第8話 由紀

「ところで、俺はいつまでいればいいんだ?」

 一応、門限もんげんが八時までなのでそう聞く。

「あ、できれば、夕食を一緒に取らないか?」

 少し口ごもる天城。

「いいのか? 両親いないなら、ごはん用意されてるんじゃ……」

 妹と天城の分しかないんじゃないだろうか。

 そういうと、天城は首を振る。

「いや、ない。適当に作るか、コンビニ飯」

「はぁ!?」

 中二と小五の子供が、コンビニ飯。

 この様子からして、おそらくほぼ毎日だろう。

 それは栄養えいようバランスが大変よろしくない。

「いま食材ってあるのか?」

「冷蔵庫にあると思うよ。適当に作る用の食材。まあ、コンビニが多いから、大体は捨てられていくけど」

「はぁぁぁ!?」

 金持ちにもほどがある。

 食い物を粗末そまつにしているというのに、罪悪感もなしか。

「もういい。俺が作る」

「マジで!? 夢島の手料理食えるの!?」

 嬉しそうに笑う天城。

 ふと気が付いて、嫌な予感から天城を睨む。

「まさか最初から、それが狙いか?」

 すると、天城は下を出して言うのだ。

「あ、ばれた? てへぺろ」

 ウインクまで足してくる。

「殺す」

「なんで!?」

 どうしてこうもこいつは調子がいいのか。

 けれど、にくみきれない。

 どんなことをされても、結局は許してしまうのだろう。

「はぁ……。ほら、キッチンせ。さっさと作るぞ。手伝え」

 ため息を吐いて、優人は諦める。

 惚れたものの負けなのだ。なにかしたいと思ってしまう。

 自分がここまでおひとよしなことに、天城に気づかされてしまった。

 料理を作るくらいは、してやろう。

「俺も手伝うの?」

「あったりまえだ」

 天城を引っ張って、キッチンに行く。

 金持ちだけって、広くて使いやすそうなキッチンだ。

「少ないけど、まあなんとかなるか」

 冷蔵庫れいぞうこを開いてみると、野菜と卵と肉が少しある。

「アレルギーとかある?」

「いや、俺も妹もないよ」

 天城の答えに、優人はなにを作るかを決める。

「よし、オムライスにしよう」

 ごはんをまずはかないと。

 料理の順番じゅんばんを頭の中で描いて、それにとりかかろうとしたとき。

「ただいまー」

 と、玄関げんかんから声がした。

 可愛らしい女の子の声。天城の妹さんだろう。

「帰ってきたな。紹介しょうかいするよ」

 リビングの扉を開けて入ってきたのは、ランドセルを背負った茶色がかった黒髪を長く伸ばした女の子。

 いや、女の子と言っていいのだろうか。

 スタイル抜群ばつぐん。顔も整っていて、小学生どころか高校生にすらいるかどうか。

 カリスマモデルにも見えるほどに、美形だった。

 いまどきの小学生はこんなんなのだろうか。優人が知らないだけなのか。

「おかえり、由紀ゆき

「ただいまー、お兄ちゃん。あ、もしかしてそのひとが?」

 興味津々きょうみしんしんという風に優人を見る妹。

「そう! 昨日言った、俺の彼女の、夢島」

「はじめまして」

 お辞儀おじぎをすると、妹の由紀という少女は、優人を頭からつま先まであなが開くほどにじろじろと観察をする。

 そして、顔を見た瞬間に、抱き着く。

「可愛い! なに、なんでこんなに可愛いの! お兄ちゃんにはもったいない! ちょうだい!」

 花が咲くように笑う少女由紀。

 小五にしては育っている胸が顔を挟む。やわらかい。

「ちょ、はな……」

「ダメだ! 夢島は俺のだぞ!」

 優人の言葉が続く前に、天城がさえぎった。

「いいじゃん! 男同士おとこどうしより健全けんぜんだよ!」

「ふざけんな! 男同士でも健全だ! それに、小学生と中学生じゃ年の差があるだろ!」

「中二と小五じゃそんなに変わんないよ!」

 兄妹喧嘩が始まってしまったが、それよりも聞き捨てならないことがひとつ。

「いま、男同士って……」

 どういうことだ。やはりばれたか。ならこんな格好している意味はないだろう。

「お兄ちゃんから聞いてます。夢島優人さん。同じクラスのひとで、お兄ちゃんの初めての彼氏!」

 いや、ちょっと待て。

 聞いていた? なら、さっき天城の発言はなんだ?

 妹にはホモだと思われたくなかったのでは?

 さまざまな疑問が頭をぐるぐる巡る。

 そして、答えにたどり着くと同時に、怒りが頭を染めた。

「まさか、俺に女装じょそうさせるために嘘ついたのか、天城?」

 由紀の腕からなんとか逃れて天城に聞くと、

「あ、ばれた? てへぺろ」

 と返した。

 次の瞬間、ごぁぁっという音とともに、天城の脳天に拳が入った。

「よくわかった。やはり殺そう」

「マジで痛い! こんなの軽い冗談じょうだんじゃん!」

 脳天を抱えて転がりながら天城は言う。

「冗談? それで済むと?」

 暗い笑みを浮かべて、優人は拳を鳴らす。

 いまでさえ恥ずかしいのだ。こんな姿。

 せめてもう五、六発は殴らなければ。

 転がる天城にゆっくりと近づく。

 さて、殴ろう。そう腕を上げたとき。

「すっごーい! 本当に不良なんだー!」

 背後からどんっと衝撃しょうげきが来たと思えば、そんな声がうしろからする。

 振り向けばまた、由紀が優人に抱き着いていた。

 なぜそこまで抱き着きたがる。

 背中にまた胸の感触があるし、といたたまれずに彼女のなぞの笑顔を見た。

 そして気づいてしまう。

 小学五年の女の子である由紀と自分の身長が、ほぼ同じことに。

「えっと……」

「あ、私、由紀です。天城由紀。よろしくね、優人さん」

 ニコリと笑う由紀。

 兄と同じ、明るい笑顔だ。

「由紀ちゃんさ、身長は?」

「え、百六十二ですけど?」

 ピッシャーンと、かみなりたれた気分だ。

 ゆかに崩れ落ちて、優人はひそかに絶望ぜつぼうする。

「二センチ、まけけた……」

 ただでさえ小さいことを気にしていたのに、女子に、しかも小学五年の子に、負けた。

 もう絶望しかない。

「あ、もしかして小さいの気にしてます? 平気ですよ。まだまだ成長期せいちょうきですって!」

 挙句あげくフォローされるとは。

「もうだめだ。俺は帰る」

 ここにいると泣かされそう。

 そう立ち上がると、天城と天城妹が同時に腕をつかむ。

「ダメ! ごはん作って!」

「もっと喋りましょ! いろいろ教えますよ、お兄ちゃんのあんなことやこんなこと!」

「ちょ、おまえなに教える気だ」

「優人さんをこのまま帰すつもり!? いや、このまま外出て女装していることに気づいて真っ赤な顔で帰ってくるのも見たいけど、いまは帰しちゃダメ!」

「くぅ、仕方ないか。俺のこといろいろ教えてやるから、帰るな夢島!」

 ひとの腕を掴んで言いあらそうこの兄妹は馬鹿なのか。

 それを聞いて帰らないとでも?

 こいつらといれば絶対に遊ばれる。それだけは嫌だ。

「教えてやるぞ? 俺のほくろの数とか」

「心底どうでもいいから離せ馬鹿兄妹」

 力が強いことだけが取り柄なのだ。

 ふたりを引きずって、玄関までくる。

「いいのか。おまえが帰ったら俺らはまたコンビニ弁当だぞ」

「うっ……」

 おどしなのかそう言ってくる天城。

 ふつうはかないだろうその脅しに、なぜか引っかかってしまう優人は、どこまでおひとよしなのか。

「私、誰かの手料理なんて、久々ひさびさですごく食べたいなー」

 腕を掴んだまま上目遣うわめづかいでそういってくる天城妹。

 その顔は天城によく似ているし、まるで捨てられた子犬のようで。

「あー! もうわかったよくそっ」

『やったー!』

 優人が諦めてそういうと、同時に万歳ばんざいして喜ぶ天城兄妹。

 本当に仲のいい兄弟だ。

「でもその前に着替きがえるぞ。女装しながらなんて嫌だからな」

 ジャケットをぎながらそういうと、またふたりが腕をつかむ。

『それはダメ。その方が可愛いから』

 本当に気が合うというか、息がぴったりというか。

 しかし、こんなところで合う必要はないと思うが。

「ふざけんな馬鹿兄妹!」

 まったくなんなのだこいつらは。

 そう怒りながらも、元の学ランに着替えて料理をし、夕食を作ってしまうのだ。

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