泣いたって、意味がないのに。
強くこすっていると、春川が優人の腕を掴んで止めた。
「はるか……」
名前を呼ぼうとしたら、その口に春川のそれが触れた。
かぁっと顔が赤く染まり、驚きで心臓が飛び出しかける。
間近にあるその顔は、中学のころに被って見えて、また涙が浮かんだ。
「……………………ぁ」
唇が離れる。その瞬間、少し唇に寂しさが訪れた。
なんで、キスしたのだろう。嬉しい。けれど、どうして。
困惑して、いろいろな感情がぐちゃぐちゃになってしまう。
「あ、あれ? なんで俺……、ご、ごめん夢島! 気持ち悪かった…………」
春川は謝り、こちらの顔を見て、固まった。
「ゆ、夢島くん? なんて顔して……?」
窓ガラスに
これがあのとき弘樹が言っていた、もの欲しそうな顔なのだろうか。
こんな顔を、二度もさらしたのか。
「ご、ごめん弘樹。こんな顔してたなんて…………」
両頬を抑えて熱を下げようとするけれど、下がってくれない。
「あわわわわ……」
恥ずかしい。尋常じゃないくらい恥ずかしい。
「夢島、俺のこと弘樹って……」
「あ、あぁ、前はそう呼んでたから……」
つい呼んでしまった。
そういうと、春川は言う。
「え、じゃあ弘樹でいいのに! 弘樹って呼んでよ!」
「やだ」
「なーんーでー!」
なんだか、それは違う気がする。
弘樹は弘樹だ。春川は春川だ。なぜか、そうわけてしまっている。
「どうしても。というかそろそろ下りるぞ」
「あ、本当だ。もう少し夢島の可愛いところ見てたかったのに」
「はぁ!?」
心臓に悪いことを言うな。
そう思ってる間に、下に着く。
「お帰り」
誠が手を上げて呼ぶ。
「たっだいまー!」
「ただいま……」
すこしやつれた優人を見て、誠は不思議そうな顔をする。
「どうした優人。なんで観覧車でやつれてんだ」
「ほんと、なんでだろ」
観覧車でやつれる人間はきっといない。
「疲れた……」
優人は静かに呟く。
春川はまだ体力があり
誠はそれを呆れた目で見ていた。
「んで、記憶は戻ったのか?」
誠が春川に聞く。
すると、春川は「う~ん」と呻ってから、
「全然!」
と元気よく答えた。
「こいつは骨が折れそうだ……」
誠は嘆息して、頭を抱えた。
「まぁ、少しづつ思い出せばいいさ」
そういった優人は、少し儚げな笑みを浮かべる。
あのときキスしてくれたのは、記憶が戻ろうとしていた
ほんの少しだけでも思い出してくれるなら、なんでもしたい。
「今日は帰ろう。それでまた来よう」
優人の言葉に、ふたりは頷いた。
ひらり。
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