第4話 ファーストキス

 自動販売機でお茶を二本買って戻ると、天城に一本渡す。

「ん。お茶」

「あんがと。遅かったけど、自販近くになかったのか?」

 そう聞かれて、優人は頷いた。

「あぁ」

 すると、天城は優人の手を取る。

 そっちの手は先程壁にめり込ませた手。

 力が強く頑丈がんじょうな手だが、傷はできる。

 先程までなかったその傷を見て、天城が眉をせた。

「喧嘩した?」

「してない」

「本当に?」

 いぶかしみの目を向ける天城。

 その、真実をいうまでは動かないとばかりの態度たいどに、優人はため息を吐いた。

「ちょっとからまれただけ。壁を殴って拳めり込ませたらあっさり怯えて逃げてったよ」

「壁に!? おまえそれ痛いだろ!」

 かばんを探り、ハンカチを取り出すと拳を包んだ。

「骨とか大丈夫なのか!? 病院行ったほうが…………」

「大丈夫だよ。それぐらいで折れないから。バケモノって呼ばれてるくらいだしね」

 自嘲気味じちょうぎみに笑えば、天城は怒る。

「バケモノって、自分で言うな! おまえはバケモノなんかじゃない!」

「バケモノだよ。天城にはわからないだろうけど。俺はどうしようもないばけ……」

 ものだ。そう続けようとした。

 しかしそれはかなわない。

「あーもう!」

 という天城の声。

 その後に続く、唇へのやわらかい感触かんしょく

「………………………」

 え、という声すら音にはならず、消えていく。

 優人の唇に、天城のそれがつけられている。

 気づいた瞬間、顔が熱くなった。

「おまっ……なにして…………!?」

 肩を押して離れると、優人は混乱こんらんしながら聞いた。

 すると、天城は優人をまっすぐ見つめる。

「俺の好きなヤツのこと、けなさないでくれるか」

「んな…………!?」

 なんて歯の浮くような言葉をくのだろうこの男は。ホストか。

 そんなことを思うけれど、自分は風邪でも引いたのだろうかと思うほどに顔が熱い。というか全身が熱い。心臓が走り出そうとしているのか、鼓動こどうが早くなる。

「おまえさ、自分のことバケモノバケモノって言うけど、そんなに自分のこといじめて楽しい? どエムなの?」

「は!?」

 虐めているつもりはない。本当のことだ。

 ずっと言われ続けたんだ。おまえはバケモノだと。

「おまえは本当の俺を知らないから言えるんだ」

 本当の姿を知れば、みんな離れていくのだ。

 バケモノの近くになど、いるはずがない。

「本当の夢島? あぁ、確かに知らない。会って数日だし、おまえは全然見せようとしてくれないし」

「じゃあ文句もんく言うなよ!」

「いいや言うね。言わせてもらうね」

 優人の言葉などまるで聞かず、天城は続ける。

「見せもしないで『俺はバケモノだー』なんて納得できるか馬鹿。厨二病じゃあるまいし。そんなん信用出来ないね。俺は自分のおまえが好きって気持ちだけ信用して、おまえを口説き続けちゃうから」

 一息に全て言い終えると、満足げな顔になる天城。

 優人はぽかんとした顔で天城を見る。

 なんなんだこいつは。バケモノであることすら否定ひていされた。こんなことは初めてだ。

「おまえ、意味わかんない」

「それはこっちのセリフだ馬鹿。夢島はふつうに可愛い俺の恋人だろうが」

「いや、それはない」

 真っ先に否定すると、天城は肩透かたすかしをらい不満そうにする。

「いやいやいや。ここはもうれるとこじゃない? イケメン抱いてぇってなるとこじゃない?」

「絶対ない」

 さっきのシリアスムードはどこへやら。

 天城はいつものおちゃらけた様子に戻っていた。

「俺さ、子供のときから転校が多くてさー。友達とか全然できなくて」

 と思えばまたシリアスに戻る。天城はよくわからない。

「だから、今度こそは友達とか恋人とか作って青春するぞーって張り切ってたわけですよ」

 ここ大事とばかりに強調きょうちょうする天城は、さらに続けた。

「そんで友達探そうとしたらドストライクの夢島に会って、しかも男で。友達兼恋人になれたら一石二鳥じゃね? とか思ったわけですよ、はい」

 なにが『はい』なのかはさておき、天城はどんどん続ける。

「なのに、そんな大事のヤツが自分のこと嫌ってて、好きなのにそいつ自身が自分をバケモノだの言ってたら、悲しいとは思いませんかね夢島くん」

 マイクを持っているつもりなのか、筒状つつじょうにした手をこちらに向けてくる。

 もし、天城が俺はバケモノだからと言っていたら。

 もし、それで諦めきっていたら。

 天城が自分と同じようなことをしていたら。

 それを考えたら、胸が苦しくなった。そんな風になげいて欲しくない。

 優人に、好意を向けてくれるめずらしいやつが、そんな風に思っていたら、悲しい。

「悪かった…………」

「ん。わかったならよろしい」

 頷いて、天城は立ち上がる。

 そして、こちらに手を伸ばした。

「さ、暗くなってきたし、観覧車乗りますか」

 差し伸べられた手を掴み、そのまま手をつないで歩く。

 手を繋いで歩くなど、何年ぶりだろう。

 小さいころ、もう記憶も曖昧あいまいなくらい昔に、こうやって帰った気がする。

 もう、そんなことないと思っていたのに。

「お、よかったいてる。ほら、乗ろ!」

「おわっ……」

 乗るのに手こずって、こけてしまった。

「大丈夫か? 気をつけろよ?」

「転ぶ前に言ってくれ」

 まったくだ、と天城は笑う。その笑顔にドキッとした自分の心を無視して座る。

「……………………綺麗」

 青や赤や白の、綺麗ないろどりりの光が形を取っている。ハートや星の形にもなっているし、ジェットコースターが走る度に光が線をひく。

「すごいよなー。イルミネーションもそうだけど、ほら。遊園地の外も家の光が綺麗だ」

「なんか、星空の上にいる感じだな」

 あるいは宇宙にでも来た感じか。

 頂上ちょうじょうに近づけば近づくほど、空を旅している気分になる。

 夜景に夢中になっている優人を見て、天城は連れてきてよかったと微笑ほほえんだ。

「あ、知ってるか? ちょうど頂上に着くときにキスすると永遠えいえんの恋が叶うんだと」

「え………………」

 優人はその言葉に景色けしきから目を離し、天城を見ると、景色を見ながら天城は言う。

「キスしてみちゃう?」

 キス。永遠の恋。

 そんな言葉に、優人はまた鼓動がね上がり止まらない。

 顔が、熱い。

「なーんてな。そんなの遊園地の定番でまかせなんだけどさー」

 天城がこちらを見る。

 暗闇くらやみで、下からカラフルな光が天城の整った顔を照らす。

 綺麗な顔をしている。まだ中学だからおさなさも残っているが、もっと成長したらどれだけイケメンになることか。

「…………夢島?」

「…………え、あ、なに」

 優人を見て、天城は驚いた顔をしている。

 なぜそんな顔をしているのだろう。そう優人が疑問ぎもんに思うと天城がにやりと口角こうかくを上げる。

「キス、したかった?」

「は!?」

 本当に天城は発言が唐突とうとつすぎる。

 心臓に悪い。

「だって、すごい物欲ものほししそうな顔してるし。まだ頂上じゃないから、する? しちゃう?」

「い、いい! しない!」

 物欲しそうな顔ってなんだ!?

 恥ずかしさと、いまだ収まらない鼓動で思考回路しこうかいろはしっちゃかめっちゃか。

「いいの? 本当に?」

 椅子から腰を浮かせて、天城は優人に顔を近づけた。

「もうすぐ、頂上だけど……?」

 天城の喋るときの息が、耳元をくすぐる。

 だんだんと、天城が近づいてくる。

 頂上に着くのと同時に、キスをするつもりだろう。

 断らなければ。そう思うのに体は意に反して動かない。

 顔が、近い。

 鼻がついてしまいそう。

 鼓動が、まるで心臓が耳に移動したんじゃないかってくらい、うるさい。

 頭がくらくらしてくる。

「………………………ぁ」

 頂上に着いたか着いてないかくらいのとき、ぐらりと観覧車が揺れ、天城が小さく声を上げた。

 その拍子ひょうしに、もともと近かった天城がさらに近くなり――――、


 ――――唇が、触れ合っていた。


 目を見開き、数秒間おたがい固まっていた。

 まばたきすらわすれて、見つめ合う。

 唇が、少しづつ離れて、天城が腰を抜かすかのように椅子に座る。

「あ、あはは。ご、ごめん。マジでするつもりは…………」

 われに返ったのか、必死に笑顔を作ろうとする天城を、いまだ茫然ぼうぜんとしたまま優人は見ている。

 その優人の顔は、りんご以上に赤く染まり、目元は涙でうるうるとしていた。

「ゆ、夢島くん?」

 たましいがどっかに行ってしまったかのように反応しない優人に、天城は恐る恐る声をかける。

「…………へ……はえ?」

 優人はようやく我に返ったようで、天城をうるうるの瞳に映す。

 そして、爆発するがごとく、さらに顔を赤らめた。

 それを見た天城は、確信を持つ。

「あー、これはみゃくありだね。可能性あるね。俺に惚れちゃいましたか夢島くん」

「は、はぁ!? なんでそうなる!? いまのは不可抗力ふかこうりょくとはいえ、セクハラだからな!?」

 真っ赤な顔で言われても、説得力せっとくりょくなどゼロである。

「照れてるのか可愛いなー。もう大好きー」

「きもい近寄ちかよんなセクハラじじい!」

「セクハラじじいとはなんだ! 俺はイケメンだ!」

「知るか死ね! いますぐここから降りろ!」

「マジで死ぬだろバカ!」

 なんて言いながら、ふたりは観覧車を降りた。

 耳まで真っ赤にした優人は、天城の言葉を無視して先へ先へと歩く。

「まってよー。手ぇつなごうよー。ねー。ねー」

 あまりにもうるさいので、文句を言おうと振り向いた。

 すると、優人のほほにまたしても例の感触があって。

「ほっぺもチューしちゃった!」

「殺す」

「嬉しいくせにー」

 マジで殺そうか。

 そう思うが、結局はできないまま。

 ごんっ。

「痛っ!?」

 殴るだけにしておくあたり、優人は天城に甘いのだろう。

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