第5話 両思い


 そうしてまた、数日がつ。

 もうすぐ、春が終わりをげて、夏になるだろう。

 桜はすべて散り、青々とした木々は夏のおとずれを知らせようとしている。

「なぁなぁなぁ! 夢島はすごい喧嘩が強いんだろ? 不良なんだろ? ってことは秘密基地ひみつきち的なところとかあるんだろ?」

 わくわくとそう聞いてくる天城。

 それに、優人はめんどくさそうにため息をついた。

「おまえ、漫画の読み過ぎだろ」

 たまり場はあるけど。

 その言葉を飲み込んで、天城を見る。

「えー、じゃあないのー? つーまーんーなーいー!」

 天城に言えば、すぐにそこに行こうだのなんだのと言うに決まっている。

 それは面倒でしかない。

 どうせ今日も誠はいるだろうし、そうしたら誠にも質問攻めするだろうことは目に見えている。

 絶対恋人なんじゃないのかとか、そういう面倒な質問をしまくるに決まっている。

 いづれ連れていくことになるかもしれないが、それは今日ではない。

「うるせぇ。帰るぞ」

「ぶー!」

 餓鬼がきかこいつは。

 そんなことを思いながら、ふたりは帰り道を行く。

 いつの間にやら、ふたりで帰ることが日常になっていた。

 チンピラも絡んでこないし、天城がウザイこと以外、平和な日々が続いている。

 偶然ぐうぜんにも帰る方向が同じで、別れ道になるまで天城はずっと優人に話しかけ続けた。

「あー、もうすぐ春終わるなー」

 天城がふと、桜の木を見上げて言った。

 もうすぐで梅雨つゆが来て、それが終わればせみが鳴き始め、気温が上がる。

 あっという間に季節がうつり変わる。

 天城はその移り変わりが、ひどくこわい。

 ときが経つ。また、父親の仕事で転勤てんきんして、転校になるかもしれない。

 そうしたら、優人とはお別れになる。それはすごく、寂しい。

「あ! 海に行かね? それと……映画も見たいし……とにかく色々!」

 せめて思い出をもっと作りたくて、唐突にそう言ったら、優人は呆れた顔をした。

「なんで」

 優人はいつもそう返してくる。

「え、だってほら! 夏休みといえば青春! 一緒に遊んで、一緒に楽しむ! デート三昧ざんまいだぞ! そして夏休み中におまえを落とす! さぁ行こう!」

「やだ」

 吐きてるように優人がそう言うと、天城はオーバーにリアクションする。

「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇええええ!?」

「めんどくさい。嫌だ」

 天城をいて、先に歩く。

「なーんーでーよー! 海海海海海海!!」

「うざい」

 こうやって嫌がりながらも、きっと自分は結局、天城に付き合ってしまうのだろうと、優人は思う。

 こんなふつうのやり取りを、出来ていることが楽しい。

 生まれて十三年間、知ることのなかった感情だ。

 だから、忘れていたのかもしれない。

 -―――つねに狙われていることに。

「なになになにー? 珍しいじゃんおまえが誰かと一緒にいるなんてよぉ?」

 嫌に絡みつく声がした。

「うわっ!?」

 天城の驚く声と共に。

 優人が振り返れば、予想通りガラの悪そうな奴らが三人立っていた。

 最初に声をかけてきたやつは、楽しそうに顔を歪めて、天城の首に腕を回す。

「染井じゃねーじゃんしかも。なになに。新しい舎弟しゃていかぁ?」

 天城に顔を近づけて、ジロジロと見回すその男。

 何度か喧嘩したことのある相手だ。

 確か、磯田いそだとかいう奴。

 優人にコテンパンにやられておきながら、何度も姑息こそくな手で倒そうとしてくる珍しいおろか者。

 高校二年だったはずだ。

 にも関わらず、とかさのような髪は緑色で、耳や唇にピアスをしている。

 他のふたりも見るからに不良ふりょう

 タバコの臭いまでさせている彼らは、ニヤニヤといやらしい笑みで優人を見る。

「夢島は俺の恋人だ!」

 こいつらが誰なのか、天城にはわからない。だが、少なくとも優人の味方ではないだろう。それに舎弟とはなんたる無礼ぶれいか。

 怒った天城はそういうが、不良どもはそれにぽかんとした。

「こい……? ぶっ! あはははははは!」

 そして次の瞬間には、それこそ腹筋ふっきんが壊れそうになってるくらいに、三人は笑う。

「なんだそりゃ! 夢島ぁ、おまえいつからホモになったんだぁ? きもぉー」

 涙が出るほどおかしかったのか、目元を天城を捕まえていないほうの手で拭った。

「まぁいいや。ちょっと来いよ。こいつに怪我させたくないならさ」

 そういう手か…………。

 ため息をついてから、優人は三人を睨む。

「早く案内しろよ」



    ◆


 ほこりっぽいくら廃工場はいこうじょう

 そこをたまり場にしているのか、椅子やら机やらが置かれている。

 中には十人ほどの男がいた。

 仲間なのか舎弟なのか、はたまたこいつらの方がえらいのか。

 そんなことはわからないが、とりあえず優人はロープで腕をしばられ、るされていた。

 天城は奴らにかこまれた状態で、うしに縛られている。

無様ぶざま格好かっこうだなぁ?」

 ニヤニヤと近づいてきた磯田は、優人を見る。

「恋人だかなんだかりらねぇが、こいつのためにこんなに素直すなおになるなんてなぁ? バッカじゃねぇの? あひゃひゃひゃひゃ!」

 個性的こせいてきな笑い方だと、優人は毎回思っている。

 まぁ、最後には悲鳴に変わるが。

「おうら!」

 足を上げて、優人のはらに蹴りを入れる。

 にぶい痛みが走った。

 痛みに顔をすこし歪めると、調子ちょうしに乗る磯田。

「なんにもしてこないなぁ? なにかしたらおまえ大事だいじな恋人が怪我しちゃうもんなぁ?」

 まるで赤子あかごに話しかけるようにゆっくりと喋る。

 嫌味のつもりなのだろう。

 優人の顔を殴る。吊るされただけの優人の体は揺れて、磯田から遠のく。

 しかし、当然とうぜんまた磯田に近づく。それに合わせて今度はまわし蹴りを胸に入れた。

「あひゃひゃひゃひゃ! いやぁ、おまえをサンドバッグに出来る日がくるなんてなぁ? 最高だよぉ」

 心底楽しそうに、磯田は笑う。

 天城とは違って、醜い笑顔だ。

「…………………………」

 ふと、優人は天城を見る。

 真っ青な顔をして、天城は優人を見ていた。

 いつもイケメンなのに、台無しだ。

「…………ははっ」

 もう、天城が優人を口説くことはないだろう。きっと、自分はキレてしまう。そうなれば、もう天城は笑いかけてはくれない。

 自分は、バケモノだから。

『バケモノって、自分で言うな!』

 苦笑いが、漏れた。

 天城はそう言ったけど、優人の考えはそうそう変えられるものではなかったようだ。

「なぁに笑ってんだよぉ!!」

 それが気に入らなかったのか、磯田はブチ切れた様子で優人の顔を蹴る。

 口の端が切れたのか、てつの味が広がり、なにかがつたう感触があった。

「別に。なんでもないさ」

 自嘲気味な笑みを浮かべた優人に、なぜか磯田はさらに怒る。

「なに笑ってんだよぉ!?」

 そう言って、優人を睨む磯田。

 しかし、いつもの笑みとは違う、どこかいやらしい笑みを浮かべると、優人の両頬を掴み、じっと見る。

「おまえ、よく見りゃ可愛い顔してんじゃねぇか。だから、ホモに目ぇつけられたのか?」

 優人の顔の角度をくるくると変えて見る。

「へへっ。ちょうどいい。おまえ俺のもんになれよ。そうしたらそこの恋人くんは無事ぶじに帰してやるさ」

 磯田のものになる。それはつまり、サンドバッグはもちろん、性処理せいしょり的なことまでされるであろう。

 磯田は優人の体をながめ、いやらしい笑みをくした。

「体も細っこいし、おまえならいけると思うしな」

 先程からホモだホモだとキモがっていたくせに、なにを言っているんだこの馬鹿は。

そう優人が冷めた目で見ていると、天城がさけぶ。

「ざっけんな! 夢島は俺の恋人だぞ! だんじてゆるさない!」

 縛られて人質ひとじちになっているのに叫んだ天城は、周りにいたやつに殴られた。

 しかしそれでも、天城は怒鳴どなる。

「夢島は俺のもんだ! 誰がてめぇみたいなクズ野郎にやるかってんだばーか!」

 じたばたとあばれて、天城は優人の方に近づこうとする。

「んだと? 死にてぇかあぁん?」

「夢島の始めても、なにもかも、全部は俺のなんだよ!」

 本当に餓鬼のような言い方である。それにキレた磯田は、天城に近づき顔面を蹴った。

「……………………がっ!?」

「うるせぇんだよ。おまえはなにも言うな」

 蹴られた顔面が、じんじんと痛む。

 暴力などされたことのない天城は、その蹴りだけで既に意識が飛びそうだった。

 自分には暴力ができるほどの力はない。こいつらを倒すなんて無理だ。

だけど、ここでなにかしないと、優人がうばわれてしまう。

 必死に頭をめぐらせるが、なにも浮かばない。睨むことしか出来ない。

「んだよその顔はよぉ!?」

 カカト落としが脳天のうてん直撃ちょくげきして、脳が揺れる。

 脳震盪のうしんとうを起こしたかもしれない。

 天城は意識を手放てばなさざるを得なかった。

 それを見ていた優人は、自分の中でなにかが切れる音がしたのを聞く。

 それは理性りせいか、それとも堪忍袋かんにんぶくろか。

 わかることといえば、それは優人がバケモノになる合図あいず

 思考が、まる。

 怒りに染まる。

 殺意さついに染まる。

 本能ほんのうのままに。

 破壊はかいすればいい。

「がぁぁぁぁっ!!」

 バケモノの雄叫びが、場に響く。


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