第二章 悲劇の始まり

彼の日記 ~その二~


 親を、俺は知らない。

 いつ生まれたのかも、どこで生まれたのかも、知らない。

 わかることはひとつ。



 俺の誕生たんじょうを、両親は望んでいなかった。



 孤児院の前に捨てられた俺は、院のひとたちに育てられた。

 最初はふつうの子供だったと思う。

 けれど、やがてバケモノと呼ばれ始める。

 力が強くて、喧嘩ばかりするから。

 みんな怯えた目をしている。それが悲しくて、泣くこともあった。

 でも、泣いても周りの目は変わらない。

 院長はよく、みんなは家族だと言っていたけれど、俺だけは違った。

 俺だけは、家族になれないまま。

 バケモノのままだった。

 でも、あいつは違った。

 俺に、「家族になろう」って言った。

 こんなバケモノを、家族にしてくれた。

 嬉しくて、涙がでた。

 悔し涙や、悲しい涙、痛くて出る涙以外に、うれしくて流れる涙があることを知った。

 思えばそいつは、俺の中のいろいろなことを変えていった。

 彼の言葉は、自分の常識じょうしきをいとも簡単かんたんくつがえしていく。

 自分の知らないことを、教えてもくれた。

 たくさんのものをくれた。

 俺は、彼になにも返せていないのに。

 笑顔を知ったのも、あいつのおかげだ。

 ぬくもりも、あいつがくれたもの。

 もらってばかりだ。

 ひとといる楽しさを知った。恥ずかしさを知った。照れるということを知った。愛しさを知った。

 彼をうしなう怖さを知った。

 寂しさを知った。

 弱さを知った。

 恋も、愛も。

 家族も。

 そいつは本当にいろいろなことを教えてくれたのだ。

 起きれば、そこにあいつがいる。あいつが笑って、帰ろうと、言ってくれる。

 それが。

 それがどれだけ。

 それがどれだけ安心できるか。

 あいつは知らない。

 あいつは、知りはしないのだ。



















 彼の日記は、ただひとりの人間へ向けての、感謝の言葉で、埋まっていて。

 その日記には、幸せが、まっていた。





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