第4話 似た者同士


 院にふたりで行って、院長先生に話した。

 隠しごとは一切許してくれなかった院長先生に、天城のことや、自分の気持ちまで話して少し恥ずかしいが、そんなことは言ってられない。

 院長先生の言葉をふたりして待った。

「いいでしょう。いらない家具を捨てるのはもったいないし、お金の無駄だものね」

 その言葉に、ふたりして喜んで思わずハイタッチしてしまった。

「た、だ、し!」

 そしてその体勢のまま固まる。

 鋭い眼光をこちらに向け、院長先生は言う。

「高校には、行きなさい。いまのご時世、高校を出ないとやっていけません。だから、高校は出なさい」

 院長先生はそれは譲りませんという眼光がんこうだ。

 だが、高校に入るにしても、お金がない。

 親がいない優人はお金も借りれないし、誠も家庭崩壊しているのにそんな金があるかどうか。

「お金は、私が出します」

『え!?』

 なにを言いだすのだ。

「そこまでしてもらう理由がないです!」

 優人がそういうと、院長先生はにこりと微笑んだ。

「ありますよ。罪滅つみほろぼしです。優人君、君にずっと寂しい思いをさせました。だから、これくらいさせて?」

 ずっと、見ていることしかできなかったのだという。

 バケモノと呼ばれて悲しんでるのを知っていながら。独りにしてしまっているのを、知っていながら。

 見て見ぬふりをしてきてしまった。

 だから、せめてこれくらいはさせてほしいと、院長は言う。

 まさか院長がそんなことを思っているとは思わなくて、優人はまた泣きそうになる。

 大事にされていたのだ。気にされていたのだ。

 誰もがみな、バケモノだとは思ってなかったのだ。

 周りには自分が気づいていなかっただけで、こんなに自分を大事に思ってくれるひとがいたのだ。

 生まれてこなければなんて考えていた自分が、馬鹿らしくなった。

「ありがとうございます、院長先生」

 頭を下げて、お礼を言う。

 こんな素晴すばらしいひとたちのことに気づいていなかった自分がとことんダメに思えた。

「頑張れよ、勉強」

「あ、やばい」

「高校だからこれからがんばんないとな!」

 他人事たにんごとを楽しむ誠。

 それに院長が言う。

「あなたもですよ、染井誠君」

「へ?」

 きびしい顔で、院長は続けた。

「あなたも、高校に行くんです。もちろん卒業しなさい」

「え!?」

「あなたのご家庭で出せないのなら、それも私が払いますから」

 優人の理由はわかったが、初対面しょたいめんのどこの馬の骨とも知らない子の高校のお金を出すとはどこまでおひとよしというか、能天気のうてんきというか。

 優人のおひとよしはことのひとの影響かと、誠はひとり納得する。

「なんで俺の分まで!? それこそ理由がない!」

 わけがわからない。

 そこまでしてもらうのは申し訳なさすぎる。

 高校の金だ。そんな飯をおごるのとはがく桁外けたはずれだ。それもふたり分とは。

「君は、優人君のお友達でしょう? 理由はそれだけで十分じゃない」

 親しい人間がひとりとしていなかった優人にとっての、初めての友人。

 確かに優人の孤独こどくを少しばかりやぶったのは誠だ。

 しかし、だからといってそんなこと、あり得ない。

「…………それじゃあ、貸しておきます。すこしづつでいい。何十年かかってもいいから、少しづつ返してくれれば、それでいい。どうかしら」

 どうかしら、と聞いておきながらそれ以外は譲らない様子だ。

 高額のお金だが、返すのなら幾分いくぶんか気持ちは楽だ。

 しかし、そんなお金をだして、大丈夫なのだろうか。

「一応、私の実家はそれなりに大きな家なの。それに貯金ちょきんだってあるわ。だから平気よ、この院のことは心配しなくても大丈夫よ」

 そうやって笑ってくれる。

 本当に、聖母マリアのようなひとだ。

 怯えるだけの大人だけではなかった。

 ふたりはもう一度、院長に頭を下げた。

『ありがとうございます!』


     ◇


 こうして、いまここにいる。

 院長や誠のおかげで、ここにいるのだ。

「ここに来た目的を忘れたのか? 受け入れるためなんだろ? なら、あいつと関わることは逆効果ぎゃくこうかじゃないのか」

 誠の言葉に、優人は、考える。

 確かに、逆効果だろう。これでは、また彼に縋ってしまう。

 でも、それでも彼の傍にいたい。

「大丈夫。二か月もすれば、弘樹はまた俺を捨てるさ。そうしたら、別れればいい。でも、それまでは…………」

 一緒にいたいんだ。

 優人はそういう。

 すると、誠は拳を握りしめて、震えた。

「なんでっ……」

 誠は優人の方に走ってくると、壁に追い込む。

 そして、強引に優人の唇を奪った。

「………………っ!?」

 優人は驚いて誠の体を押すけれど、誠は退かない。

 数秒して、誠は口を離す。

「おまえなにして……………………」

 嫌悪感と驚きを顔に出して、優人は口を袖で拭う。

 誠は、優人を泣きそうな顔で見下ろした。

「なぁ、優人。なんで俺じゃないんだ?」

 優人はその誠の顔を見上げて固まった。

「俺の方が先に傍にいて、俺の方がおまえの一番傍にいたのに。どうして、……どうしてあいつなんだ」

 悔しそうに唇をかむ誠は、色が白くなるほどに強く拳を握りしめた。

「俺だって、おまえが好きだったのに………………」

 誠はつぅっと一筋涙を流すと、壁から手を放して、背を向ける。

「誠……」

 優人は、誠の名を呼ぶけれど、こちらを振り向かない。

「あー、こんなこと、言うつもりじゃなかったのに……」

 叶わない恋を、誠もしていた。

 こんなところまで、似なくていいのに、酷くふたりは似ている。

 叶わないけれど、それでも好きな気持ち。それを誠も、抱えていた。

抱えて、苦しみながらも優人を支えようとしてくれていた。

「ごめ…………っ」

「謝んな。俺は好きでおまえの傍にいたんだ。後悔はない」

 誠は振り向かないまま、言う。

「告白なんて、しないつもりだったんだ。おまえにとって一番が天城くんだってわかってたから。でもさ、そこまで健気に思われてるあいつが羨ましくて…………」

 彼じゃなきゃダメなんだ。

 それはわかっている。なのに、一番になりたくなった。

「もう、忘れてくれ。悪かった」

 無理して笑う誠。

 初めて見る顔だった。

「誠、俺はおまえの気持ちに答えることはできない。ごめん」

「だから謝んなって」

 誠は肩越かたごしにこちらを見ると、呆れた笑いを浮かべた。

「ごめん誠。俺は、おまえを親友としてしか思ってない……」

「謝んなって言ってんだろ…………!」

 優人が謝るのをやめないので、誠は胸倉をつかんで叫ぶ。

「ごめん。ごめん……、誠ごめ……」

「だから、謝んなよぉ………………」

 ふたりとも涙が出てしまって、泣きながら謝る優人と、謝るなという誠。

 ふたりは泣きながら言い合い、やがて慰めあい始めた。

「誠はいい奴だよな……」

「優人だっていい奴じゃんかぁ……」

 泣きながらふたりは抱き合って、ひたすら時間が過ぎた。

 誠の気持ちを、知れた。

 おかげで前より少しいい関係になった気がする。

 いつも弘樹が変化をくれる。

 いい意味でも悪い意味でも、弘樹は変化をくれた。

 だから、これはまた第一歩。

 これからまた、もっと歩いていくけれど、いまは一歩を大事にしよう。

あの日、弘樹を失うまえ。千羽鶴を折ったときに、彼にたくさんのものを返すための第一歩だったはずのその足。

気づかないうちに遠くに来てしまっていたけれど、これからまた歩いて行けるのだ。

少しづつだけど、歩いていこう。

 そう思いながら、彼らは泣き疲れて眠った。













 はらり。



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