第5話 遊園地にて


 次の日は、なぜか朝早くに目が覚めた。

 昨日泣き疲れて寝てしまうという子供みたいなことをしたせいか、制服はぐちゃぐちゃで、顔も目元が腫れて大変だった。

 制服のしわをなんとか伸ばし、風呂に入ったあとに、朝食を作りふたりで食べた。

 学校に着くのもいつもより早く、教室に行くとまだ生徒はまばら。

 優人はいつも通り机に寝そべった。

 すると、大きな声が聞こえてくる。

「おっはよーう!」

 無駄に元気に入ってきて、優人の前に座ると、中学のときのように背もたれを足で挟む形で座る。

「おはよう夢島!」

 いつも絶えない笑顔を向けて、彼はそういう。

「おはよう、春川」

 そう返せば、彼はさらに嬉しそうに笑う。

「朝からすっごく可愛いんだけど、本当におまえは男なのか? 可愛いなーもう、好き!」

 そう抱き着いてくる春川。

 好きだと言われると、どきりと心臓が飛び跳ねる。

「おまえはうざいな。本当に変わらない」

 中学のころから成長がないのだろうか。

 そんなことを思っていたら、春川は固まる。

 突然動きを止めた春川を訝しんでいると、春川は優人を驚いた顔で見た。

「中学のころって、なんだ?」

 口に出ていたようだ。

 失言しつげんした。まさか口に出るとは。

「あ、あ、いや……」

 言うつもりはなかったのに。

 どうにか言い訳をしようと考えていると、春川が言う。

「俺、実は、去年の秋に交通事故に遭ってさ、それまでの記憶がないんだ。だから、もしなにか知ってるなら、教えてくれ」

 驚きで、言葉がでなかった。まさか、それで優人のことも覚えていないと?

 訝しんだけれど、真剣な眼差しは嘘をついているようには思えない。

 優人はそれにされて、話した。

「中学二年の初めのころ、転入してきたんだ。それで……友達だったんだ」

 そういうと、春川は笑う。

「そっか。俺らもうとっくに友達だったのか。それってすっごい奇跡じゃね? 運命だな!」

 嬉しそうに笑った春川は、優人に抱き着いて言う。

「こうしてまた会えたのは奇跡だ! あ、ならさ、今度おまえと行ったことのある場所に行ってみないか? 記憶探しの旅!」

「え」

 いいことを思いついたとばかりに立ち上がり、どこかへと気持ちを馳せる春川。

「あ、染井も誘おう! あれ、染井ももしかして友達だった?」

 優人はそれを否定した。

 すると、春川は優人の腕を引っ張る。

「そっか。でも一緒に出掛けたいから、一緒に行こう! 誘いに行こうぜ!」

「え、いまから?」

「あぁ!」

 もうすぐHRが始まる時間だというのに、のりのりな春川はそれに気づかないまま教室を出ようとして。

「なにしてるんだ、HR始まるぞ。戻れ」

 ちょうどやってきた教師に止められたのだった。


     ◆


「さぁ、誘いに行くぞ。レッツゴーだ!」

 その日の午前の授業を終え、お昼になった直後のこと。

 春川が振り返りそう言った。

「おまえと遊んだところって、どこなんだ?」

「遊園地かな」

 遊んだ場所といえば、そこくらいか。

 優人が告げれば、春川は嬉しそうに笑う。

「遊園地! すっげぇ懐かしい響き! 楽しみだな!」

 ワクワクしている彼は、いまにも走り出してしまいそうだ。

「でも、俺ら金がないんだよな……」

 優人も誠もなんとかやりくりして生活しているので、どうしようかと思っていると、春川が言う。

「それくらい、俺が出すよ。記憶探しを手伝わせるんだ。それくらいさせなさい! 俺の家、金だけはあるから」

 確かに豪邸だった。

 金持ちなのは知っている。

「前に遊園地行ったときも、おまえがチケット買ってたな」

「そうなのか? よし、いろいろ同じことをしてみよう。思い出すかもしれない」

 同じこと。考えると、ろくなことがない。

 遊園地のジェットコースターでい、その後チンピラに絡まれて拳を怪我して、怒られて、観覧車でキスをして。

「………………っ」

 思い出したら恥ずかしくて顔が熱くなる。

 あれをするのかまた。死ぬ。恥ずか死ぬ。

「遊園地で友達と遊ぶなんてことしてたのかー。俺は友達いなかったんじゃないかと思ってたけど、良かった」

 そうやって笑う春川に、恥ずかしさは消えて虚しさが訪れる。

 そうだ。彼にとって、優人は友達。恋人では、ないのだ。

 わかっていても、なんだか悲しかった。

 あの思い出は、偽りではないのに。

「さ、染井を迎えに……って、いるし!」

 春川の目線を辿たどれば、怖い顔をした誠が教室の扉から春川を睨んでいた。

「誠、おまえ怖いからそれやめろ」

 優人は呆れて誠にそう言えば、誠は中に入ってくる。

「楽しそうにしてるから、入りずらいんだもん」

 拗ねたように言う誠に、優人は苦笑する。

「仕方ないだろ。俺らは同じクラスなんだから」

 優人の言葉で、むー、と拗ねる誠に、春川は言う。

「遊園地行こうぜ!」

「は?」

 唐突な誘いに誠が驚いていると、優人が説明せつめいする。

「記憶探しのために、思い出の場所を巡ろうって話になってな」

「記憶探し?」

 誠は訳がわからないという表情だ。

「春川のやつ、去年交通事故にあって記憶をなくしたんだって。だから、その記憶を思い出すために出掛けようってことだ」

 なるほどと頷き、誠は鞄から弁当をふたつ取り出すと、片方を優人に渡す。

「今日は誠の担当か、弁当」

「ん。うまくできたと思うんだけど」

「そっか。料理、だいぶ慣れたな」

 最初はなかなか下手で、それこそ黒炭くろすみの如く真っ黒に焦げた料理ばかり作った。

 優人は中学から弁当を作っていたから料理はできる。だから、誠に教えていたのだ。

 自炊じすいしないとお金が浮かない。しかし、優人が毎日作るのは大変なので、誠に料理を教えた。

「え、なに、なんで弁当を作って? なんでなんで」

 春川が食いついた。

「俺ら一緒に住んでるんだ」

「えええぇぇぇぇぇぇ!?」

 優人が言えばオーバーリアクションで返す。

同居どうきょ!? 同居してんの!? マジで!? え、行きたい行きたい行きたい!」

 きらきらと目を輝かせる春川は、犬のように尻尾しっぽを振る。

「行かせて!」

「いつか、な」

 優人がそういえば、わーいわーいと喜ぶ春川を、微笑ましく見守る。

「それで、いつ行くんだ、遊園地」

 誠が切り出し、話し合う。

「行くなら、土曜日だな。前も土曜日だったから」

 優人がそういうと、春川が全力で頷き、それで決定した。

「じゃあ、土曜日に駅で集合な」

 そう言って、お昼を終えた。



「どうしても、行きたいのか」

 家に帰ってくると、誠はそう問うてきた。

 心配しているのだ。思い出の場所に行って、辛くはないのかと。

 でも、優人は言う。

「大丈夫だよ。大好きな奴と一緒に行くんだ。辛くはないさ」

 ふわりと笑う優人の笑顔は、少し不安なもので。

 誠は嫌なものを感じて、顔をしかめた。


     ◆


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