Epilogue -桜の季節‐

春の夢


 毎年のことだ。

 春になると、不思議な夢を見る。

 桜の木の下で、誰かが待っている夢。

 春を過ぎると、それは幻のように消えてしまう夢は、中学二年になっても続いている。

「もはや呪いじゃないか。そんな夢」

 小学校から同じ親友の尾崎武おさきたけるが、夢の話をするとそう言った。

 ふたりとも運動部のため、帰りが遅くなることが多い。

 今日も七時までみっちり部活をして帰る途中だ。

 学校から家に帰る道に桜並木があり、それをぼんやりと見つめていたら、その夢のことを思い出して話していたところだ。

「呪いっていうほど、怖い感じはしないんだよ。むしろこう、待ち望んでるというかさ」

 いつも桜の木の下でたたずむあのひとは誰なのか。

 知りたくてたまらないのだ。

「小さいことからってあたりかなりの恐怖だろ。ほんと抜けてるな弘樹は」

「そうか?」

 首を傾げる弘樹に、武は呆れたため息をついた。

「ふつう怖いだろ。ずっと同じ夢とかさ。あれじゃね、昨日の特番でやってた、前世からの記憶とか!」

 確かに昨日、そういうスピリチュアルな特番が二、三時間やっていた。

 あまりそういうのには興味はないので見てはいないけれど。

「前世ね。恋人とかで赤い糸で結ばれてたりしたらいいのに」

「ロマンチストだなぁ。さすがモテ男」

「モテ男じゃないし」

「いやいやいや、おまえのそのルックスはモテ男だろ! 実際いろんな女の子に告白されてるじゃんか!」

 確かに、告白はされる。

 いままで何人いたか、数えるのが面倒なくらいは。

 けれどどれとも付き合ってはいない。

 武からも周りの男子からも、なんで付き合わないのか不思議に思われているが、自分自身わからないのだ。

 ただ、付き合いたいと、思えない。

 それは夢と関係しているのだろうか。

「そういや、知ってるか? 明日転校生が来るんだって」

「転校生?」

 どこからそんな情報を取ってきたのか甚だ疑問である。

「まぁ、男なんだけどさー。どんな奴かは気になるじゃん?」

 散りゆく桜を見上げながらふたりはしばらく歩く。

「あ、誰かいる」

 ふと前を見た武がそう言った。

 弘樹もつられてそちらを見る。

 すると、桜の木の下に、学ラン姿の男子が立っていた。

「なんか怖いな。さっきおまえの怖い話聞いたからだ」

「怖い話じゃないって」

 近づきながら話しているけれど、弘樹はその男子のうしろ姿にくぎ付けになっていた。

 どくん。どくん。

 酷く鼓動が早い。

 夢の光景と、それが重なる。

 そして、その男子が振り向いた。

「……ようやく、会えた」

 嬉しそうなその笑顔に、弘樹の口が勝手に紡ぐ。

「俺が会いに行こうとしてたのにな……」
























 花弁が散る桜の木が間近な、窓際前から三列目。

 また彼は眠っている。

 そんな彼に、静かに言うのだ。


「優人、起きて。帰ろう」





















 桜は、まだ咲いたばかり。














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春の夢の如く 猫井 咲良 @Nekoi_sakura

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