第3話 やっぱり


 次の日、学校に行くと、いつもよりも生徒がざわついた。

「昨日、ひと殺したんだって」

「え、違うよ。殺し『かけた』んだよ」

「誰を?」

「天城くん。転校してきて早々にちょっかいかけてたじゃん」

「あー、してたしてた!」

「仲よさそうだったよ?」

「喧嘩でもしたんじゃない? それにしたって、殺しかけるなんて……」

「やっぱり『バケモノ』」

「やっぱり『バケモノ』」

 みんながみんな、自分勝手に噂を広げていく。

 つかまってないのに、なんで犯人にされるのか。

 訳がわからずに嘆息たんそくする。

 教室に入ろうとすると、昨日最初に現れた教師がやってきた。

「夢島! ちょっとこい!」

 ここでついていかないと、また面倒なことになるだろう。

 仕方なくついていくと、校長室に着いた。

 中に入れば、校長と副校長がお出迎でむかえ。

 細くりんとした校長と、小太りの禿げた情けない印象いんしょうの副校長は並んで座っていて、優人は手前の席に座る。

「夢島くん。今日呼ばれたのは、わかるね?」

 昨日のことだろう、どう考えても。

 頷けば、向こうも頷く。

「君は、やっていないと、警察の方から聞いた。犯人を見ていないことも」

 校長は順序じゅんじょを立てて話してくる。

事故じこかとも疑ったが、足を滑らしたにしてはいきおいがありすぎたらしい。誰かに強い力で押されなければああはならないそうだ。それに暴行された形跡もあった」

 つまり、弘樹をあんな目にわせた人間がいる。

 それに、怒りがわきき上がってきた。

「いま犯人をさがしているが、見つかるまで時間がかかるだろう。その間、君は生徒たちに、悲しいことだが、殺人未遂犯として見られるだろう」

 実際すでに、そう見られている。

 それが苦しいことではない。

 小さいころからずっと、『バケモノ』と呼ばれてきたのだ。今更どうということはない。

 しかし、校長にはそれはわからないようで、あわれみの目を優人に向けている。

「だから、見つかるまでの間、君は自宅学習をしていてくれ」

 そう告げると、校長はこちらを見つめる。

 つまりはまぁ、おとなしくしていろということだ。

 まぁ、弘樹がいなければ学校にくる意味もないので、どうでもいいが。

「わかりました。じゃあ、これで」

 席を立ち、お辞儀をして校長室を出る。

 一緒に教師も出てきて、

「いいか。喧嘩なんてするんじゃないぞ。おとなしくしてないと、こっちも信じきれないからな」

 なんて言う。

 それに、優人はおかしくなった。

「最初から信じてないくせに……」

「なにか言ったか」

「別に」

 信じてもないくせに、よくも嘘を言えるものだ。

 これが教師なんて、救いようのない。

「じゃ、さようなら」

 胸糞悪むなくそい奴しかいない場所にいても、気分が悪くなるだけだ。

 暇になったことだし、弘樹のお見舞みまいにでも行こうか。

 いまから院に帰ったら先生たちにまた怯えた目を向けられてしまうだろうし。

 学校を出る。その間もいろいろ言われるが、そんなことは無視して歩く。

 お見舞いなら、花とかいるだろうか。果物やあとは、

「……千羽鶴せんばづるか?」

 子供のころに、風邪をこじらせて入院した子のために千羽鶴をみんなで折ろうって院長先生が言って、それをみんなが楽しそうに折っているのを見たことがある。

 混じりたかったけれど、みんなが怖がるし、自分が折ってもうまくできないし、喜んでもらえるとは思えなくて、そのままだった。

 怪我や病気もすることがなかったから、作ってもらいたいとは思ってもそんな機会きかいはなくて。

「折って、みようかな……」

 作り方を、知らないのだけど。

「誠なら知ってるかな……」

 明日聞きに行ってみよう。

 地元の病院に着くと、弘樹の病室を聞く。

 教えてもらった病室に行くと、中には女のひとがいた。

「あら、あなたは……?」

「弘樹の……友達です」

 恋人、とはまさか言えるわけもなく、そう言って中に入る。

「わざわざありがとうね。ごめんなさいねー、弘樹、まだ起きていないの。頭を打ったものだがらね」

 ベージュのスーツをぴしりと着こなし、頭をまとめた髪に、眼鏡めがねをかけた顔は整っている。

 少しきつい顔をしているが、この整った顔は、

「弘樹の……お母さんですか?」

「ええ、あなたのお名前は?」

 ニコリと笑う弘樹のお母さんの目が赤い。泣いたのだろう。

「俺は、夢島優人と言います」

 そうお辞儀をして顔を上げると、弘樹のお母さんの顔が真っ青になっていた。

「あ、あなたが…………」

「え?」

 どうかしたんですか、と聞こうとした。

 しかしその前に、お母さんからハンカチが投げられた。

「……て」

 そして、なにかを言う。

 なにを言ったのかと聞こうとしたら、お母さんが胸倉むなぐらをつかんできた。

「出てっていますぐに! あんたが弘樹を殺そうとしたんでしょ!? ふざけないでよ! のこのこ現れて!」

 どんどんと胸を押して、そうめ立てるお母さん。

「ちがっ、俺は……」

「出てってよ! 二度と息子に近寄らないで!」

 強く反発もできず、追い出されてしまった。

 中から泣き声が聞こえ、再び入ることもできず、結局いつものバーへと向かう。

 バーに入れば、やはり誠はいた。

「なんだ、さぼりか優人」

 いつものようにカウンターの中央の席に座っていた誠は、こちらを振り返り言う。

「いや、当分行かなくてよくなった」

「は?」

 ソファーに寝ころびながらそういうと、誠がなにを言っているのかと聞いてくる。

「ちょっとな」

 話すつもりはないので、はぐらかした。

 弘樹のお母さんは、泣いていた。息子を殺されかけたのだ。泣いて当然だろう。

 優人のことを、あの教師どもに聞いたとしたら、あの反応も頷ける。

 息子を殺しかけた奴を、病室に入れたくないのは仕方ない。

「………………」

 あれが、親か。

 子供のために、泣いてくれる。

 あれが、親というもの。

 初めて誰かをうらやましいと思った。

 あんな風に心配などされたことはないし、自分のために泣いてもらうことなんて、なかった。

 弘樹は両親を嫌っているようだったけど、少なくともあのお母さんはいいお母さんだと思う。

 見舞いはできない。あのお母さんをこれ以上悲しませるのは嫌だ。

 けれど、なにか弘樹のためにしたい。

「…………なぁ、誠。鶴って、折れるか?」

 ソファーから起きて聞くと、誠は頷く。

「折れるよ。けど、なんで?」

 誠の問いに、優人は口ごもる。

 しかし、言わないわけにはいかないので、口を渋々開いた。

「……千羽鶴、作りたくて」

「……………………は?」

 長い沈黙の後に、誠は首を傾げた。

「だ、か、ら、その……と、とも……だちに、折ろうかな……って」

 恥ずかしくてどもってしまいながらも理由を述べれば、誠はにやにやと嫌な笑みを浮かべた。

「はっはーん」

「な、なんだよ」

 むかつく笑い方にいたたまれなくなって、責め気味に言うと、誠は椅子を下りてソファーまでくる。

「あれだろ? 天城くんだろ? おまえのお友達」

「うぅ……だったらなんだよ!」

「ははは、やっぱり」

 誰かのためになにかしたいと思ったのは初めてで、それすら恥ずかしいというのに、誠にはお見通しなところがさらに恥ずかしい。

「千羽鶴かー、なんかなつかしいなー」

「折り紙を千枚、買ってくる」

 にやにやとしている誠といるのがむず痒いので、そう言って出ていくことにする。

「あ、俺、今日はこのあと予定あるから、明日でいいか?」

「珍しいな。いっつも暇そうなおまえが」

 学校をほぼ毎日さぼっては、このバーでなにをするでもなくただ座っている。

 普段なにをしているのかは知らないが、基本的に暇なイメージしかないのだが。

「俺だっていろいろありますよー。ひどいなーもー、俺はヒキニート予備軍よびぐんじゃないからな?」

 わざとらしく頬を膨らませて、誠は最後に「ぷんぷん」という。

「似合わないからやめろ」

 呆れた目を向ければ、弘樹は拗ねた顔をした。

「似合わない言うな」

「だって本当に似合ってない」

「へーへーそうですかい。もういいから、買いに行けよ。明日ここでな」

 さっさと行けとばかりにしっしと手で追いやるしぐさをする誠。

「じゃ、明日。ちゃんと教えてくれよ!」

「へいへい」

 投げやりな回答だが、誠はちゃんとひとの頼んだことをやってくれる男だということもわかっているから、そのままバーを出た。


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