第7話 女装


 だんだんと、雨が増えてきた。

 梅雨に入ったのかもしれない。

 雨が終われば気温は上がって、蝉の声が響き始めるだろう。

 優人は変わらず居眠りをし、天城は変わらず優人にちょっかいを出している。

 授業中は先生に怒られるので、お昼や放課後にちょっかいを出すのだが、クラスメイトは感じていた。

 優人の態度が、天城の退院の後から変わっていることを。

 天城の傷は思いのほか早く治り、一ヶ月もしないで退院できた。

 三週間あったかどうかも怪しい。

 優人は天城が入院している間、毎日通っていた。

 それを知っている上に、天城が優人に告白していたのも聞いているというか見ていたので。

 もしや本当に付き合っているんじゃないと、もっぱらのうわさだ。

「夢島! お昼だぞー」

「ん…………」

 目をこすりながら、優人は起き上がると、カバンから弁当を取り出す。

 天城はコンビニのビニールからパンを取り出して袋を開けた。

「今日も俺はパンだー。夢島は弁当?」

「肉食べる?」

 頷いたあとに、中に入っていた焼かれた肉をはしつまむ優人は、天城にきく。

「いるいるいる! あーん」

 目を輝かせた天城は、優人に口を開けて待つ。

 それに優人は顔を赤らめてから、おずおずと箸を持っていく。

「ん。うんまい」

 ぱくりと食べた肉を幸せそうに食べる天城と、恥ずかしそうにする優人。

 天城はそんな優人を見て、ニヤニヤとだらしない笑みを浮かべた。

れないねー。もう何回かやってるじゃん。初々ういういしいなーもう、かわいー!」

「抱きつくな飯食えない」

「いーじゃーん!」

 ふたりだけのピンク色の世界を、昼休みに毎回のように見せられるクラスメイトの身にもなって欲しい。

 リア充くそとも言えないし、ホモだなんて笑えば優人に殺されそうだし。

 どうしたらいいのやら。

 というのが最近の悩みという。なんとも悲しいものだ。

「あ、なな。夏休みさ、もしどっか行けたらどこ行きたい?」

「海」

「おーいいねー。映画も行こ!」

「ん」

 前に行った遊園地もそうだが、海や映画など、優人は行ったことなどない。

 ましてや他人と、しかも恋人となんて。

 それだけで鼓動が早くなるのは、もはや病気のようにも思える。

 これが恋の病かと思うと、恐ろしい。

「あ、そうだ。今日さ、親いないんだけど、家こない?」

 天城のその発言に、クラスメイトがざわついた。

 それ所謂いわゆるアレのおさそいか!?

 男子は引き、一部の女子が歓喜かんきの声をした。

まりは無理だぞ。めんどいから」

「まじか。じゃあ、泊まりは今度にしよう。放課後これるか?」

 天城はなにかたくらんでいる顔をしてはいたが、少しだけ天城の家や部屋とかが気になって、了承する。

「いいよ。けどなんで」

 けれど、やはり目的がなんなのか気になって聞いてみる。

「それは来てのお楽しみさー」

 しかしそれは、そうかわされてしまった。

 嫌な予感がしたけれど、まさかそれが当たるとは思いもせず、優人は放課後に天城の家にお呼ばれした。



 天城の家は、大きかった。

 高級住宅街こうきゅうじゅうたくがい一角いっかくにあるその家は、明かにお金持ちの家。

「天城、金持ちだな」

「あぁ、まぁそれなりの仕事してるしね」

 そう言って、天城は両親の仕事については言わない。

 なにか思うところがあるのだろう。転校続きなのも、そのうちのひとつだろうか。

「ささ、入って入って」

 中に入れば、花瓶かびんやら絵やら高級感溢あふれる物が置かれ、絨毯じゅうたんもふかふか。

「俺の部屋はここな」

 二階に上がればおくの部屋を開け、そう言って優人をまねく。

 ベッドにたなに机に、高級感をのぞけばふつうの中学生男子の部屋だろう。

適当てきとうに座ってて。お茶、れてくる」

 天城はそう言うと、部屋を出ていく。

 優人はベッドに座ると、周りを見る。

 無駄むだなものがひとつもない、質素しっそな部屋。引越ひっこしが多いから荷物も少なめになっているのだろうけど、なんだか寂しい。

 もう少し、生活感というものがあってもいいと思うが。

 布団ぶとんを触ると、すごいふかふかで肌触はだざわりが良くて、眠気がおとずれそうになる。

「こんな気持ちいい布団で寝たら、もう出られない……」

 ちょっとだけ、

「寝てもいいかな…………?」

 ころん、と寝転ねころがれば、ふわふわとした感触が頬にくる。思わずスリスリとして、丸まっていると、がちゃりと音がした。

 お茶を淹れに行っていた天城が帰ってきたのだ。

「………………………………」

「………………………………」

 お互い無言で見つめ合い、そしてお互い静かに顔を逸らした。

 いくら肌触りがいいとはいえ、他人のベッドに勝手に寝てしまった恥ずかしさにより顔の赤くなる優人。

 なんでかは知らないが恋人が自分のベッドに気持ちよさそうに寝っ転がっていて、嬉しさと恥ずかしさと妙な興奮こうふんで顔を赤くする天城。

 なんとも気まずい雰囲気だ。

「あ、あーっと、お茶…………飲む?」

「あ、えっと……うん」

 優人はベッドから降りて机の前に正座した。

 天城はその優人の正面に来るところに腰を下ろして、お茶を置いていく。

紅茶こうちゃ飲める? ダージリンなんだけど」

「だーじ、りん? わかんないけど、たぶん平気」

 透明とうめいのカップにポット。その中の紅茶は、そそがれるといいにおいがした。

「ミルクと砂糖さとうあるから、甘くしたいならどうぞ」

「ん」

 ミルクを少しと、砂糖を三杯入れる。飲むと、甘くて美味しい。

「……甘党あまとう?」

「かもしれない。基本きほん甘い方が好き。からいのとかっぱいのはだめ」

 不良というものは、辛いものとかの方が好きに思われがちだが、優人は甘い方が好きだった。

炭酸たんさんとかも、ダメだな。刺激物しげきぶつは嫌いだ」

「………………なるほど、これがギャップえというものか」

「は?」

 炭酸や辛いものがダメ。そんな可愛いところがあるなんて。

「可愛いなー」

「なんでそうなる!」

 猫のようだ。頭をでてしまう。

「撫でるな!」

 そう顔を真っ赤にして怒鳴ってくるところも可愛い。

「女子より可愛いのは犯則はんそくだよ夢島くん」

「はぁ!?」

 訳がわからない優人は、話を変えようと、天城に聞く。

「そういえば、なんか用事があったんじゃないのか?」

「あ、そうそう」

 立ち上がり、ベッドの下に手を伸ばす天城。

 やがてダンボールの箱を引っ張りだしてくると、中のものを広げて見せてきた。

「じゃじゃーん。フリフリのメイド服~」

 黒と白の、ごく普通のメイド服。それを天城は心底楽しそうに優人に見せてくる。

 嫌な予感はしていた。

 なにかを企むような顔をして、笑っていたから。

 しかし、まさか。

「俺に着せるとかでは、ないよな……?」

「え、それ以外になにがあると?」

「帰る」

「ちょっと待ってぇぇぇぇっ!」

 無表情むひょうじょうで立ち上がりとびらにむかう優人を、天城は止める。

「一回だけ! 今日だけ! ほんの少しの間だけだから!」

 縋りついて離れようとしない天城。

「ふざけんな! 男の俺になに着せる気だこら!」

 ただでさえ「可愛い」と言われることが嫌だというのに、なぜ女の格好などしなければいけない。

「着たければ自分で着ろ!」

「それじゃあなんの意味もない!」

 やはりこいつと一緒になどいられない。ましてや恋人同士でなど。

「帰る!」

 帰すまいと足に絡みついてくる天城は、優人の態度に諦めたのか足を解放かいほうして渋々しぶしぶダンボールの中にメイド服をしまう。

 急にシュンとした天城に、なんとなく罪悪感がでてきて、なにかフォローできないかと頭を巡らせる。

「もうすぐさ、妹が帰ってくるんだ」

 真剣な声で言うものだから、帰るに帰れずに聞くことにした。

「それで、今日おまえを呼ぶことを話してあるんだ。恋人がくるって」

 妹がいたのか。

 天城がこんなに美形なら、きっとその妹もまた美形なのだろう。

「あいつ、まだ小学五年なんだけどさ、さすがに兄貴の恋人が男っていうのは、ショックだろうし、教育上よろしくないかなーって」

 つまり、優人が女の子だって言う風に伝えているわけだ。

「いつかは、話そうとは思う。けど、まだそれは先の方がいいと思うんだ。だから……」

 妹がもし、自分の兄がホモだと知ったら、確かにショックだろう。

 未だ五年生の子だ。恋愛観れんあいかんも変わってしまうかもしれない。

 それは実に可愛そうなことだ。

 自分が我慢すれば、丸く収まるなら、仕方がない。

「………………わかった」

 軽くため息を吐いてから、優人はそう言った。

「本当か!?」

 目を輝かせる天城に、優人はたじろぎながらも、もう一度頷いた。

「ただし、そのメイド服は却下きゃっかだ」

 こんな服を着てくる彼女も、それを着せたがる兄貴も嫌だろう。

 と言っても、兄の方は残念ざんねんながら本当のことなのだが。

「せめて、ふつうの服にしてくれ。中性的ちゅうせいてきな」

 女子だってズボンなどはくだろうし、それなら恥ずかしくもない。

「中性的なのはないけど、女子の私服っぽいものならあるぞ」

 そうして出されたその服は、少し腰を曲げればパンツが見えてしまいそうなくらいやたらと短い黒いスカートと、太ももをスカートのすその十センチ下くらいまでおおい隠す長い黒ソックス。

 上は蛍光けいこjピンクの袖なしと、黒いジャケット。

 正直、なんだこれである。

「なんでこんなにスカートが短くて、靴下が長いんだ!? このドギツイピンクのタンクトップもわけわかんないし、中でジャケット着るなよ!」

 恥ずかしさでやり場のない怒りを服にぶつける優人。

「ファッションだし。まぁ、夢島はおしゃれとか興味きょうみなさそうだもんな」

「服なんて着れれば十分だろ」

「そうだけどさー」

 そう言いながら、天城は優人のスカートの中をのぞこうとする。

「やめろ馬鹿!」

 パンツはブリーフのまま。男同士だから気にすることはないようにも思えるが、なんだか恥ずかしい。

 覗かれているというのが一番の原因げんいんだろう。

「お、いまの反応いいねー。かわいい」

変態へんたいジジイかおまえ」

「違う、イケメンのお兄さんだ」

 ドヤ顔の天城に、優人は思わず殴ってしまった。

「もう少し長いスカートにしてくれ」

「長いとなると、メイド服……」

「は却下」

「じゃあチャイナ服? セーラー服もあるぞ?」

「おまえはそういう趣味しゅみでもあるのか?」

 次々とコスプレのような服をダンボール箱から取り出す天城。

 その箱はもしや四次元よじげんにでもつながっているのか。天城は青いたぬきなのか実は。

「夢島に似合にあいそうな服を想像そうぞうした結果、よさそうな服をネットで注文ちゅうもんした」

 真顔で猫耳カチューシャを見せてくる天城。

 優人はとんでもない奴を好きになってしまったようだ。

「もうやだこいつ。足スースーして落ち着かないし……」

「じゃあ短パンにする?」

「あるなら最初から渡せあほ!」

 やっぱり尋常じゃないくらい短いし、恥ずかしいことは変わりないが、スカートではないだけ心なしかましだ。

「かわいー」

「うるさいもう黙れ」

 はぁ、とため息を吐いた優人だった。


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