第2話 共通点



 天城は転入生らしい。しかし、天城が来てからというもの、優人は心底憂鬱しんそこゆううつな気分で学校生活を送っていた。

 朝、学校に来て寝ていると、クラスメイトの挨拶あいさつを無視して優人のところに来ては、

「おはよ! また寝てんの!? おーきーろーよー!」

「なんで起きなきゃいけない」

しゃべりたいから! そして口説くどきたい!」

「死ね」

「なーんーでーよー!」

 と、駄々だだね。

 お昼になれば、もはや恒例こうれいとなった背もたれを足ではさむようにする座り方でこちらを向き、

「飯だぞ! ほら起きろよ! ごーはーん! 今日は俺、買弁なんだよなー。夢島は?」

「ふつうに弁当」

「手作り!?」

「だからなに」

「ちょっとくれ!」

「やだ」

 と、強制きょうせい的に一緒に昼食をとる。

 下校時間になれば、

「夢島! かーえろ!」

「うざい。おまえとは帰らない」

「えええええええ!? ふっふーん。とか言って、実は照れてるんだろー? かわいいなー」

 と、なぜか帰るまで離れようとしない。

 そんなこんなで、既に二週間が過ぎていた。

 いい加減かげん面倒めんどうくさいので、優人は学校をサボってたまり場であるバーに来ていた。

「よ。なんか久しぶり…………どうした? やつれてるぞ?」

 バーに入れば、カウンター席にひとりの少年がいた。

 男なのに背中までびる髪を首のうしろでむすんだ少年は、染井誠そめいまこと。優人の唯一ゆいいつの友達であり相棒だ。

 誠は優人のくたびれた様子におどろいて、いつもは細めている目を丸くしている。

「いや、もう、うざくて…………」

「チンピラか?」

「いや、転入生」

「転入生?」

「ああ…………」

 優人はソファーに座る。

 ここは廃墟はいきょになったバー。酒はないが、椅子やソファーは残されている。

 優人はその中で傷ひとつない赤いソファーで眠るのが好きで、バーに来ればここで寝ている。

 ため息を吐いてから天城のことを話した。

 話を聴き終わると、誠は呆れた顔をして笑う。

「なんだそいつ。ホモか?」

「たぶん。でも、なんで俺にかまうんだ。俺のどこがかわいいのやら」

 そうつぶやくと、誠が返す。

「おまえに構うやつなんて、俺以外いないと思ってたよ。おまえも案外あんがい気に入ってるみたいだし」

「え?」

 ぽかんとした顔で誠を見れば、ニヤニヤとした笑みを浮かべた誠はこちらに歩いてきた。

「いやさ、うざいって言ってるわりに、本気で殴ってないし、拒否きょひしないじゃないか。案外楽しんでるんじゃないか?」

「……………………」

 確かに、殴ってしまえば、もう近づいて来ないかもしれない。

 何度も、殴ってだまらせようかと考えた。

 でも、あの笑顔を見てしまうと、殴る気は失せてしまい、ゆるしてしまうのだ。

 天城の笑顔はまるで太陽のようで、なごんでしまうのかもしれない。

 敵意てきいを向ける必要のない、無邪気むじゃきな笑みに、安心しているのかもしれない。

 まぁ、ときどき反射的はんしゃてきに殴ってしまうこともあるが、力はそんなに入れていない。

 くわえて天城はなぜか、殴られても満面まんめんの笑みで返す。

 もしかしてマゾとかいうやつなのだろうか。

 なんて考えていると、誠が忠告ちゅうこくした。

「気をつけろよ? 楽しくやってるのはいいが、おまえをねらうバカはいつくるかわかんねぇんだから」

「ん。わかってるよ」

 優人を倒そうとかいうバカなチンピラはあとをたない。

 倒して名を上げようだのなんだので、中高生の不良ヤンキーから、ヤクザ関連かんれんの人間にまで狙われている。

 ヤクザの方は面倒なことに自分の組の構成員こうせいいんとして育てたいだので勧誘かんゆうしてくるのだ。

 それをことわれば今度は新しい組を作るんじゃないかと狙われて。

 最近では素手すでではなく凶器きょうきを持ち出し始めた。

 もし巻き込まれたら、ふつうの中学生である天城は、大怪我おおけがをするかもしれない。

 もし、それで天城が怪我をしたら……、


 ――――離れて行ってしまうのだろうか。


 そう考えついた瞬間しゅんかん、驚いた。

 自分で自分の思考に驚くことがあるのかと、困惑した。

 なはれていくことをのぞんでいるはずなのに、どうして。

 いつの間にか、あの笑顔と一緒にいることが、心地よくなってしまっていたのだろうか。

 俺は…………、

「どうしたい…………?」

 考えがまとまることもなく、優人は眠りにつく。

 その様子を、怖い顔で誠が見ているとも知らずに。


     ◆


 日曜日を挟んで月曜日。

 学校に行けば天城はすこしおこった顔で迎えた。

「なんで休んだ?」

「風邪」

「本当に?」

 まゆを寄せ、睨むような顔の天城。

 おそらく、サボったことを怒っているのだ。

 なぜこいつに、サボったことを怒られなくてはいけない。

 サボったところでおまえになんの影響えいきょうもないだろうし、自由だろう。

「サボってたんじゃないの?」

 天城のその言葉にイラりとした優人は、ゆがんだ笑みを浮かべて、言い返してやった。

「おまえ、俺と付き合ってくれとかいう割に、信用しんようはしてないんだな」

「あ…………」

 優人の言葉で、なぜか傷ついたような顔をした天城。

 なんでそんな顔を…………?

 わけがわからずこちらまで固まってしまった。

「あ……えっと、悪い。そう、だよな。うたがって悪かった…………」

 さらには泣きそうな顔であやまるのだ。

 なんでかこっちまでもうわけない気持ちになる。

 なにか言った方がいいか。なにを言えばいい。なぐさめるか。話をそらすか。

 ない頭をフル回転させて考えるが、なにも浮かばない。

 こういうとき、自分の頭の悪さをのろう。

 顔や行動には出ていないが、心の中はアワアワとしている。

 すると、天城が言う。

「夢島が休んだから、話し相手いなくて……。ひま、だったから……」

 さびしそうに、悲しそうに、ふとれたその言葉と表情。

 あぁ、こいつも俺と同じなのかもしれない……。

 孤独こどくおびえ、でもひとと関わることにも怯えて。

 優人は、それでいいと思っていた。いや、あきらめていたのだ。

 どうせ、この特異体質とくいたいしつとも呼べる力の強さかある限り、火の粉は降りかかる。

 いくら優人が仲良くなろうとしても、その火の粉を恐れて誰も近づきはしないだろう。

 天城は、そういう決定的なものがない。だから、必死に足掻あがいていた。

 あの笑顔も、仮面だったのかもしれない。

 誰かといたい。過ごしたい。話したい。

 そういう、ふつうのことをもとめていた。

 優人には誠がいてくれたから、学校で関わりを作る必要がなかった。

 天城になにがあったか、優人にはわからない。

 けれど、天城は天城なりにかかえているなにかがあるのだろう。

 いや、みんなそれぞれなにかを抱えているのだ。大なり小なり、必ず。

 その抱えているものが、天城と優人はたまたま似ていた。

 だから、天城は優人にこだわるのか。

 なら、友達でいてやるくらいは、いいかもしれない。

「…………いや、俺も悪かった」

 優人は、気づいたら謝っていた。

「え、……うん?」

 まさか謝り返されるとは思ってなかったようで、天城は驚いた顔で頷く。

「とりあえず、次サボるときは、俺も一緒に連れてってな!」

 気を取り直したのか、天城はそう言って笑う。

「おま、そっちかよ……」

 さっきまでのしずんだ空気を払拭ふっしょくするように、優人はそう言いながらも笑う。

「だって、いつでもおまえを口説きたいし。休まれたらおまえを口説けないじゃんか」

「それが理由か」

 心配したこちらが馬鹿ばかか。

 はぁ、とため息をこぼせば、天城はまたまぶしい笑顔を向けてくる。

「今度はサボってどっか行かね? デートしよデート!」

 理由は馬鹿げているが、一応悪いことはしたし、仕方がない。

「わかったよ……」

 そう了承りょうしょうすれば、天城は飛び上がるように立ち上がった。

「マジで!?」

 まるで高級なえさを出してもらえた犬のように輝く笑顔を浮かべる天城。

「デートじゃないけどな」

 そうくぎを刺すが、天城は聞いてない様子だ。

「夢島と初デート! すっごい楽しみ! いつ行くいつ行く?」

「知らねぇよ。勝手に決めろ」

 楽しそうにはしゃいでる天城を見て、なぜか嬉しくなった自分に気づく。

 鬱陶うっとうしいはずなのに。

「夢島の行きたいところに行こう? どこがいい?」

 天城があまりにも真剣しんけんな顔つきで聞いてくるものだから、優人は考える。

 ふたりで行くような場所……。

「……………………遊園地、とか?」

 頑張ってひねり出した答えはそれだった。

 それを聞いた天城は、

「夢島。おまえマジで可愛いな」

 なんて真顔で言ってくる。

「は!?」

 なんでそうなる、という優人の突っ込みに、天城はゆるみきった顔で答える。

「いや、ふつう中学生で友達と遊園地とか言わなくね? なのにさ、うん。そういうギャップ的な? 可愛いなー」

「し、知らねぇし! 仕方ないだろ、そういうのあんまりなかったし! というか、男に可愛いとかいうな!」

 どちらかと言えば、怖い顔をしていると思っている優人。

 天城はしかし、優人の顔をまじまじと見つめて、いう。

「いや、おまえの顔は可愛い系だぞ。俺が保証ほしょうする」

「……………………………………………………殴っていいか?」

 ついさっき同じだと思った考えを改める。こいつは馬鹿だ。どうしようもない馬鹿だ。

「なんで!? 可愛いじゃん!」

「どこを見てるんだおまえ!? 眼科いけ!」

「いやいやいや。だからそのサラサラな黒髪、大きめのくりくりの目、鼻筋はなすじは通ってるし、口の形も…………」

「あああああああああああああああああ!?」

 なんなんだこいつなんなんだこいつなんなんだこいつ!?

 全力で同じだと思った考えをなくす。

 友達くらいならいいかな、と少しでも思った自分を殴りたい。

 ありえない。

 絶対ありえない。

「メイド服とかセーラー服とかきたら絶対かわいいって!」

「死ね! ほろべ!」

「なんで!? 絶対かわいいのに!」

 これ以上聞いてると余計よけいめんどくさいことになりそうだった優人は、席で目を閉じる。

 なおもなにか言っていたが、HRにきた担任により黙らされ、ようやく安眠あんみんを手に入れたのだった。


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