第3話 デート


 まさか、本当にデートに来る羽目はめになるとは。

 今日はあれから一週間経って土曜日。本当は学校があるのだが、天城がどうしてもとうるさいので、きた。

 通学路で待ちせまでして来たがるとは。

 しかも、チケットを二枚買いそろえ、優人の分の私服まで用意してだ。

 天城はもちろん最初から私服。

 私服もまた似合っている。

 水色の半そでワイシャツに深緑ふかみどりのベスト、黒いズボンを着ていた天城。優人には青いTシャツと黒いズボンを渡してきた。

 公園のトイレで着替えると、ふたりで地元の遊園地に向かった。

「おぉ! 観覧車大きいな! あれは最後に乗ろう!」

 遊園地に入ってみると、ひとりノリノリな天城は、面倒くさがっている優人を引っ張っていろいろ指さしては乗ろうという。

 土曜日だからか、家族連かぞくづれやカップルが多い。デートの定番ていばんといえば遊園地というのは本当らしい。

「ジェットコースター乗ろうぜ!」

「ん…………」

 とりあえず、天城が満足まんぞくしたら帰れる。

 そう思って乗ってみたのだが…………。

「大丈夫か?」

 乗り終わったときには足腰ががくがくになっていた。

 天城にすがりつかないと立っていられない。

「なんだあれ。あれを作ったやつは馬鹿なのか?」

 こしがふわっとした。頭がれる。落ちる。景色けしきがどんどん変わって、気持ちが悪い。

「もしかして、初めて乗った?」

「もう二度と乗らない」

 あんな心臓に悪い乗り物がこの世に存在しているなんて。

「とりあえず、ベンチに座って。飲み物買ってくるから」

 ベンチに倒れるように座ると、天城が自動販売機へと向かった。

 空を見るとくもひとつない晴天せいてんで、昼寝でもすれば最高だろう。

「はい、水。飲んだら落ち着くと思うから」

 丁寧ていねいふたは開けてある。

 一気に半分くらい飲むと、息をいた。

「まさか、ジェットコースターだめとは思わなかった」

 隣に座ると、天城は顔色を見ながら言った。

 おそらく遊園地にすら来たことがないのではないか。ふつうは家族とかと来ていると思うが、それがないのは、もしかして家庭でなにかあるのだろうか。

 聞いてみたいけれど、そこまでむべきでもないのがわかっているから、天城は言葉を飲み込む。

「乗ったことないからわからなかった」

 優人はそう返すと、目を閉じた。

 つらそうで、これ以上連れ回すのはこくかと、

「まだ少し顔色悪いな。帰るか?」

 と提案ていあんした。

 もう少しまわりたいが、こんな状態じょうたいでいても楽しめないだろう。

 本当はもっと優人と遊園地をまわりたい、というおもいをころす。

 それに、優人は気づいた。

 さっきまで楽しそうにしていたのに、こわしてしまった。

 夜までいるつもりだったはずだ。

 その罪悪感ざいあくかんから、優人はくらくらしながらも立ち上がり、天城に言う。

「いい。もう治った」

「けど…………」

「もっと回りたいんだろ? なら早くしないと乗れなくなるだろ」

 天城は楽しみにしていたようだし、優人の勝手で帰ることになるのは、申し訳ない。

 それに、

「俺も、いろいろ乗って遊びたいんだけど」

 天城ともっと、一緒にいたい。

 その言葉は飲み込んで、それをつたえると、天城は花が咲くように笑う。

「じゃあ、次は絶叫ぜっきょう系じゃなくて、アクション系にしようぜ!」

「アクション?」

 ベンチから立ち上がり、優人にならぶと天城はそう言う。

「なんか、トロッコに乗って敵を倒すんだって」

 パンフレットに載っているアトラクションで、面白そうだと天城が丸つけたもののひとつだ。

「それなら大丈夫だな。というか、それはアクション系っていうのか?」

「さぁ? 俺がいまつけたからわかんない」

「おまえ……」

 呆れた顔を向けると、天城はキラキラの笑顔を返した。

「こういう場所は楽しんだもん勝ちだ! だから細かいところは気にするな!」

「そうですか…………」

 早く早くと引っ張る天城についていく優人は笑っていた。

 それに優人は気づいていなかったけれど、天城は気づいて嬉しくなる。

連れてきてよかったと、それだけで思えた。


     ◆


 遊び尽くして疲れたころには、空がオレンジ色に染まろうとしていた。

「あー! あっそんだー」

 ベンチにふたりして座ると、足にどっと疲れが来る。

 あのあと、絶叫系をけてほとんどのアトラクションに乗った。

 メリーゴーランドはくるくる回ってるだけなのになんであんなに楽しいんだろう。

 お化け屋敷やしきは優人が必死に出てくるお化けを殴らないようにおさえていて、怖がるどころじゃなかった。

 コーヒーカップは回しすぎてふたりして目を回しふらふらで降りてきた。次はもう少しゆっくり回そう。

 優人にとっては始めてで、天城にとってはデートで初めての遊園地というものは、とても楽しい場所だった。

「あとは観覧車だけだな。もう少し夜になった方が夜景やけい綺麗きれいだろうし、ちょっと休もう」

 天城がベンチに体をあずけながら言う。

 ベタかもしれないが、優人に綺麗な夜景を見せたい。

 喜んでくれるだろうか。そう天城がすこし不安に思っていると、優人が言う。

のどかわいたからなんか買ってくる。天城はいるか?」

「あー…………お茶で」

「わかった」

 優人はベンチから腰を上げて、クレープ屋の方に行く。確かかどまががると、自動販売機があったはずだ。

 あまり動きたくなかったけれど、喉が乾いていたのは事実。

 天城も乾いてるだろうし、これぐらいはしなければ。

 チケット買ってもらっていたし、水ももらっているし、なによりこんなにいい思い出をもらったのだ。

 お返ししなければばちが当たる。

「自販は…………」

 クレープ屋を曲がり、周りを見ると少し先に自動販売機があった。

 そこに向かっていると、すれちがいざまに故意こいに肩をぶつけてきた男がいた。

 見ると、明らかにガラの悪そうな男だ。

「いってぇなー。どこ見て歩いてんだおらァ!?」

 なんとも古臭ふるくさい難癖の付け方である。

「おまえ中学生かぁ? んなとこでデートでもしてたんかあぁん? 肩いまのでれたんだけど、慰謝料いしゃりょうよこせやあぁ!?」

 そして、なんともなつかしいカツアゲの仕方である。

「アニキどうかしやしたか?」

 子分こぶんなのか小太こぶとりの男がこちらに来る。

「こいつがひとの肩のほね折っておいて慰謝料払わねぇんだよ」

「なんてやつだ!? 痛い目見ないとわかんないみたいっすね」

 本当に懐かしい。こんな悪役ドラマとかでいたな、昔。

 なんて優人が思ってると、ぶつかってきた男が腕を無理矢理つかんで、係員かかりいんに見つかりにくそうな裏側うらがわに連れていく。

 しかもつかんでいるのは先程さきほどから折れたと言っていた方の手で。

 折れてないじゃねぇか。

 優人は心の中で突っ込む。

「さぁて、どうしてやろうか」

 男は優人を睨みながら、拳をボキボキとらして、みにくい顔をさらに醜く歪める。

「殴ってってぼこぼこにしてやりやしょう」

 頭の悪そうな小太りの子分がそう言うと、男はニヤニヤ笑う。

「こいつ可愛い顔してるし、親分のとこにでも連れてくのもありだなぁ」

「あー、もしかしてヤクザ系のひと?」

 でもだとしたらこいつらはかなりしたなのだろう。

 優人の顔を知らないくらいなのだから。

「なんだ? びびったのか?」

 なぜか嬉しそうな男は、ふんぞり返っていう。

「俺はここら一帯いったい縄張なわばりとしてる組のもんさ。そんなやつの骨を折ったんだ。それなりの報復ほうふくは受けてもらうぜ?」

「よっ、アニキかっこいい!」

 雑魚ざこ感バリバリの雑魚だ。

「それってさ、もしかして『鬼澤会おにさわかい』のこと?」

 優人が組の名前を出すと、男はわかりやすく狼狽うろたえた。

「な、なんでそれを…………?」

「いや、前に勧誘されたことあったなーって。聞いたことない? バケモノの話」

 ここら辺を縄張りとしていて、でかい組といえばそこしかない。

 少し前に勧誘されたが、それは断った。

 裏社会うらしゃかいになど入るつもりは毛頭もうとうない。

「バケモノ…………?」

 やはり知らないようだ。

「知らないなら教えてやる」

 喧嘩自体は嫌いだ。だから避けられるなら避けたい。

 優人のうしろにあったかべを、殴る。

 ドゴォッと、ふつうなら鳴らなそうな音がしたと思えば、優人の拳が壁に半分ほどまっていた。

「俺を殴るなら、これが五発はおまえの体に入るからな?」

 拳を引き抜くと、ゆっくり男に近づく。

覚悟かくごあるなら殴りな。ほら」

 優人がそう言うと、涙を浮かべながら悲鳴を上げて逃げていった。

 子分もそれについて逃げていく。

 ふたりの雑魚を見送ってから、先程めり込ませた壁を見る。

「ごめんなさい、遊園地の方」

 謝ってもどうにもならないが、優人はそう言ってから裏側からでた。

 まさか、このあと怒られるなんて思わないまま。

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