第1話 再会


 それから、約二年後-―――。


 桜が散りゆく道には、同じ制服を着た者たちが、同じ場所を目指して歩いてた。

 この先にあるのは、とある高校。都会とは離れているからか偏差値へんさちは低く、地元じもとの人間が来やすい。

 だから少なからず不良もいる。

 そこに向かう彼ら、新入生の中にだっているのだ。

 真新しい制服は少し大きく、これから成長していくのだろう。

 ほとんどの者が皆ぴしりと着ているにも関わらず、ふたりだけやたら着崩きくずしていた。

 長い髪を首のうしろでたばねた長身の男と、前もうしろも肩くらいまで髪を伸ばした小柄な男。

 彼らは橙色だいだいいろのネクタイを緩め、深緑のブレザーのボタンはふたつとも開けている。

 白いワイシャツも第二ボタンまで開けているそのだらしない様子は、不良としか思えない。

 ゆえにほかの生徒たちは彼らを避けている。

「なぁ、誠。こっちに来れば、ふつうの高校生活がおくれるんじゃないのか?」

 小柄な男子が恨めしそうにそういえば、長身の男子が返す。

「そのはずなんだけどさー。なんでだろ」

 とぼけた様子の男子――染井誠に、小柄な男子――夢島優人は、呻る。

「こっち、もしかしておまえの地元?」

 それに誠が頷く。

 優人はため息をついて、一言「だからか」と言い捨てた。

 誠はこちらの方でヤンキーの中でも最強として名をせていた。

 だから同い年の奴は大体知っているだろう。

「えへへ~」

「なにがえへへ~だ、ばか」

 こいつはいつもこのおどけた感じでひとをいいようにもてあそぶ。

 でもこいつは優人にとって不利ふりになることは行わないから、信じているが。

「まぁいいや」

 桜が散る季節は、嫌いだ。

 あのことを思い出して、涙が出そうになるから。

 だから桜も、この季節も、大嫌いだ。

「同じ組だといいな、俺ら」

 誠がそういう。

 それに優人は頷いて、歩き出した。

 すると、いかにも不良ですと言わんばかりの五人組が道のどん中に居座いすわっているのが見えた。

 新入生を見てニヤニヤと気持ち悪い笑み。その笑みは、優人たちを見て止まる。

 なにか話し合うと、いかにも俺たちは上級生だぞと言わんばかりの態度で他の新入生の間を通ってこちらに来る。

「おまえ新入生だよなぁ? そんな服装ふくそうでよく来れるよな、ああん?」

 新入生狩しんにゅうせいがりなのか、実はこの見た目でこの喋り方だけど生徒会か風紀委員なのか疑ってしまう物言ものいいだ。

「いやぁ、先輩たちの真似まねですよ」

 なんて誠が言えば、気に入らなかったのかさらにガンを飛ばしてくる先輩五人組のリーダーらしきひと。

「おまえらみたいなひよっこが真似していいわけねぇだろうがあぁぁぁん!?」

 面白いひとだなと思っていると、五人組のひとりが誠を見て悲鳴を上げた。

「ひっ、こ、こいつ…………染井誠!?」

 あの、泣く子もだまるという噂の!?

 あの、喧嘩をしたら百戦錬磨ひゃくせんれんまの!?

 あの、喧嘩で負かした相手をさらにバイクで引きずり回したという噂の!?

なんて五人組は盛り上がる。

「遠くの街でバケモノに食われたとか噂で言われてた…………あの染井誠!?」

 噂好きだな。オバチャンか。

 呆然と誠を見る五人組と、ヘラヘラ笑ってる誠。

 なんだこの図は。

「じゃあ、もしかしてこの隣にいるのって、まさかバケモノ!?」

 いやいやいや、こんなチビがんなわけねーだろ。

 だよな、こんな女みたいにちっこいやつが。

 ほんとだよこんなチビが……。

「殺す……」

「あーあ、優人怒らせた。どうなってもしーらない」

 リーダーの男の顎にアッパーをらわせると、桜の木の上くらいまで上がるその体。

 呆然とひとが飛ぶその図を見ていた四人は、優人の姿をとらえることもなく地に伏した。

 なにをやったかといえば簡単だ。ふたりの顔を掴み、うしろにいたふたりごとアスファルトの地面にめり込ませたのだ。

「俺はチビじゃねぇ」

「優人かっこいー! でも、これでふつうの生活はできないね」

 誠の突っ込みに周りを見ると、怯えた表情の新入生。

 優人はチビという言葉に反応して彼らをのしたことを後悔した。


     ◆


 誠と優人のクラスは、結局別れた。

 優人はそれほど気にしていなかったが、誠はひどくうるさかった。

 ひっついてひっついて挙句、先公に文句言ってくるなんて荒れたから、優人が殴って止めた。

 入学して早々なにをやらかす気だまったく。

 そうしてまた、いつも通りの日常になる。

 窓辺の前から三列目。そこにいつも座ってしまう自分が、まるであのころに縋りついているようで嫌気がする。

 そこで突っ伏して、再び眠りについた。

 もしかしたら彼が呼んでくれるかもしれない、なんて、叶わぬ夢を見ながら。


     ◆


 入学式が終わって、四月が終わる頃。

 いつものように学校に来て早々に寝る体勢たいせいを取り、寝むる。


 ひらり。


 夢の中で、桜が散っているのが見えた。

 綺麗な薄紅色うすべにいろの花弁が、ひらりはらりと落ちていく。

 大きなみき、桜は満開。その根本こんぽんに立つ、誰か。

 学ランを着たうしろ姿は、まるで――――。



「転入生の春川はるかわ弘樹です! よろしく!」



 びくりと肩が揺れた。

 この声は、まさか。

 驚いて、顔を上げる。

 名前は違う。あいつは『天城』だ。『春川』ではない。

 だけど、まさか。

 いつの間にか始まっていた自己紹介タイム。

 黒板こくばん教卓きょうたくの間に立つ男子。

 茶色がかっている黒髪と、輝く瞳。

 中学のころより大人びて、より美形になっていたけれど。

 あの声は、あの笑顔は、まぎれもない。

 間違えるはずがないのだ。

 すべてをくれたのだ。彼は。

 彼は…………、

「天城…………」


 唯一、愛したひと。


 なぜここにいる。

 思い出したくなくて、こんな遠くまで来たのに。

 思い出せば辛くなるから。悲しくなるから。苦しくなるから。切なくなるから。

 ――――恋しく、なるから。

 だから、わざわざ誠の地元まできたのだ。

 誠や院長先生に、無理を言ってまで、ここに来たのだ。

 なのに、なぜ。

 なぜまた、現れた。

 嬉しいのか悲しいのかわからない。

 ただ、涙が溢れてしまって。

 慌てて顔を持つ伏せた。

 中学のことが、あの日のことが、頭を過ぎる。

 もうすぐ二年経つというのに、思い出す度に胸を引き裂かれそうになる。

 痛くて、痛くて。

 苦しくて、苦しくて。

 ダムが決壊けっかいしたかのように、涙が溢れる。

「……………………………………………………っ」

 唇を噛んで、嗚咽を必死にみ殺した。

「みんなよろしくー! 先生、俺の席どこ?」

 彼の声が聞こえる。

 クラスのやつは、優人が不良でバケモノだと知っているから、決して近くには座ろうとしなかった。

 中学と違い、席は人数分ぴったりある。

 なのに、生徒は机ごと移動してまで近くにいたくないようだ。

 教師もそれを注意しない。

 この辺りには不良が多くこの状態が珍しいものじゃないからか。

 だから空いている席は、優人の前に置かれたものだけだった。

 嫌な予感がした。

 まさか、前に座るんじゃないかと。

 しかし、彼は優人が嫌いだと言っていたし、まさかそんなことはないよな。まさか。まさか。

「あ、ここ空いてるじゃん。すーわろ」

 前から聞こえてくる気がするが気のせいだ。

「あれ、寝てんのか? おまえさっき顔上げたから起きたのかと思ったんだけど、まさか俺の華麗かれいなる自己紹介中寝てたのか!?」

 なんて頭の上から聞こえてくるが、幻聴げんちょうだ。

「ねーねー。起きろよー。寝てるなよー。なーってば!」

 既視感きしかんのある状況だ。

 両頬を包み込むように顔を掴み、無理矢理顔を上げさせられた。

「あれ、なんか可愛いんだけど。女子……じゃないか。おまえ名前は?  俺は春川弘樹。友達になってくんない?」

 彼は、そんなことを言う。

 優人のことなど、覚えていない顔で。

「ねねね、学校案内してよ。俺まだ場所わかんないからさ! ね」

 あのひとを引き付ける笑顔で。

「きーいーてーるー? おーい!」

 優人が大好きだった、あの笑顔で。

「あ、あと、一緒に帰ろ!」

 同じことを言うのだ。

「なんで俺なの」

 優人が心底嫌そうに返せば、彼はきょとんとした顔をした。

「暇そうだから?」

 その回答に、優人は剣呑けんのんな顔つきになる。

「おまえ、暇そうって」

 優人の低い声に、周りの奴は怯えた。

 しかし、彼はそんなことはお構いなしに駄々を捏ねる。

「だってー! ずっと寝てるしー! 友達いなさそうだからつるむ相手もいないから暇かなーって!」

「随分とずけずけものを言うな」

 中学のときと、変わらぬ態度だ。

 子供のようにうるさい。

「いいじゃん! あ、そうだ! ね、友達になってくんない?」

 自信満々で、きらきらとしたその瞳は、あの頃と変わらない。

「それで名前は? ねーねー教えてよー」

 駄々を捏ねるところも、中学のころと、変わらない。

「夢島、優人」

 名前を言えば、春川は笑う。

「ゆめしま。夢島か! よろしくな!」

 名前を聞いても、こいつは思い出さないのか。

 あぁ、違う。またこいつはひとをおとしめる気なのだ。

 喜ばせるだけ喜ばして、傷つけて捨てるのだ。

 また、そのターゲットに選ばれただけだ。

 それだけだ。

 またこの顔で、笑いかけてくれたことが嬉しかった。

 また一緒に帰れることが嬉しかった。

 なら、それでいいじゃないか。

「あぁ、よろしく」

 また傍にいられるなら、それで。

 それだけで、十分だ。















 これが彼らの、二度目の出会い。












 ひらり。


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